9話 能力は使わないと勿体無い
町長さんのお宅で一泊して翌日、俺は頂いたバトルローブを着込みショートソードを腰に携えて、マリアさんに書いてもらった地図を頼りに水道会社へ来ていた。
「ここか……」
二階建ての木造建築、広さは田舎のデカイ家って感じか。周りの建物を見る感じだと土地は結構広く大きな庭があり、建物としちゃ少し古い様に見える。
一先ず中へ入ると受付があったのでソコの初老の男性に話をすると奥にある部屋へ通され、他の人が来るまで待つよう言われた。お茶を貰って暫くのほほんと待っていたが誰も来ない……ちょっと早かったかな?
随分待ったが来ない。多分30分位は待ったけど全然人が来ない。一度コッチから聞くかと扉を出て先ほどの受付へ。
「あー、おじいさん」
「お? さっきのギルドから来た人じゃないかい。どしたよ?」
「あー、案内して貰った部屋で待ってたんですけど全然人が来ないんで……若しかして来るの早かったですかね?」
お爺さんは壁掛けの時計を指差してみせた。
「別に遅くは無いさ。ただお前さんの様に時間より前にに来る人間は少ないねぇ、大体1時間位遅れて来るのが殆どさ。だから後30分もすりゃ集まるよ」
「……まじか」
朝にマリアさんがもう行くのかと聞いた意味がやっと理解できた。ここの住人って時間にルーズなのか? でも仕事してる人は割りとしっかり時間守ってるから必ずしもそうじゃないのかな。
「仕方ないか……あ、お爺さんも此処の職員さんですよね? ウーブレックってどんな感触なんです? 一応図鑑は見たけど触るのは初めてで」
「ん? そういやアンタは初めて見るなぁ、そうさね……天然のウーブレックじゃないから殆ど匂いは無い。ただ、ウーブレックの特性なのか表面のぬめりは無くせなくてな、直接触るとかぶれるからコイツを使う」
そう言ってお爺さんが出してきたのはまんまゴム手袋だった。手渡されたソレを手に取って嵌めて見る。……やっぱゴム手袋だわ。
「ソイツはウーブレックの酸にある薬液を混ぜた物を乾燥させた物だ。水を通さず、ウーブレックみてぇな素手じゃ触れない奴もソレをつけてりゃ平気ってんでウチの会社の看板商品さ」
「水道会社でコレを作ってるんですか?」
「元々はワシの趣味なんだがね」
「おじいさんの趣味?」
色々と話を聞いてみるとこのお爺さん、この水道会社『ファルモット』の社長さんで元々魔物研究を独学でしていたんだとか。
そうする内にウーブレックが水槽の汚れ等を食べる事を知り、水道会社にその性質を説明し試験的に水道管の掃除に導入。それが見事に成功して社員として働く傍ら研究を続け、処理を施したウーブレックなら水道にそのまま放っても問題ないと判明。
結果としてこの町の水質が向上し健康状態も良くなったと……何か聞いてるとウーブレックって魔物というより益虫に近い物なのかな? 何となく浄水作用のある生物って気がしてきた。
しかし自分の趣味をお金に換えるなんてアグレッシブな人だと思ったらどうやら随分昔の事らしく、30年程前にはこの方法が確立したんだとか。どんだけ趣味に打ち込んでるのこの人。
暫くお爺さんと話していると他の仕事を請け負った人が集まってきたので俺も一緒に部屋へ戻る。全部で20名位だろうか、結構な人数が参加している。
部屋の隅で座って待ってるとさっきのお爺さんと他2名が入ってきた。何やら木箱を抱えて部屋に入ってきたが、アレにゴム手袋入ってるのかな?
