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四 仲間入り

 昨日パッシオンでモンスターが暴れたが、住民はやれ修理が大変だの、やれ掃除に苦労するだの、さして取り乱していなかった。

 こう言うと語弊を招きそうだが、モンスターが町中で暴れるという話はよく聞くのだ。農村で牛が逃げ出して暴れているとか、山から猛獣が下りてきたとか、その程度の話題である。

 他国であればこうはいかないかもしれない。魔族との交流が深いエルグランド王国だからこそありえる話なのだ。


「準備も終わったし、朝食を食べたらすぐに出発しよう」

 ウィルは同行者にそう提案した。

 昨日の騒動の後からと今日の朝にて必需品の補充は終わらせた。公務中のため長居をする理由もない。

 太陽はもう高い位置にある。思っていたより時間を消費してしまった。朝食というより朝食兼昼食だろう。ともかく食事を終わらせれば次の町を目指すべきだ。


「もう行くのかよぉ。あと一日ぐらい泊まろうぜ。ベリンダちゃんとまた会おうって約束もしちまったしさぁ」

 ベリンダとは昨夜クリスの酒の席に付き合ってくれた女性の名だろう。ウィルはエドの教育に悪いと早々に部屋へと戻ったが、クリスが宿に戻ったのは深夜だった気がする。

 先を急ぎすぎるのもよくないしさ、とクリスは軽い否定をしたが、これほどまでに準備が遅れた理由は主にクリスにある。再びエドにだめだとあえなく意見を却下された。幼き少年の方が思慮深くあるのがこのパーティーの特徴だ。



 三人が泊まった宿は大衆食堂が併合してある。わざわざ外に出るまでもないと、三人の足は自然とそこを選んだ。

 食事をするには微妙な時間なので、席を自由に選べることが幸いだった。体重をかけると軋む音のするイスは、年季が入っているのだろう。


 食べ盛りのウィルは大盛りの食事を、体の細いエドは簡単なものを、クリスはいつものように昼間から酒を注文した。

 食事をしながらウィルは城下町の食堂の味を思い出した。ホームシックになるのはまだ早いのだが、とウィルはパンをかじった。


「あら。また会えたわね」


 ウィルはパンを口に咥えたまま振り返った。一行に声を掛けたのは昨日会ったばかりのベラであった。昨日よりずいぶんと装いが控えめであるが、今日も変わらず美しい。彼女が姿を現すだけで周囲が輝いて見えるのではないかとウィルは思う。


「ベラ。もしかして君もこの宿に?」

「ええ。でも今日出発予定だから、ここで食事を済ませてしまおうと思って」


 運命に思える偶然を感じたウィルは、一緒にどうだとベラをテーブルに誘った。ベラは一人旅らしく、心細かったからと快く同席させてもらった。


 しかし席に座った直後、漂うにおいにベラは美しい顔をしかめた。眉をひそめて元凶たるクリスのことを睨みつけた。


「女好きなだけかと思ったら、酒飲みでもあるのね。まだ太陽が昇っているのに、だらしない人だわ」

「個人の自由だろ?」

 赤ら顔でクリスはベラに返した。こんな様でよく聖職者を名乗れるわね、と毒を吐いたベラを誰も責めることはできない。


「ウィル達は今視察の旅の最中?」

「いや。今回は魔界への使いさ」

「へぇ! 魔界へ。いいわね」

 ベラの瞳は羨ましいと言いたげに輝いていた。


 近頃は海路を使えば魔界へ旅行をしに行くことができる。しかしベラは服装から察するに冒険者だ。困難を乗り切って魔界の地を踏むことに憧れがあるのだろう。

「険きを冒す」それが冒険の意味だ。ある目的のために危険を乗り越え、そして目的が達成された時の喜びは言い表せられない。ウィルにもそんな時期があったから、ベラの気持ちはよく分かった。


 ときに、ベラは勇者一行の顔ぶれを眺めて小首を傾げた。


「そういえば他の同行者はいないの?」

「仲間はこれで全員さ」

「勇者のパーティーが僧侶と盗賊だけ? 剣士や魔法使いがいないことが不思議だわ!」


 信じられない、とベラは言った。


 昨日はたまたま別行動を取っているのだとばかり思っていたが、誉れ高い勇者のパーティーがたったの三人、しかもアーチャーや武闘家といった主流の攻撃者アタッカーがいないことにベラは驚きを隠せなかった。

 勇者のパーティーであるクリスとエドは僧侶と盗賊だ。どちらかと言うと補助者サポーターよりの職業になる。唯一の攻撃者アタッカーは剣士であるウィルだけだ。これが攻撃者アタッカー補助者サポーターの二人組であればまだマシであったはずだ。非常にバランスが取れていないパーティーと言ってもいいだろう。

