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私と先輩が結婚すべき理由  作者: おかぴ
久々のデート編
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2. やっとゆっくり出来るけど

「あー……先日より設楽を中心に動いていたトノサマ商事の案件だが……本日、晴れて契約を結ぶことが出来た」


 もう定時近い午後5時半ごろの話だ。突然に全員出席ミーティングが開かれ、社長の口からこんな報告を受けた。


 事務所と同じフロアにある会議室に集められた俺たちを待っていたのは、社長と薫だ。社長はニコニコと上機嫌だし、薫もその仏頂面が、心持ち弾んでいる様に見えた。


「……皆さんのご尽力の賜物です。私一人では、ここまでの大仕事をやり遂げることは出来ませんでした。みなさん本当にありがとうございました」


 社員全員の前で薫はそう言って、みんなに深々と頭を下げていた。


 社員の反応は様々だ。みんな思い思いの言葉で、薫をねぎらっていた。『さすが先輩!』と設楽を称えるイケメンな後輩もいれば、『設楽ならやってくれると思っていた』と課長も鼻高々なご様子だ。


「……いえ、私は皆をまとめただけですから。本当にがんばったのは、皆さんですから」


 仏頂面で皆の称賛に応える薫も、鼻がぷくっとしてて、どこかうれしそうだ。


 俺も鼻が高い。俺は、以前の失敗のその時から、薫がどれだけリベンジしたがっていたかを知っている。そのリベンジを果たすことが出来たし、薫自身が「結婚前にやり残したこと」と言っていたことを、当の本人の薫が成し遂げたことは、素直に嬉しい。


「おめでとう薫!」


 俺も、珍しく拍手をし、薫の功績をたたえた。仕事なんて俺に取っちゃ生きるための手段以外の何者でもないし、そもそも仕事そのものよりも、日曜に家に届く国産黒豚ロースの味噌漬け1キロの方が大切だが……今回だけは話が別だ。俺は薫に、精一杯の拍手と、賛辞を送った。


「……」


 薫が俺の方を見た。そして……


「……ニヘラ」


 ほんの少しの間だけ、ニヘラと微笑みやがった……普段は俺の前以外では絶対に笑顔を見せないはずの薫が、皆の前であのキモい笑顔を見せるあたり、本人もやっぱりうれしいんだろうな。


 薫がその戦慄の微笑みを見せていたのは、ほんの数秒の間。角度的にも俺以外からは見えない角度だったためか、その笑顔が他人に指摘されることはなく、薫はすぐにいつもの仏頂面に戻っていた。あぶねーあぶねー……自分のことじゃないのに、妙に緊張したぜ……


「んじゃ、今日は俺のおごりで、社員全員で飲みにでも行くか!!!」


 ひとしきり歓声が落ち着いたところで、薫の隣の社長が大声で今晩の飲み会開始の宣言をした。うちの社長、うまい店をいっぱい知ってるからな。何が食えるのか胸が踊るぜ……なんて、俺が一人で晩飯のごちそうに胸を躍らせていたら、である。


「すみません社長」

「ん? どしたー設楽?」

「……少し、くたびれました。今晩は、私は帰らせていただきます」


 と、薫がいつもの仏頂面で断りやがった。


 室内は、一瞬「ぇえ〜!?」と驚きと落胆の声で満杯になったのだが……そこは仏頂面の薫。そんな風に落胆する皆を、その仏頂面でジッと見つめ、不必要なプレッシャーをかけた。


 薫のプレッシャーを真正面からくらった社長はもちろん、拡散したプレッシャーをくらった他の社員の奴らも、


「……ま、まぁ、設楽がそういうのなら仕方ないな」

「はい。すみません社長」

「大丈夫だ。ではお祝いはまた後日にしよう。今日は行きたいヤツらだけで祝うか」


 とこんな具合で、薫のお祝い出席を約2秒で断念していた。


「……なー、渡部?」

「はい?」

「お前も帰るだろ?」

「ですね」


 俺の隣の課長が、そんな分かりきったことを、ニヤニヤと腹立たしい顔で言う。そら帰るだろ。何がそんなにおかしいんじゃ。妻をほっぽって会社の飲み会に出るなぞ、俺の主夫魂に反しとるわ……。


 ちなみに、俺と設楽が籍を入れたことは、会社のみんなは知っている。本来なら、薫は一応「渡部薫」なのだが、社内では「設楽」のままで通しているのだ。



 帰りの挨拶もそこそこに、俺と薫は家路についた。2人で建物の外に出ると、まだお日様が出ていて明るい。こんな時間に薫が会社を出たのは、いつぶりだろうか。


 2人で並んで歩く。いつものように、薫は俺の右隣。


「薫、お疲れ」


 改めて、偉業を成し遂げた薫をねぎらってやる。


「私も先輩と一緒になったのですから、これぐらいのことはやって当然です」

「そか?」

「はい。でなくては先輩を幸せには出来ませんし、先輩とも釣り合いませんから」

「でもお前、今回は特に頑張ったじゃんか」

「……」

「俺も旦那として誇らしいし、自分のことのように嬉しい。よくやった」

「……」


 精一杯のねぎらいの言葉をかけてやる。薫はいつもの仏頂面で、まっすぐ前を向いて俺には横顔しか見せないが……やっぱりうれしいんだろうな。鼻の穴がぷくっとふくらんだままだ。


 ……でも、俺の心配は、やっぱり的中していたらしい。


「あだっ」


 薫が、道路のでっぱりに足を取られ、バランスを崩した。この道は通勤路だから、俺はもちろん、薫も歩き慣れている。にも関わらず、そのでっぱりに足をとられるぐらいに、薫はくたびれていたようだ。


「おっ……」


 とっさに右手を伸ばし、薫の左手を取って支えてやった。


「ん……ありがとうございます」

「いえいえ」

「……先輩」

「んー?」

「手、このまま握ってていいですか」

「んー」


 俺達はそのまま手を繋いで帰宅。今晩はゆっくり話をしたいと思っていたが、やはり薫は思った以上にくたびれていたらしい。


 『ご飯より先にお風呂入りたいです』という薫の言葉を受けて、俺が夕食を作っている間に薫に風呂に入らせたのだが……


「おーい薫ー」

「……」

「なにか食べたいものあるかー? 麺類と……か……」

「……スー……スー……」


 夕食の献立を決めあぐね、俺が寝室にいるはずの風呂上がりの薫にご意見を伺ったところ、薫は寝室のベッドでぶっ倒れて、そのまま眠りについていた。多分『ちょっとだけ』と思ってベッドに飛び込んで、そのまますーっと寝ちゃったんだろうなぁ……。


「……薫、おつかれ」

「……スー……」


 なんだか仏頂面ではない薫の顔を、随分と久々に見た気がする。それだけ俺達の生活がずっとすれ違っていたってことか。


 明日からは多少はゆっくり出来るだろうし、時間に余裕も出来るだろう。薫も定時であがれるはずだ。本当は久々にゆっくり話でもしたかったのだが……それは明日以降でもかまわないか。


 静かに寝息を立てている薫を起こさないように、俺は電気を消し、寝室をあとにした。今はまだ寝るには早い。薫は眠ってしまったが、俺の方は腹も減ってるから、夕食も食べたいし。


 ……薫、お疲れ。明日は一緒に晩飯食べような。



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