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丘の上の秘密  作者: 綿世しば
第1章 出会い
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2.リンノ・マクレーン

リンノ・マクレーンの章

彼女の話が続きます。

 リンノ・マクレーンはポルドネ市街の小さな商家に長女として生まれ、祖父母と両親、4つ上の兄トマスに可愛がられ育った。


 幼い頃のリンノはトマスや周囲の大人を見ては言動を真似たり、気になった事があると家族だけでなく知り合いの家に聞いて回るほど好奇心が強く、祖母と母が止めても聞かぬ事が多々あった。それに比べてトマスはやんちゃだが物分かりがよく父の期待を一身に受けていた。

 リンノも学校から帰ってくると楽しそうに自分の知らない世界の話をする兄を見ているのが好きだったし、兄もそんなリンノを妹として可愛がってくれていたと思う。

 今で言う学校とはかつて庶民が通う学舎と貴族が通う学院が統合された物だ。リンノが生まれる数年前、国王は貴族を優遇し過ぎる風潮に苦言を呈し、庶民と貴族で分けられていた学び舎と学院を統一した。

 当時、貴族からはかなりの反発があったが国王は強硬し、軍や公職へ就く事も庶民と貴族を同列に扱うと公言した。しかし、城下から離れるほど貴族優遇の色は意識的にも実質的にも残っており、入学させるには家を建てられる程の学費が必要だった。


『学校って楽しいところなの?』


 いつだったかリンノの無邪気な問いかけに母が悲しそうな顔で沈黙した事がある。マクレーン家は絹糸を扱う商家だが子供を2人も学校へ行かせられるほど裕福でなく、リンノは物心ついても学校へ入れていなかった。母の沈黙にリンノは自分が母を悲しませた事を察し泣いた。

 リンノの両親は好奇心が強いリンノが学校へ行きたがっている事を知っていたし、できる事なら通わせてやりたいと悩んでいたが現実には無理な話だった。この地域では、庶民で学校へ通える子供は半数にも満たない。リンノの実家はトマス一人を通わせるだけで精いっぱいだった。

 そこで両親が考えに考え出した答えが父がリンノに言葉と計算を教えると言う事だった。幸いにもリンノの父は学舎を出ていたし親として娘が望む事ならばできる限り叶えてやりたかった。それだけでなく、生活の知恵は母が授けかつての歴史は祖父母が語り聞かすとリンノは大変喜んだ。

 リンノは難しい事を考えるのは苦手だったけれど新しい事を知るのはそれ以上に大好きで、家族の教えを年上のトマスに負けぬ勢いで吸収した。


 そうして十数年が過ぎ、リンノは15歳になって店番や言付け程度の手伝いが出来るようになっていた。

街に友達もでき縁遠い社交界や恋の話に夢見る年頃で、今は庶民から貴族への’玉の輿’が噂されるサマラス家の話題で持ちきりだ。兄のトマスはと言えば、学校を卒業後 父に付き添い商いを学んでいた。成人を迎えると言うのに浮いた話もなく休みの日はいつも男友達と遊んでいる跡取りの将来について、両親は少々心配しているようだった。

 そんな思春期真っ只中。日没が早まったと感じ始める頃、兄の様子がおかしい事にリンノは気が付いた。


 (父さんが馬で出かけると、兄さんが決まってどこかへ出かけてく・・・。)


 最初は偶然かと思っていたが、父が不在の度に夕刻になると裏口から出かけるトマスを見かけ、良からぬ事をしているのではないかと疑念に駆られた。悩んだあげく母にも相談をしたが、兄は決まって2時間程で戻ってくるので「きっと、厳しい人がいない間に羽を伸ばしたいのよ。」と呑気に微笑むだけだった。


 (確かに父さんは厳しいけどコソコソし過ぎじゃない?)


 どうしても納得できなかったリンノはある日、兄の後を尾ける事にした。靴は動きやすく走りやすい物を選び、夜闇に紛れやすいように地味な色のローブを羽織ってフードを目深にかぶる。


 (兄さんはいつも納屋を横切って出てく。先回りして茂みで待ってみよう。)


 リンノは裏口が見渡せる位置の茂みに屈んで身をひそめた。自宅裏は林のため大通りから離れている、日没を迎える今は近くの民家の生活音と虫の音しか聞こえない。


(もしかして今日は出かけない?それとも玄関から出て行った?)


 時間の感覚がなくなりリンノが焦れ始めた頃になって兄トマスが裏口から現れた。既に日は沈んでいる。慎重に距離を取りつつ追いかける。兄の姿は段々と民家から離れて幼い頃によく遊んでいた森へ向かっていく。


 (こんな時間に森に入るなんて!)


針葉樹の森の中。少し開けた場所に兄ともう一人の姿を見止めた。明りはなく相手の顔はよく見えないが、小柄な体型から女性だと直感した。

 二つの影はなにか言葉を交わすと、強く抱擁を交わした。


 (まさか逢い引き? それであんなにコソコソと・・・。)


 リンノが呆れかけた時、雲間から月の光が差しこみ二人の姿がハッキリと見えた。瞬間、リンノは叫び出しそうになった。


 兄の逢瀬の相手はリンノが知る人物。それも町中が注目している女性だった。あまりの事に理解できず、ぐちゃぐちゃになる頭でリンノは両手を口に当て漏れそうな声と乱れる呼吸を必死に抑えた。


 (あれは、シプリア・サマラス!!!)

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