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第二節 複雑な事情

 目の前にあーちゃんがいる。いつにもなく悲しそうな顔をしている。この表情をどこかで見たことがあるような気がする。俺がどうしたのかと聞いても教えてくれない。

 しばらくして、あーちゃんは俺の前でしゃがみ込むと、幼い俺を言い聞かせるように言った。その言葉は分からなかった。ただ理解したのは、誰かが俺の傍にいるということ。そんなことを言っていたような気がする。俺の後ろでは見知らぬ2人の男女が立っていた。彼らは誰だろう。あーちゃんは遠くへ行ってしまう。追いかけようとした。だけど、届かない。最後に彼女は言った。

『また逢おうね』

もう逢えないと悟った。どこへ行くんだよ。待って、待ってよ・・・

 意識がハッキリとしてくるのだ。これは夢なのだな。俺が見る夢は、あーちゃんしか出てこない。あーちゃんが出てきたら、それは夢なのだ。夢の中でしか逢えない子、こちらでは顔も名前も覚えていない。ふとすると、意識を失う直前までの記憶が蘇る。恐怖が襲いかかってきた。それに焦ったように目が覚める。

    ●吉崎:赤十字病院

 ベッドで寝ていた魁人が目を覚ました。

「ここは・・・」

魁人は動揺している。柚紀が隣で林檎を剥きながら言った。

「帯刀の病院やで・・・友里也ちゃんに感謝せーよ、24時間付きっきりであんたを見守ってたんやからな」

ベッドの横で、矢沢が腕を組んで眠っていた。30分前に俺たちが来て、すぐに眠ったんだ。恐らく徹夜で見ていたんだろう。

「ああ・・・富田は!」

魁人が急に渙発を入れた。柚紀は手を止め黙り込んだ。真実を告げるのに躊躇なんていらない。俺は椅子を回転させ、魁人の方を向いて言った。

「死んだよ」

魁人は覇気を失くし茫然としていた。

「私たちが駆け付けて、あの二人はどこかへ消えんよ・・・その時にはもう楓ちゃんは・・・」

「俺たち警察はお前を重要参考人として、調査をすることになった・・・そんで俺たち二人が担当することになったんだが・・・やっぱショックでけえみてえだな・・・」

魁人は変わらず覇気を失くしていた。何かを考えているようにも見える。

「吉崎、今日は帰ろ・・・」

柚紀は矢沢に掛けておいたコートを着ると、俺と一緒に部屋を出ようとした。

「また明日くるよ・・・」

俺たちは病室を出た。


    ●向日葵:北澤亭

 大勢の使用人たちが復旧工事を行っていた。吹雪鬼は人一倍、働いていた。

「ほ~れ若いの、頑張れよ」

おばあちゃんは若い使用人に向かって声援を送っていた。私の横では聖良がそれらの様子を茫然と見ていた。ほんとに何があったんだろう、旦那と喧嘩したのかな?本当のことを話してほしいのに、なんで1人で悩んでるんだろう。

「中に入ろ」

私の声で、私たちは屋敷の中へ入った。

 聖良の部屋で、私は強行して話を振る

「何があったの?なんで何も教えてくれないの?私たちって何でも相談し合えた親友だったじゃん」

聖良は黙っている。なんでよ・・・私がいなくなって、何も連絡しなかったから?散々心配かけたから、その報いなのかな。たしかに信用されないのも仕方ないかもしれないな。あんなに一緒にいたのに、いなくなった時間でチャラなのかな。

「私たち、もう親友じゃないの?」

大粒の涙が流れた。私のその一言に、聖良は激しく反応した。

「違うよ!ヒマのことは今も昔も一番信頼できる親友だよ」

聖良も泣いている。その言葉にどれだけ楽になったことだろう。

「でもね・・・親友でいてほしいんだ・・・このことは言えないよ・・・」

聖良は思いつめている。どうすれば救えるんだろう、見ていて辛いよ・・・

「旦那さん、愛してもらえなかったの?」

聖良は首を横に振る。

「愛していないのは、私の方だよ。あの人は今もずっと私を愛しているの」

聖良が嫌いになったってことなの?それだけのハズないよね

「聖良は嫌いなの?」

聖良はまたも首を横に振る。

「大好きだよ、ずっと・・・」

どういうことなの?なんで愛し合ってるのにうまくいかないの?恋なんてろくに実ったこともないから分からないよ。

「ただ、恐いの・・・あの人は昔から真面目で優しい人だった。私の両親が事故で亡くなった後も、彼は私を支えてくれた。私たちはずっと愛し合っていたの・・・でも彼が育った施設が危険な集団だったみたいでね、今までもやばそうだなって思ってたけど、つい最近に正体を知って恐くなったの、あの人を愛せないのよ・・・」

