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four colors one true  作者: 朱ウ
3/4

 せっかくの週末が、雨になった。窓に小さく当たる雨粒を、閑香は意味もなく眺める。見える景色は雨に滲む庭の木々だ。二階にある閑香の部屋からは、自宅の敷地しか見渡すことができない。就職を期に一人暮らしをすることも考えたのだが、両親に必要性を感じないと突っぱねられ、今に至る。なんだかんだ箱入り娘ということになるが、自分には似合わなすぎると閑香はぶるっと身を震わせた。

 今日の秋庭邸は静かだった。父親は出勤しているし、お喋り好きでお転婆な母親は趣味のフラワーアレンジメント教室へと出掛けた。この場合終わった後のティータイムまでが一セットなので、暫く帰って来ないことは誰でも予想することができる。お手伝いさんは何人か雇っているが、休日は四人交代制だ。広い屋敷でこの四人に会う確率は低い。

 閑香は腰かけていた一人掛けソファから離れ、所在なげに部屋をうろついた。ふと、デスクの上のオルゴールに目がいった。その輝きは店にあった時から損なわれず、高価なものが揃う閑香の部屋でも劣ることがない。

「実際二十万してるわけだしね。」

 閑香は誰に言う訳でもなく小さく零した。秋庭グループの令嬢としては驚く程の値段ではないが、このオルゴールに関しては購入エピソードとセットで閑香を慄かせている。

 完璧な細工が施されたオルゴールを手に取り、閑香はその作り手を思い浮かべた。顔は憎らしいけれど二枚目の、しかし人相の悪さが顔の良さを半減させた、黒髪の高圧的な態度の男。

 思い出しただけで、閑香の眉間に皺が寄る。

「ほんっと、むかつく!」

 わざわざ思い出して苛立つなど不毛すぎる、と閑香は吐き出した悪態を吸い込むように深呼吸した。落ち着いたところで、心の隅で息づいていた罪悪感が顔を出して閑香の表情を曇らせる。

 いくら他の店員に承諾を得たとしても、制作者に許可を取らないことに対して閑香は気が引けていた。この前は押し切られる形でオルゴールを購入したが、今となってはもっと慎重になるべきだったと後悔している。

 今頃、あの態度の悪い店員が困っていたらどうしよう。そんな事態は、閑香とて望んでいない。

 やはり、もう一度店に行ってみよう。このままでは閑香も落ち着かないし、あの美しいオルゴールが、靄のかかったように見えてしまうのも勿体ない。態度の悪い店員━━━━確か、仁と呼ばれていた彼と相対するのは嫌だがこの際腹を括ろう。

 何故か時間に追われるように身支度を済ませ、最後にオルゴールを丁重にカバンに入れると、閑香は部屋を飛び出した。


 朝から微妙に降り続ける雨の音を聞きながら、店員は目を瞑ってカウンターの椅子に腰かけていた。頬杖を突くその姿は、傍からすると考え事をしているか居眠りしているかにしか見えない。

「おい聞いてんのかジュン!!!」

 頭の奥に響いた怒鳴り声に、潤と呼ばれた彼は顔を顰めた。

「うるさいなぁ。聞いてるよ。」

「何で勝手にあの女にオルゴール売ったんだよ!?」

「勝手言わないでよ。僕、確認したよ。シカトしたのは仁の勝手でしょ。」

「お前なぁ!!!」

 両者一歩も引かない応酬に呆れた第三者が、「まあまあ」と間に入る。

「ここで言い争いをしても仕方がないでしょう。」

「真弘くんは仁の肩もつんだ?」

「俺は悪くないっ。」

 仲裁に入った真弘は大きくため息を吐いた。論点のズレた応酬は子供の喧嘩だ。二人とも、どっちが悪いということに軸を置いてしまっているので収集はつきそうもない。真弘は年長者らしい態度で二人を窘める。

「どちらに非があるという話は一度置いておきましょう。お二人はこの後どうしたいのですか?」

「オルゴールを取り返す!」

「僕は別に、どうなってもいいよ。」

 更に熱の入った仁とは対照的に、潤は冷めた様子で大きく欠伸をした。なんとも責任感のない話だが、今はそこを突いている時ではない。

「では、オルゴールを購入した女性を探しましょう。」

「どうやって?」

 真弘の提案に、潤が遊びに飽きた子供の様に冷たく疑問を口にする。長い付き合いなので何とも思わないが、人によっては癇癪を起されかねないその態度に真弘は苦笑を零した。

 とはいえ、潤の問いはもっともだ。オルゴールを購入した客の情報は女性ということだけでほぼ無いに等しい。どうしたものかと思考を巡らせていると、それまで沈黙を貫いていた四人目が口を開いた。

「来る。」

「は?」

「何がくるって?令斗?」

 令斗の呟きに、仁が不審の声を上げ、潤は急に興味が出た様で令斗に詰め寄った。しかし、令斗は答えず再び沈黙する。真弘は令斗の言わんとしていることに気が付き「そのようですね」と瞳を伏せた。続いて気が付いた潤が身を引き、最後に取り残された仁が一人で首を傾げる事態となった。


