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六 盗賊

 物心ついた時、彼は自分に親というものが、家族というものがいないということを知った。


 気づけばここにいた。世間一般に悪党の巣窟というところに、つまり盗賊団に身を置いていた。

 そのうちの一人が言うことには、エドは道端に捨てられているところを拾われたそうだ。

 とは言っても、盗賊が善行で捨て子を拾うわけがない。悪党どもは幼い彼に、エドに親身になるわけがなく、ただただエドをこきつかった。エドにまで盗みを強要し、気に入ることがなければ彼を殴った。


 盗賊団は強盗からドラッグの扱いまで何でもした。その中でエドはしたっぱの扱いであり、力ないエドは宝どころか食事にすらありつけないこともままあった。その影響で現在も痩せっぽっちの体型で、実年齢よりさらに幼年に見られてしまう。


 不幸なことにエドに愛情を注ぐ人間はいなかった。劣悪環境のため話し相手がいるわけがなく、エドが無口、無表情になることは当然であった。


 エドは耐えなければならなかった。スラムをごみの掃き溜めとたとえるならば、盗賊団は焼却炉だ。力なき者は容赦なく転落していく。罪人として監獄に身を落とすか、命を落とすか。どちらともの意味だ。

 牙、爪がなければ生きることはできない。この世は弱肉強食だ。その年齢にしてエドは世の中というものを知った。

 そうと知っていながら何もしないほどエドは愚かではない。盗賊団の食料庫や宝物庫の鍵をこじ開け、食べ物や宝の一部をちょろまかしたりしていた。残り物に手をつける、ハイエナのような生活を繰り返した。エドのスキルは自然と磨かれていった。気づいた時には彼も盗賊の一人になっていた。



 ところで、エドが所属していた盗賊団はとある自警団からリークされていた。度重なる民衆への略奪行為。正義がその悪行を見逃すわけがなかった。


 自警団による粛清は予兆もなく唐突だった。ある日の正午、エドがいつものように食糧庫を漁っていると、突然にアジトが騒がしくなった。異常な事態にエドは盗みの手を止める。迂闊にアジト内の人間に見つかるとここで何をしていたと殴打される。エドは注意深く様子を探った。


 ――衛兵だ。エドは咄嗟に身を隠した。

 ここで人並みの知恵があれば、年齢を盾に保護してもらえばいいとでも考えるところであるが、可哀想なことにエドは常識に欠けていた。劣悪環境で育ったのだ。無理もない。


 自警団は次々と盗賊共に縄をかけていった。ただの野蛮人の集団と統率された組織の抗争にさほど長い時間はかからなかった。

 やがて騒ぎが治まり、エドがそっと顔を出した時には盗賊団は壊滅されていた。思い入れも何もないような場所だが、エドは居場所を失った。



 盗賊団が壊滅されてから暫くはエドはスラムに身を置いた。場所こそは変わったが、エドの世界を見る目は変わらなかった。

  いついかなる場所でも強さがなければ生きられない。エドはその認識を改めなかった。獣ではないのだから彼ほどの齢ならば一般に庇護されてしかるべきなのに。エドは喜ばしくない意味で自立していた。


 エドには盗賊団にいた時代に磨かれた盗賊としてのスキルがあった。スラムの人間であろうと金さえあれば食にありつける。エドは毎日行き交う人々を観察して、獲物を見定めていた。

 スリさえすれば金なんて容易に手に入る。空き巣はあの自警団に目をつけられるかもしれないから却下だ。スリが一番手っ取り早い。

 その頃にはもうエドの常識は歪んでいた。


 あの男は先週すったばかりだ。ぼんやりした男で狩りは簡単だったが、重ねて顔を合わせると怪しまれる。

 あの女は金を持っていそうだが、傍にいる護衛らしき男がだめだ。どこぞの商人の娘かもしれない。危険だ。

 あいつだ。あの剣士の男から財布をすって、今晩の飢えをしのごう。


 残念なことに濃く染みついた習性は消せなかった。


 エドは自然に標的に近づいた。歩行者を装えばいいのだから、この程度簡単だ。

 モンスター狩りで生計を立てているのかもしれない。少しは財布の中身に期待できそうだ。それにあんなに大きな剣を背負っているんだ。自分の小さな体ぐらい気づかないだろう。エドは自分のスキルにそれだけの自信があった。


 すれ違いざまに懐から財布を抜き取る。いつもの行動に慣れたものだった。後はこの場を立ち去るまで。

 と、エドの細い腕が掴まれた。


「スリってのは感心しないな」


 腕を掴んでいたのはエドが標的にした男だった。手にはちゃんと財布を握っている。そこまではうまくいっていたのに。エドは自分の失敗に目を丸くした。気づかれたのはこれが初めてだったからだ。