事情が分かった、旦那と二人きりで話せればいいのに。

「一回だけ電話してみれば?」

聖良は焦ったように言った

「そんなことできないよ!あの人は犯罪者みたいなものなのよ。そんな人を愛していたなんて、最悪だよ・・・」

でも聖良はまだ旦那を好きみたいだ。どうにかしたいと思ってる。だから打ち明けてくれたんでしょ。

「どうしたいの?なんとかしたいんじゃないの?話してみないと分からないこともあるでしょ?どうにかするには、もう手は限られてるでしょ。事態を悪くしない為にも、早急な対応が大事だよ」

聖良は泣きながら私の話を聞いていた。

「そうだね・・・そうだよね・・・私が何かしなきゃ、変わらないよね・・・出るか分からないけど、連絡してみるよ。何かあったら支えてくれる?」

私は全力で頷いた。聖良は優しく晴れやかに笑った。やっぱり笑ってた方が聖良っぽいな。

    ●聖良

 今から旦那に連絡する。携帯も解約して、この携帯からかけるのは初めてだ。あの人は怒っているだろう。怒鳴られるかもしれない。気が進まないな・・・

「ほら、頑張って」

隣でヒマが応援してくれる。もう、電話の一本ぐらい、頑張るか・・・私は電話を掛けた。長い呼びだし音、心臓がバクバクする。緊張でどうにかなりそうだよ。

「・・・もしもし」

しばらくして、繋がったことに気付いたが、声が出せない。

「聖良?聖良なのか!?」

より強い緊張で胸が締め付けられる。気を保つのが辛い。まったく声を出せない。

「なんとか言ってくれ、お前は聖良なのか?」

「そう・・よ・・・」

かろうじて声が出せた。心配していてくれたんだな・・・

「どうしてだよ・・・なんでだ・・・なんで・・・」

彼は泣いている。私も同じだ。

「俺は何をしてしまったんだ。なぜ、お前を失ったんだ・・・もう許してはもらえないのか?」

やり直せるのか?もう一度、あなたの傍にいれるの?ダメよ。あなたは悪い人よ。傍になんていれない。

「ええ、ダメね・・・少なくても、組織を抜けてもらわないと・・・」

言っておいてとても辛い。もう、戻ることなんてできないんだよね・・・

「組織って・・永久の月のことか・・・たしかに俺が育った組織だ。たしかに危険な組織かもしれない。でも、俺はもう組織を出ている。あの組織は15歳を過ぎた後の道を選べるんだ。組織に残るか、外で普通に暮らすのかをね。俺は残らずに出るとずっと決めていたんだ。だから高校受験もして、お前に出会えたんだ。たしかに高校を出た後も支援が続いているのは疑問に思うかもしれない、だが俺ももう真っ当な社会人だ。一般市民なんだよ・・・生まれ方まで否定されたら、もう終わりじゃねえか・・・」

その言葉が信じられない訳じゃない。私が最初に疑念を抱いたのは、彼が会社の給料より多い額の金を収入していることだ。それが親の遺産ではなく、施設からの支援ということ。最初はサラ金の手のものじゃないかと怯えていて、信用がだんだんと薄れていった。良い暮らしをすればするほど、不安になっていくんだ。組織の全貌も分からない。彼の言うことが真実でも、組織が危険でそれに関わっているのには変わらない。どちらにしろ、私たちはやり直せないんだ。

「どうしても無理なんだな・・・分かった。短い間だったが楽しかったよ。じゃあな、ごめん」

何か言おうとしたが、思い当たらないまま通話が切れた。何をすればいいのか分からず、頭が真っ白になった。何も考えず、掛け直したが繋がらなかった。もう、完全に終わってしまったみたいだな。なぜだろうか、一件落着したはずなのに、後悔が押し寄せてくる。辛い気持ちでいっぱいになって、どうしようもなくなった。向日葵は優しく抱きしめてくれる。私はただ泣きつくんだ。それでもこの喪失感はどうにもならないな。もう何もできない。

    ●向日葵

 聖良は深く傷ついている。もっと辛い思いをさせてしまったのかもしれない。私が付いていてあげるよ。10年分ね。

 部屋の襖が開いた。私が振り向くと、そこにはふぅ君と後ろにはママのような人が立っていた。

「向日葵、お前に話がある。少しばかり付いてきてもらうぞ」

私は付いていった。聖良がとても気がかりだ。

 屋敷の奥深く、初めて入った場所だ。こんなとこで何を話すのだろうか。またも階段を降りる、確実に地下だ。壁は木造で上と変わらぬ道が続く、そんな中で襖のある部屋に付きあたると、私たちは中に入った。