「あー、初めまして。依頼人の水道会社ファルモットのマリンバだ。お前さんたちにやって欲しいのはウーブレックの除去。基本的にやって貰うのはコイツを付けてウーブレックを運び出す作業だ」
そう言うとお爺さん……マリンバさんと一緒に入ってきた二人が木箱からゴム手袋を出して一人ずつ配っていく。
「今配ってる奴をこう……両手に嵌めて作業してもらう。『ウーの手袋』って名前で売ってるから全員知ってるだろ?」
このゴム手袋、ウーの手袋って名前らしい。ウーブレックの手袋でウーの手袋……安直だな。
その後も説明は粛々と進み、ウーの手袋をして地下の水道へ下り、繁殖したウーブレックを木箱に詰めて外へ運び出す。その際、全体を3班に分けて木箱を運ぶ組とウーブレックを木箱へ詰める組の2つに分かれて作業をするらしい。
また、マジックユーザーは提出する受注表にその事を記載してくれとも言われた。
因みに受注表はギルドで依頼を受けた際に発行される2枚の紙で、一枚を依頼主に渡し、もう一枚に受注完了の印を貰ってギルドへ提出する仕組みになっている。
まあ俺はマジックユーザーじゃないから特に記載する必要もないだろうからそのまま受注表を渡す。
全員が受注表を渡し終えた後、直ぐ様地下水銅へ移動。と言ってもこの会社の敷地内に入り口があるのでソコから地下へ入っていくと聞かされた。
案内された先は中庭の一角。そこに石造りの小屋があり、ここから地下水道へ下るらしい。水道に入る前に全員が木箱を持って移動する。
いざ中に入ってみるとまるでコンクリート作りの様にツルツルした壁と床。そしてその横を水路が流れており幅も5メートル位はある。
どう考えてもオーバーテクノロジー……と思っていたが、魔法があるならこんな事も可能なのだろうと思い至った。しかしこういうのを見ると自分でも魔法を使ってみたいな。
「さて、さっき部屋で言ったとおり3班に別れて活動する。1班につき職員が2名ついて指示を出すのでそれに従うように。
それからウーブレックを箱に移す作業と、ウーブレックを詰めた木箱を運び出す作業は順に交代するので全員にやってもらいます。
それともう一つ、見ての通り湿気で足元が滑りやすいので十分注意を。職員が何名か通路にライトを持って立っているので迷う事は無いとは思いますが一応順路は覚えてください」
先導する男性がそう言って歩みを始め、その後に自分を含めた労働者が後に続く。
10分程歩くと水の音が小さくなっている事に気が付く、水路を見ると水の流れがゆるやかになっていて殆ど流れていない。水路を時折眺めながら更に進むと何やら妙な音が聞こえ出した。
まるで泥の中から気泡があふれだす様な、『ゴポッ』っという音。明るい場所ならいざ知らず、このような暗闇の中で聞くソレは中々に不快感と恐怖を引き立てる。
先頭を進んでいた職員が立ち止まり不意にライトを前方に向けると、ソコにはスライム……いや、ウーブレックの山があった。ライトに照らされテカテカと光るウーブレックの奥に薄っすらと鉄格子がある事に気が付く。
事前の説明にあった、アレに引っかかってウーブレックが水を塞き止めているらしい。水路だけかと思っていたがどうやら水に浸かっていないウーブレックが壁や天井にも張り付いている。
「皆さん、現場に到着しました。それではこれから皆さんにはウーの手袋を付けてウーブレックの箱詰めを行っていただきます」
言いながら職員の一人が手袋を嵌めて壁に張り付いているウーブレックを引っぺがし木箱に放り込んだ。
「この様に引っ付いている壁等に手を這わせるように差し込むと簡単に剥がす事が出来るのでまねて見て下さい。では班分け通りに行動を開始して下さい」
俺が振り分けられた班は最初はウーブレックの箱詰め作業で、ウーブレックを引っぺがした班から手渡しで受け取り木箱に詰め、蓋を被せて仮止めをして運ぶ班に渡す。
木箱にはウーブレックが15~20匹前後入る。ウーブレック自体はバレーボールよりちょっと小さい位で、木箱に重ねて放り込むと隙間無く埋まるので詰め込み作業自体は簡単だ。
但しコレを持ち上げるとなると結構重い。木箱1つで10キロはありそうだ。
何で他の人達はこれをホイホイ持っていけるのか……あ、良く見たら筋肉モリモリだわ。俺より細い人でも腕の筋肉モリモリでした。身体はデカイがもやしっ子になった気分です。
1時間程で箱詰めから木箱の運搬作業へシフト、箱を抱えて片道約20分。途中に職員が立ってるから迷いはしないけど……湿気のせいかめっちゃ汗が出る。
3往復した辺りでウーブレックを剥がす作業へシフト。壁や天井周りは殆ど剥がし終えていたので水路の中に入っての作業となった。
「それじゃ、水の中に居るウーブレックにはコレを使って少し散らしてから掴んでくださいね」
そうやって渡されたのは木を削って作られた長さ3メートル程の棒。これも事前説明にあったが、ウーブレックはある程度の時間くっ付いていると一塊になる習性があるらしく、それをバラバラにするには棒等を一塊になっているウーブレックに突っ込むと突っ込んだ部分がバラけるんだとか。
一先ず俺がやって見る事になりウーブレックの前へ進む。水路に入ると意外と深く腰まで水に浸かった。
意を決して棒をウーブレックに突っ込む……って意外と硬い。何だろう、じわりと入るには入るが中々硬くて突っ込めない。夏場の冷蔵庫から取り出してちょっと時間たったアイスみたいな……スプーン入るけどそこそこ硬いからスルっとは入っていかない感じ。
ある程度まで棒が入った途端にズルっと突き刺さった。急に抵抗が無くなったと思いウーブレックの方を見ると突っ込んだ棒の周りからボロボロと剥がれて、壁を這っていたウーブレックと似たようなサイズのモノが水に浮かんでいる。
直ぐに同じ班のほかの人がそいつらを回収して木箱に詰め込む班へリレーで手渡ししていく。……っあ、俺は引き続きこのウーブレックの山を突き崩すんですね、ハイ。
んで、続けてやるんだけど水の中で動きにくいわ、突き刺しにくいわで結構大変。汗だらだらになりながら棒を突っ込んでる時にふと気が付いた。
今持ってる棒に超能力で『回転』かけたら早いんじゃね?
