40.決意の出発
「はぁ~。」
リンノとの夜食を終えて書斎の椅子にどっかりと腰掛ける。
ディビッチからの召喚状を受取ってからというもの、エレニアはある問題で頭を悩ませていた。
それは、リンノをコロナに連れて行くかどうかというものだ。人が近寄らない屋敷とはいえ若い女性がひとり残るのは無用心すぎる。リンノを一緒にコロナへ連れていきたいというのがエレニアの本心だった。
隠居生活の身とはいえ世話係の従者一人を伴ってもなんの不思議もない。
ただ、
「・・・絶対にディビッチと会わせたくない。」
深いため息と共に本音が漏れる。
使用人の管理は執事の領分。普通であれば一介の使用人を当主が気にかけることなどありえないが、身内からみれば彼女は既にただの使用人ではなかった。
それまで人を避けてきたエレニアが傍にいることを許している唯一の使用人が彼女だ。セヴィリオの件も承知の上だとすれば、公私問わずディビッチが興味をひかれないはずがないと確信している。
召喚状がこのタイミングで送られてきたということは、そういうことなんだろう。
実のところ召喚状がこなくともエレニアはコロナへ行くつもりであった。
それは、リンノをエレニアの正式な使用人にするためだ。現状リンノはゴードン家からの派遣という形のままになっている。本家から援助されている資金でリンノを雇うことも可能だが、それでは彼女の身柄もディビッチの手の内ということになる。
なにもかもハミット頼みというのは都合がよすぎるだろう。
町へ行けば蔑まれ、歓楽も友人もない土地で、リンノはできうる限りの努力をしてくれていると感じている。
では私は主としてどうなのか。
『今日からは正式に私のメイドとして働いてくれ。』
リンノが全てを話してくれたあの日の言葉。
契約も給金も与えていない名ばかりの主では、いざという時に彼女を守ることができない。
その第一歩として、エレニア・リッツォは自分自身の価値を示さなければならなかった。ディビッチには召喚状という先手を打たれてしまったが、向こうが彼女の件で呼び出そうというのであればこちらもそれ相応の準備をするまで。
だが、交渉の場でリンノを盾に取られては困る。そう判断してエレニアはリンノを屋敷に置いていく決断をした。
(あとは私の問題か。)
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翌早朝。
寝不足気味なエレニアを馬の嘶きが叩き起した。リンノも寝起きだったのか、身支度は済んでいたがいつもより動きがおっとりしていた。ワンピース一枚だけでは寒いだろうなと冬も終わる今更になって気がついた。
「リッツォ家当主ディビッチ・リッツォ様の命により、エレニア・リッツォ様をお迎えに参りました。」
青の正装に身を包んだ御者が恭しく腰を折る。
御者によればディビッチの命ですぐにでもコロナへ出発しなければいけないとのことだった。
荷物の準備がと思ったが、驚いたことにリンノによって荷物は昨晩の内に用意されていた。急いで身支度を整えローブを羽織る。
「リンノ、私がいない間は休暇だと思ってくれ。気になるものがあれば書斎の本も好きに読んでかまわない。」
「ありがとうございます!」
「万が一訪問者があっても家に入れてはいけないよ。主は流行り病だと言って帰してしまえ。」
「畏まりました。」
「それと、」
「庭には誰も入れません。」
「あぁ頼んだよ。」
後ろ髪をひかれつつ15年ぶりに馬車に乗り込む。
「それじゃあ、行ってくる。」
「エレニア様、お気をつけていってらしゃいませ。」
リッツォ家の紋章が刻まれた馬車が丘を駆ける。門前で見送ってくれたリンノの姿はすぐに視界から消えてしまった。
ここからコロナまで馬車で五日ほど。風馬なら二日の道のり。エレニアは俄かに高揚していた。