 カラカラン


 静まっていた店内に、客の入店を知らせる鈴が鳴った。仁はふっと我に返って反射的に「いらっしゃいませ」と口にする。そのまま入口へと目を向ければ、入店したまま立ち尽くす傘を持った女性がいた。

 先刻まで話題に上っていた女性である。

「あの・・・・・。」

「あ、お前!」

 何事かを言おうとした女性を遮り、仁は座っていた椅子を倒す勢いで立ち上がった。


 失敗した、と思った時には時すでに遅し。仁という店員と話をするために来た割に、いざ本人を前にすると自分が心の底では会いたくないと思っていたことに気が付いてしまう。閑香は、自分の姿を見て勢いよく椅子から立ち上がった店員に思わずたじろいだ。

 そのままずかずかと詰め寄ってくる仁に立ち向かうことも逃げることもできずに棒立ちしていると、彼は遂に閑香の前まで来て歩みを止めた。

 話をしなければと口を開けた閑香より早く、仁が声を上げる。

「この前のオルゴール、返してほしんだけど。」

「えっ。」

 いきなりの申し出に、閑香はフリーズした。オルゴールの話をしに来たのは閑香も同じだが、まさか単刀直入に返却を求められるとは思っていなかった。思わぬ話の流れの速さに閑香が戸惑っていると、仁は苛立ちを隠すこともせずに髪の毛を搔き荒らした。

「他の店員が勝手にあんたに売っちまったんだよ。金は返すからオルゴール持って来い。」

「お、オルゴールは持ってきてますけど・・・・・。」

 仁の圧に押されて閑香はおずおずとカバンからオルゴールを取り出した。するとものすごい勢いで仁の手がオルゴールをひったくろうと伸びてきたので、閑香は咄嗟に自分の身で庇った。

「何ですか急に!」

「だから、返せって言ってんだろ。」

「横暴すぎますっ。」

 閑香の頭にも血が上る。これが心ある店員の態度かと、閑香は眦を釣り上げた。

「私はここの店員さんにオルゴールを売ってもらったんです。お金も払いました。」

「だから、それは潤が勝手に・・・・・。」

 腰に手を当てて天井を仰ぐ仁に、閑香は更に続ける。

「一度は売ったのに、急に返してほしいなんて困ります!」

 強気に出た閑香に視線を戻した仁はつられて渋面を作った。

「だから、あいつが勝手に!」

「勝手勝手うるさいなぁ!」

「・・・・・・?」

 一瞬、時が止まる。どこからか聞こえてきたように感じる第三者の言葉だが、この場には閑香と仁の二人しかいない。それに、その言葉が目の前の男の口から出てきたことは明白である。

 戸惑う閑香の目に映るのは、既に人相の悪い店員ではない。

「黙って聞いてれば適当言ってくれちゃって。どっちが勝手だよって、ねぇ?」

「????」

 渋面が解け、子供の様に頬を膨らませるその様子は昨日の店員のそれだ。そのことは客観的に理解できたが、受け入れることはできない。人が変わったわけではないのに、ガラッと彼を取り巻く雰囲気が変わっている。口調も仕草も、まるで別人だ。

「ほんっとやんなっちゃうよ。子供なんだから。」

「子供はお前だろ!」

 まただ。子供が拗ねるような表情から一変、先刻の渋面が戻ってくる。口調も荒くなり、苛立つ様子がその全体から滲み出ている。

 閑香は困惑から一変、恐怖を感じた。目の前の状況の整理がつかない。初めてここに訪れた時は夢の世界に感じたが、今は妙に現実味のある中で起きる現実感のない事態に頭がパンクしそうだ。

「わ、私帰ります。」

 素早く踵を返す閑香の腕を、店員が強く掴む。

「おい待てっ。」

「仁!」

 掴む手が緩んだ隙をついて、閑香は文字通り逃げるように店を出た。荒い鈴の音が、閑香の焦りを物語る。外は雨が降り続けていたが、傘をさす暇はなかった。幸い小雨程度だったので、そのまま無心に走った。暫くして、よろよろとスピードを落として立ち止まる。

 雨に色を取られた世界で息も整わぬうちに、後ろから声がかかった。

「あの。」

「!」

 振り向くと、先刻の店員が閑香と同じように傘もささずに立っていた。怖くなった閑香は再び水の溜まった地面を蹴って逃げようとした。

「すみません。お話できませんか?」

「・・・・・・。」

 背中に掛けられた穏やかな声に、閑香は高鳴る鼓動を落ち着かせるように胸に手を当てた。もう一度振り返ると、店員が申し訳なさそうな顔をしている。怖い顔も、子供の顔もしていない、いたって普通の人がする表情に閑香は少しだけ気持ちを落ち着かせた。

店員━━━━真弘はそんな閑香の様子に少しだけ表情を柔らかくした。

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