表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

第四節 語られる物語

    ●吉崎:帯刀市役所 会議室にて

山上先生が出てった後、俺とナギ、いっくんの三人でドアをブチ破ろうと、体当たりをしたのだが、ドアはまるでビクともしなかった。ドア自体はヒビなど入り、止め具も破壊したが、向こう側に巨大な岩があるかのように、ドアは動かなかった。

「ウソだろ、全然動かねえ!」

「ああ、普通ここまで破壊し、穴も空きそうなくらいなのに、なぜビクともしないんだ・・・」

建築家のいっくんが言うなら間違いない。

そのドアの外側は床から天井までドアを覆い固めている灰色の固体がありました


    ●山上:屋上

 明影はこの場を去った。残ったのは倒れている吹雪鬼だ。舞様含め、他の上層部の連中は吹雪鬼に目もくれていなかった。どんな才能を秘めていたとしても、みな魁人や桜の横には並べない。だが俺は吹雪鬼の力を昔からかっているのだ。実際に江舞寺の直系に変わりない。安易に死なせたくはない。俺の中の衝動がずっとそう騒いでいるのだ。なぜだろうな。

 そこに舞様と見知らん女性が移動してきた。

「稲荷、すまぬな・・・」

俺は一礼をすると、横の女を見た。その中から懐かしい妖力が伝わる。そいつは俺を煽るように言った。

「おい猿、勝手に出てって勝手に戻るってどーゆーことよ?」

「お前、花鈴か・・・久しいな、戦争以来だから、8〇年ぶりくらいか・・・」

俺の反応に不満げな花鈴は腕を組みながら話す。

「ふん、お前その体でよくあの子と戦えたね。あの時の雅望(がもう)との戦いの傷、まだ癒えてないでしょうに」

花鈴は俺の右腰を見た。古傷だが致命的な傷だ。

「ああ、癒えてないさ・・・雅望の奴、俺を殺す気でやりやがったからな。おかげ7〇年たっても癒えやしねえ・・・」

「っけ、負け犬が」

癇に障るな

「吹雪鬼は死んだのか?」

「いえ、まだ生きています。肉体の方はまったく問題ありませんが、明影によくわからん術をかけられたみたいでしてな」

すると花鈴がしゃしゃり出てきた

「任せな、私の力は癒やしの力。こんな術すぐに・・・」

花鈴は吹雪鬼に障ると、何かを感じたように呟いた

「え?・・・」

花鈴は唖然としていた。どうやら治癒とかそんな話ではないようだな。

「花鈴、ソナタでは無理ぞ・・・」

「術に対してはこちらにも専門家がいることだ、あいつの元へ運ぶのが良いかと思いますが」

「それもそうじゃ、妾が狂歌のもとへ連れて行こう」

舞様は吹雪鬼を浮かばせると自分の前に浮かばせ

「花鈴、ソナタはついて来るのだ」

「へいへい・・・」

俺を残し、彼女たちは消えた。はて、花鈴が憑いていた女性は誰だったか、覚えておらんな。さて、舞様が俺を残した理由は簡単な話だ。明影が置いていった雑魚兵を掃除し、馬鹿どもをまとめる。ただそれだけだ。だが妙だな、雑魚兵の気がほとんど感じないが、もしやさっきの兵たちは傀儡か何かか?

    ●安澄:廊下

 飯沼は倒した。俺と蘭の二人でやっとだった。だが、宇多にしても何か妙だ。確実に殺した。しかし、その死体になった瞬間、とてつもない違和感と、何か別のモノがその場にいたように感じた。奴らは本当に二人だったのだろうか、もう一人、何かがいたように感じた。とてつもない素質をもみ消して潜んでいたかのように。飯沼が言った最後の言葉

