二十五 宣告
王城のあちこちからは剣を交える音、魔法がぶつかり合う音がしている。エルグランド王国の国王は緊縛され、謁見の間にて無造作に地に伏せられていた。
「まさかそなたが黒幕だったとはな……」
王の言葉に相手は悪役らしく口角を上げた。
「総大司教」
神の教えに従い、教会を上から取り締まる老爺がそこにはいた。
教会に反魔族意識が高まっていることを、もちろん国王も知っていた。しかし粛々と権力をもってして人々の考えを押さえつけることが、果たして良いことなのかと悩んでいた結果がこれだ。国王は悩んだことを恥じてはいないが、火の粉を周りに散らしたことに関しては後悔していた。
「城は我々が押さえました。我々の勝ちですな」
「どうだかな。まだ息子や娘が残っている」
「皇太子様の元へはすでに兵を送りました。強がっていられるのも時間の問題ですぞ」
優秀なご子息と言えど、国民を盾に取られればどうしようもないでしょう、と総大司教は髭を擦った。
今より十年前。今と同じような暴動がかつて起こった。その時の犠牲者を国王は自らの戒めとして忘れるつもりはなかった。同じことを二度と起こすつもりもなかった。だが実際はどうだ。国王は自分の不甲斐なさを悔いた。
この場にいるのは国王と総大司教の二人ではない。こんな馬鹿げた暴動に賛成した、私腹を肥やそうと企む膿のような貴族も集まっている。
国民は突然起こった反乱に怯えているだろう。国を支える王家の一員として国の民を守らなければいけない。なぜもっと早く手を打たなかったのか。国王は現状を恥じた。
「十年前は失敗しましたが、今度はしくじりませんぞ。帝国は我々に快くお力添えをしてくださるそうです。賢王の時代も終わりですな」
愚かな。王は呟いた。そんなことをしてみろ。一体何人の民が犠牲になると言うのだ。民を蔑ろにする者に民はついてこない。
「世の治世は余一人で作り上げたのではないぞ。国の民が望んだから、今の世になったのだ」
地を這っている王の睨みを総大司教は嘲笑った。
「王権を使えば世論などどうにでもできましょう。そうですな。何も知らぬ姫様に我々の傀儡にでもなってもらいましょうぞ」
そうすれば人間界一の国は我々の思いのままになる。総大司教の野望は果てしなかった。噂の通りだとすると、野望は叶わないとも言い切れない。
このままでは国は反魔族思想に塗り替えられ、やがて人族と魔族の争いが再びよみがえってしまうだろう。十年前に起こった悲劇が再来する。
だが国王はまだ諦めていなかった。
「あのじゃじゃ馬に乗るには、少々骨が折れるぞ?」
王は人のよさそうな顔に似合わず、悪者のように笑った。
***
カサーから一晩中馬で駆け続けた一行は王都の外れにて馬を乗り捨て、反乱が起こっている城下町へと忍び込んだ。多勢に無勢だ。敵の本拠地までは無駄な戦闘は避けて通るべきである。一同は城下に忍び込むと町外れから下水道を通って城へと近付いた。
「う~……くさぁい」
「我慢するんだ」
鼻が利く獣人のザムルに下水道の悪臭はきついだろうが、他に方法がない。クリスは布でザムルの鼻を覆った。
「ここらへんかな」心許ないウィルの記憶から王都の地図を推測している。カサーの戦士が様子見のためにはしごを登ってマンホールを薄く上げた。
さっと状況を確認した戦士はすぐにマンホールを元に戻して降りてきた。彼の顔色は心なしか青い。
「リザードマンだ。トロールもいやがった」
こんな人里に多くの魔族が現れるなんてこと、普通ではありえない。
「誰かが裏から操っているのね」
ベラが推理するまでもなく、黒幕がいることは確定している。もちろん革命という名義で城を攻めた首謀者のことだ。
「とにかく城に入らないと」
「外の魔族はどうする?」
「決まってる。倒して行くさ」
ウィルの作戦にもなっていない作戦に同意して、一同は下水道から飛び出した。「なっ、なんだ!?」突然の登場に驚いた魔族達の反撃を許す前にウィルとベラが先制とばかりに斬りかかった。
「そぉらよっ」
クリスはカサーで借りたモーニングスターを振り回してトロール達を昏倒させていく。遠慮なく頭部を殴る光景は、およそ僧侶がするようなものではない。
「ぐ、うが……」
「クリス!」
気絶させ損ねたトロールが棍棒を振り上げた。さすがにピンチかも。モーニングスターを振り下ろした反動で身動きが自由に取れないクリスは冷や汗を流した。
「スネイク・ナイフ」
「ハイヤァ!」
と、エドのナイフがトロールの目を潰し、ザムルの正拳突きが額にクリーンヒットした。元々ダメージを負っていたトロールはそれだけで倒れた。
