第一節 愛情 前編
前編です、都合により後編はありません。
数日後の夜8時過ぎ
●姉津:老人ホーム
今日、婆ちゃんは会話ができる程に元気だ。月も小さく、天気は晴れ。星を見るには絶好だろう。就寝時間も過ぎ、施設内が鎮まった頃、俺は婆ちゃんを密かに連れだそうとしていた。婆ちゃんを車いすに乗せて、部屋を出ようとした。部屋の扉を開けると、先輩の女性介護士が腕を組んで立っていた。なぜバレタし。
「抜け駆けはよくない」
先輩は俺の計画を婆ちゃんから聞いていたらしく、俺に協力してくれるらしい。ありがたいが施設長に怒られるだろうに。
「平気なんですか、怒られますよ」
エレベーターの中で先輩に問うと、先輩は笑顔で言った。
「美琴君、いつも頑張ってるからさ、応援してたんだよ、ずっと・・・」
一階に着き、扉が開いた。俺たちは外に出た。先輩の運転で小田原の浜辺に向かった。俺は後ろで婆ちゃんと一緒にいた。
「どこ行くだ?」
婆ちゃんが不安そうに聞いた。ここ何日も言い続け、さっきも言ったのにこの様は日常だ。
「星を見に行きましょう」
婆ちゃんは納得したようだ。
小田原の海付近に着いた。もうすぐ夜の9時だ。婆ちゃんは寝るのがいつも遅いからな、今までずっと俺が付き添っていた。だから、まだ眠そうじゃない。
俺は婆ちゃんと2人で浜辺に向かった。高速道路が近いせいで、辺りはわりと明るく、騒音が響くが、海のさざ波の音も十分に聞こえる。すでに夜空には海上線まで星がいつにもなく輝いている。俺が車いすを停めると、婆ちゃんは空を見た。
「きれいだねぇ・・・」
これだ・・・これがしたかった。やっと、見せることができた。
「ありがとねぇ、介護さん・・・」
婆ちゃんは俺の方を向く
「どうしたのぉ?」
俺は大粒の涙を流していた。この暗さでよく俺の表情が分かるな・・・ああ高速道路が明るいか・・・
「いいえ、きれいだったのでついね」
俺の目の前で流星が流れた。
「ほら流れ星ですよ」
婆ちゃんは見逃したみたいだ。だが、すぐにまた流れた。こんなに早いものだったか、時間が速く感じるな。婆ちゃんは楽しそうだった。俺も夢中で流星を追いかけていた。いつのまにか婆ちゃんは眠ってしまった。時間を見れば、23時半。2時間半も星を見ていたのか。俺はそのまま車まで戻った。先輩も眠っていたので、俺が車を出した。
老人ホームに戻り、婆ちゃんを部屋に戻した。先輩も起こして夜勤室に連れて行った。そこでは施設長が待っていた。怒られると思ったが、施設長は何も言わずに部屋を出て行った。俺たちは仮眠を取った。
今晩のせいか、この数日後、婆ちゃんは帰らぬ人となった。この結果は悪くはなかったと思う、少ない時間でも、婆ちゃんにもう一度、星の素晴らしさを見せることができた。
その後、俺はここを辞めるかどうか検討していた。今までも大型の病院から引き抜きを何度も受けた。でも婆ちゃんがいたからすべてを断ってきた。もう、ここにいる理由はないが、手伝ってくれた先輩や、見逃してくれた施設長、俺を頼ってくれた老人方、彼らを裏切ることになる。俺はこないだ仲間を裏切った。あの思いをまたするのは辛いものだ。もう少し考えてから決めよう。今日は休日、こないだの海でも行こうかな。
●叶恵:南原亭にて
楓さんたちがここへ来られてから数日が経った。今も気を落とされているようだ。私は茶の間で楓様に昼飯をお出しした。
「楓さん、どうぞお召し上がってください」
「ありがとうございます・・・」
楓さんは悲しそうに言った。私が部屋を出ようと襖を開けると、そこに弥生様がスープを持って立っていた。見るところ手作りのスープのようだ。ウチの調理場と材料を使ったのだろう。弥生様は私に言った。
「叶恵さん、氷追加おねがいって吹雪鬼が言ってたよ」
「分かったわ、すぐ持ってくね」
私は部屋を出ようとした。弥生様は持ってきたスープを楓さんの飯に加えると
「弥生の作ったスープだ食ってみ、身も心も温まんよ」
「ありがと、やぇちゃん・・・」
襖を閉める最中に楓さんの声が聞こえる。やはり友達ならば心を開くか。私は必要なかったようだ。
私は氷水の入ったタライを持って、吹雪鬼たちの部屋の襖を開けた。とても暗い部屋だ。妖術を使って視力を上げた。そこには蘭さんが毛布のない布団に寝ていて、傍で安澄君が座ったままウトウトと眠っていた。蘭さんを見れば包帯が血で滲んでいる。換えてあげなければな。そして部屋の奥から吹雪鬼がやってきて、私に言った。
「何とか峠は越えた・・・だが意識がなかなか戻らねぇんだ」