「今日はこのぐらいにしておいてやる、またな」

これはどう考えても妙だ。そんなことを考えながら蘭と二人でみんなのいる会議室に向かっていった。

 会議室の前に来たはいいが、ドアも見えないくらい大きな灰色の固体が道を塞いでいた。

「何これ、コンクリート?」

蘭はその固体に触れた。

「アッツ!」

蘭は手を引いた。そこへ山上先生がやって来て、俺たちに言った。

「おめぇら、どいてろ」

「え?」

蘭は俺の横へ下がった。先生はその塊に手を触れると、衝撃波のようなモノを手から放ち、一瞬で塊を粉々にした。

「うわぁ!先生すご~い!」

蘭は眼を輝かせて言った。その光景に驚きを隠せなかった。

 先生が扉に触れようとしたとたん、扉は止め具が壊れたかのように倒れた。先生は倒れた扉を見ながら中に入り。俺たちも続いた。

「先生!」

みんなは先生を見ると驚いていました。

「あれ?吹雪鬼は?」

吉崎が先生に問うと、先生はテーブルに両手を付き、みんなに大声で言った

「吹雪鬼は俺の仲間が連れてったから安全だ」

「あ、そう・・・」

俺は知ってたから心配はとくにしていなかった。

「一郎!」

先生が一郎を名指しで呼んだ

「はい!」

驚いたように一郎は反応する。

「俺がさっき壊したドア直しとけ!」

「え、はい・・・」

一郎の何かモノ言いたそうな返事と、吉崎や鹿島の目を背けるような表情から、何かを察した。

「それじゃあ、解散!」

その一言でみんなは唖然としながら荷物をまとめだした。

    ●柚紀:会議室

その場を後にしようとする山上先生を私は呼び止めた。

「山上先生!」

私の呼びかけに先生は背を向けたまま足を止めた

「あなたは、人間ですか?」

先生は黙っていた

「なんとか答えてください、羽賀さんと戦ったんですよね。そんで無傷ってことは、あなたも人の姿を借りた、人ではない何かなんじゃないんですか?」

先生は重い口を開いた

「・・・いや違う、俺の名は稲荷、察しの通り人ではない。そして確かにこの体は人の物だ、正しくは人の物だった。俺はアイツが使ってる術とは違う術でこの体を使っている。だから坂本、俺は山上康一本人だ、分かりやすくお前の仮定の間違いを修正して言ってやろう。俺は人の姿を借りてはいない、しいて言えば・・・もらったんだよ」

私は恐る恐る先生に問う

「おいくつの時ですか?」

「この体がか?」

私は黙って頷いた

「14だ・・・」

驚くべき返答だ

「では私たちに理科の授業を教えとったのは・・・」

先生は振り返り冷たく言い放つ

「俺だ・・・」

先生は去って行った。

    市役所 廊下にて

飯沼と宇多が自分たちの死体を見下ろしながら話していた。

「ほんとよくできた人形だな・・・」

「あん?しょせんただの土傀儡だろ、だからあいつらに負けたんだよ」

「おい、聞こえるぞ」

宇多は周りを気にした。

「おっと、そうだった。まあ今日は様子見に来ただけだ、あいつらに絶望を与えられたなら幸いだな」

飯沼は笑ってそう言った。

「絶望するのは、お前たちの方だぞ」

二人が声の方を向くと、そこに立っていたのは山上だった。

「逃げられると思うなよ・・・」

山上はうれしそうにそう言うと、宇多は山上に言い返す。

「なんだ山上!こっちにゃ銃があんだぞ!死にたくなけりゃ・・」

山上の眼が灰色に輝いた瞬間、宇多の言葉が止まり、次の瞬間には静かに前へ倒れた。飯沼は無言で山上を見ると、山上は飯沼に顔を向けた。

「殺しはしない。だが身柄を拘束させてもらう。ひどい拷問が待っていると思え・・・」

飯沼は宇多を見下ろして山上に言った

「ちょうどいい、お前にも話がある」

山上は嘲笑った

「立場を考えろよ、その土人形はなんだ?この術はなんだ?」

「ああん?枯間は支部一つ潰す奴だぞ、そんな奴に部下の命捧げられるか、俺たちは人の命を馬鹿みたいに使い捨てるお前ら江舞寺と違うんだよ」

「そうか、人の命を奪う者たちに違うものはない。我らはみな同じではないか、異なるとすれば、お前たちの方がこの世界の悪だということだけだ」

突如狂ったように笑いだし、山上に言い放つ

「ハッハッハッハ!言ってろ山上ーーー!!!」

飯沼は槍に雷を纏うと山上に斬りかかった。

山上は右手で槍を止めると、その手から高熱を放ち、槍を侵食し始めた。飯沼は山上の左手をもう片方の手で掴んだ。飯沼の左手から焦げ煙が出始めましたが、山上は突如何かに気づき手を止めた。飯沼はニヤりと笑うと、即座に宇多を肩に乗せ、逃げ出した。その様子を山上は無言で見送っていた。山上は槍を掴んでいた右手を見ると、黒く焦げていた。


