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9. 私が生まれた理由

 ボタン談義とアップリケストリームがひとしきり終わり、俺と設楽は新しく届いた酒と軟骨の唐揚げとおぼろ豆腐、そしてホッケの塩焼きに舌鼓をうっていた。


「ホッケうまっ」

「おいしいですね」


 こうやって普通に飯を食ってる時は、ごく普通の仏頂面女なんだがなぁ……


「……いつからだよ」


 今日、この非常識極まりないプロポーズが始まってからずっと、心の中で渦巻いていた疑問が、ホッケを口に運んだ時に、フと口から出た。


「何がですか?」

「俺のことを……そのー……」

「結婚相手として、意識したこと……ですか?」


 仏頂面だが少し言葉を詰まらせて、設楽が俺に確認する。その険しい仏頂面のせいで、質問してるのは俺の方なのに、なんだか俺のほうが追い込まれている気が……今は、しない。


「……おう」

「……」

「……なんだよ。言えないのか?」

「……」


 珍しい……この仏頂面女が言葉に詰まっている……軟骨の唐揚げを一つ口に放り込み、仏頂面のままコリコリとそれを咀嚼して飲み込んだ後、設楽は珍しく、俺からそっぽを向いた状態で、ポソリと口ずさんだ。


「……以前から、です」


 ……こいつ、キッカケをしっかり覚えてるな? でも口に出すのが恥ずかしくて、こうやってごまかしてるな?


「ほう。以前からか」

「はい……以前から、です」

「それは、将来の旦那になるかもしれない俺にも、言うことは出来んものなのか」

「!?」


 おっ。設楽の眉毛がピクッと動いたぞ。この困惑のプロポーズが始まってから今まで、はじめて設楽が狼狽している。今日やっと会話の主導権を握れたみたいで気持ちがいい。


 しばらく考えた後、設楽は黒霧島をグビッと煽った。もうけっこう飲んでいるはずなのに、こいつの仏頂面はまったく崩れない。それどころか、ほっぺたすら赤くならない。こいつのアルコール摂取限界量は底なしか。


 テーブルに勢い良くタンッとグラスを置いた設楽は、若干据わった眼差しで俺を見つめたあと、ぷいっと横を向き、


「……お弁当、作ってくれたときです」


 と、ちょっとだけ口を尖らせて答えてくれた。


 ……しかし、それは一体いつの話だ。最近も俺と設楽はよく昼飯を一緒に食っているが、いつの頃からか、俺がこいつの弁当も一緒に作ることが多くなった。こいつは一体、いつの弁当の事を言っている。ほぼ毎日こいつの弁当を作っている身の俺は、いちいち全部の弁当のエピソードなんか覚えてない。そんな特別なエピソードのある弁当なんか、あったっけ?


「……すまん設楽」

「はい」

「いつの弁当のことだ。思い返そうにもまったく記憶にない」


 俺の質問を、おぼろ豆腐を受け皿に取りながら設楽は聞いていた。こいつの視線が、俺の目の前にある醤油差しに向いた気がして、俺は無言で醤油差しを設楽に差し出す。


「ありがとうございます」


 醤油差しを受け取った設楽は、おぼろ豆腐にそれをかけた後にそのまま俺に返し、俺もそれを受け取って、元あった場所へと戻した。


「……はじめて、作ってきてくれたときです」


 幾分、設楽の仏頂面に余裕が戻ったようだ。いつもの仏頂面に戻った設楽がそう答えてくれた。


 言われて思い出した。あれか。あの、2人で屋上の喫煙所で食べた時の、あの弁当か。


「はい。あのときです」

「あの時は確か……」

「はい。私が仕事で失敗をしでかして、お昼休みに屋上に行ったときのことです」


 そういやそんなこともあったなぁ……その頃から、こいつは俺に狙いを定めていたのか。


「あの時、私は確信しました」

「何をだよ」


 果たして、設楽は一体その時に何を確信したのか……設楽は俺に問い詰められると、目を細め、俺の頭のてっぺんよりちょい上辺りを眺めながら、まるで遠い昔に別れた知り合いを思い出すかのような口調でつぶやいた。


「『あぁ……私は、この人にお世話されるために生まれてきたんだなー……』って」

「えらく壮大な勘違いだなー……それにしょぼい。自分が生まれた理由が、そんなにしょぼくていいのかお前は」


 初めて聞いたぞ……こんなダメ社員に世話されるのが運命だなんて……つーかなんだその盛大な勘違いは……。思い込みもここまで来ると清々しい。


「つまり、私が先輩を相手に選んだのは、いわゆる責任でもあるのです」

「せき……にん……?」

「ええ。あなたにお世話される星の下に生まれたのだから、その運命に従い、あなたにお世話してもらうことが、私なりの、先輩への責任のとり方です」

「その、気持ちいいほど全てが間違っている責任の取り方、どこかでもう一度考え直した方がいいと思うぞ」


 はて……責任のとり方って、そんなんだっけ? 俺、間違えてないよね? 設楽のほうが間違えてるよね? 俺はこの時ほど、人生相談をネット上のSNSで不特定多数に行いたがる、ネット民の気持ちを理解した瞬間はなかった。


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