 そこはとくに変わりもない6畳の和室だ。ママが手で合図をおくった瞬間、部屋が大きく揺れた。エレベーターの中にいるようだ。この部屋ごと、下へ降りているのだな。まだ下に行くのか、何のために、どこへ行くんだろう。

 揺れが収まり、ガチャという音がした。着いたのだろうか。

「降りるぞ」

ママに着いていく。不安だな。何が起こるんだろう。

 襖を開けると、暗い洞窟へと繋がっていた。素足で入るのは気が引けるが、仕方ないか。私たちはそこを進む。

 やがて明るい場所に着く、そこには庭園と屋敷があった。空を見る限り、地上ではないようだ。天井があり、何かが照らしている。

「ねぇママ、ここどこなの?」

ママは立ち止り、私に言った。

「ソナタにはここで伝える。妾はソナタの母親ではない。妾の名は江舞寺舞。江舞寺の王だ。分かっておったのではないか?妾が母とは違うものであったと」

怖い、いったい何なんだろう・・・何を言っているの・・・

「お前たちはこれより江舞寺の為に生きてもらう・・・」

その言葉の意味が分からなかった。一体全体なんなのよ・・・


    ●聖良

 後日、彼は自宅で首を切り自殺していた。私宛の手紙があったそうだが、まだ見ていない。私はただ、役所の人からそれを受け取ったのだ。葬儀は会社の同僚たちによって開かれた。私は行かなかったのだ。世間から見れば、酷い女だな。その通りなのだ。私は最低だ。北海道に戻ると、向日葵は何か思いつめていた。大丈夫って言ってあげたかった。私は何も言えず、部屋に入る。

 ベッドに座ると、手紙を開いた。それを読む。

[すまないな、お前の為にと思って黙っていたが、白状しよう、俺は組織と縁を切ったわけじゃない。会社の機密情報を組織に流していたんだ。その分あってお前に良い暮らしをさせてやれた。お前を幸せにできると思っていた。だが、それは逆効果だったようだ。お前を不幸にした。本当にお前のことを愛していたんだ。幸せにしてやれずにごめんな。お前と一緒に、ずっといたかったよ。最後に、お前の声が聞きたい、お前の顔を見たい。お前のことを抱きしめてやりたかった。何もできずにごめんな。じゃあな・・・]

私は、酷い女だ。互いに愛し合っていたのに、自分のすべてを認めてもらっていたのに、彼のすべてを認めてやれなかった。私が彼の立場だったのなら、どうにかなってしまうだろう、その後は彼と同じ末路へと向かう。私は彼を追うべきだろうか。追わなければならないのだろう。私が彼にしたことは決して許されないことだ。どうしたらよかったのだろう。彼の話を聞くべきだったのだろうか。しっかり話して、理解すればどうにかなったのだろうか。いや、向日葵たちと敵対することに変わりはないのだ。仕方がなかったのかな。どうすることもできなかったのかな。そう思いたいのに、心が締め付けられる。苦しくて苦しくて、ただ苦しくて。どうすればいいのか分からない。私はどうすればいいの、幸治君・・・


    京都県警

刑事たちが話していた

「聞いたか?柚紀はん、神奈川で大きな調査だそうねん」

「京都県警の人が動かされるってどうなっとるんやがな・・・」

「ほんでも、本部過ぎるほどの本部からの命令だとかやと・・・」

「何か大きな組織が裏におるんじゃないかって、柚紀はんは感じとったようやが・・・まったくその通りやったようじゃけんな・・・」

「せやな・・・」

それを聞いていた小町は席を立ち、休憩所に行くと、携帯で連絡をしようとしました。すると小町の耳元で声が聞こえました。

「橙丁、監視されてるわよ・・・」

小町は驚いて振り返ると、そこには微影が立っていました。

「あそこに新しく監視カメラが付けられたの・・・気づかなかった?」

「なら・・・あなたはここにいるとマズイのでは・・・」

その時、桑田が入ってきて、小町に言った。

「コマッちゃん、自動販売機にどないけん驚いてんねん」

小町は桑田の方を唖然として見ていると

「え・・・」

「来なさい・・・」

微影は女子トイレへ向かった。小町も付いて行きました。桑田はその様子を見つめながら呟いた。

「柚紀はん・・・やっぱりアンタが間違っててほしいんやがな・・・」

    女子トイレにて

微影が問いただす

「命令を忘れたの?」

「いえ・・・私は言われた通り任務を・・・」

呆れたように微影が言う

「眼を付けられるとは・・・あなたは終わったわね・・・最悪な事態になる前に、ここで終わりにしてあげようか?」

小町は焦ったように取り乱す

「す・すいません!まだチャンスは」

「どうして早く手を打たなかったの?もう昔とは違う、あなたも緑戊も戦士になったの、いつまでも守ってもらえると思うな。どんな者でも足が付けば死罪。昔から、教えてきたはずよ。それを承知で戦士になったんでしょ。あんまり失望させるようなら、本当に終わりにするわよ・・・」