「深い傷だもん、そう簡単には治らないわ、生きているのが不思議なくらいね。それはそうと吹雪鬼君、北澤亭へは戻らなくていいの?」
私が氷水を置くと、吹雪鬼はバックを背負って私に言った。
「もう戻るさ、蘭は安澄にまかせるつもりだ」
安澄君はその言葉に起きたらしく、すぐさま答える
「まかせてよ、この子の回復力は知っての通りだしさ」
「それじゃあ、車を出すわ・・・」
私が廊下に出ると、横から男性の声がする。
「それにはおよばん・・・」
私は横を見ると、そこにいたのは山上様だった。私はすぐさまお辞儀をする。山上様は私を見ずにああと言わんばかりに手をかざすと、部屋の電気を付け、中へ入っていく
「先生・・・」
吹雪鬼は驚いているようだ。先生か、この方はそれが本職ではないのだがな。どういう訳か近年、茎から花に昇格した人だ。花の人間なんて聞いたことが無い。舞様に直属で仕えるものだとしても、根や茎の少なき者だけだ。花は何人いるのかも分からない存在であるからこそ、謎に包まれている。
●吹雪鬼
山上先生はおばさんが出て行ったのを確認すると、話始める。
「お前ら、これから江舞寺に入らないか?」
先生は最初からそのつもりだったのだろうな。分かっていたさ。
「そうすれば、もっと強い力を与える。厳しい道だがお前らはもっと道を進めることができる」
その道の先にあるのが、江舞寺という牢獄だな。いいさ、心は決まっている。俺ら3人ともな。俺は安澄を見ると、安澄は頷く。
「いいさ、入るよ。ある程度自由にさせてもらうがな」
先生は喜んだように笑顔で言った
「吹雪鬼・・・よくやった・・・」
すると突然、先生の横に女が現れた。空間を移動してきたようだな。見れば、女の姿は母親だった。10年前と容姿が変わっていない。というよりかは、母さんは俺が子供のころから年をとっていないのだ。一種の妖術のようだが、気味が悪い。
「紹介しよう、こちら江舞寺の神、江舞寺舞様だ。簡単に言えば、江舞寺で一番偉い方だ。ご無礼ないようにな」
江舞寺のトップか。紹介できるあんたもすごいが、すごい方が来られたものだな。母さんはそんなに偉かったのか。いや、姿だけだろうか
「その体はお借りになっているのですか?」
舞様は笑いながら言う
「そうじゃな、妾はこの体、ソナタの母である江舞寺栄恵の体を使っている。この体は特別でな、取って代わったわけではない、ただ憑いているだけだ。一応、離れることも可能だ。不快ならば、離れて話すか?」
「別にいい。私になんの御用でしょうか?」
「先の件、礼を言おう、ソナタが動かなければ、恐らく魁人は命を落としていたであろう・・・ソナタが江舞寺に入るのであれば、格別の地位を与えよう。金将なんてのはどうじゃ?」
高い地位なのは分かる、だが俺はまだそれだけの器ではないハズだ。
「まぁ、将来的な話だがな。向日葵にもいずれ戦ってもらう。さて、向日葵のもとへ向かうしようか」
舞様は俺の腕を掴むと、俺たちは一瞬で空間を移動した。
●安澄
吹雪鬼たちは行ってしまった。とても虚しいな。いってらっしゃい、吹雪鬼。蘭のことは任せろ。俺は氷水に付けたタオルを絞り蘭の額にあてた。残っていた山上先生が俺に言った。
「じゃあ、話そうか」
どうやら、俺も同じことを話されるようだな。
楓は与えられた部屋で中学のときに桜と撮った写真を見ていました。
その背後には微影が立っていて、富田の頭に手をかざし、念を出しました。
●楓
懐かしい思い出に慕っていた。ふと頭に何かがよぎる。
なんだろう・・・この感じ・・・何かが呼んでる気がする・・・
私は目的地も分からず屋敷の外に出て行った。
微影は部屋を出た楓を見届けると、姿を消しました。
●向日葵:北澤亭
聖良と話していた。旦那さんは高校のときから付き合っていた人らしいけど、最近はうまくいっていないらしい。何か隠しているみたいだけど、家出もしてきたみたいだな。そちらには触れなかろう。
「吉崎たちはなんて?」
聖良は首を振る、辛そうだ、これも聞かない方が良かったかな
「そうかよって・・言ってた・・・結束したんだけどさ・・・私は真っ先に逃げたの・・・もう、みんなのいる帯刀には戻れない・・・」
「いいよ、好きなだけここにいれば、部屋はたくさん余ってるし・・・」
「ごめんね・・・厚かましいよね・・・」
聖良は泣きだした。
おばあちゃんの手筈で聖良はうちに居候することになった。江舞寺の使用人として代々仕えることを条件としてね。聖良は迷いもなくそれを受けた。夫の許可は取らなくていいのだろうか。