    ●魁人:西垣亭

 広い部屋に吹雪鬼が仰向けに倒れている。明王微影にやられたそうだ。その横で狂歌が座り込み、吹雪鬼に術を掛けていた。正確には明王微影に掛けられた術を解いているのだ。術というのは数学の方程式のように、どんなに複雑な式でも解き方は存在する。解けない術は掛けることができないそうだ。そして狂歌はほとんどの術の解き方を知っている。その様子を見ていた舞様が言った。

「どうだ?できるか?」

「舞様、私を誰だと思っているのですか?あの子の妖術がいかに強力であろうとも、どんな術も解く方法はあります」

狂歌は手を止め立ち上がった。すると同時に吹雪鬼は目覚めた。

「う、ここは・・・」

吹雪鬼は舞様を見ると、悟ったように言った。

「そうか、俺は負けたんだったな・・・」

「吹雪鬼、危ないところだったな。助けに入るのがあと少し遅れていたら、ソナタはもう生きておらぬぞ・・・」

「ッチ・・・」

本当にそうだろうか、殺そうと思えば助けが入る後でも前でも簡単に殺せたのではないだろうか。俺は舞様に問う

「舞様、明王微影についてですが」

「以前、彼女に近づくなと言ったな、もう分かる通り奴には誰も敵わぬ。さらに本人が言うには人間が嫌いで平気で殺す。前に誰かからもらった宝玉があったな、あれを持っていれば結界に捕らわれることは決してない、なんとしても逃げ延びよ」

人間でも妖怪でも逆らうやつは殺される、本当にそうだろうか、奴の瞳からは人間への憎悪は感じなかった。そこにあるのは、むしろ・・・

    廊下では

花鈴は障子越しで中の様子をコソコソ覗いていた。その横から山上が歩いてきて

「な~にやってんだ、オメェ」

「ちょ、静かにしろよ!」

山上は不思議そうに首を傾けると

「狂歌ちゃんがいるのよ・・・私たち勝手に出てっちゃったし、狂歌ちゃん絶対怒ってるって・・・」

「そりゃ大変だな、俺は勝手に出てった訳じゃねぇし、合わせる顔はあるがな・・・」

山上は障子を開けた。吹雪鬼は山上を見て驚くと

「おお、目覚めたか吹雪鬼」

狂歌は山上の方を見ると、その奥でコソコソしていると花鈴に気付くと、急いで近づいた。

「ちょ、ほんとゴメンって・・・」

花鈴が焦りながら奥のカベにぶつかると、狂歌は花鈴に抱きついた。

「え?・・・」

花鈴が戸惑っていると、狂歌は泣きながら話した。

「花鈴、よく戻って来てくれたね、信じてたよ・・・」

山上はその様子も見守りながら、無言で障子を閉めた。

    ●魁人:広間にて

山上先生は俺に近づきながら言った

「魁人、どういうことだ?・・・」

先生は真面目な顔をして俺にペンダントを渡した。それを見ると、黄緑の宝石が付いている、これは大昔に司に与えたもの。敵になっていたと報告は先ほど受けていたが、これを返却されるとはな。先生に問う。

「アイツから直接ですか?」

「ああ・・・焼けこげる俺の手にこれを授けた、溶けもしないところを見て、本物に間違いない。俺の妖力にあてられて無事だからな、あいつは最後にこう言っていたよ。“魁人に伝えてくれ・・・”とな。お前、渡す相手をしっかり選んだのか?」

そう言われると否定できない。

「どうだろうな、二人死んで、こいつは敵だし。どうしたもんかね・・・」

俺はため息を付きながら、ペンダントを開くと。そこには手紙が入っていた。

“魁人、すまんな、こんな形の再会で。10年で俺と宇多はすっかり悪に染まっちまった。あの時、ああいつかお前に体を張って学んだことがあったろ、あの時お前、約束してくれたよな。俺がまた道を踏み外してお前に刃を向けた時、俺を何度でも止めてくれるってよ。だが今となっちゃ、俺は止められん。近いうちに俺はお前を本気で殺そうとするかもしれない。その時はお前の全力の力で俺の息の根を止めてくれ。必ず止めるって言う約束だもんな・・・それと勘違いするなよ、俺はお前らの為にこの組織に入った訳じゃない。あと、この事は誰にも言わないでくれ、頼む”