「はい!すぐに!すぐに手を打ちます!ですから・・・」

小町は非常に怯えている。微影が言い放つ

「もう、いいわ・・・あなたを任務から下ろす。任せておけないもの」

「いえ!私には策があるのです!私が・・必ず!奴を・・・」

小町が慌てふためいて言おうとすると、トイレのドアが開き、微影は消えました。そして女刑事たちが話しながら入ってきました。小町は冷や汗を大量に流し、閉じた便器に手を付きました


    帯刀市役所

梅前がパソコンで資料を印刷すると。FAXに入れ、送信ボタンを押した。そして電話を取りだすと、掛けました。

「はい、もしもし?」

柚紀が出た。

「あ、柚紀ちゃん?あのね、頼まれてた資料さ、調べたからFAXで京都県警に送っといたよ」

「あ~ありがと。健ちゃんにも送ったん?」

「うん、でも今、車の中だよね」

「え、うん」

柚紀の隣では吉崎が運転していました。

「やっぱり、ちょっと震動が聞こえるからさ。すぐ見れる?」

「夕方には京都に戻れるハズやで、おしいなぁ、さっき病院出たばっかなんよ」

「そっか、もう少し早かったら、健ちゃんと一緒に見れたのに、ごめんね・・・」

「気にせんどいて、協力してくれるだけで助かるんやで」

梅前は黙り込んでいた。

「ありがとね、はやみ」

「うん・・・」

吉崎が運転しながら言った

「柚紀、俺からも伝えてくれ」

「うん、はやみ、吉崎もありがとって言ってるよ」

梅前は椅子に座ると泣き出しそうに言った。

「ごめんね、こんなことしかできないで・・・」

「はやみ・・・誰も攻めたせぇへんよ。楓ちゃんのこと、みんな悔しいやろ・・・ほら、元気出しや」

梅前は笑顔で涙を流しながら言った

「そうだね。じゃあね、見たら連絡してよ」

「了解」

柚紀は電話を切ると、吉崎に言った

「悪いな、わざわざ京都まで行かせてしもうて」

「それは桑田さんが俺より有能すぎたせいだからいいさ、ウチのボスが気にいるのも仕方ねえべ」

「せやな、あっちももう出た頃やろ。なんか桑田の奴、所々でコソコソとしてんねんよ、どっかの回し者なんやないかと考えとるんやが」

「考えすぎだろ、そういやアイツと落ち合うとか言ってなかったっけ、ほらプログラミングがどうとか」

「あの子は今朝、新幹線で向かったからもう着いとるやろ。資料を見るのと一緒でええよ」

「あいつはあいつで観光でもしてんのかね」

車は高速道路を走っている


    南原亭

忠一は顔を真っ赤にし、叶恵をビンタしました。叶恵は倒れると

「お父様!待ってください!」

「はぐれ者とはいえ!あの娘をどこの子だと思っとる!舞様に頼まれたことだぞ!それを貴様――!」

忠一は叶恵の首を掴むと押し倒した。狂歌が止めに入る。

「落ち着いてください、血圧あがって死にますよ」

横では富田の母と姉が喪服を着て真剣な顔でいました。そして、奥の部屋では富田の葬式の準備がされていました

「しかし、狂歌様。この未熟者は!ウッ・・・」

忠一は頭を押さえて膝をついた。そしてすぐに使用人たちが忠一を気遣い近づいてきました。狂歌は呆れたように忠一を見ると、富田の母親のもとへ行った

「慧子さん、存じておられると思いますが、あなたは秘密を知っています。なのでこれで終わりではありません。そこであなたたちには2つの選択をしていただきます。一つ目は江舞寺家と一切関係のない赤の他人となり、生活を送る・・・これは、栞さんだけです。あなたには秘密を守るために死んでいただきます」