エドとザムルはクリスの前で庇う様に構えた。クリスも最初は呆然としていたが、二人の小さな騎士ににんまりと笑った。
「おい、エルフだ」
「本当だ。エルフだ」
リザードマンはゲスな眼差しで、マルガレーテの体を舐めるように見た。そのような行為を甘んじて受けるほど、マルガレーテのエルフとしての高潔な自尊心は低くはない。マルガレーテは弓矢を複数構えた。
「エルフは崇高な森の民です。そんな目で見られると、不愉快です」
普段の彼女からは想像もできないほど冷たい声でマルガレーテは言い捨てた。
マルガレーテの指から離れた弓は彼女が望むように飛翔し、次々にリザードマンを倒していった。
「ウィル。お前の仲間、なかなかに強い、なっ」
「ああ。そうだろっ」
ウィルやカサーの戦士といった剣士は前線で戦っていた。剣を振りながら話せるということはそれだけの余裕があるということだ。
ベラは戦いの手を止めてリザードマンやトロールのことを見た。
「リザードマンは北から。トロールはいつかのゴブリンの洞窟から……かしら?」
「何が?」
ウィルも一体倒すとベラの傍へ寄った。
「いいえ。どうして生息場所が違う魔族が集められたのか気になっただけよ。行きましょう」
道が開けた先には城門が見えていた。これからのことを示しているかのように空模様は怪しかった。
辿り着いた城門ではある特徴的な集団が行く手を遮っていた。
「反乱軍は教会だったのか」
白銀の鎧に身を包まれた聖騎士がウィル達に剣を向けた。
エドはカテドラルでのベラの言葉を思い出した。教会には反魔族の意思が残っている、と。つまりそういうことだったのだ。
この程度で動揺していては勇者を務め上げていられない。ウィルもまた剣を聖騎士に向けた。
「おかしなもんだな。反魔族の意思を掲げておきながら、魔族と協力するなんて」
あのウィルにさえわかった矛盾だ。あれほど魔族を嫌っている教会だ。魔族の肩を借りるのはおかしいと、魔族が町にいると聞いた時点でウィルは気づいていた。
しかしウィルの指摘に聖騎士の一人が笑った。
「協力? 違うな。利用してるんだよ。我々人間が、魔族を」
そのように言う聖騎士が、ウィルにはとても歪んだものに見えた。自分が人族と魔族のハーフだからそう思うのではない。人族の良いところも、魔族の良いところも両方知っているから胸を張って違うと言えるのだ。
「どうするよ」
クリスがひっそりと仲間内に相談した。
「構わないわ。正面突破よ」
「え、ええ~っ!?」
ベラが言うとは到底思えない言葉にマルガレーテはのけぞった。
決めたことは我を通すベラだ。本気で実行に移すだろう。実際レイピアを抜いたベラは、輝く魔核を見せびらかすように高く振り上げた。
「轟け。裁きの雷」
曇り模様のおかげでベラの魔法は容易く発動した。相変わらずベラの魔法の腕は目覚ましい。城門で張っていたいた聖騎士達はみな感電して気絶した。
しかし時と場合が問題だ。これから忍び込もうという時に何をしているんだ、とウィルは当然諌めた。だがベラはこれでいいと言う。
急に雷が落ちたのだ。敵兵が続々と集まった。城門にいた数以上が集まった。
「なっ、こ、これは!」
「おいっ、あれを見ろ。勇者だ!」
なんて間の悪い。忌々しく呟いた援軍の聖騎士が剣を抜いた。「嬢ちゃん、あぶねェ!」カサーの戦士がベラの前に出て庇った。だがそれは無駄であり、ベラの見事な剣術で聖騎士の手から剣が取り上げられた。
ベラの瞳からは光が失われていない。庇ってくれた戦士を押し退けて、ベラは一行よりも前に出て聖騎士に目を合わせた。
「不敬罪を問われたくなければ、大人しく道をお開けなさい」
「ヘッ。お嬢ちゃん、誰に対しての不敬だって?」
聖騎士の出自は貴族の三男坊であることが多い。家名だけは高く、無駄な自尊心ばかりが大きい集団と言っても言いだろう。
「大人しく道を開ければ悪いようにはしないわ」
「それはこっちの台詞だ。綺麗な顔を傷つけられたくはないだろう?」
ニヤニヤとした笑みはマルガレーテも嫌う下卑なものだ。
馴れ馴れしく敵兵はベラの肩を叩こうとした。ウィルは剣を突きつけて脅しをかけようとした。が、その前にベラが冷淡にその手を叩き落とした。
「無礼者が」
「あ? なんだって……?」
聞き捨てならない言葉に敵兵は声を低めた。しかしその程度の脅しで怯むベラではない。鋭い眼光で男を睨みつけた。
「わたくしは、エルグランド王国が第一王女、イサベルである! 道を開けよ!!」