そう書いてあった。司、お前はなぜ道を踏み外したんだ。一体誰がお前を・・・

「おや?先生、その手はどうしたんだ?」

吹雪鬼の問いを聞き、先生の右手を見ると、黒く焦げていた。

「ああ、そいつを止めたときにちょっとな。ただの妖力を秘めた槍だと思っていたら、思いのほか強い力の宿る槍だったようでな、ちと傷を負った。まあ気にするな」

それに対して舞様が不思議そうに問う

「おかしいな、そなたの体は人のものと言っても、妖獣と同化しておる。本来傷を負わせることができるのは霊力の宿る剣か妖獣の妖力くらいなものだ。その武器は一体なんぞ?」

「ええ、最近になって支部長たちが持ち始めた謎の武器、あれですよ。とても強力な霊力だか妖力を秘めた武器のようでしてね。あちらにそんな技術を持っているのは智人ぐらいなものでしょう。奴が作ったと私は見ています」

「はたして、そうだろうか、もっと強力な力を持った者の手が加わったように予感がするが・・・」

不穏な空気になった。妖獣の力は互いの組織の切り札のような大きな力、将棋の駒で言えば、飛車や角だ。それほどの力を持った者がただの歩に咬まれるなんて、危うい話だ。そもそも人間では敵わないというのが俺の常識だった。

「不安そうな顔をするな魁人、俺に傷を付けられる武器で俺の命を奪えるかどうかは、使う人間の力量による。妖獣を甘く見るなよ」

先生はそう言ったが

「もっとも、使う人間がそうとうのやり手であれば話は別だ。気は抜かんことだな」

舞様はそう言い残すと姿を消した。美弥、お前のことだよ。お前は昔言っていたな、妖獣を倒すこともやろうと思えばできると、冗談だと言っていたが、出まかせでないことぐらい分かっているさ、もしお前が戻って来てくれるなら、奴らに対抗できる力になるのだ。お前は今どこで何をしているのだ。


    ●美弥:永久の月アジト

 司たちが戻って来た

「ただいま戻った。見てのとおり藤庚はこの様だ。どうにかできないか?」

俺に言うな、向こうの妖獣にやられたのだな。こちらの妖獣に相談するのが一番だろうに

「知らねえよ、微影様に言え。妖獣相手にしたお前らが悪い。妖獣の術は人間のと違って複雑なんだよ」

まあ術を解けないとは言っていないがな。俺は宇多に向かって息を吹きかけた。すると宇多は目を覚ました。思いのほか単純な術だったな。

「それで?あいつらと会ってどうだった?」

司は笑いながら答えた

「なに、一人二人殺しても良かったが、そこそこ予定が変わったからな、枯間と竹下と遊んでいた。あの道具でな」

結局、使ったのか。

「どうりでお前たちが一人も部下を連れて行かなかったことだ」

「当り前じゃないですか!相手は赤乙さんの支部を壊滅させた奴らですよ、自分たちの部下をそんな簡単に失えませんよ!」

宇多の言い訳が頭に障る

「分かった分かった、もう行ってよし、あと宇多、お前まだ暴れるなよ、病み上がりなんだから、支部には戻んな、ニ三日はここにいろ」

「へいへい」

宇多と飯沼は出て行った。

「それで、実験の結果はどうだったんだ?」

俺の後ろの床が盛り上がり、大きな男が出てきた。彼は紫丙、最年長の支部長だ。

「上々ですよ、思いのほか動きやすかったと私の部下たちも言っておりました」

そうか、つまり乗り込んでいった傀儡兵はこいつの部下だったか

「ご苦労、この術はまだまだ実験不足だが実践の浅い兵たちの教育にちょうどいい、重宝させていただくぞ」

「それはかまいませんが、一つお聞きしたいことが、あなたがお造りになったこの支部長専用の固有武器、人形時では使えないようでしたが、黄壬が向こうの妖獣に傷を負わせていました。これは対妖獣用の武器なのですか?」

そうだな、この武器は妖獣にも効く、なぜなら俺の霊力を糧として作った品だからな。

「お前たち支部長が妖獣に敵うとは思っていない。なぜなら妖獣の戦闘能力は人間とかけ離れすぎている。敵意を向けた瞬間、殺される。お前はたかだか爪の生えた猫にすぎん、それが強大な化け物に敵うかという話だ。分かっているとは思うが、間違っても妖獣に叶うなんて考えるなよ、お前は支部長の中で、いやこの永久の月の全隊員の中でもっともその恐ろしさを知っているはずだ」