富田の姉(栞)は少し顔を引きつらせた。母は無表情でいた。

「二つ目は江舞寺の使用人として代々仕えていただく・・・そうすると、栞さんも使用人としてここに仕えることとなり・・・むろん、代々仕えるのだから、栞さんの息子、まだ2歳でしたね、そのまた息子、そのさらに息子、ソナタたちの家系は江舞寺に縛られる形となります。あなたの命一つで、あなたの子孫が自由になれます。栞さんも、あなたの決断で、母親の命が救えます。どうしいたしますか?」

2人はしばらくの間、無言だった。


    ●吉崎:京都県警付近の喫茶店

 俺と柚希が席に座っていると

「ごめん、遅れちゃったね」

待ち合わせの人物がやって来た。彼女の名は成瀬桃香、変態だ。メンバーを抜けたが協力はしてくれるとのこと。受け取るものがあるそうだ。俺たち二人が座る席のテーブルを挟んだ向こうの席に成瀬は座った。

「はい、これ。頼まれてたものと、こっちがビデオデータね」

成瀬は一枚のディスクとUSBメモリを差し出した。そういえばこいつ中学の頃からプログラミングなりハッカーなり得意だったな。性癖がインパクトでかすぎて、天才要素が薄れていた。真木と張り合っていたこともあったっけか。

「ありがとな、ほんならもっと話したいんやけど、すぐに作業しなきゃいかへんから、失礼するわ」

柚希はその二品を持って、席を立った。俺も席を立とうとしたとき

「アンタは残って話とかしとったらええ」

そうだよな、成瀬はわざわざ京都まで来てくれたんだからな。

「そりゃそうだな」

俺は席に座った。

「さて、何を話すか?」

俺は肘をついてモノ言いたそうに成瀬を見る。成瀬は戸惑った顔をした。しばらく気まずい空気が続いたが、成瀬が重い口を開けた

「えっと、まずは逃げてごめん。本気で怖くなっちゃって」

そう言いながらこちらを伺う。

「まあいいよ。協力してくれてんだから。それはいいとして、お前に言いたかったことがあるんだ」

成瀬はキョトンとした顔で照れてるしぐさを見せた。なんだこいつ、告白されるとでも妄想してんのか。妄想癖は健在のようだな。

「何、照れてんだ。お前の性癖が今、どうなってんのか聞きたかっただけだよ、更生したのか?」

成瀬はふき出した後、笑いながら言った

「お~い~、黒歴史掘り返すなし。あれ以来、大きな失敗はしてませんよ」

失敗はしていない、治ったとは言っていない。

「ほうほう、性癖は今も健在だと、そういうことだな」

「う・・・」

痛いところを刺したかな、成瀬は顔をしかめた後、黙っていた。

「まあいいけどよ。それはそうと、さっきのディスクとかってなんだよ?何をプログラムしたんだ?」

そっちも気になっていた。柚希に聞いても教えてくれなかったからな。

「ああ、あれはね・・・」


    京都県警に向かう路上にて

 柚希が信号を待っていると、その様子を背後の少し離れた物陰から微影がじっと見ていた。そして、刃物を構えながら、だんだんと近づいて来る。柚希はまったく気付いていない。微影がすぐ後ろに来て、今にも刃物を柚希の首に払い下ろそうとした瞬間、信号が変わり、柚希は周囲の人たちとともに歩き出した。その様子を、微影は刃物を下し、じっと見ていた。


    数日後の夜

    京都の海沿いと工業倉庫近辺

 柚紀が海を眺めながら、携帯で通話していました。すると後ろから小町がそっと近づいてきました。

「遅くなってごめんな。あなたの送ってくれた資料、読ませてもろうたよ・・・7年前にそんなことがあったなんてな・・・魁人には知らせたん?・・・・・分かった、私から教える・・・」

柚紀は小町の方を振り返り、携帯を降ろすと

「邪魔はさせへんよ・・・小町・・・」

小町は柚紀に見つかり、少し驚くと

「先輩?邪魔って、え?」

柚紀は携帯を耳にあて

「ごめん、一旦切るね・・・」

柚紀は携帯を胸にしまうと、真面目な顔で

「小町、私のパソコンのデータ、消そうとしたんはあんたね・・・」

「え?何言ってるですか?そんなことする訳ないじゃないですか・・・」

「あんたは監視コンピューターをいじったようやけど、あれ、私の友達が作ったダミープログラムやから・・・きっちりあんたの姿が映っとったよ、私のパソコンにUSB差すところがね・・・こっちであんたのパソコンのデータ、ハッキングさせてもろうて、すべてお身通りやで!」

