松井ランド その4
前回までのあらすじ。
学校の観光地にまで昇華した松井ランドだがついに廃業となった。
しかし、男達には最後の仕事が残っていた。
さて、いよいよ松井ランドの解体作業に取り掛かる。
下請けは使えない。
談合が明るみになった今、大手ゼネコンの手を借りるワケにはいかないのだ。
そのほうが町も潤うし。
私と松井君は準備をした。
まず時間。
放課後に決行の提案をしたが松井君は却下した。
目立つのはマズい。
すなわち、不自然な行動は避けるのが賢明だと。
1、2年が部活動をしてる中、部活のない3年の私達が居るのは目立つ。
やるなら自習時間以外にない。
と力説する松井君。
要するにこのロバは早く帰ってニンジンが食いたいのだ。
しかしながら私もダラダラと残って爆弾解体作業などしたくはない。
時間は大事だ。今というかけがえのない時間は二度とやってこないのだ。
無駄に使うことなどできない。
早く帰ってアニメの再放送を見るのだ。
やはり最大の妨げとなるのは教師だろう。
職員会議の時間を狙うとしても、位置関係が非常に悪い。
私のクラスは職員室の二つ隣で近すぎる。
見張りが必要だ。
見張り役には西川君を起用することにした。
というか彼が適任だ。
無断で使った剣道着を彼にバレることなく返さなければならないのだ。
これで準備は整った。
学年の教師達が職員室に移動すると、他のクラスがざわつきだした。
無法地帯の出来上がりだ。
今しかない。いざ決行だ。
すぐさま西川君を臨時の非正規職員として雇用する。
このミッションの重要性を伝え、決め台詞「君にしかできないことだ。頼む」と、彼に理解を求める。
事情がよくわかってない彼は「なんだか面白そう」という理由で承諾。
見張りを得た我々は作業に取り掛かかる。
ビニールは5枚重ね。さらにダンボールの箱を用意。
これでもいささか不安であった。
既に兵器となりつつある松井ランドは、塩化ビニールなど溶かすかも知れなかったからだ。
そして松井ランド開場。
臭気は予想の範疇を超えていた。
酷い吐き気が私達を襲う。心なしか目も痛い気がする。
クラスの女子が一気に騒ぎ出す。
すぐさま松井ランド職員に換気の指示を出す。
処理を続けよう。
もはや松井ランドは世に存在を許されないと知った。
これを放置すれば地下鉄サリン事件、いや、ヘタしたら第2のチェルノブイリだ。
核である元給食をビニールの中へと押し込める。
憐憫の情を抱く。
今までありがとうな…
皆、おまえのこと…好きだったぜ…
ごめんな…
その刹那。
…ありがとう…
声が聞こえた気がした。
はっと我に返る。
あぶない。
あまりの臭気に幻覚を見ていたようだ。
危惧していた核の酸はビニールを溶かすことなく無事に回収できた。
西川君の剣道着は匂いが染み付き、よくわからないモノが付着し、酷い有様だった。
この際なので、一緒に外に持っていって処理することにした。
西川君には引き続き見張りをお願いし、私たちは外へと出る。
まずは外の水場に水を貯め、西川君の剣道着をぶち込む。
染み付いた匂いはしばらく浸けておいたほうがいい。
あとで洗うとしよう。
さて、このBC兵器(毒ガス)をどこに捨てようか…
ここでも我々は自然を装わなければならない。
このビニール袋のまま捨てるのは不自然と考える。
それならば自然に還し、土となって命を循環するのが道理。
松井ランドも報われるというものだ。
さて、我が校には藤浦という教師が居て、学校の敷地内に農園を造り、野菜を育てている。
入り口には「藤浦農園」の看板。
教師藤浦は暇さえあれば作物の世話をし、農園を愛でている。
我々は、その底知れぬ愛に一役買いたいと思い、松井ランドの永眠の地をここに決めた。
松井ランドの欠片達を全体に(バレないように)撒いた。
ビニールは校舎裏の森に捨てた。めんどくさいし、くさいし。
そして教師の戻る前に何気ない顔で自習する。
何か忘れてる気がしたが気にしない。
忘れる程度の事だ、大した事ではないだろう。
これぞ自然な結末だった。
人工物であるビニールをそのへんに捨てておいて自然もクソもないが、それでいい。
人間の愛せる自然なんて、所詮は管理された不自然なのだ。
次の日、西川君が泣いていた。
なんでも後輩が無くなっていた剣道着を見つけたが、水浸しで見つかったそうだ。
なんて酷いことを。
人間のやることではない。犯人に貴様の血は何色だと問いてやりたい。
そういえば何か忘れてる気がしたが気にしない。
忘れる程度の事だ、大した事ではないだろう。
ともあれ、今日も卒業間近の穏やかな時間を満喫しよう。
そして数日。
全校集会が開かれた。
壇上には教師藤浦の姿。
なんでも農園の作物が全滅したそうだ。
何らかの科学薬品の疑いがあり、この前の盗難事件との関係があるかもしれないそうだ。
なんて酷いことを。
人間のやることではない。犯人には地獄すら生ぬるい。
涙ながらに訴える教師藤浦には心中お察しする。
ふと見るとクラスの数名が噴き出しそうな顔でロバをを見ているではないか。
ロバも同じ顔をしている。
かくいう私も例に漏れず。笑いを必死で殺した。
ええい。蒙昧な民衆め。
盗難事件は夜中の犯行で我々には関係が無いのだ。
盗難事件に関係の無い我々は今回のテロも同様に関係が無い。
そんなことは明白なのだ。
なのに何故か笑いがこみ上げてくるのだ。
なんとか皆、笑いを堪えて事なきを得たが、
今後しばらくは警察が夜間見回りをするとの通達があった。
同時に盗難事件も正式に事件として扱われるそうだ。
まさか我々の卒業間近にこんな事件が起こるなんて。
藤浦農園を全滅させる程の科学薬品が、もし悪用されたらと思うだけでゾッとする。
世の中はなんて物騒なんだ。
そしてさらに数日後。
結局事件は何の進展もなく日々は平和に過ぎ去った。
藤浦農園はチェルノブイリになっていたらしく、土の取り換えが行われた。
学校にはセコムが入ることになった。
これで事件は迷宮入りだ。
もう何も思い残すことなく卒業できるのだ。
立つ鳥は跡を濁してはいけない。
そして卒業間際に松井君は言った。
「俺、高校は県外に行くんだ」
そうか、もう会えないかもしれないな。
馬ヅラの戦友はさわやかに笑った。
松井ランドの経営は楽しかった…と。
そして私達は卒業した。
以来、彼には会っていない。
同窓会の幹事はおろか誰にも行方がわからないそうだ。
ならば最大の疑問はいつか会う時までとっておくことにしよう。
松井君…
「なんでカビ育てたかったんだ?」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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