「分かっております。そんなことは長岡京で実感しております。ご心配なく。ただ、あなたなら・・・」

「紫丙!言動が過ぎるぞ!」

思わず怒鳴った。

「これは失礼いたしました」

紫丙は去って行った。妖獣は神の眷属。そう、それを傷つけることは明王に歯向かう行為だ。決してあってはならない。妖獣同士の揉め合いには触れるべきではない。たとえ妖獣を倒せる力を持っていても使うべきではない。たとえ、この命に関わることであってもだ。ただ、例外はある。この世界、桜の・・・

「美弥?」

唐突に声がかかった。呼んだのは桜だった。

「また考えごとか何か?夕飯の時間よ、早く作って」

そうだったな、任務の報告を待つため、桜も待たせていたのだった。

「申し訳ございません。直ちにご用意いたします」

桜は笑っている。この日々は昔と変わりはないわけではない。魁人がいないからだ。欠けた三角形は無残だ。ああ、魁人、お前は今も桜を想っているのか?残念だったな魁人、桜はお前のことを微塵も想っていないさ、悲しいものだな・・・あれだけ一緒にいて、欠けることのなかった三角形、お前は桜を想い、俺はお前を想う、昔三人で過ごした輝かしき記憶も、俺たち二人しか覚えてねえんだよ。あの記憶を持つお前と、昔話をしたいものだ。桜にも聞かせてやりたいよ・・・なあ、魁人・・・


    次の日

    ●柚紀:江舞寺亭跡地にて

吉崎と再びここにやって来た、今回は蘭ちゃんと安澄君も一緒や。

「んじゃ入るか・・・」

吉崎が先頭で入ろうとする。

「なんか出てきそう・・・」

蘭ちゃんは不気味そうな顔で言った。

「ま、仕方なく一緒に入るか」

蘭ちゃんはいつもの独り言で気持ちを切り替えたようだ。それに対して吉崎が言った。

「別についてこなくても良かったんだが・・・」

「フン、蘭たちは吹雪鬼君に頼まれてんだから、別に好きでこんな変な場所に入りたくなんかないわよ」

「吹雪鬼に置いてがれただけだろ」

吉崎が突っ込む、私もそう思っていた。

「え・・・そんなことないよ・・・ねえ、やす・・・」

安澄君は蘭ちゃんを一瞬見ると、無言で眼をそらし、吉崎に続いて入っていった

「んも~~~」

蘭ちゃんは剥れて怒っていた。安澄君は蘭ちゃんの嘘に突っ込みもしない。

    ●吉崎:屋敷内 廊下

俺たち四人は奥へと進んで行った。色々と探索していると

「蘭ちゃん何しとるん?!」

柚紀の声で振り返ると、竹下が焼けこげた階段を上ろうとしていた

「おい、階段は危険だぞ・・・」

「え?うわぁ!」

階段のいくつかの段が割れ、竹下は階段の裏に落ちた。

「蘭ちゃん!」

「ほら、言わんこっちゃない」

俺が呆れていると、ヤスが急いで竹下の落ちた場所へ行くと

「蘭!無事か?」

「いった~~、って何ここ?」

その声は遠く反響していた。かなり深い穴に落ちたようだ。竹下は不安げに中を見渡していた。ヤスはバックから懐中電灯を出し、竹下を照らした。見たところ20mはありそうだ。そう思っていると、ヤスはその穴に飛び降りた。一瞬、は?と思ったが、こいつらは戦闘能力が高い、つまり運動能力も桁違いだ。俺たちの常識は通じないようだな。ヤスは着地すると、懐中電灯で辺りを照らしていた。

