11.策士策に溺れる
王子の蒔いた餌に見事に引っかかっている者がいた。
その者は百面相している。
そんな面白い顔をしても結局は変わらないのだが、また何か考えているのだろう。
「して、返事は?」
「私は領土を継ぐ身でして、王子のお話は誠に有難いのですが、お受けすることができません。」
「何も毎日通えと行っているのではない。王都に来ている間は領土に私の方で補佐を出す。何も構うことはない。」
他の人にとっては喉から手が出るといった高待遇になるのだろうが、カトリーヌにとっては重荷にしかならない。
お断りします。
辞したい所だが、そういう訳にもいかない。
ここまで王子に言い切られるともう命令と考えてもいい。
だがせめてもうひと足掻きしたい。
「お受けする前に、私なぞを選んだ理由をお聞きしたいのですが。領土経営を持ち直したからでしょうか。」
細心の注意を払ったつもりだが、フルーツタルトに目をつけた者が思った以上に少なかった。
何処にでも材料があるのに、それを活かさないなんて。
おかげで材料の良さが知れわたったことでシュピオナージェ伯爵領の流通先が増えた。
質さえ落とさなければ、領民も充分な暮らしをしていけるだろう。
きっとそれが原因だ。
嫌に目立ち過ぎてしまったという位しか理由が思い当たることがない。
「もしそれが理由なら私より私の叔母、グラーツィア・アットーレ伯爵夫人の方がお役に立ちましょう。」
カトリーヌはここぞとばかりに続けた。
「確かにアットーレ伯爵夫人の領土経営の手腕には一目置いている。しかし、お前が良いのだ。頼みたいことがある。」
あっさり返されてしまったことに、辟易する。
普通の娘なら、王子という立場で見目も麗しい男が懇願してきたら、もう喜んで引き受けるだろうが。
「…お受け致します。」
「少しは嫌な顔を隠そうとしないか?」
態度の横柄な王子だが、多少は気を遣っていたのだろう。
渋々と返答し、表情を隠さずにいるカトリーヌに思わず言ってしまったのだった。
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