「え・・・」

柚紀は銃を橙丁に向けました

「いつまでシラをきるつもりなんや?橙丁(だいだいちょう)さんよ」

小町は軽く右腕で合図すると、無数のコンテナの上から十数人ものライフルを構えた者らが一斉に出てきて、ライフルを向けました

「フフ、バカな女だね!私が何の手筈もしないでここへ来たと思う?」

柚紀は小町を撃ちました

「ウ!」

小町は腰を撃たれて膝をつくと、コンテナの男たちに向かって

「オメェら何やってんだよ!早くアイツを撃ち殺せ!」

すると男たちの一人が小町を撃ちました。弾は小町の足元にあたりました

「おい!何してんだ!・・・まさか!」

小町は苦しそうに腰を押さえると

「ここにいる全員(みんな)は・・・私の部下や」

男たちは一斉に立ちあがると、全員が警察官や刑事でした。そして小町を撃った男は桑田でした。

「悪いね、こまっちゃん・・・」

「あんたの部下は全員自決した・・・邦枝小町!あんたを拘束する!」

小町は逃げようとすると

「諦めや!」

柚紀は小町の背中を撃ちました

「ウグ!」

小町は膝を付き、這おうとしました。柚紀は黙って近づくと、小町は妖術で粉末を大量にばら撒いた。煙が広がり柚紀はハンカチで口と鼻を覆いました。

 煙が晴れると小町の姿はありませんでした。

「ッチ・・・」

桑田は柚紀に叫びました

「坂本はん!探しまっか!」

柚紀も桑田に叫びました

「背骨は折れとる、遠くには行けへんハズや・・・」

 小町は半分這いながら逃げていました。そして広い場所に出ると、小町はそこにいた人物に強く恐怖しました。

「そよ・・かげ・・・さま・・・」

そこには微影が立っていて、仮面を外すと悲しそうな声で言いました。

「終わりね、小町・・・」

そして微影は小町に手をかざしました。

「ヤダ・・・ヤダ!・・ヤダーーー!ウワ―――!」

微影の手から凄まじい波動が小町に放たれ、小町は服などを残し塵になりました。

 そこへ柚紀が駆け付けると微影を見て、銃を撃ちました。微影の体に空いた穴は銀色の煙とともに塞がりました

「坂本柚紀・・・許さんぞ・・・」

「え!羽賀さん?あなた、人間やないんか!?」

柚紀は茫然と立ちつくすと、微影は小町の装備にあった橙色の二つの小刀を手元まで浮かばせながら言いました。

「ええ・・・そうよ・・・」

「あんた、部下の命を奪って何も感じへんの!?」

柚紀の一言に微影は一瞬の間を開け、狂気の形相で言いました

「邪魔な者を消して何が悪い?第一、お前のせいではないか」

微影は仮面を付け、柚紀に指を向けて言った。

「お前が最後だ・・・」

「なんやと・・・」

「そう、他の番犬どもは記憶を書き換えておいた・・・だから、あなたが最後・・・抵抗は無意味、命そのものを奪うのだから・・・お前の父を待っていろ」

微影の指から光が放たれました。柚紀は腕でかばおうとしました。そこへ舞が瞬間移動でやってきて、その光を止めました。

 微影は手を下げると、黙って舞を見つめていました。舞は微影を見て微笑みながら語りかける。

「こないだはあまり話せなかったな。元気そうじゃないか・・・その体、気に入ったのか?」

「ただ使ってるだけさ、その子たちの団員となり、内部から崩してしまえという、あの方の命令だからな・・・誰が人間の体なんか好き好んで使うものか・・・」

「相変わらず人を嫌うようじゃな・・・ソナタの好む者は人間なのだぞ」

「何のことだ?」

微影がしらをきるように言うと

「そういえば、片割れは元気か?」

微影は舞を睨みました

「たしか、つい800年くらい前は一緒だったであろう・・・」

「黙れ・・・」

微影は下を向いたまま小さく呟きました

「今はどこにいるのじゃ?」

「黙れ」

微影の声は辺りに響きました

「妾があの子に初めて会ったとき、ずっと一緒だ、などと言ってたであろう」

微影は上を向くと、羽賀の体から銀髪で大きな狐の尾を生やした少女が抜け出ると、舞に襲いかかりました

「貴様に何が分かる!」

少女の抜け出た羽賀の体は倒れました

「その姿で会うのは、何十年ぶりであろうか、明影よ・・・」

舞は微影の顔を右手で止めていました

「ああ、お前の思うとおり妖音は石になり消えたよ!あの方の怒りをかったのだから仕方ないさ!私の気持ちを分かったような口調は止めろ!」

微影は口から波動を放ち、舞を吹き飛ばしました。舞はうまく着地すると、一瞬で微影の真後ろへ周り込み、微影の左腕を掴みました

