二十一 地下迷宮
なんやかんやでサラマンダーと契約を交わしてしまったウィルを含めた一行は、エルグランド王国への最後の関門、砂漠を歩いていた。
東西に横切る形で存在する山脈はそれほど大きなものでないとしても、海岸からの湿った風を遮り、北からも渇いた風しか吹かないことで、ここには砂漠が形成されている。
日中は灼熱により、夜は昼の暑さが嘘のような寒さで体力が奪われる。だがここが正念場だ。この内陸砂漠さえ越えてしまえば、後の道はこれまでの困難に比べれば苦しいものではない。
「あー、火山よりもあっちいよぉ。火の精霊と契約した勇者サマよぉ、この暑さをなんとかしてくれよぉ」
「そんなんできるか!」
ウィルは魔法や精霊術などといった特殊技能の方面に明るくない。無茶を言うなとクリスに言ってやりたかった。
「でも本当に暑いですね」
「オアシスの町までどれくらいかしら?」
いつもならはしゃいで走り回る子供組も、今日に限っては暑さにやられてだんまりになっている。
このままでは暑さにやられて蜃気楼でも見てしまいそう。マルガレーテは手のひらで目元に影を作った。
「あれー? 本当に蜃気楼が見えてきちゃったらしいです。なんだか大きなアリ地獄がー」
などとマルガレーテが言っている間に、彼女は触手に捕まり巣に連れ込まれていった。
「あーれー」
「ま、マルガレーテ!?」
「アリ地獄じゃないわよ! 砂喰い、モンスターよ!」
ウィル達が慌てている間にマルガレーテはずるずると砂の罠を落ちていく。
「やー!」
「ウィル! ザムルが!」
エドが叫んだ。マルガレーテに気を取られている間にザムルまでもが罠に足を取られたらしい。何か二人を引き上げる物を用意しようにも、その間に砂喰いに食べられてしまっては元も子もない。
「いっそのこと全員落ちましょう! 上がる時はわたしが魔法を使うわ!」
「わかった!」
ベラの言葉に残った全員も罠を滑っていった。器用に滑りながら、クリスはザムルを抱き上げる。
「ザムルは確保したぞ!」
「マルガレーテもよ!」
「モンスターはオレがどうにかする!」
ウィルは聖剣を抜いた。タイミングを合わせてモンスターの首に斬撃を飛ばす。モンスターの退治はあっという間に終わった。
「ベラ、引き上げてく、うおっ!」
「ウィル!?」
ベラに指示を出したウィルだが、罠の中心部に足を取られ、そのままなすすべもなく砂の中へ埋もれていった。戸惑い判断が遅れた他の一行のメンバーも、ウィルと同じく地中へと引き摺られていった。
***
「いったたた……あれ?」
息ができる? ウィルは首を押さえた。確かに砂漠の中に落ちていったのに。おかしいな。ウィルは天井を見上げた。
「うわぁああ!」
「ひゃあああ!」
どすん、どすん、ぽすん。ウィルの頭上から仲間達が落ちてきた。
「あたた……全員無事か?」
「大丈夫ですぅ……」
「ウィルは? どこにいったの?」
「し、下……」
呻く声に、ベラ達は慌ててウィルの上から退いた。わりぃ、とクリスが苦笑しながら謝った。
エドとザムルは手をつないで周りを観察した。
「ここ、どこ?」
砂漠の中に落ちたはずなのに。二人もウィルと同じ疑問に行き着いた。
「砂漠の中の迷宮かしら?」
ベラが魔法でいくつかの光の玉を浮かび上がらせた。
周囲は石で囲まれているけれど、一行が落ちてきた場所の頭上には穴がある。あそこが砂喰いの巣とつながっていたのだろう。
「空気があるということは、どこかに出口があるはずね」
落ち着いている時のベラの推理は早く的確だった。
とりあえず歩いてみよう、とウィルが言ったので一行は迷路の中を歩き始めた。
どうやらここは地下に埋まった迷宮らしい。
魔力の溜まり場は、魔力は溜めすぎると精霊が寄り付きやすい場所か、魔力が障気に変容して害を生む場所になる。後に前者は神殿などと呼ばれる場所に、後者は迷宮と呼ばれるようになる。
足音が通路で反響する。出口には簡単には辿り着けないようだ。
迷宮といえば、とウィルが口を開く。
「ミミックでも生息してそうだ」
盗賊の本分を発揮して、エドは宝箱を発見した。宝箱を開く。なんと宝箱はミミックだった! エドはミミックに襲われた。
「エド――!?」
ウィルが慌てて聖剣でミミックを叩き飛ばした。大好きで幼い弟分とも言える少年を誘惑しようとは悪質な奴だ。
「迷宮よ。当然ミミックぐらい生息しているわ」
「ちなみに」ベラが言った。
「餌で獲物を釣るモンスターもいるから気をつけてね」
目を配れば美味しそうな肉に涎を垂らしている子虎がいる。しかし肉の先にはモンスターが。
「ザムル――!?」
クリスがザムルを抱き上げてモンスターを蹴り飛ばした。チョウチンアンコウと同じ手段で可愛い子虎を釣り上げようとは卑劣な輩だ。
「ちゃんと見張ってなきゃダメじゃない」
誘惑の罠が多いこの迷宮ではお子様二人から片時も目が離せない。ウィルとクリスは問題のあるお子様二人の手をしっかりと握りしめた。
「砂喰いといいミミックといい、この迷宮にはモンスターが多いのか?」
しっしとウィルはラットを追い払った。肥大化したラットもモンスター化しているようなものだ。もう少し大きく、強暴になれば別の名前もつく。
「人族と魔族の明確な違いって、何だと思う?」