「私らも行くよ」

柚紀も飛び降りようとした。

「おい正気か?学校とかの4階から飛び降りるようなもんだぞ、けがじゃ済まねえぞ、確実に骨折るぞ」

俺が必至で止めようとしたが柚紀は言い放つ

「やってみなきゃ分からんやろ、いいから行くよ」

柚紀は飛び降りた。俺も続いた。その土は泥のように柔らかく、衝撃はなかった。ただ着地に失敗した俺は顔から服から全てが泥まみれになった。

「やーい吉崎君泥まみれ~」

うぜえ、柚紀はともかく、なぜ不意に落ちた竹下が泥まみれになってないのかが謎でしかない。

底に付くと柚紀が小型懐中電灯を点けて、奥を照らした。

「遺跡みたいね・・・」

泥沼は一部のみで、少し進めば石の床が続いた。竹下はこっちに落ちたに違いない。だとしても無傷なのは謎だがな。進む先には石碑のような物がいくつかあった。俺は辺りをうろつくと

「うわ!」

俺の一歩先は崖になっていた。俺は足を止めて下を見下ろす割と深かった、底は何も見えない。ヤスが懐中電灯で照らして見た。俺はその光景を見て、絶句した。その様子を見て不思議に思った竹下が近づいてきて、俺たちに言うのだ。

「何?何?何があんの~?」

ヤスは無言で竹下に懐中電灯を渡した。竹下は下を照らすと

「え、何あれ・・・う!うわぁーーー!」

竹下は尻もちを付いた。ヤスも顔をしかめていた。柚紀は俺の横でそれを照らして見たのだ。俺は間近で照らされたものを見たのだ。そこには凄まじい量の人間の死骸があった。

「これは最近のやないな、ずっと昔から溜めてきたんでしょうね、ねえ稲荷さん?」

奥の道から山上先生が歩いて来た。

「ああ、その通りだ・・・」

「先生!」

驚いている竹下には誰もかまわず、俺は問う

「この死骸は一体・・・」

「もう気づいているだろ・・・君たちが妙に思った事件の中にはこの前、戦った奴らの起こした事件だけではなく、我ら江舞寺の行って来た事件も含まれるだろう。その下にある死骸は我ら江舞寺により命を奪った者たちだ・・・」

「こんなに人を殺してきたのかよ」

「ああ、千何百年も経つうちにこんなに死骸の量が増えたがな。この数万の死骸のウチ、俺が手を下したのは数百ってトコだな・・・」

「こんなこと、許されるハズがない・・・」

柚紀が呟く

「ならばどうするつもりだ?君は江舞寺の歴史を知りたいようだな、君たちは魁人に選ばれた存在だ。話してやろう・・・何から知りたい?」

「教えていただけるのですか?」

ここぞとばかりに柚紀は山上に食って掛かる。山上は頷く

「ではさっそく気になることを聞きます。江舞寺の原点となる人物は誰ですか?」

「ふ、自分の仮説が正しいか調べているようだな。江舞寺の初代頭首は江舞寺真道ということになっているが、真道は富を築いただけだ。江舞寺の原点はその祖父、聖武天皇だ」

ん?魁人たちは皇室の血を継いでいるのか?

「ほう、聖武天皇は一体何はしたんですか?」

「君が知る歴史通りのこと、そして影では江舞寺を設立した、らしい」

「らしい?」

柚紀は問い詰める

「俺はその時に江舞寺に関わるどころか、まだ産まれてなかったからな・・・のちのち聞いた話だ。むろん彼はこんな宿命は望んではいなかった・・・ただ自身の隠し子でありのちの真道の父、綾人の身を守りたかったのだ。綾人は生まれながら霊力が強く、母親は産んでひと月も経たず命を落とした。隠し子でもあった為、綾人の存在を知っていた者は少なかった。考えた末に皇室を支える為の組織、江舞寺の設立をしたのだ。綾人を一人者としてな。むろん生身の人間では近づくこともかなわない、綾人を育てたのは以前より長らく皇室に付いていた、我ら江舞寺の母、舞様だ」

柚紀は少し黙りこむと、再び問う

「江舞寺の富はどこから来たのですか・・・」

「かぐや姫って知ってるよな・・・」

「ああ、おとぎ話の?」

「竹取物語的な奴でしょ」

俺たちの反応に山上は頷く

「ああ、そうだ・・・かぐや姫は実在した・・・」

「え・・・」

柚紀を含め俺たちは茫然とした。

「たしか聖武天皇が亡くなった頃だったな。綾人はある女性に強い好意を持った、その女性は霊力が少なからずあり、綾人に近づくことができたのだ。舞様の助言も虚しく、その女性との間に男女の双子を作った。一人は真道、もう一人がかぐや姫だ。そして当然のことのように相手の女性は出産と同時に命を落とした。身籠っている間、命は保たれていたが、生まれてきた絶対的な力に耐えることができなかったようだ。そして、かぐや姫の体は綾人の霊力を受け継いだ。いや、何倍何乗にも増した霊力はもはや綾人の身をも滅ぼした。舞様の力を持ってしても、長く抑え込むことはできなかったのだ」

