松井ランド その2
前回までのあらすじ。
松井君「もうキレた」
さて、マッドサイエンティストになった松井君は奇行に走る。
BGMはワーグナー、ワルキューレの奇行(正しくは騎行)だ。
「これでは足りない。もっと材料が必要だ…」
そう言った彼は、ありとあらゆる物資を投入していく。
日ごとにおかずが一品ずつ増えていくのだ。
これが貧乏家庭なら実にありがたい話なのだが、
実際に増えているのは牛乳まみれの残飯である。
「松井君やりすぎじゃね?腐るんじゃね?」
「やるなら徹底的だ」
人の話をまるで聞いちゃいない。
松井君の独裁政治が始まった。
もうカビどころではない。
そして数日後、案の定腐ることとなる。
カビの育成はいつしか目的を脱線し、
ただ単に給食を腐らせて匂いを強烈にする遊びへと変わっていた。
テニスラケット入れの中は酷い匂いだ。
ふと、この匂いを嗅ぐという罰ゲームを行うと、
この遊びはクラスでも一部の人たちの楽しみにもなり、
皆の退屈しのぎに一役買う出し物へと昇華した。
そして一度人気が出ると、この遊びは受験の終わった暇な中学生の間で爆発的なブームとなった。
休み時間になると他のクラスから見学者、体験希望者が来るほどのアトラクションになったのだ。
もう文化祭の出し物をこれにすればよかったと思う程の人気っぷりだ。
それほど臭いのだ。
私と松井君は、この流れを止めてはいけないと必死になった。
このテーマパークを維持するにはもっと客の心を掴まなければならないと話し合い、
更なる匂いの追求をするべく研究に邁進した。
もうカビなんてどうでもいい。
しかし、それには危険があった。
教師の存在だ。
大人達はいつも我々の楽しみを取り上げる。
松井君は憤った。
「大人は汚い」
いや、汚いのはその腐った残飯なのだが…と突っ込みを入れつつ、
その通りだ!と同意し、対策を考えることにした。
一番の問題は位置だった。
実はテニスラケット入れは教室前方。
教師の机の真後ろに位置する。
ただでさえ自習の多いこの時期。
教師がずっと椅子に座ってるのも珍しくない。
「なんか臭いな」
なんて言い出した日には事情を知るクラスの皆が笑いを堪えきれずに噴き出すことは明白である。
ふとした拍子に気まぐれで開けられてしまう危険もある。
このパンドラの箱には希望なんか入っちゃいない。
物的証拠が出れば犯人の特定など簡単だろう。
むしろ皆にはそれを望んでいる節があるのだが。
バレたらアウト…
臭いに気づくことすらマズい…
しかし、松井ランドの破棄はできない。
こんな面白い物を手放すなど愚行だ。
それがオーナーの確固たる意志だった。
教師に勘づかれることなく松井ランドの維持をする。
彼は言った。
「これはステルスマーケティングなのだ」
こいつは本当に頭がいいのだろうか?
さて、経営陣はこれからの松井ランドについて議会を開いた。
一番良いのは鍵を付けることだが、かなり不自然だ。
それに、「お客様を待たせるワケにかない」というオーナーの方針により鍵案は却下。
数々の議論の末、
教師は男性なので、女子テニス部のロッカーである松井ランドの扉を開ける確率は限りなく低いという結論に至り、匂いを漏らさない細工をするという方向になった。
密封性の強化という意見が真っ先に出たが、オーナーが却下。
オーナー曰く、
「もう匂いには限界がある。匂いを減速しつつ、新しいタイプの匂いを取り入れたい」
とのこと。
この消極的な方針に議会は荒れた。
「オーナーは腑抜けたか!」
「直ちに総会を開くべきだ!」
などと、怒号のように罵声が飛び交う。
そして事態は更なる混沌へと向かうのだった。
つづく。