そんなことを考えていると、奥の部屋から物音がし、何者かが襖を開けて、私たちのもとへ着た。その人を見て驚いた。おばあちゃんがお辞儀をした。
「マ・・マ・・・?」
たしかにママだった。この人は昔から年をとってないが、その姿が恋しかった。母性愛が未だ抜けていなかったようだ。
「向日葵。会いたがっていた者を連れてきた・・・おいで・・・」
奥から眼鏡をかけた背の高い男がやってきた。
「ただいま・・・」
私はすぐさま男に抱きついた。勢い余って二人は倒れると
「おい、離れろ」
感情が抑制できない。おいてけぼりにされて、ずっと心配していた。会いたくて仕方がなかった。
「会いたかったよ~バカ~~~!!」
この日はとても泣いた。7年分の寂しさを解き放った気分だ。
「まあまあ、落ち着なさい。話が進まんだろう」
ふう君は起き上がり真面目そうな顔でママに聞いた。
「何よりも先に、クソオヤジに何があったのか、教えてもらおうか・・・」
「夛眞、説明してやれ」
ママがおばあちゃんを呼び捨てするなんて、ママって偉かったんだ。驚きだよ。
「彼は完全に奴らに寝返った。おそらくは20年前にはすでにな」
「ならなぜ魁人と10年も一緒にいたんだ!?」
ふう君が威嚇すると
「知らないわよそんなこと、何らかの理由で魁君に手を出せなかったんじゃないのかと私は思うよ・・・」
「ッチ、今度会ったら直接聞くからいいさ」
「よしなさい、ソナタでは彼に敵わない。先日の闘いで、彼は魁人を抑え込んでいる。今の君は魁人よりかなり弱い。まず勝ち目はないだろう」
ふう君は機嫌が悪そうにママに言う
「だとしても、あんたが取り押さえればいいじゃないか、あんたなら勝てるだろう」
「妾は人の闘いに干渉はせん。妾が動くときは攻め込まれたとき、それと奴らの大駒が動いたときのみだ。将棋でも王将が攻めたりせんだろう」
ママは本当にママなのだろうか・・・この人は、まったく別の人の気がする。
●桜:箱根の一般地下通路
脱走者がまた1人、私に恐れを抱いて震えている。自分を恐れている者を見るととても気分がいい。私に敵いもしない虫にすぎない。その虫を圧倒的な力を持ってして潰すのだ。別に私が動かなくてもいいのだけど、怯えている者を殺すのは爽快な気分だ。だから人を殺すのが止められない。
「待ってください!かぐやさま!どうか、どうか助けてください!!」
女がビクビクと私に助けを求める。無駄だと分からないのだろうか。逃げるような馬鹿な人には分からないよね。私が近づくと女はゆっくりと後ずさる。周囲には結界を張った。逃げ場はない。誰もこの空間に干渉できない。私が女に手を向けると、女はガタガタと震えだして悲鳴を上げるのだ、まだ何もしていないのに、殺されるのがさぞ怖いんだね。大丈夫だよ、だって私はすごく楽しいもん。あなたは私を楽しませることができる。それだけで、価値があるのだから。
私は女に向かって強い波動を放った。たちまち女は塵も残らず消え去るのだ。四肢を千切って苦しませても良かったけど、何より一瞬で殺してこそ私が強大だという証拠だ。波動を放つ瞬間の女の顔、仕草、最高だよ・・・今日はあいつを誘おう、久しぶりに激しいことをさせようかな。
私が立ち去ろうとすると、奥から女が走ってきた。なぜ人がいる。ここは結界の中、常人は目にもとまらない道だ。女は私を見ると、喜んだように私に詰め寄る。
「会いたかったよ!」
なんだこいつ。良く見れば、この女はたしか殺害対象だな。もう1人殺すか
「楓だよ!分かる?」
こいつの声が耳触りに私の耳に響く。この女は何を思っているのだろう。どちらにしろ始末しなければな。
私が右手に波動を纏い、富田楓に触れようとした。すると私の中の邑巫が反応した。私は富田楓が来た道を見ると、奥から微影が現れて邑巫を通して私に語りかける。
『その女を利用しろ』
なるほど・・・術を掛けたのか、江舞寺魁人を釣るのかな
「久しぶり」
私は作り笑顔で富田楓にほほ笑んだ。
「やっぱりそうだ」
富田楓はとても喜んでいる。うざいな。だが、こういう子も悪くはないか。
催眠状態のこの子は、私の提案に何の惑いもなく乗る。この子は私のものになったようなものだ。さて、どうやって江舞寺魁人を呼び出そうかな。
●姉津:小田原の浜辺
俺は砂浜に座り、海を見ていた。空の色が海に映る。広大な青い海だ。悩みも押し流してもらえそうだな。
俺の隣に同年代くらいの女性が座った
「悩み事?」
この人は誰だ。
「君、江舞寺魁人とかと一緒にいたことあるでしょ」
なぜ知っている。いったい、何なんだこの人は?