「え、じゃあ真道はなんで死ななかったの?」

ああ、そうだ。産み落とした母と父を殺す力、それを腹の中から過ごして無事なのは謎だ。

「真道には死を覚悟していた母親が事前に己が身にかけた術により、生まれてきた子どもたちに無限の守りの力を残した。考えてみれば、それが原因で死を受けたのかもな。だが、かぐや姫の力は強大だった。舞様はその霊力を五つに切り裂いた。それが竹取物語に出てくる五つの宝だ」

「かぐや姫はその後どうなったのですか?」

「絶対的な力を失った姫は舞様の元で育ち、月日が流れた。我らは産まれ、俺は舞様に付いた、五つの宝を人の手の届かぬ場所へ隠し。そして、奴らのボスはその力を欲し、幾度となくかぐや姫を付け狙ったのだ。だが、時は経ち、かぐや姫の強大な力が暴走を始めた。それこそ世界を滅ぼすなんて生易しいモノでは無かった。それは破滅以上の脅威と舞様は言う。その際に、奴はそれにつけ込み、かぐや姫の力を我が物にしようとした。それに対し、真道は江舞寺の初代頭首として勇敢に戦った。当然のように妖力が高い真道は強かった。見事、神差を人の身に封印することが敵った。かぐや姫はというと、舞様と真道がやっとの思いで抑えることが敵った。その強大な魂は真道が子孫に引き継ぐこととし、念をおした舞様は真道の身と魂にある術をかけた。それが、かぐや姫と真道の転生者が必ず双子とし同じ代に生まれるというもの。かぐや姫の転生者は真道の転生者がいる限り暴走はしない。それを見越した上での術だった」

壮大な話だ。現実でない幻想的な話、とても信じがたい。

「察しているかもしれんが、魁人と桜がこの代におけるそれだ。まあ今回は五つ子だがな。そして闘いの間際、真道への忠義により6人の若者が集った。守護四亭の初代頭首たちと後の真道の妻だ。先に話した五つの宝、江舞寺と守護四亭はそれを受け継いで、それぞれの地を守って来た」

「その内の一つが破壊されたのですね・・・」

「ああ・・・だからこの屋敷は襲われたんだ。これらは全て綾人の書いた予言に含まれていたことだ」

魁人は襲撃を予知していた。驚きはしなかった。魁人は最愛の妹である桜をみすみす明け渡したのだろう。

「多少我らの計画に不手際はあったものの、綾人の思惑通りことは運んだ。桜は連れ去られ、計画に区切りを打った」

その言い方では、やはり桜さんは生きているようだな

「それでは、桜ちゃんは生きとるのね?」

柚紀が問う

「ああ、だが記憶が無い、戻すことは俺たち妖獣でも無理だ。掛けた本人なら解けるだろうがな」

「術を掛けた本人って、椿ちゃんの体を奪った奴のことやね?彼女は一体?」

柚紀が真面目に聞くと

「ああ、羽賀の中にいるのは明影という俺たちと同じ妖獣だ。ああ、呼ぶときは微影と呼べよ、怒るから」

呼び方関係あんのか

「そいつはただの妖獣じゃない、そいつを除く8体の妖獣はアイツから分かれたようなモノだ、妖力に差がありすぎる。本気にさせたら束でかかっても絶対に敵わない。幸いなことに江舞寺に当初からついていた俺を含める3体の妖獣は江舞寺に帰還した。そして奴らにも俺たちにもつかなかった残り3体の妖獣も江舞寺に集うことになった。江舞寺は強くなんぞ~」

