10話 ゴチソウサマデス
社長の爺さんと食事を終えて暫くの休憩を挟んだ後、午後の仕事が開始された。
本来なら仕事は順繰りに交代するので次はウーブレックを木箱に詰める作業をするはずだったが、思いの外、俺の回転を使うとウーブレックをバラバラに出来るらしく途中で作業を交代させられた。
まぁ個人的にはどっちでも良かったので引き受ける。
水に入り棒を手に持ち、回転スタート。暫くウーブレックを小分けにしている際に何となく手持ちの棒の回転が弱ってきている事に気がついた。
何というか電池が少なくなってきたおもちゃと言うか……パワーが落ちてる気がする。試しに一度回転を止めてからもう一度回転をかけてみた。すると最初の時と同じ様な力強い回転になる。
俺の回転能力って一定時間経つと弱るタイプなのかな? そういや自衛でそこらの小石を飛ばす事はあったけど手元で延々と回転させ続けるって使い方した事無かったもんな。
取りあえず今日一日頑張ってから明日にでもその辺り調べてみるか。
そんな事を思いながら作業する事3時間。ウーブレックの山は見事に消え、全てのウーブレックの運び出しが完了した。速く終わる分には全然問題ないという事でこの日の作業は終了。
明日はウーブレックの処理を行う事になり、引き続き来てくれと言われ受注表に印を貰って解散。後はこの印の入った受注表をギルドへ持っていけば今日の分の料金が貰える仕組みだ。
「という訳で、今日の仕事は早目に終わりました」
「へぇ、ワタルさんってアレ持ってたんだ」
「まぁ、言われるまで気が付かなかったんだけどね」
ギルドの受付でマリアさんに受注表を提出して25000Wをその場で貰う。何時でもそうだが初めての仕事で初の給料って心がワクワクするんだよなぁ。
ニコニコしながら金をポケットにねじ込んでいると新しい受注表を渡された。
「じゃあコレは明日の分の受注表ね。さっき貰った受注票に明日の事も書いてあったから今忘れない内に渡しておくわ」
「ああ、ありがとうございます」
「それと追加分の依頼もお願いしたいって書いてあったけどどうする?」
「へ?」
追加って……何だっけ?
「ほら、依頼のこの部分の事」
そう言ってマリアさんが見せてきたのは今回の依頼が書かれた紙。
『また退治後にルートの確認及び、原因の確認を行う為、作業を行った中から数名程、追加の依頼を出す場合があります』
あー、そういやそんなのあったな。すっかり忘れてました。
「ありましたね、そんなの。良いですよ。受けます」
「そう? じゃあソッチの分の受注表も渡しておくわね。はいコレ」
「ありがとうございます。それじゃあ明日もあの会社に同じ時間で良いんですよね?」
「そうね、集合時間も同じになってるし大丈夫かな」
その後少し話しをしてからギルドを出て鍛冶屋へ向かう。今日使った回転に関して色々試す道具を買う為だ。
マリアさんの紹介で来た鍛冶屋『ヴィーク』、店の奥で職人さんが手作りしているので良い物を置いてるって話だけど見るからに店が広い……恐る恐る店内に入って置いてある品物を見るが値段が相応に高い。
マリアさん俺の懐事情知ってるはずなんだけどなぁ……まあ本格的な武器買うわけじゃないから大丈夫かな?
