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丘の上の秘密  作者: 綿世しば
第2章 ボリー・アンソンの災難
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27.長い夜

 キッチンでミルクを温めながら、少年配達員ボリー・アンソンから受け取った手紙を眺める。

 雨に濡れたそれはインクが滲み、主宛だと聞かなければ宛名を判別できない程の状態だった。


 (エレニア様宛の荷物は全て小包みで届いていたのに、封書だなんて。)


 あの少年が配達員だというのは制服から明らかだったし、リンノも買い出しの際に見かけたことがある顔だった。けれど今まで主はゴードン家を通じてリッツォ家とやり取りをしていたのだ。


 (それがなぜ今回は町の配達員が・・・。)


 ボリーから封筒を受け取るのを躊躇った理由はそこだった。

 しかし、間違いなくリッツォ家の封蝋がされている。リンノは胸騒ぎが抑えられなかった。


 言い様のない胸騒ぎは森に入る前にもあった。日中、最初の異変に気がついたのはリンノだった。

 二階のベランダを掃除していると、鳥たちが慌ただしく飛び立つのが見えた。鳥なんていくらでも飛ぶだろうとわかってはいるが、その風景は繰り返す生活で馴染んだものとは異なり違和感を覚えた。

 次は雨が降り始めてから。換気していた窓を閉めていると、湖の森に瞬くものが見えた。見間違いだと思ったが暫くするとまた光る。


 『エレニア様、湖の森に何者かが居るようです。』

 『あの森に?』

 『はい。エリーシオの者があの森に入るわけはありませんし、賊かもしれません。昼頃にも森の様子がおかしかったですし、今も森に灯りが見えました。』

 『誰かが迷いこんだのでは?』

 『故意に森に入ったとしても抜けた先にこちらにあるのはこの屋敷だけです。エリーシオの人たちが当家に来るとは考えられません。』


 リンノはずっと考えてきたことがある。なにかをきっかけにエリーシオの人々が主に敵意を持つのではないかと。


 ((おそ)れている間はいい。けど・・・。)


 リンノの拳に力が入る。


 『確かにな。念のためゴードン家に連絡を。それから森の近くまで行ってみよう。』

 『森へですか? それでしたら私だけで参ります。』

 『それで賊だったらどうするのさ。』

 『それは、』

 『それに弱った迷い人だったら、君では連れてこられないだろう。』


 主の言い分は最もで受け入れるしかなかった。

 そうしてエレニアとリンノは、さ迷うボリーを発見する。リンノは屋敷から出ようとしない主が、何故森の不審者を確かめに向かったのかは疑問だった。

 そんなことを考えながら、温めたミルクをカップに注ぎ客室へ向かう。


 「アンソン様。」

 「・・・・・。」

 「アンソン様、お飲み物をお持ち致しました。」


 ノックをしたが室内から返事はなかった。


 (寝てしまわれたのかしら。けど、まだ明かりがついているし。)


 リンノは少し悩んだあとに扉を開いた。


 「アンソン様、失礼致します。」


 客室には、暖炉の椅子に腰かけるアンソンがいた。彼は青年というには幼さが残る瞳を閉じ、規則的に胸が動いている。

 どうやら眠ってしまったようだ。

 浴室を覗くと、泥だらけだった服がカゴに入っているのが目にとまった。手に取ると、おおざっぱにではあるが泥が落ちていることに気がつく。

 カゴを手に持ち、少年の元へ戻る。

 暗い森をよほど必死にさ迷ったのか、鼻の頭や顔の所々に傷がつき赤く腫れてている。それは腕にも見てとれた。


 (・・・悪い子ではないのかも。)


 リンノは暖炉を始末するとアンソンに毛布をかけ静かに部屋を後にした。

_________________________


 「エレニア様、こちらを。」


 私は着替えを済ませた主にアンソンから預かった封筒を差し出した。


 「手紙?」

 「先程の少年は、ボリー・アンソン。エリーシオの配達員だそうです。今日はこの手紙をエレニア様に届けるために森に入ったと、そうおっしゃっていました。」


 手紙を受け取った主は表情のない顔で封筒を観察している。主が時々みせる光のない瞳は、熱を現す色と相まって美しい。


 (でも、もやもやする。)


 「リンノ。」

 「っはい。」


 黒いものが沸き上がってくるタイミングで声がかかりドキリとした。


 「リンノ、彼のことを頼んでいいかな。」

 「畏まりました。」

 「エリーシオの者だとわかった以上、あまり僕が出ない方がいいだろう。彼には明日雨が上がったら帰ってもらうとして、町へ戻る時は森を迂回する道を教えてあげなさい。」

 「畏まりました。」

 「それと、わかってると思うが庭には入れないように。」

 「心得ております。」

 「彼のこと以外は普段通りに。僕はいつも通り書斎に籠るよ。」


 書斎を後にして戸締まりを確認して回る。森に向かう際に確認をしていたが、落ち着かない夜は念には念をいれて確認をしておきたかった。

 二階のチェックが終わり一階に降りる頃、リンノの腹から情けのない音が鳴った。


 「そっか、夕食まだだった。」


 『夕食』という言葉を口にして、ふと息が漏れた。そして背中にまで力が入っていたことを自覚する。


 「今日は、疲れたな・・・。」


 一階のチェックを済ましたら寝てしまおう、そう決めた。


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