早速手持ちの棒に回転をかける。見た目には特に分からないだろうけど手の平の中にある棒は回転している。
それをゆっくりウーブレックに向けて突き出すと……さっきまでの苦労が嘘の様にスルスルと棒が入っていく。というか触れた先からウーブレックが剥がれ落ちていく。
何かドリルで掘削してるような気分だな。面白い。
さっきまでの作業スピードが嘘の様にサクサク進み、昼休憩に入る前にはウーブレックの山が2/3程に小さくなっていた。この作業速度には社員さんも驚いていたが速く終わる分には問題ないだろう。
ともあれ、一度全員で地下水道から出て休憩にはいる。
「だ~、疲れたー」
水道局の人に案内されてシャワーを浴びる。休憩から上がったら午後の作業でまた水の中に入る事になるが、それでも運動後に浴びるシャワーは気持ちがいい。
つーかシャワーあるのね。異世界だから文明ってどうなってるかと思ったけど意外と進んでるつーか。
何かで読んだ事あるな。『進んだ科学は魔法と変わらない』って台詞。って事は逆に『進んだ魔法は科学と変わらない』とも言える訳か。
何にせよ使えるのだから文句は無い、気持ち良いーー!
シャワーを浴び終えて着替えてお昼を食べに外へ出ようとした所で社長のお爺さんに呼び止められた。
「どうだ? 一緒に飯、行かんか?」
「良いですよ。でも高い所は簡便して下さいね、余り手持ちが無いんで」
「それなら近くの食堂に行こう。昔からある店でちょくちょく食べにいくん所でな」
そう言って連れて行かれたのは少し歩いた所にあるこじんまりした食堂だった。中に入るとテーブル席でお爺さんと対面で座る。
腹が減ってたので肉定食のご飯大盛りを頼む。お爺さんの方は野菜定食、最近お腹周りを気にしてるらしい。
注文を終えてから軽く世間話。つい昨日この町に着いただとか、町長の所にお世話になってるとか。んで、お爺さんの本命は何かと思っていたら仕事の事で質問があったらしい。
「お前さん、ウーブレックの塊を簡単に崩しておったが……ありゃ何やったんだ?」
棒で突いただけだと答えたがそれでは納得がいかない様で……。
「ウーブレックの生態を観察して長いがアソコまで大きくなると山を崩すのに大変な労力が要る。何せアヤツ等は一塊になると外側に居る奴の水分を真ん中に集めて外敵から守る習性がある。
そうなると元々の柔らかいウーブレックの身体はまるで硬く、粘り気のある液体になり水を弾く様になる。因みにこの性質を知ったからウーの手袋が出来た訳なんじゃが……ソレは兎も角。
ああなるとバラバラにするのも一苦労じゃからギルドに頼んだんじゃ。ギルドである程度レベルがある人間は力も強い。それに純粋に人手も欲しかったからの」
お爺さんと話している間に料理が来たので食事を取りながら会話を続ける。
「兎も角、力自慢でも棒を突っ込んでからウーブレックを少しずつ剥がしていくのが普通じゃが、お前さんは棒を当てた先からウーブレックが剥がれ落ちていた。ありゃ普通じゃない。
そうなると何かをしていたという風に考えられるんじゃがのぅ。正直何をしとるのかさっぱり分からん。
最初はお前さんも普通に棒を突っ込んでたのに途中から棒で触った部分からウーブレックが剥がれていたからの。ありゃ何やったんじゃ?」
初め何を言ってるか分からなかったが飯を食って頭が落ち着いて来たら何を聞きたいのか分かった。爺さんが知りたいのは回転の事か。
だったら話が早いとフォークを目の前に持ってきて見せる。
「普通にやってたらキツイししんどいから、コレ使ったらどうかなーって思って使ってみたら思いのほか上手くいっただけだよ」
そう言いながら手の中にあるフォークに横の回転を加える。すると爺さんが目を限界まで見開いて手の中で回るフォークをしげしげと見ている。
「はー、驚いた。ギフト持ちかい」
「ギフト? 何それ」
お爺さんが水を少し飲んで一息ついてから教えてくれた。
何でも魔法やスキルといった不思議な能力に加えて、どうやっても他人に再現出来ない力をギフトと呼ぶらしい。それ等は多種多様で似たようなモノが無い訳では無いが……それでも全く同じという事は無いらしい。
ギフトは誰もが授かる物ではなく、時に大量にギフト持ちが現れたかと思えば、まったく現れない事もあるんだとか。つまり完全に運なんだと。
どれだけしょぼいギフトと思われてもその力は成長していくと、思わぬ所でその力を発揮する事があるのでギフトの力を大事にしろといわれた。