「あの娘を殺してどうする?意味はあるのか」

「そいつのせいで駒が一つ死んだ。殺さないと気がすまない」

「乱暴になったものだな、あの子がいれば・・・」

「黙れ!それにアイツの名前が気に食わない。裏切り者の名だ」

「150年も昔のことを気にしているのか。あれは逆恨みであろうに。そういえばその少し前にあの子は逝ってしまったのだったな」

微影は舞の腕を振り払おうとした。

「妾は、妖音を助けてやれるぞ・・・」

「だから・・何だ・・・」

微影は苦しそうに言いました。微影の握られている腕からどんどんエネルギーが舞に流れて行きました

「ここで妾に全妖力を奪われ、ただの獣になるか。妾について妖音と二人で懐かしい山に住むのとでは、どっちがいい?」

微影は座り込むと辛そうに舞を見て言った

「私を・・・何だと思っている・・・いつまでも、支配できると思うなよ」

舞が不思議そうに微影を見ると、微影の体が翡翠のように緑に輝き、その瞬間に微影の周りに凄まじい気力が放たれ、舞は吹き飛ぶと、着地する前に微影が放つ衝撃波によってコンテナに打ち付けられた。微影は倒れていた羽賀に憑りつくと起き上がり、気迫で強力な疾風をあたりに放ち、そこにあるものを大きさに関係なく吹き飛ばしながら粉々に切り裂いた。その疾風は舞の打ち付けられたコンテナをも巻き込んだが、風が収まると舞は平然と微影の前に立つ。微影は緑色の瞳で舞を見ると、憎しみを込めて怒鳴った。

「すべてが全てお前のせいだ!私はお前の思い通りには絶対に動かない!」

「だから、あの男に妾の正体を明かさぬのか?」

つけ込むように舞が問いただした。

「私は・・・」

微影は少しの間、黙った。

「そんなもの、関係ないだろ・・・」

微影は消えました。舞はため息をついていると、永火が走ってやってきて

「舞様!やはりあの女は・・・」

永火は柚紀を見ると足を止めました

「永火君!」

柚紀は永火を見て驚きました。

「やはりあの子は独りか、最も恐れていた事なのにな・・・」

舞がそう呟くと

「どうなさいますか・・・」

永火が気遣うと、舞は永火に言った。

「仕方ない、撤退じゃ・・・」

「ハ!」

永火は舞のもとへ行きました。柚紀が不安そうに聞いた。

「あなたは・・・」

「うかつに余計なことをしゃべるでないぞ、坂本刑事さん・・・下手に首を突っ込むと死は免れない」

「一つ聞きたいんですが・・・私は何をすればええんでしょう?」

柚紀が震えながら聞くと

「安心せよ、江舞寺の加護を付ける。それにあの様子ではあの子はもうソナタを付け狙わないであろう。普通通り仕事をしていればよい、ソナタ以外の事件に関わった上の方の刑事たちは、皆あの子に記憶を改変されてしまったであろう。だから、魁人は返してもらうぞ・・・」

「はい・・・信じていいんですね・・・」

舞は柚紀に背中を向けたまま

「ああ・・・詳しいことは君のお父さんに聞くといい」

舞と永火は消えました。

    ●柚紀

 まず状況を整理せんと、何か嫌な予感がする。それに羽賀さんの言っていたことも気になる。ただ分かるのは、父さんが危ない。

 父さんを待っていろということは私の次に死ぬハズやったということや。まだ死んでへん。そう信じ、私はすぐさま電話を掛けようとしたが、繋がらへん。どうしてや、私の報告を待っていると言っておったやないか。次に私は署へと掛けた。そこで父さんが急に倒れて救急車で運ばれたと聞いた。

 私は死に物狂いで病院へと向かった。

 私のただ一人の親族や、まさか、そんなことがあってたまるもんか

 父さん!父さん!


    ●柚紀:病院にて

 私は指定された病室に急いで駆け付けた。ベッドで父さんは点滴を受けて眠っている。その周りには数人の見知った刑事たちがいた。桑田は私を見ると、その場の刑事たちとともに出て行った。私が父さんに詰め寄ると、父さんは目をうっすらと開くと、静かに私に問いかける

「柚紀か・・・」

「はい。父さん・・・」

元気など出なかった。いつもハキハキとしろと言われていたが、さすがに無理だ。

「父さん、何があったん?」

父さんは私の目を見ずに言った

「ずいぶんと昔のことや、こうなることは分かっとったんよ。それが早まっただけや・・・お前はもう死んだと思っとったが、生きとったんやな。良かったな、ほんまに、欲を言えばお前の顔が見たいんやが、残念やな・・・」