で、いざ来てみたが何を買おうか……色々あって目移りするけど手持ちがさっきギルドで貰った分位しかないから高いものは買えないし。適当に色々見てると店の人に声を掛けられた。
「お客さん、何かお探しですか?」
声の方を見るとマッチョな店員……では無く、チーター等を思わせるスラリとした褐色肌の金髪のお姉ちゃんが居た。但し胸は大平原だが。
「あー、何か投げる奴が欲しくてさ。ただどういうのを選べば良いのか全然分からなくてね」
「投げ物ですか。消費する物と割り切って使うか、回収して何度も使うか。どちらか決めてます?」
やべっ、全く何も考えてなかった。どうしよう。
「うーん、実はそこら辺も含めて決めて無くってさ。一先ずここで扱ってる物を見て一度考えようと思って……何か良いのあるかな?」
すると金髪姉ちゃんはにっこり笑ってから投げ物がある場所へ誘導してくれた。
「この辺りに有るのが一般的な投げ物ですね。ある程度の重さがありバランスが刃の部分に寄っていて投げやすさを重視した物になります」
案内された先に有ったのは投げナイフで、大きさは普通のナイフと変わらない物から手の平に収まる様な小さな物まで多種多様。だが今一ピンと来ない……後、値段が高い。
俺が渋い顔をしていると金髪姉ちゃんが直ぐ近くの棚へ案内してくれた。
「先ほどの棚の商品が回収して何度も使用する前提で作られた物、そしてこちらの棚は消耗品と割り切って投げる物が中心です。こちらの方が値段はお安いですが使い捨て前提ですので作りは少々荒いです。勿論ちゃんと手入れをすれば使いまわしも出来ます」
確かに先ほどの棚に並んだ物より値段は大分安いが……うーん、何だろう『コレッ!!!!』って感じが無いんだよねー。まあ使ってる内に慣れるのかもしれんけど。
暫くアレコレと棚の物を物色していると金髪姉ちゃんが「こちらにも投げ物はありますよ」と隅の方に案内してくれた。ソコに置いてあったのは先ほどの棚にあったナイフ形とは違って様々な形の物が置いてあった。
「ウチの職人達が試作として作った物なのでお値段は安いです。質は保証しますが此方に置いてある物が全てで同じ物はありません。もしお気に召したなら追加で作成する事も可能ですよ」
手裏剣の様な物から針の様な物まで、どうやって投げるのか分からん物も。その中で目を引いた物が有ったので手に取ってみる。
「そちらはシンプルに円状に鋳造して縁を刃に加工した物ですね。重心が中心にあるので投げるには適しているらしいのですが……何分持つ場所全てに刃がついているので扱いが難しいです」
大きさにして片手の手の平に収まる程度で直径10センチ位かな? 回転させるのを前提に考えながら色々見てたら何故かコレが良いと思った。
値段は……これ一つで5000Wか……消耗品と割り切ってこのお値段ね。必要経費と思うか。
「これにします。これを……2つ貰えますか?」
「2つですね。10000Wになります」
料金を払って、さっきの武器を紙に包んで渡してもらった。これ、持ち歩く事考えてなかったけど……取りあえずポケットに入れとくか。
「ありがとうございましたー」
大平原の金髪姉ちゃんに挨拶されながら鍛冶屋を出る。取りあえず町長宅に戻って、マリアさん達帰ってきたら相談してみるか。
町長宅へ戻ってきてみると何やら慌しい雰囲気に包まれていた。何事かとメイドさんに聞いてみるとフリゴさんが倒れたと聞かされた。
今は医者が来て診察中らしいので一先ず宛がわれた部屋へ行き服を着替える。落ち着いた所を見計らってメイドさんに声を掛けると一応医者の診察が終わったので会う事は出来ると教えてもらいフリゴさんの所へ。
「失礼します」
ドアをノックして入ってみると、ベッドに横になっているフリゴさんと椅子に座っているムースちゃんが居た。尤もムースちゃんはうつらうつらと頭で舟をこいでいるのでこっそり入る。
声を潜めて起こさない様に小さい声でフリゴさんと喋る。
「倒れたって聞きましたけど……大丈夫なんですか?」
「えぇ、恥ずかしい話ですがちょっと体力が落ちてたらしくて。気がつかづに何時も通りに仕事していたらつい……お医者さんの話だと疲れが溜まってるんだろうって話だけど」
「そうですか、何にせよ大事にして下さい」
「ごめんなさいね、お客様なのに心配させてしまって」
「いえいえ、こちらこそお世話になってるのに何も出来ませんで申し訳ない」
「ふふっ、良いのよ。あの人も久しぶりにやる気になってるから」
「あの人……ディブラーさんですか?」
フリゴさんは面白そうに手で口を隠しながらくすくすと笑うとムースの頭を撫でながら教えてくれた。
「そう、あの人って普段仕事を嫌がるし直ぐ怠ける所があるんだけど、私が倒れたの知ったら普段私がやってる仕事までぜーんぶ持って行って……お陰で今はやる事無しだわ」
「ははぁ……妻思いですねぇ」
「うーん、私としては普段からコレくらいやってくれると助かるんだけどねぇ」
そう言いながらも表情はちょっとにやけてる……それから暫くは夫婦の話を色々教えてもらいましたが……ゴチソウサマとだけ言っておきます。
フリゴさんのお惚気話が終わり時間は夕方、日が傾き始めた頃にマリアさんとミューズさんが帰ってきた。何かあったのかと聞いてみると上司のセクハラにイライラしていた様で……。
「あのハゲデブ本気で死んでくれないかしら。何度もしつこいのよね」
「仕事は出来る癖に女関係は壊滅的なんだよねーあの人。他の子も嫌ってるし」
大分お冠のご様子。因みにその男性は31歳独身で役職だけを見ればエリート……とは行かないものの、順調に出世している人なんだとか。
但し壊滅的に女にだらしなく、女性を見る目が完全に性の対象としてしか見ていないのが分かるとか。
「そういえばワタルさんって32歳よね?」
「そうですけど?」
急に年齢確認してきて一体どうした?
