55.ふたつの赤
「ふっ」
私の言葉を聞いてディビッチ様は顔を伏せ肩を震わす。
「ク」
様子がおかしい。エレニア様と二人で顔を見合わせる。呆れ果てて言葉も出ないのかと心配していると予想外の反応をしめした。
「ククッ、ハッハッハッハッハ!!」
突如ディビッチ様は膝を打ちながら声を上げて笑い出した。その麗しさからは想像できない豪快な笑い声が響く。廊下まで漏れ聞こえたのだろうか、イシュタシアさんが駆け込んできて目を白黒させている。私たちも呆気にとられて黙っているしかない。
「全く、ゴードン家の嫡男といいお前の周りはお人よし、いや、バカばかりだな。」
貴公子は必死で笑いをこらえるそぶりを見せながらつぶやいた。
「リンノ、先の発言は客人のディビッチとしてではなくリッツォ家当主たるディビッチ・リッツォへの進言だな? 使用人風情が口を挟むなど処罰は免れんぞ。理解しているんだろうな?」
「・・・覚悟しております。」
「ディビッチ!」
一歩前へ足を踏み出したエレニア様の腕を掴んで押しどめる。
「エレニア様、いけません。私は私の発言に責任を持つ必要があります。」
いくら発言を許されたとはいえとは言えたかが使用人である私の発言は許されるものではない。唇をきつく結んだ。
「親の敵のように睨むなよ。私も立場と言うものがある。お前もわかっているだろう。」
「くっ」
「とはいえだ。ここは私の領地内でもなく、なによりお前はゴードン家の使用人だ。フッ、ハミットの顔を立ててやろうじゃないか。リンノ、先の発言は不問とする。」
「ディビッチ様の慈悲深く寛大な措置、心より感謝致します。」
「ただし次はない。」
そして最敬礼で応えた私を見止めるとエレニア様へ視線を向け愉快そうに微笑む。
「意外そうな顔だな。」
「早まったことは申し訳ない。その、私からも感謝する。私もリンノの件を除いてはディビッチと敵対する意思はない。」
「今にも噛み付きそうな顔をしておいてなにを言うやら。軽率さは己の首を絞めるぞ。」
「わかっている。これ以上ハミットにも迷惑をかけられない。」
「彼は進んで厄介事に首を突っ込んでいる気がするがね。本当に、この町の人間は難儀だな。」
ディビッチ様はまるで一仕事を終えたかのように大げさな仕草で肩を回し立ち上がる。
「さてイシュタシア、リンノ・マクレーンについての調査は充分確認が取れたことだし明後日にでも引き上げるとしよう。」
「すぐに手配致します。」
無駄のない動きでイシュタシアさんが扉を開ける。
「待ってくれディビッチ!話があるんだ今夜時間が欲しい。」
「今では不都合が?」
「ハミットも立ち会わせたい。」
「そうか。いつでも私の部屋に来るといい・・・これでも休暇中の身なのでな。時間の無駄にならないことを祈っているよ。」
「そのつもりだ。」
言葉を聞きとめるとディビッチ様はイシュタシアに先導され部屋を後にした。
あとには私とエレニア様だけが西日のさすサンルームに残される。
模範的かと思えば寛容さを示し、無関心かと思えば人が変わったように笑う。ディビッチ様の考えは全く読めない。
あまりの急展開に心も体もどっと疲れ私は動けずにいた。