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7. ボタンの違和感には鈍感

 正直な所、俺は困り果てていた。


「うーん……」

「なにか?」


 こいつはいつもの仏頂面でそう問うが、言われた側としてはたまったものではない。誰が俺の立場でもきっと困り果てるだろう。


 正直な所、こいつに『結婚して下さい』と言われて、『ふざけんなコノヤロー』と思うアホはいないだろう。俺だってそうだ。確かにいろいろな意味で難のある女だが、こいつは付き合っていて退屈しない。『結婚して下さい』と言われれば、悪い気はしない。


 ……だが。


「……」

「さては先輩」

「……?」

「ついに私に輿入れする覚悟が……」

「だまれ」

「ひどい」


 こいつと俺では釣り合わない……それはこいつも分かっているはずだ。こんな底辺会社員の俺にかまっている暇があるなら……もっとマシな結婚相手を探せばいいはずだ。おれよりいい男なんて、世の中にはごまんといる。それなのに、俺に拘る理由は一体何だ……?


 設楽が黒霧島をぐびっと煽ったその瞬間、こいつが今来ているスーツの上着の、左の袖口が目に入った。


「……そのスーツ」

「?」

「ボタン、まだ換えてないのか」


 設楽のスーツの左手の袖口には、ボタンが3つついている。そのうちの2つは紺色のもので、黒色のスーツによく合うものだが……うち一つは、以前に俺が緊急避難でつけてやった、真っ赤なボタンだ。大きさも、他の2つに比べると、ちょっとだけ大きく、そしてポップだ。


「ああ、このボタンですか」

「休みの日にでも付け替えろって言っただろ」

「私はお裁縫なぞ出来ないと言ったはずですが……」

「だとしても、店に持っていくとか色々解決策があるだろうが……」

「これ、実は意外と客先で評判が良いんです。『おしゃれですね』って言ってくれるんです」

「ホントか?」

「冷や汗混じりですが」

「……」


 目に浮かぶ……きっとこいつの話し相手は、仏頂面のこいつの迫力に押されて、苦し紛れに『おしゃれですね』って言ってるんだろう……。


 こいつの仏頂面は、相手に『私は不愉快です』というメッセージを無意識のうちに送りつける。だから相手はなんとか設楽のご機嫌を取らなきゃいけない……と謎の焦燥感にとらわれて、なんとか会話の突破口を見つけようとするんだろうなぁ……。


 ……よし。ここは乗りかかった船だ。今なら紺色のボタンも在庫があるはずだ。ボタンをもっとスーツに合うものと交換してやろう。


「……設楽、上着こっちによこせ」

「なぜですか」

「元々は俺がそのボタンしか持ってなかったのが原因だ。だから……」

「おっ。ついに私の上着につけるための、柴犬『ワタベ』のアップリケを作ったのですか」

「作ってないしつけるつもりもない。そもそも犬は飼ってない。ちゃんとそのスーツに合うボタンをつけてやるから」

「でも残念ながら袖口にアップリケをつけるのは私はどうかと思います。キチンとTPOをわきまえて……」

「だからつけるのはボタンだと何度説明すれば……」

「……ハッ。でも裏地なら、存分に先輩作のアップリケをつけていただく十分なスペースが」

「離れろ! まずアップリケから離れろ!! 今なら紺色のボタンあるから、付けなおしてやるってんだよッ!!」


 暴走する設楽をなんとか制止し、俺はボタンを取り替える有用性を説いたのだが、設楽はいまいち納得しない。仏頂面で煽る黒霧島がなくなった。設楽は店員呼び出しボタンを押して、その仏頂面で俺を見つめる。


「……先輩」

「なんだよ。いいから早く脱げって」

「やーん」

「仏頂面でかわいいことを棒読みで言っても何の可愛げもないぞ」

「ちくしょう」

「早くこっちに上着よこせよ」

「いやです」

「なんでだ……みっともないだろ。そんなボタン……」

「みっともないって何ですか。これは私が選んだボタンです」


 仏頂面から繰り出される設楽からの突然の抗議に、俺は何も言い返せなくなった。


「これは、先輩がつけてくれたボタンだから、取り替えたくありません」

「……」

「このスーツに何色が合うかなんて正直、関係ありません」

「……」

「このスーツに合うか合わないかより、先輩がつけてくれたボタンかどうかのほうが、私には大切です」

「……」

「……そしてアップリケはいつつけてくれるんですか」

「だからアップリケから離れろ。どれだけアップリケをつけてほしいんだよ」

「先輩のアップリケならさぞ可愛いだろうと、あの日から胸がドキドキして夜も眠れません」

「え……」

「嘘ですが」

「……」


 ……呆れすぎて。


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