山上はうれしそうに言った。とりあえず、羽賀の中の奴がとんでもなく強いことは分かった。が、少し考え、疑問をぶつけた。

「ちょっとまてよ、じゃあ敵にまだ二体もいるってことかよ!」

「いや、当初は3体だったが今は明影一人だ・・・」

「へぇ~」

俺は薄い反応をしたが、柚紀は本質を見ていた

「敵側で一体何が起きたのですか?倒したと考えてよいのですか?」

山上は顔をしかめた。まるでタブーに触れたかのように、ただ気まずい顔をしていたのだ。すると奥から若い女性がやってきた

「私から説明するわ・・・」

「誰だアンタ?」

俺の問いに対して、女性は俺たちの方を向くと

「私は江舞寺三大妖獣、名を花鈴。私たち妖獣は今コイツが説明した通り、明影という大きな存在から分かれたにすぎない。つまり妖獣同士は皆兄弟のようなものだ。もし、妖獣が妖獣を殺せば、どういうことか分かるな」

やはりタブーだったか

「我々妖獣には強い絆があった。しかし我ら江舞寺に付いた妖獣と、奴ら永久の月に付いた妖獣は対立した。彼らは神差の命令で長岡京を襲った」

「ずいぶんと昔の話をするな・・・」

長岡京は平安京の前だから奈良時代だな。

「そして残った私たち6体の妖獣は力を合わせ、奴らについた妖獣の一体、邑巫を倒すことができた」

「兄弟殺し・・・」

柚紀が呟く。

「俺たち妖獣はその日以降、胸にポッカリと空いた空白感に歯がゆさを感じて過ごしてきた」

「どれだけ時が過ぎても、我らの心は埋まらない。永遠に空白が残るのだ。江舞寺の下の者たちは我らを神の眷属などと呼ぶが、そんなことはない。私たち妖獣は妖力の元となる核の部分がある。それを失ったら消えるしかないんだ。でも邑巫は死に際に己の闇の力を神差に明け渡したのよ・・・それにより奴らのアジトには闇の結界が張られ、私たち妖獣はおろか舞様ですら近づけない」

だから奴らのアジトには手を出せないと、状況が悪そうだな

「その禁忌は私たちもそうだし、あの子もしたくないのよ、私たちからすれば妖獣はみな兄弟だけど、本体のあの子からしてみれば私たちは自分と同様なもの、どれだけ憎んでも手は出したくないのよ」

「そいつさえ倒せば、こっちは勝ちなんでしょ。向こうが手を出さねえなら、こっちで攻めればいいじゃない」

蘭の幼稚な考えに山上も頭を抱えた

「それは無理よ・・・」

花鈴と名乗る女性は呆れたように言った

「さっきも言っただろ、あいつは普通の妖獣じゃない。たとえ束になって敵う敵だったとしよう、だからと言って殺すことはできないんだよ」

その言葉の意味、うすうす理解した。

「私たち分身たちはね、みな本体の明影から力を受信しているのよ。本人が意図して送信しているのかは分からないけど、あの子が死ねば、私たち妖獣は後追いのように死に絶える。だから私たちはなんやかんや言ってあの子に刃を向けられないのよ」

化け物にも化け物の事情があることが分かった。俺たちより遥かに長い時を生きてた者たちだ。俺たちでは理解できないだろう。

「これで俺たちが伝えられることは伝えた。満足かい、坂本?」

「ええ、ありがとうございました」

山上は頷いて言った。

「本来ならば、俺は危険なことをしているお前たちを止めなければならない。だがな、お前たちの探求心、そして魁人たちとの絆を考え自由にさせよう。何よりこれは一つの冒険だ。死なんよう頑張れ」

冒険部の顧問らしい言葉だな。

「ああ、言い忘れていた。お前たちに魁人が渡したペンダント、あれは家臣の証のようなものだ。もし、本当に魁人のことを思っているのであれば、そのうちに彼から話があるだろう。それまでに考えておくといい。声が掛かってから考えていては遅いのでな・・・」

魁人、お前は俺たちを江舞寺に引き込むつもりだったんだな。

「俺らはもう戻る、蘭と安澄、お前らは一緒に来い!」

山上の方に竹下とヤスは向かった。俺たちは二人を見送ったのだ。

「なあ、柚紀・・・」

俺は静かに声をかける

「大河・・・私たちは同じ考えのハズよ・・・そのために連合を名乗ったのだから」

そう、俺たちはあいつを支える者たち。たとえ何があっても魁人の味方だ。

「ああ、その通りだ。みんなにも伝えないとな・・・さて、どうやって出るか」

俺たちは高い天上を見上げた。



これでこの章は終わりです。終盤に昔話を詰め込みました。

なお、魁人はこの内容をすべて知っていました。

ちなみに、昔話はまだまだ本編で語ります

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