「もう縁を切りました。俺は彼らを裏切ったんですよ」
投げやりに説明した。すると女性は笑って言った。
「裏切る?どうして?まだ認めてもらっているじゃん」
認める?俺を?
「敵前逃亡した裏切り者ですよ」
なおかつ、俺はあいつらに関わりたくないと思っている。だが、なぜだろうな、今の最大の悩みはこれからの進路ではなく、みんなのことだ。あいつらの無事を願っているんだ。認めてもらっているならうれしいが、もう戻ることはできないだろう。
「君は裏切り者という意味を理解していない。君はただの自分勝手なだけだ」
自分勝手か、言われてみればそうだな。あいつらのことを考えず、自分のことを優先した。最悪なのは変わらないさ。
「君はまだ、敵に寝返ってないじゃないか」
それこそ裏切りだな。俺たちの中に、そんな奴はいないだろう。
「私の愛した人はそれをやったんだ。ずっと信じて待ってたのに、裏切られた。君のお友達たちは少なくても怒ってはいないと思うよ」
そうかもしれないな。もう一度、仲間になれるかもしれない。向日葵さんに会いたいと思っていたんだ。会わないでいては中途半端だよな。
「なんでも投げ出したくなる気持ちは分かるよ。でも、それじゃあ人生先には進めないよ。少しも習慣は投げ捨てちゃきけないんだよ。自分が変わっちゃうよ。これ、お姉さんの経験談ね」
そうだな、投げ出すのはよくないか、その通りだな。勤務も続けてみるか。
「ありがとうございます。お陰で悩みが二つも晴れました」
俺がその場を後にすると、女性は笑顔で見送る。謎の多い女性だが助かった。名前を聞いておけば良かったな。
姉津が去り、女性は海を眺めていた。そこへ、後ろからフードを被った男が近づいてきました。
「私に何の用?ぼうや・・・」
女性が男を見ると、男はフードを外しました。その男は永火でした。永火は女性に言う。
「あなたを連れ戻しに来ました・・・」
「舞様に言われて来たか・・・そういえば新弟子が出来たそうだが・・・お前か?」
「お戻りください。さもなければ力づくで連れて行きますよ」
永火は女性に向けて右手を振り、炎の鳥を飛ばした。女性は右手でかばうと、それは右腕に直撃し、女性の右腕は酷く焼け焦げました。
「ある程度は力を付けているようだな・・・」
女性の右腕は灰が落ち、元に戻りました。
「舞様に伝えろ、私は時期に戻る・・・だがあと少しは勝手にさせてもらうとな・・・」
「お待ちを!舞様はあなたに強い期待をなさっていたのですぞ!それをあなたは!」
「その名の通り、私は北風・・・己の道を突き進むだけだ・・・」
急に北風が吹き、永火はじっと背後から来る強い風に耐え終えると、女性の姿はありませんでした。永火は折り紙の人形を取り出すと近くの丸太に置き、話しかけました。
「やはり、無理でした・・・」
人形から舞の声がした
「そうかい・・・困った子だね・・・」
「すいません・・・」
「ソナタのことではない・・・それと信高、悪いが・・・しばらく迎えに行けぬ」
舞のいる北澤亭は敵に囲まれていました。
●吹雪鬼:北澤亭
大勢の男たちが俺に武器を持って集る(たかる)。見たところ、妖術が使える奴はそんなにいないな。俺は刀を構えた。
「なんでコイツがここにいるんだよ・・・」
「油断するなよ、あの赤乙さんの支部を壊滅させた奴だ・・・」
男たちは怯えたように口にしている。こんなヘタれども、殺すのも萎えるな。
少し距離がある男たちの数人が、一斉に俺に銃を乱射する。俺はその男たちをまとめて切り裂いた。分隊長のような奴が、妖術で焼けてドロドロ融けている球体の金塊を作り出し、俺に飛ばして来た。あの術は厄介だ。触れると爆発し、融解した高熱の金を撒き散らす。俺はそれを一瞬で弾き返そうとした。だが重すぎる。それは俺の足元に落ち、爆発した。すぐさま体を硬化した。高熱が身に降り注ぐ。常人なら皮膚はドロドロと焼けただれ、筋肉が露出するだろう。俺は目を閉じていた。自然と爆煙が晴れていく、目を開いてみれば、俺の目の前に舞さんが立っていた。この人が消したんだな。余計なことだ。妖術を使った男が身を引くと、俺は一瞬で切り裂いた。舞さんは夛眞おばさんと一緒に、向日葵たち非戦闘員を守る為の結界を張っていた。