「あっちは31、こっちは32……」
「ハゲでデブ……フサフサで普通体系」
おーい、二人してどうしたー?
「ワタルさん、ちょっとお願いがあるんだけど……」
「何でしょ?」
「もし構わないのであればステータスを見せて貰えないかしら?」
「若しくはレベル! レベルだけでも教えて欲しいかな!」
何をそんなに必死になってるのか分からないが一先ずレベルを教える事に……といってもレベル6なんだけどねぇ。
「6かぁ」
「あいつ幾つだっけ?」
「確か13とかだったと思う。飲み会の時に自慢話してたから」
「うーん、でも職次第で大分違うから……」
おーい、おじさん話に付いていけてないんだけどー。どうにも二人は愚痴の零しあいから俺そっちのけで何かの相談を始めてしまった。
一応俺が関係しているだろうというのは分かるが何か蚊帳の外だからお茶のおかわりでも貰ってきますかね。部屋を出て台所へ向かう途中で執事の人に出会ったのでお茶のおかわりが欲しい事を伝えると部屋に持ってきてくれると言われたので戻ろうとすると、別の執事の人に話しかけられた。
昨日俺を案内してくれた人で確かボル爺って呼ばれてたっけ?
「ワタル様、少々宜しいですか?」
「えーっと、すいません。その前にお名前伺ってもいいですか?」
「おっと、コレは失礼をいたしました……私、ボネーゼ・ルドランと言います。お嬢様方にはボル爺の愛称で呼ばれております」
「ボネーゼさんですね。改めて、初めまして。海星渡と言います」
「これはこれは、ご丁寧に」
廊下でお互いに頭を深々と下げてお辞儀をするというこの微妙な空気。それで、態々呼び止めたのは何の為かな?
「ワタル様はギルドにて依頼を請け負っておられますね?」
「そうですね、一応今日と明日、水道会社の『ファルモット』って所に雇われてます。今日はウーブレックの箱詰めと運搬。明日は又別の作業みたいですけど」
「では明後日からはまた依頼を探すという事ですかな?」
「そうなりますね。多分マリアさんに相談して受けれる依頼を探す事になるかな」
「一つ頼みたい事があるのですが、どうでしょうか?」
あの後少しボル爺さんと依頼の話をして、特に問題なさそうなので請け負う事にした。勿論ギルドを通してだけど。
その後部屋に戻るとマリアさんとミューズさんが優雅にお茶をしている。こーいう仕草が堂に入ってるのを見ると二人がお嬢様系だってのが分かるよなぁ……見た目はボディコンとポップな感じだけど。
俺が戻って来たことに気づいたミューズさんが此方に手を振ってきた。
「やーっと戻って来た。あ、お茶ありがとうね」
「どーいたしまして。それで、愚痴というか相談というか……そっちは終わったの?」
「一応は……としておきましょうか。ワタルさんを余り付き合わせるのもね」
今更じゃね? とは言わない。これでも大人で男なのだ。女性の愚痴に付き合うのがどういう事かなんて彼女と付き合ってる時に嫌と言う程学んだ。
「平気平気、それにしても二人共そういった仕草が様になってるよなー」
「そうかしら?」
「自分達じゃ分からないけどね」
「如何にもお嬢様って感じするわ。あ、そういやさっきボネーゼさんに仕事頼まれたんだけどギルド経由で頼むらしいから」
「ボル爺が?」
「そそ、明日は水道会社のが入ってるから明後日からになるけどって言ったら構わないって事だから受けることにしたんだよね」
「そう……ボル爺が人に頼み事って珍しいわね」
「何でも一人で解決ってイメージがボル爺にはあるよね」
「まぁ、何にせよ明日の仕事キッチリ終わらせてからかなー。よし! 明日の為にも寝るか! 二人も余り夜更かしするなよ、身体に悪いからなー」
そう言ってから部屋を出てお風呂をいただく。明日はウーブレックの処理と原因探しか。