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four colors one true  作者: 朱ウ
1/4

オルゴール

 秋庭閑香アキバシズカは渋面を作った。

 目の前には、目つきの悪い年下の男。

「・・・・・ジン?」

「他に誰がいるんだよ。」

 男のつっけんどんな返しに、閑香の渋面は更に酷くなる。

「なんであんたなのよ!タイミング悪いんだから!」

「ああっ?タイミングが悪いのはお前だろ!」

「違うっ、仁が悪いんでしょ!」

 ぎゃあぎゃあと、周りの視線も気にせずに始まった言い争い。閑香は文句を口にしながら内心大きくため息を吐いていた。

 目の前にいるこの男との激しい応酬は今に始まったことではない。しかし、だからと言って旧知の仲と言う訳でもないこの男の位置づけが、閑香の中では未だ定まらない。というか、この男の位置づけは会う度に変わってしまう。

 この男と出会ったのは三か月前。男は閑香がふらっと入ったアンティークショップの店員だった。

 なぜそのアンティークショップに足を踏み入れたのかといえば、特に理由はない。無理やり上げるとするならば、単に気になったからである。

 仕事からの帰り道。前から気にはなっていたのだが、ずっと入れずにいた小さな店。小窓から覗く雰囲気の良い内装に惹かれ、閑香は足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ。」

 見た目より重たかった店のドアを開けると、入店を知らせる鈴の音と共に柔らかな声が耳に届いた。

 店内は外から見るより大分広いようで、チョコレート色の木でできた商品棚がいくつか置かれている。閑香はそこに並べられたアンティーク調の置物に一瞬で心惹かれた。スノードームや時計、用途不明な置物まで様々だったが、オレンジ色の照明に当てられたそれらはまるで魔法がかかったようだった。一番近くにあった宝箱のようなオルゴールをそっと開けてみると、細部まで精巧に作られたメリーゴーランドが姿を現した。てっきり音が鳴ってそのメリーゴーランドが回りだすのかと思ったのだが、予想を外れてオルゴールは沈黙していた。ゼンマイか何かあるかと、手にしたオルゴールを丁重に扱って確認するも、それらしきものは見つからない。

 どうやって動かすんだろう、と思考を巡らせていた閑香は、間近に迫っていた陰に気づくのが遅れた。

「どうかされましたか?」

「えっ、ああ・・・・あの。」

 突然声をかけられたことに動転した閑香は、オルゴールを落とさないように両手にぐっと力を入れた。落ち着いてから声の主を確認すると、そのいでたちからここの店員であることが知れた。

 大人の雰囲気漂う、優し気な目元をした男の店員である。

「ええと、実は・・・・。」

 閑香は手にしていたオルゴールについてその店員に聞いてみることにした。自分が壊したわけではないのに、妙な居たたまれなさから声が小さくなってしまう。

 挙動不審な閑香をどう思ったのか、店員は優しい雰囲気をそのままに閑香の手にしているオルゴールへと視線を落とした。

「そのオルゴール、中のメリーゴーランドを回すんです。」

「え?」

 困惑する閑香からオルゴールを受け取ると、店員はオルゴールを開けてメリーゴーランドの部分を反時計回りに回した。ギコ、ギコと、ゼンマイを回すような音がする。数回それを繰り返し、店員の白くて長い指が離れた瞬間、メリーゴーランドはワルツと共に時計回りに回りだした。

「綺麗なオルゴールですね。」

 閑香が店員の手の中を覗き込みながら率直に感想を述べると、店員はそっとオルゴールを差し出してきた。緊張しながら受け取ると、指先にオルゴールの振動が伝わってきて思わず力が入った。

「ほんと、綺麗。」

「ありがとうございます。」

 改めて感嘆の声を上げると、店員が謎のお礼を言ってきたので閑香は再度困惑した。

「実はそれ、わたしがつくったんです。」

「ああ、そうだったんですね。」

 合点が行き、閑香は尊敬の眼差しで店員を見上げた。黒髪に端正な顔立ちとすらっとした身のこなし。白のシャツにエプロンをしていなければ、どこかの執事と思われる程だ。執事などお目にかかったこともないが。