「向日葵たちは?」
「安心しなさい、しっかり結界張ってあるから」
だが安心はできない。この人がわざわざ出てきたということは、何か理由がある。何が起ころうとしているんだ。玄関に大きな気を感じた。この気は初めてではない。こないだの比じゃない強さだ。なぜ、ここまで接近されなければ気付けなかった。わざと知らしめているようだな。俺が玄関の方を見ると、そこにいたのはクソオヤジだった。殺気をあふれ出し、無表情で近づいて来る。その場で悟った。こいつには敵わないと。だが俺は引かずに言い張る。
「よくもまあのうのうと・・・もうテメェを親とは思わねえ、自分の父親を殺した奴の息子だ・・・俺も父親を殺しても文句は言わせねえからな!」
俺は全身の妖力を右腕と刀に込めると、舞さんが無言で俺の前に立ち、俺を遮る。オヤジは舞さんに銃を向けた。オヤジには聞きたいことだらけなんだ。腹が立ちオヤジに怒鳴り、問う。
「なんでだよ!なんで魁人と10年も一緒にいたんだ!」
オヤジは冷酷に言った
「お前に答える義務はない」
オヤジは続けて口を開く。
「それにあのバカは今頃・・・」
●魁人:帯刀町 倉庫
ここは翔麻と楓が囚われていた倉庫だ。何がどうしてここにいるのか分からない。俺の前に仮面を付けた女がいる。こいつが俺をここに飛ばしたのだろう。ここには強力な結界が張られていて、出ることができない。こいつとは先ほどから対決しているのだが、そうとう強い。俺の妖術が一切通じない。凄まじい力を秘めているように感じる。俺はすでに疲労していた。
「ハァハァ、貴様とは初めてだな・・・その力は・・・貴様は・・・」
俺がヨロヨロになりながら女に問う。女は口を開く。
「私は永久の月、副官、名を明影、またの名を明王微影という」
その名は聞いたことがある。永久の月の中で最も強い奴の名だ。
「永久の月最強の人物・・・そりゃあ強いハズだな・・・俺をこんなところに連れてきてどうするつもりだ?すぐに殺せただろう!」
そう、こいつにはそれができる。その身に秘める妖力は、狂歌の比ではない。圧倒的な力だ。舞様にすら匹敵するのではないだろうか。だが、あの体はどう見ても人間のモノだ。一体何者なんだ。なぜか先ほどから一切攻撃という攻撃をしてこない。何か訳があるのだろうか。どういうつもりだ。明影と名乗る女は口を開いた。
「ただ殺すだけなら、こんなことはせんよ。少し訳があってな」
「どういうことだ・・・」
俺が問うと、明影は首を傾けながら言った。
「お前の質問に答えてやる必要は無いが、いずれ分かる、とでも言っておこう。どちらにしろ私はお前を殺す気は無い。無論、我らがボスも同じだ。だが、お前の兄を含めた仲間とやらは、容赦なく抹殺する。本来ならば貴様の仲間らはあの日に全員殺せたハズなんだがな・・・」
「あの日?」
俺が問うと、明影は続けて言った。
「そう・・・あなたと私は初対面じゃない・・・これが、三度目だ・・・」
明影は仮面に手をかけると、その仮面を外した。俺は驚愕した。その顔はこないだの会議で最後に乱入してきた女だった。
「羽賀・・・」
明影が笑顔で言った。
「分かるか?この体を乗っ取ったのさ・・・あなたを捕えれば他の奴らを全員殺すつもりだ・・・ちょうど今、北澤亭にウチの支部の一つが丸々戦闘中だと思うから、末の妹さんが亡くなるのも、時間の問題、かな・・・」
口調が変だ。俺の様子をうかがっているのだろうか?いや、それ以前の問題だな、こいつには殺意どころか悪意がない、むしろ和平の心にまみれている。それに以前、狂歌から聞いたことがある。妖獣は人間に取り憑くと、その妖力は1割程度しか発揮できないと。人を操るなら取り憑かなくても十分なハズだ。たかだか、10人程度のただの人間を殺すのに、なぜコイツが動くのだ。一体、こいつは何を考えているのだ。
