5.【番外編】 香りに乗せて
エレニアとの関係に奮闘するリンノの話です。
飛ばしても本編に問題ありませんが、
読んで頂けた方が次話の話がしっくり来ると思います。
エレニア様の生活は不規則だ。朝早く起きてくる時もあれば、太陽が傾くまで寝ている時もある。
普通なら食事の用意に困るけれど、エレニア様は簡素な物を好まれるのでいつでもお出しできる物を用意しておけばよく、私としてはとても助かっている。
従事し始めて1か月。殺伐としていた屋敷は幾分か元の姿を取り戻してきていた。一人で管理するには広すぎる屋敷だけれど時間はたっぷりある。私はただひたすら掃除に精を出した。
来客時に見られるエントランスや応接室から始まり、使われた形跡のない客間、柱時計が置かれただけの小部屋に使用人室。埃を落とすだけで一苦労だ。庭は荒れ雑草が生えているが、完全に廃れていると言うわけではない。相変わらず庭には手を入れないように言われているので、周囲の枯葉を集めるだけにしておく。
「屋敷はどんどん綺麗になっていくのに、寝室と書斎の掃除ができないのが残念ね。」
(それに、完全に避けられてるのよね。)
誰に当てたものでもなく素の口調で独り言を漏らす。少しでも居心地よく過ごして貰いたいのだが、本人と会えないともてなす事もできず食事と掃除に励むしかなかった。なにより避けられているのにこちらから追い回すのは逆効果な気がした。
(何も言ってこないって事は問題はないって事なのかしら?)
今の関係が正常ではない事はわかっているが、少なくとも屋敷の管理の面で不足はないと受け取る事にして放任されている事を楽しむようにしている。こちらも秘め事を気取られぬよう言葉に気をつけなければいけないので距離が開くのは悪いことばかりではない。
最近は掃除をしながら居心地のいい場所を見つけるのが楽しみだ。
朝日は裏口にある井戸の辺りから、昼は裏庭の木陰、夕陽は南側二階のテラスから眺めるのが気持ちいい事を発見した。居心地がいいといえば、庭に面したサンルームは主のお気に入りらしく、書斎と寝室にいなければ大抵サンルームに居る。主が気に入っている場所という事もありこの部屋だけは毎日窓を磨くようにしている。
(・・・いい香り。)
サンルームの窓を開けると、ほんのりと甘い香りが漂ってくる。大きな葉をつけた白い花が、数日前に花開いたのだ。名前はわからないけれど、凛とした佇まいがとても綺麗だと思う。掃除をしに通う内に、蕾を付け、膨らみ花開く彼女らに愛着が湧いてくるようになった。主がついここに足を運んでしまう気持ちがわかる。
(この香りを楽しみながら飲みたい紅茶は何だろう?)
花の香りを楽しみながら肩の力を抜かせてくれるようなそんな紅茶は町で売っているだろうか。ゴードン家のメイドなら知っているかもしれない。
(エレニア様は喜ぶだろうか。)
自らの屋敷ですら息を詰まらせている彼が少しでも休めるのなら試してみてもいいかもしれない。
数日後、普段よりたった一杯多く紅茶を飲んだ事にガッツポーズをしたメイドが居た事を、エレニアは知らない。
リンノがそっけないエレニアに対し何故前向きに親身になるのかは本編の方で。