父さん、もう目が見えないんやな・・・私の目から涙がこぼれた。

「もうもちそうにない。最後に言うておくぞ、柚紀・・・」

私は頷いた。父さんは語り出す

「ワイはな、江舞寺の一員なんや・・・お前にも早いうちに伝えておこうと思うとったんやが、ギリギリで悪いな・・・・」

父さんが江舞寺と関わりがあることなど昔から知っていた。ただ、私は父さんがこの後言うことが予想ができた。

「今のお前の母さんはワイを恐れ、お前をワイから遠ざけようとしたんや、薄々気づいとったんやないか?」

あの人が私を大切に思っていたのは知っている。本当に自分の子のように育てていた。私が自分に壁を張っていなければ、いい家族になれたのかもしれない・・・だけど私は血に厳しい。家族と思えない自分がいる。

「お前はもう親など無くても生きていける人間や。さらにお前を支えてくれる大勢の仲間もいるやろ。この先、お前がどうしたいか自分で決めるんや。せやけど、これだけは約束しとくれ、ワイを殺した者たちを恨むな。憎しみからは負の連鎖しか生まれへん。それを踏まえて、どうしたいか決めるんや」

父さんを奪った者を恨むなと、私にそれが出来るのだろうか、あの微影という奴が宿敵だとして、もし次に逢ったとき、私は正気でいられるのだろうか。父さんは私の腕を握りながら熱く語った。

「この先の未来がどうなるかは分からない、お前は自分の仲間とともに歩み続けろ、たとえその先に、何があろうとな・・・」

私は泣きながら聞いていた。父さんは見届けたように安心した笑顔を見せた後、眠るように息を引き取った。父さん、未来は私が手に入れる。みんなと一緒に・・・


    数日後

    南原亭にて

 竹下が布団で眠っている横で、枯間が座ったまま寝ていました。すると竹下は急に眼を覚まし、枯間を見ると摩りながら

「起きろよヤス~、ここどこよ?」

枯間は目を覚ますと、竹下を見て

「起きたか・・・」

「ここどこ?」

枯間は横のお粥を取ると、竹下に出し

「吹雪鬼の家の持物だよ、お前の看病を援助してもらっている」

「そう・・・あ、お粥だ!」

竹下はお粥の蓋を開けると、凄い勢いで食べ始めました

「冷めてるから温めるか?」

「いいよそんなの、お腹すいてるんだ」

「七日間も寝たままだからな・・・」


    北澤亭

 吹雪鬼は壊れた屋根に手を掛け壁に張り付きながら、携帯で通話していました

「やっと目覚めたか、明日の会議には出れそうか?」

枯間が電話の向こうで言った

「ああ、元気だから平気だろ・・・」

枯間の後ろでは竹下が布団の上に座っていて

「ヤス~お粥おかわり~~!」

「うるさい、ちょっと待て」

その様子を聞いていた吹雪鬼は

「大丈夫そうだな。俺ら三人はもしもの時の戦力だ・・・蘭には頑張ってもらわないといけないからな・・・」

「じゃあ連れてくってことで」

「ああ」

吹雪鬼は電話を切りました。そのとたん、携帯が鳴り、吹雪鬼は出ました

「もしもし?」

相手は梅前だった。

「吹雪鬼君、明日の会議にね、出たいって言ってる人が今来てるんだけど・・・」

「それは俺じゃなくて、吉崎に伝えるべきじゃないのか?」

「あのね、その人は・・・」

梅前は受付の前に立っている山上先生を見ました。


    次の日

    ●吉崎:走行中の車

 あの後、柚紀のオヤジさんは病気で死んだ。何があったのか柚紀は知らないと言っていたが嘘だろう、話したくないのが分かる。たった1人の肉親を失ったのにめげていない。本心は絶対に辛いだろう。俺も母さんが死んだらと思うと恐ろしくなる。こいつを支えてやりたいと思った。俺は運転をしながら柚紀に言った。

「結局、捜査は打ち切りか・・・」

「いいえ・・・まだ私とあんたは続けとるわ」

柚紀は手を強く握りしめ、怒りを抑えている。

「ああ・・・もうすぐ歩中の下へ入る、少しは情報が手に入ると思う。ところでよ・・・羽賀のこと、どうするよ・・・」

柚紀は拳銃を襟から出すと、俺に見せた。俺には止めることができない。

「分かった・・・」

羽賀は敵なのだろうか、それとも操られているのだろうか、とにかく俺たちの常識から外れている。どうすればいいのだろうか。

冒頭からあーちゃんが登場します。彼女はいったい何なんでしょうね

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