●吹雪鬼:北澤亭
「何だと・・・」
魁人にも手筈をとっていたのか。オヤジは舞さんに言った。
「言っておくが、これはその刀と同じモノで焼いた弾を入れてある・・・貴様とてどうなるか分からないぞ・・・まして、その体ではな・・・」
「この体はソナタの嫁の物ぞ・・・ソナタはこの女を愛して・・」
オヤジは銃弾を放った。
「いなかったようだな・・・」
舞さんの頬が掠れて、血が垂れた。が、すぐに傷は治った。
「残念だな、この体にはその銃でなくとも傷が付く。されど妾は滅びぬ、理由は分かるはずじゃ、本来の妾の身は不死などではない。もっと崇高なものだ。そんなものが人にとり付けば、傷などすぐに癒える」
「人ではないか・・・」
オヤジが銃を下ろして言った。舞さんはオヤジに皮肉じみて言った。
「皮肉なモノだな、この女は離れていてもなお、お前を愛していたようだが、お前は何も思わないのか?」
「人を愛するか・・・そんなこと、すべて終わってからすればいいだろ・・・今、すべきことではない」
「お前に希望を持っていたが、その左肩、授かったのだな・・・」
オヤジの左肩には何も見えない。霊力でも妖力でもない力が舞さんには見えているのだろうか。
「力を欲しおって・・・そんなことではろくなことにはならんぞ。恒人を殺したのも、俊平を殺したのも、お前ではないと信じていた。お前はいいのか?また弟の子が、死ぬぞ・・・」
「だからこそ、お前たちはあの子を礎の母に選んだのだろう。お前の血を引く者だからな」
「お前はどちらに付いておるのだ?」
「見て分かる通り、精神の束縛はとうに微影様に解いて頂いた。俺は江舞寺を出たときより永久の月の幹部だ!」
「ならなぜ礎の子のことを奴に告げない!」
話に付いていけないが、オヤジは黙りこんだ。
「俊平を殺したときにはすでに、両者の計画を知っていただろうに。お前はそちらでは余計な子孫が残らぬように俊平とその息子を殺した。娘がいたことを知っていたのはお前を含む我ら江舞寺の上層部だけだった。そのことも告げず、そちらで任務を終えた。そして8年前、江舞寺の任務をこなしたかと思えば、まさかの敵とはな・・・一体、何を考えておるのだ!」
オヤジがまったく動かずに無言で立っていると、オヤジの携帯が鳴った。オヤジは胸ポケットから携帯を取り出し、平然と通話をしだした。
「はい・・・そうですね、戊の支部は2割程やられました・・・はい、承知しました」
オヤジは携帯を閉じると、一瞬で殺気を失くし、楽しそうな顔をして言った。
「吹雪鬼、今日は撤退するが、次は即行で殺す。他の奴にやられるなよ。それから、竹下蘭のこと、たしかお前の友達だったな、殺しかけて悪かったよ」
オヤジはそう言い残すと、のうのうと出て行った。俺は刀を鞘に納め、その後ろ姿をじっくり見送った。なぜ飾森のことに触れない・・・蘭は生きているが、飾森はあいつに殺されたんだぞ。それに会話を黙って聞いてたらなんだよ、意味分かんねえよ。舞さんに聞こうとしたが、舞さんはいつのまにか消えていた。
●舞:北澤亭付近 大氷河洞窟
ここには大事なものがある。奴らが北澤亭に小隊しか送り込まなかったのは、ここを探るためだと考えている・・・やはり、おるな。数人の大人の男たちがピッケルのようなもので氷河を掘ろうとしている。
「隊長!この氷壁、なかなか砕けません!」
ここの氷はそんなものじゃ砕けんのだ。隊長らしき若い少年が言う。
「こんな狭い場所だ、爆薬を使えば我々はみなあの世行きだ、手作業で掘るしかないだろう」
見たところ、あの少年が支部長だ。妾は姿を現した。少年は妾に動揺もせず言った。
「江舞寺舞か・・・微影様と同じ力を持つようだな・・・」
「隊長!この女は何者ですかい?」
兵たちは動揺しておるようじゃな。少年が言った。
「しいて言えば、微影様の良い人バージョンだ・・・」
「え、強くないですか!?」
「隊長!撤退しましょう!」
「我らはここまでか・・・」
兵は絶望しておるようじゃな。少年は冷静に言った。
