15.病と傷
リンノはエレニアの赤い前髪を指で梳い整える。主の体はその髪色のように熱い。
四日前、老紳士と会った夜から主は高熱をだし寝込んでしまった。急いでハミットに診察して貰ったが、これは発作のようなもので暫くすれば治ると言われた。気がつくまでは寝かせておくしかないと言われたけれど額に乗せた水タオルはすぐに温まってしまう。
時折、苦しそうな声をあげる主の姿にリンノは不安で付きっきりの看病をしていた。
(熱は落ち着いて来たけど、汗がすごい。)
「早く、よくなりますように。」
ベッドに横たわる主の手を握り祈る。思えば、こんなに近く長い時間を過ごしたのは初めての事かもしれない。
「ぅ・・・・」
エレニアの長い睫毛が揺れゆっくりと開いた。瞳はまだ微睡にいるようでどこか焦点が定まっていない。
「エレニア様!」
「・・・・懐かしい、夢を見ていた。」
付き添っているのが自分だと気づいてないのかもしれない、とリンノは戸惑う。返事をするべきか狼狽えていると、主はボソボソと声を出した。
「私は倒れたのか。」
「はい、お客様がいらした晩に。」
「客があるとすぐこれでね、寝ていれば時期によくなる。」
「はい、ハミット様から伺いました。」
『発作の事について、なぜ教えてくれなかったのか』という気持ちと『まだ信用されていないのか』という気持ちが入り交じりドロリとした物に心が塗り潰される。
「なにか、言いたそうだな。」
「・・・・。」
「もし私になにかあっても、ハミットが後処理をしてくれる。そう言うことになっているんだ。君は元の仕事に戻るだけだ。」
リンノは驚いて目を見開いた。今、主は何と言ったのか。堪えなければいけないとわかっていても堪えきれない。
「・・・だから、心配はいらないとでも言いたいのですか。」
「そうだ。」
主が放った言葉がリンノの胸を突き刺さす。その亀裂は、いっぱいに膨らんでいたリンノの心を破り、塞き止めていた感情が溢れだした。
「そんな、・・・そんな心配はしていません!!!」
思った以上に出た大声に、今度は主エレニアが驚く番だった。勢いよく立ち上がった衝撃で椅子が倒れる。
「私は、貴方を心配しているんです!!どうしてご自分を大切にしてくれないんですか?私がなぜ貴方の手を握っていたか。どんな思いで夜を明かしたか、それすらもわからないのですか!!」
不安、悲しみ、怒り。色んな感情が混ざりその全てが涙になって流れ出す。
主のすまないと言うつぶやきが聞こえた。涙を流して嗚咽を漏らしながら、自分に嫌気がさしてくる。
メイドでもいいから、ただ傍で支える事ができればいいなんて綺麗事だった。段々と欲張りになってしまった。
「私、バカですね。」
ひとしきり泣いて私が落ち着き始めた頃、主はベッドから身を起こし静かな声で訊ねた。
「私の事をなぜ心配してくれるんだ。」
「エレニア様に、もっと自分を大切にして欲しいからです。」
「どうして?」
「貴方は、私の恩人だからです。」
「私が恩人?」
「はい。」
初めて私に『どうして』と訊ねた主は困った顔をして思案している。それもそうだ、わかるはずがない。
「エレニア様。私には、貴方と同じく生きにくい理由があるのです。」
「なにを「よくお触り下さい。そうすれば、貴方にもわかるはずです。」
失礼します。と言い、主の手を自分の頬に添えさせる。これから行う暴露の恐怖に手が震えそうになる。
「これは・・・。」
主の熱を持った指がこめかみから頬にかけて動く。
「私の顔には、隠しきれない程に大きく、見るに堪えない傷があるのです。」
私の言葉を聞いて、頬を撫でていた指がピクリと止まった。
「これは八年前、十五歳の時に見知らぬ男に襲われ負った傷跡です。固い棒状の物で側頭部を殴られ、私は意識を失いました。私が咄嗟に上げた悲鳴を聞いて駆けつけて下さったのが、偶然町にいらしていたハミット様だったのです。
私は長い事、目を覚ましませんでしたがハミット様とその師に当たるお医者様のお陰で生き延びる事ができました。しかし、私の顔に残った傷が人の目を引きすぎます。
二年はどうにか食いつなぎましたが、一人で生き続けるのは限界でした。そんな時、再びハミット様とお会いできました。私は恥も外聞も捨てハミット様に泣きつき、セヴィリオ・リッツォ様をご紹介頂く事になったのです。」