 ベラも一人で旅をしているが、彼女の場合、人数を実力でカバーしているのだろう。自衛さえできればパーティーは必要ない。ベラはそれができる人だ。


「いくら今が平和だとは言え、魔界への道のりは危険なのよ」

「でも、これまで上手くやってこれたしな」


 自分としてはこのパーティーに不服はない、とウィルは断言した。「な?」とエドに同意を求め、エドは小振りの頭を上下して肯定した。

 しかしベラは、そんな三人に不満があるらしい。少し間を空けて「決めたわ」とベラは呟いた。何を、とウィルが首を傾げる。


「ここに剣の腕が素晴らしく、魔法も得意な魔法剣士がいるわ」


 突然何が言いたいのかと勇者は目で問い掛けた。

 皮肉か。そんなに自分より秀でていない勇者に異存があるのか。だがこんな自分でも王に認められた勇者だ。

 ええい、かかってこい。ウィルはベラの言葉を待った。


「わたしをパーティーにスカウトしなさい」


「……はぁ!?」


 思ってもみなかった言葉に思わずウィルは机に乗り上げた。腕を組んで、遥か上から見下ろしているように思えるベラの高慢な態度は、まるで異論はないわよね、と口から出て来そうだった。態度がそう物語っている。


「い、いやぁ。それは……」


 ウィルは返答に困った。ベラは昨日会ったばかりである。お互いによく知りもしない。なのにそんなに簡単にパーティーの仲間入りを許可していいものか。

 しかもベラは女性だ。こちらは皆男。万が一でもウィル達は間違いを犯さないことを自信を持って言えるが、それでも女性からの提案にしても頷き辛いだろう。


 ウィルは助けを求めるようにクリスを見た。


「俺としちゃあ女の子が仲間にいてくれた方が嬉しいんだけどな」


「おいクリス」


「けど、いいとこのお嬢様を、嬢ちゃんの言う危険な旅に連れて行くわけにはいかねぇ」


 ――カラン。クリスの手の中にあるグラスの氷が浮き沈みした。


 においがするくらいなのだから大分酒を飲んでいるはずなのに、クリスは酔いなどないような真面目な眼差しをしていた。

 いいところのお嬢様、と言ったクリスをベラは見つめる。どうしてそんな結論に至ったのか、答えを聞きたいようであった。


「高貴な人間ってのは、隠そうと思ってもその身分を隠せねぇもんだ」

「……」

「そのレイピア、かなりの上物だろう。簡単に手に入るもんじゃねぇ。ただの旅人を装ってみせても、そのレイピアだけが不自然で、どうしても目に入っちまう。話し方も行動も、どこか庶民離れしてる。まるで貴族を相手にしてるみたいだ」

「よく人を見ているのね」

「神父なんてやってるとな、自然と人間の本質に気づいちまうのさ」


 だらしない人ではあるが、侮れる人物ではないとベラはクリスに対する評価を再認識した。


 貴族のぼんぼんがお遊びで冒険に出ようとして、痛い目にあっているのをクリスは何度も見たことがある。賊に手酷くやられた、世間をあまく見ていた。理由は様々だ。仮にも人を導く立場の者として、クリスはベラの無謀を止めないわけにはいかない。

 クリスが酒のグラスをテーブルの上に置いた。その行動が、彼がふざけて言っているのではないことを示している。


「面白半分で首を突っ込もうとしてんなら止めとけ」

「仮にわたしがいいところのお嬢様だったとしても、面白半分でお願いしているわけじゃないわ。わたしはいたって本気だし、絶対に足を引っ張らないと断言できるもの」


 一体どこからその自信はやって来るのか。確かに剣術も魔法の腕も勇者であるウィル以上、いや一流なので、パーティーに加われば心強いだろう。一人旅をしてきたと言うのだから旅の心得もあるはずだ。足手まといにはなりえない。むしろパーティーの釣り合いが取れるようになり、ウィル達側からしてみれば大助かりだ。


「それにわたし、一度魔界に行ってみたかったの」


 ベラは得意げに口角を上げた。


「こりゃだめだ」降参したクリスは椅子の背もたれに身を預けた。彼が説得できなかったならば、ウィルにできるはずがない。ウィルよりクリスの方が幾分か理詰めの話が得意だからだ。


「ベラも一緒、いいと思う」

「エドはわたしの味方をしてくれるのね。クリスももう反論しないようだし、三対一だわ」


 どうするの? とベラは挑発気味にウィルを見た。昨日のようにウィルはがっくしと肩を落とす。


「……多数決の原理だな」

「なら決まりね」


 にっこりと、ベラは美しいかんばせで笑った。




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