「申しおくれた、永久の月、戊の支部長、緑戊だ。実の名を品川秀幸、14だ・・・」
「若いな・・・生まれたときより悪の道を進んだか・・・罪深き者よ・・・」
少年は笑って言った。
「ハハハ、罪深いか・・・ならばお前はどうだ?死ぬことも出来ずに、何百年何千年と生き続ける、微影様から聞いているぞ、何だか知らんが大きな大罪を犯したそうだな・・・お前の方が罪深いのではないのか?」
その通りだな。あの子はそんなことまで話しておるのか、それほどにこやつを見込んでおるのか、殺める気にはなれんのぉ。
「年上に向かって好き勝手言ってくれるのぉ・・・たしかに妾は罪を犯した・・・その結果、妾の祖先には何代にも渡って重い鎖を繋いでしまった。そして、あの子を失ってしまった・・・」
「あの子とは、かぐや様のことですな・・・」
つけ込むように問いただす。だが間違いだ。
「違うのぉ・・・だがソナタ、知っていたのだな・・・」
かぐやと名乗る女、あれが江舞寺の姫であると・・・
「え?隊長?何の話ですか?」
少年は兵たちに命じた。
「お前ら帰れ。武烈様に合流するのだ」
兵たちは一斉に撤退していった。
「お主は行かんのか?」
見たところ戦意はない。
「ああ、せっかく遭遇できた。お前に聞きたいことがある」
敵の親玉にこの態度か、本来はこんな子供1人、ひっ捕らえて情報を抜き取るところなのだがな。
「言ってみなさい」
少年は口を開いた。
●魁人:倉庫にて
「ウチの家を嘗めるな!」
明影は呆れたような、なんとも虚しそうな顔をして言った
「江舞寺を嘗めるな、と・・・ソレを私に言うか・・・ずいぶんと忠実になったものだな・・・」
「なんだと・・・」
その口調だと俺を昔から知っていることになる。明影は俺の目の前に浮かんで来ると、哀愁ただよう顔で言った。
「懐かしいものだな・・・」
そう言った後、明影が俺の頬をそっと触る。その瞬間、俺の頭の中に謎の光景が疾走した。炎が燃える中、子狐が泣いているのだ。この炎の光景は前にも一度あった。そう、舞様に触れられたときだ。そのときと同じ光景だった。
我に返ると、明影は浮かびながら俺から少し離れると、続けて言った。
「お前はなぜ、生きていると思う?」
「なぜ、そんなことを?」
「いや・・・気づいてなければ、別にいいんだ・・・じきに疑問を持つだろう・・・」
なんだこいつは、先ほどから敵意が全くない。俺をうかがっているだけだ。俺から攻めなければ解決にならない。
「そんなことはどうでもいい!桜を返してもらうぞ!」
「妹想いの頭首だな・・・お前は知っているのだろ・・・あの子の体に何が潜んでいるのか・・・それによりあの子が知らない大切なモノが何かを・・・」
知っているさ、だが他人にズカズカと踏み込まれるのは良い気をしないな。明影は続けて言った。
「そう、あの子はとても大切なモノを持っていない・・・家族なら当然、気づいていたのだろ・・・」
「あいつも笑う!優しさを持ってる!!」
俺は怒鳴った。こいつの言葉は自然と俺の心の奥まで響くんだ。感情がかき乱される。こんなことは滅多にないのだ。明影は皮肉じみて言った。
「人でない私が言うのもなんだが・・・いいことを教えてやろう・・・愛と慈悲は違うモノだ・・・」
アイツは、桜はたしかに愛を知らないかもしれない。ときには酷く傷付けられたこともあった。だが、アイツは俺たち兄弟を、くじけそうになった大事な人を、自分の物のように支えてくれる。たとえ愛を知らなくても、優しさを持ってるんだ。なぜ、こんなに怒りを感じるのだ。昔からそうだ。桜のことに関して、俺は特別に感情を露わにする。怒りも悲しみも、感じるのは桜のことだけだった。桜のことを分かっているように踏み荒らす者が許せないんだ。
「お前ごときが語るな・・・」
明影は首を傾ける。俺は続けて言った。
「桜を・・・貴様のような化け物に、理解されてたまるか!!」
俺が怒鳴ると、明影は顔を強張らせ、すぐさま仮面を付けると言い放つ。
