45.深紅の瞳
雨の音がした。
早朝に目が覚めてしまったリンノは久しぶりに二度寝を楽しんだ。
自分のために食事を作り自室の片づけをして、主の書斎に向う。
「・・・失礼します。」
許可を貰っているとはいえ主が不在の部屋に入るのは少し緊張する。
薄暗い書斎は相変わらずの状態で、テーブルの上には小包みや本が山になりいつから放置されているのかわからない。
部屋の左側にある物の方が少し高く積まれている。
無意識に置いているんだろうけれど、その置き方にもどこか主の存在を感じられて微笑ましかった。
それらに手をつけるのは躊躇われて本棚を眺める。
棚にある殆どが外国語で書かれたもので、リンノにはどこの国の言葉なのかもわからない。
適当な一冊を手に取り挿絵だけを読んでいく。
数冊同じように読んでみたけれどやはり内容はわからなかった。
町娘の私にこれを読めというのは酷ではないだろうか。
優しさが感じられて苦笑が漏れた。
雷が鳴った。音につられて窓辺に立つ。
明け方から降り始めた雨は酷くなるばかりで、窓に手を添えれば打ち付ける雨粒の重さを感じた。
(ここは、なんて静かなんだろう。)
嫌でも頭をめぐる自問自答。
『それはエレニア様に対する依存ではありませんか?』
執事の言葉を否定できなかった。
私の願いは、あの人の傍にいて支え続けたいということ。
自分を卑下し続けることをやめて少しでも元気になって欲しかった。
主がどう思っているかなんて関係なく、私がそうしたかった。そうなって欲しかった。
すれ違いはあったけれど、主も私に傍にいることを許してくださった。
これ以上なにを望むというのだろう。
お洒落な服、流行りのお菓子にお茶会での恋愛話?
私には、眩しすぎる。
生きて行くのに必要な最低限の暮らしができればいい。
主の傍にいられるだけで充分すぎる物を手に入れている。
手に入れたものはいつかなくなる。その先は喪失だけだ。あまり考えたくない。
暗い思考に陥っていたその時、窓の外から馬車の音が聞こえた。
聞き間違いかと思ったが、小さな明りがこちらに向かってくるのが見える。
(どうしよう、来客の予定はない筈だけど。)
書斎に鍵をかけ、慌てて階下に向かう。
門に向かうとちょうど馬車が門前に停車したところだった。
御者の一人が馬車から降りた。
「あの、大変申し訳ございませんが主は不在でして。」
「存じ上げております。」
「え?」
「ご来訪の御方は、貴女の客人でございます。」
「は??」
私に客人なんて来る筈がないと言い返そうとすると、御者はリンノを無視し客車に傘をかざした。
それを待っていたかのようにドアが開き、赤髪の男性が颯爽と降り立つ。
男の腕の一振りでバサリと黒い外套がはためいた。
「君がリンノ・マクレーンだね。」
「貴方は・・・」
「私はリッツォ家の当主、ディビッチ・リッツォ。どうぞよろしくお嬢さん。」
リンノは深紅の瞳に捕まった。