 腕くらい振りほどいて走り逃げればいい。しかし剣士の男は見た目からは想像できないほどの力の持ち主だった。人は見かけにはよらない。振り切って逃げられる気がしない。


 ふっとエドの視界が高くなった。摩訶不思議な現象に、エドはキョロキョロと原因を探った。原因は単純だった。剣士の連れの男である僧侶がエドの首根っこを掴み上げていた。


「神父サマが更生教育でも授けてやろうか?」


 僧侶とは思えない悪い表情で、彼はニタァと笑った。

 僧侶の悪どい笑みに、エドは亀のように首を縮めた。僧侶の表情が、かつての盗賊達の顔を思い出させたからだ。こんな風に笑うと、いつも小さな体を殴り飛ばされていた。

 と、エドの視界がまた下がった。


「いででてて」

「こんな小さい子どもを虐めてどうする」


 剣士が僧侶の片頬をつねり上げていた。エドをつまみ上げていた片手が離れる。

「ってぇなぁ……お前だってガキをビビらせてたくせによ」

「何か理由があるかもしれないだろ。それを聞こうとしてたのに」

 自分のことは棚に上げやがって。僧侶はいたわるようにつねられた自分の頬を擦った。


 エドは驚愕した。これまで自分を庇ってくれる存在など皆無だったからだ。エドには剣士のことが異星人に見えてならなかった。


 剣士の男が背の小さいエドに合わせて腰を屈めた。

「オレの名前はウィル。こっちのはクリスだ。君の名前は?」

「エド」

「そうか。エドの親とかはどこにいる?」

「いない」

 それだけで二人は全てを察した。


「……そっか」ウィルがエドの頭を撫で回した。エドにとってはこれが普通の状態であって、悲しむことは何もないのに。何か思うところがあったのかもしれない。彼は少し考えた。

 エドから事情を聞き出してウィルは何か思案した後、エドの目を真っ直ぐに見た。


「エド。お前、オレ達と一緒に来るか?」


 エドはまたも驚いた。しかし今度は一人でではない。クリスもである。

「おいウィル。犬を拾うのとは訳が違うんだぞ」

「だからと言ってこの子を一人にはできないだろう」

「そういう人間はごまんといるんだ。無責任にもほどがあるんじゃねぇか?」

「ここではいさようならと言う方が余程無責任だ。オレは理由がなくても人を救わなきゃいけない」


 エドは目の前で起こる言い争いに目を巡らせて困惑していた。わかることと言えば、彼らはエドが今までに会ったことがある人物とは別種であるということだけだ。


 クリスも鬼ではない。むしろ子供は好きな方だ。戸惑うエドを見て放っては置けなくなったのだろう。困った目でエドのことを見た。しかしクリスはウィルよりも大人だった。


「けどな、俺らはしょっちゅう旅に出る。一緒に連れていくにしても、子供にはちと辛すぎるんじゃねぇか?」

「それもそうだけど……」

「せめて孤児院に連れて行くだの、その方が賢い」


 ウィルはクリスに言い返さなかった。彼の言い分が正しいと理解したからだ。


 孤児院。聞いたことがある、とエドは思った。自分と同じように家族がいない子供が行くところだ。

 所詮これは財布をすった側とすられた側の関係だ。そこまで世話を焼こうとしてくれただけ十分だろう。

 孤児院が本当に子供を保護する場所であるならば、これからは毎日の食に困らないかもしれない。それはそれでいいかもしれない。エドは目の前の光明から目を閉じようとした。


 虚ろな目をしたエドをウィルが見た。ウィルの正義心には、エドの姿は心が痛むところがある。ぐっ、とウィルは覚悟を決めた。


「エド! 一緒に行こう!」


 スリを捕まえる時とは違う、心を揺さぶる方法でウィルはエドの手を力強く握った。あーあ、とクリスは空を仰いだ。こうなってしまえばもうウィルは止まらない。クリスはこれまでの経験で知っていた。


「正直、旅は危険なものだ。でも鍛えればなんだってなる。一緒に行こう、エド」


 その時のエドにはウィルが光輝く何かに見えた。

 これまでエドにとって他人とは自分を虐げてきたものだ。エドの警戒心は人並みでない。しかしその警戒を彼らには解いていいのではないかと、エドの直感が告げていた。


 ガシガシと僧侶が頭をかいた。

「ついてくるってんならしゃーねぇ。お行儀のいいよい子ちゃんに育ててやっから、その覚悟はあんだろうな?」

 脅かすような言い方であったが、こちらの彼も悪い人物ではないとエドは思った。


 この二人なら、信用してもいいのではないか。彼らは盗賊達とは違い親切。その一言に尽きるが、理由はそれだけで十分なはずだ。


 少し間を空け、無口なエドはこくりと頷いた。



 エドとウィル、クリスのこの出会いは今から二年前のことになる。当時のエドの齢は十。最初こそ二人の足を引っ張ってはいたが、今や立派にパーティーの一員を務めている。これが三人の出会いだった。




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