「君は、さぞあの子が大事なんだね・・・友達とどちらが大事なのかな?」
明影は急に入口を指した。俺が入口を見ると、楓が笑いながら入ってきた。
「魁人~あのね、桜ちゃん見付けたよ!ほら」
楓の後ろからちいを襲った女が入ってきた。結界で気配が気付けなかった。こいつはヤバイ、凄まじい霊力だ。なおかつ、妖獣の力を宿している。
「富田、そいつは!!」
「え?」
大きな銃声音が鳴った。そのほんのすぐあとに、楓は膝を付き、胸から血を溢れさせた。
「え・・・・・さ・・く・ら・・・ちゃん・・・」
楓は唖然とし、胸を血まみれで押えながら女を見た。
「富田―――――!」
俺が楓に向かおうとした瞬間、明影が俺に向かって一瞬で飛んで来ると、俺の頭を床に押し付け、俺は伏せられた。一瞬感じた妖力は、俺の身を包む程強大だった。
女は銃を持って楓の前に立ち、座りこむと言った。
「ありがと・・・富田さん・・・おかげで手間が省けました・・・だから死体は残してあげる・・・」
楓は女を軽く抱きしめ、何かを囁いた。
「****」
すぐ後に銃声が聞こえた。そして楓は倒れる。
「楓―――――!!!」
絶望だ。俺はまた守れないのか。俺が大声で叫ぶと、楓はそっと微笑み、掠れた小声で言った。
「やっと・・・名前で呼んでくれたね・・・」
楓の目から光が消えるのが見えた。女は俺に近づくと、微影は退いた。俺は薄れた声で女に言った。
「お前は・・・なぜ・・・生きてる・・・」
こいつは死んだハズだ。あの後、襲撃されたのは、こいつの死体の回収だったか、女は笑いながら俺に銃を向けると、うれしそうに言った。
「江舞寺魁人・・・さようなら・・・」
その時、外の方で赤い光に照らされ、女は眼を覆った。そして赤い光の方からメガホンの声が聞こえたのだ。
「動くな!ここは完全に包囲した!」
「ク・・・」
明影と女は姿を消した。何故かその直後、俺は意識を失った。最後に見えたのは、羽賀の顔だった。表情は覚えていない。
●桜:永久の月アジト 廊下
私たちはアジトに戻った。微影が私の前で廊下を歩いている。納得がいかないので、微影に言い分を述べる。
「あいつ殺しとけばよかったじゃない。あのくらいの人間たちだって皆殺しでもいいじゃないの」
微影は私の方を振り向かずに言った
「何度も言わせるな、機会ならまだある。あんな奴ら、あんなに殺したら大変なんだよ。お前自身のことも、後始末のこともな。分かるだろ」
腹が立つな。なんでこんなのが私より偉いんだよ。言うこと聞かないのに私の上に立たないでほしいな。まぁ、今日は2人も殺したから満足なんだけどね。それに外の人間、殺しすぎると、また魘されるからな。後は真木と遊べればいいや。今はこっちの欲求が強いからな。
●真木:電子情報局
数人の部下とともに、新型のハッキング装置のプログラミングをしていた。局の作業しているときが一番のんびりできる。ハッキングしだすと慌ただしいがな。だが最近は非常に楽な作業だ。もはや、ここのプログラムは世界規模で最先端のものだろう。俺は妖術と科学を組み合わせて知識を大幅に広げた。よって、国家レベルのネットワークを向こう側に認知されることなく自在に操ることができる程のものになった。俺たちはあらゆる企業、国家の機密情報を手中に収めることができるのだ。もはやネット社会に敵なしだな。
謁見の間
神差と微影が話していた。
「御苦労、どうだった?」
微影は冷静に答える。
「追いつめたところ、結局は覚醒しませんでした。警察をおびき寄せておいたので、かぐやのストッパーになりました。富田楓も殺害完了、江舞寺魁人は警察に保護されたようですね」
「上等、先ほど智人君たちを撤退させた。さすがに向こうのトップがいたのではな。緑戊も出会ったそうだが、生還とは驚いた。さすが君が育てた子だな」
微影は頷いた。
いろんな人の愛を書いたつもりです。タイトルと関係ないものもストーリー上、書いているのですが、毎度のことながら説と章のタイトルがずれている気がします。もっといいタイトルが考えられればいいのだが。