 しばらく無遠慮に見つめていると、店員が苦笑を漏らした。閑香はジロジロと店員を見ていた自分に気が付き、赤面した。

「す、すみません。」

「いいえ。」

 頭を下げる閑香に、店員は柔らかく否定して更に笑みを深めた。

 なんだか、居たたまれない。頭を上げながら、閑香は手の中のオルゴールへと視線を移した。既に、音は止まっている。

「あの、このオルゴールいくらですか?」

 話題を変える意味もあったが、単純にこのオルゴールに一目ぼれしてしまった。先ほどゼンマイがどこかを探した時にも値札などは見当たらなかったので、思い切って聞いてみたのだ。

 値段を聞かれた店員は、柔らかい笑みを少しだけ崩して困った様な顔をした。

「申し訳ありません。つくった本人に聞いてみないとお答えできなくて。」

「え?」

 つくった本人に聞くも何も、この店員がつくったのではないのか。店員自身がそう発言していたのに。閑香は再三にわたり困惑した。

「えっと、このオルゴールはあなたがつくったんですよね?」

「はい、わたしがつくりました。正確には、わたしではありませんが。」

「???」

 店員の言葉に要領を得ない。ひょっとして、からかわれているのだろうか。もしくは売る気がないのか。

「あのっ。」

「少々お待ちください。制作者に聞いてまいりますので。」

 戸惑う閑香を一人置いて、店員はすっと店の奥へと姿を消した。閑香は狐に化かされた気分で呆然と立ち尽くしかない。しばらくして、店の奥からこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。踵をずって歩くような、乱暴な足音である。

「あんたがオルゴール購入希望者?」

「えっ?」

 閑香の前に現れたのは、先刻の店員と同じ格好をした男だった。黒い髪に端正な顔、白くて長い指。

「あ?あんたじゃねーのかよ?」

「あああああ、ええっと、わたし・・・・です。」

 高圧的な店員に押されて小さくなる閑香に、男は舌打ちでもしそうな程に顔を顰めた。

 一瞬、先刻の柔和な店員かと思ったのだが、態度や喋り方は正反対の様だ。

「あの、このオルゴールの値段をお聞きしたくて。」

 早々に会話を終わらせようと、閑香は男にオルゴールを差し出した。この男がこんな精巧なオルゴールをつくったとは信じられないが、さっさと購入して帰りたい。

 男は差し出されたオルゴールに視線を落とし、睨むようにして閑香に向き直った。

「あの、おいくら・・・・。」

「二十万。」

「えぇ?」

「聞こえただろ。にじゅーまん。二の後にゼロ五つ。」

 二本指を立てて、男が閑香の前に突き出して示す。

 提示された金額に閑香は絶句した。確かにオルゴールは安いものではないし、高額なものが存在することもわかっているが、それにしたって高すぎやしないか。有名な作者なら別だが、目の前の男がそうとは到底思えない。

 縮こまる閑香の様子を見て、なめられたのかもしれない。カモに思われたか、売る気がないのかは知らないが、ここまで言われて黙っている閑香ではない。元来、我は強い方なのである。

 一呼吸おいて、閑香は挑む様な視線で男と向き合った。

「わかりました。払います。」

「は?」

 今度は男の方が絶句することとなった。まさか、二十万という金額を承諾するとは思っていなかったのだろう。閑香としては、してやったりの反応である。固まる男を傍目に、閑香は肩に下げていたカバンから黒の長財布を出した。流石に現金で二十万円も普段から持ち歩いてはいないので、カードを取り出す。

「カードでお願いします。」

「ここ、カード支払い不可だから。」

 相手も相当負けん気が強いらしい。腕を組んで上から目線の男に閑香は歯を食いしばった。ここで口汚く罵るのでは大人の対応とは言えない。冷静さを維持しなければ。

「じゃあ明日、現金で持ってきます。失礼します。」

「あ、おいっ。」

 言い逃げは閑香の中でギリギリの大人なラインだ。オルゴールを男に返すのも癪だったので、元々あった場所に丁重に戻し、呼び止める男の脇をすり抜けて出入り口の重たいドアを押し開けた。

 出る瞬間、鈴の音と共に「しょうがない人ですね」という、最初に対応してくれた店員の小さな声が聞こえた。


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