ふとベラが話題を振った。ベラの横顔は魔法の光の玉で翳っている。
「え? ……見た目、とか?」
「魔王のように人型になれる魔族もいるわ。エルフやドワーフも人に近い形をしているもの」
ウィルはマルガレーテに目を移した。確かに彼女は特徴的な耳を除けばウィル達となんら変わりない姿をしている。だから見た目は判断基準のうちには入らない。ベラは言った。
「人族と魔族の先祖……いいえ、全ての生命は元は一つの種族だったという説があるの」
「先祖が同じ?」
「ええ。長い時間をかけて生命は様々な形になった、つまり進化したの」
「む、むむむ~……私には難しい話ですぅ」
マルガレーテは頭を抱えた。
ベラの話からすると、人族と魔族の中には先祖を同じとするのに、それでも争おうという者達がいるのだ。これを滑稽と言わずして何と言おう。
クラーベンでの露骨な態度をウィルは思い出した。本当の意味での共存は不可能なのだろうか。ウィルは今後の行く末に不安の陰りが差したのを感じた。
「魔族の体内にはね、『魔核』という特殊な器官があるの」
「嬢ちゃんの剣の柄についてるそれだな」
クリスがベラの腰にあるレイピアのキラキラと光る石を指差した。全員に見えるようにベラはレイピアを差し出した。ベラのレイピアは美しい装飾が施されていて、宝玉もそのうちの一つだった。
「そう。魔核はこんな風に宝石のような見た目をしているの」
「きれい」
エドの目が輝いた。盗ってはだめよ、とベラは苦笑しながら念を押した。
個体によりこの輝きは異なるため、一時期は魔族狩りが問題になったこともあった。太古の昔に人族と魔族が争っていた背景には、このように奪い奪われの関係もあった。様々な怨恨が絡み合ったせいで、過去の争いはなかなか治まらなかった。
「魔界は魔力に溢れているでしょう? 迷宮がモンスターを生むように、あまりに強い魔力は体に害になるの。それを無毒化するのがこの魔核という器官ね」
「でも俺達は魔界に行っても正常だぜ?」
「体を鍛えたら大丈夫なんじゃないのかしら? 体の強さと魔力の流れは直結するから。でも魔族がいくら強くても、子供はそうはいかないでしょ? 生まれつき無毒化できるようにするために、この器官があるの」
つまりいずれ体は大気中を漂う魔力に慣れるので、成長すると不用になる器官である。
「モンスターは魔核を持たないの。魔族とモンスターの違いはそこね。強すぎる魔力に狂暴化した生き物がモンスターと分類できるわ」
「勉強になるな」
ウィルが呟いた。
「逆を言うと、人族と魔族の違いなんてそれだけなのよ」
ベラは強く言い切った。
違いはそれだけ。なのに争いは起こった。
「魔核は魔力を溜めることもできるから、昔の人は利用するためにこぞって魔族を狩っていたと書いてある歴史書もあるわ」
「えぐいねぇ。そんな歴史、知りたくなかったよ」
「今は本人が死ぬ前に魔核を譲るかどうか、意思を表明して取引されるの。臓器移植と同じね」
こうしてみると世の中は三百年前を境に本当に変わったと実感できる。
「でも私は魔核を持っていませんよ? なのに魔族に分類されますし、エルフ界に住んでいると言わずに、魔界に住んでいると言いますよね?」
これはどういうことなんでしょうか? マルガレーテが素朴な疑問を抱いた。
「それは古代の人間の考え方で人間界、魔界といった名前がつけられたからよ。古くの魔族の意味は『人ならざる者』だから。時代が進んで今の分類になったのね」
「なるほどぉ」
魔族も長き時の中でさらに細かく分類を分けていった。人間からしてみれば魔族は魔族なのに、彼らに言わせてみると違うというのだから面白い。
お勉強の時間はここまでね。ベラは話を切った。
「お。宝物庫か?」
宝物、との言葉にエドの目がきらりと光った。
部屋の中を覗くと、金銀財宝がたんまり、というわけではなかった。
「なんだ。ぼろいランプがあるだけじゃねぇか」
クリスが残念そうな声を上げた。
ランプがあれば、こすると魔人が出てくるというのはお決まりの流れだ。
「どれどれ」
「ちょっと!」
考えなくウィルはランプに近付いたので、ベラはそれを嗜めた。が、ウィルは服の袖でランプをこすった。安直なものだ。
しかしその安直な行動が問題を引き起こした。こすられたランプからは魔人が登場する時の演出の煙ではなく、何物もを焼き尽くす炎が噴き出した。
「我は炎の魔人、イフリート。我のランプに気安く触れようとする輩は誰だ」
空気さえも焼く業火に一行は目を細めた。
「普通、ランプから出てきた魔人ってのはご主人に従うもんじゃないかね」
「こんな時にふざけないで」
ベラはクリスのシャレを注意した。
出会い頭に突然攻撃してくる行動が示しているように、イフリートは攻撃的な魔人だ。悠長に構えている場合ではない。
イフリートは一行に指を向けた。何かの攻撃のモーションに違いない。そういう類のことには鋭いウィルは、仲間を庇うために一行の前に出て聖剣を盾にして構えた。次の瞬間、イフリートの指先から放たれた火炎に襲われた。
(受け止めきれない……!)唇を噛んだウィルだったが、不思議なことにイフリートの炎は聖剣に吸い込まれていった。まるで剣が炎を食べたような、そんな感じだ。
イフリートが感心の声を上げた。
「ほう。貴様、サラマンダーの加護を受けているようだな。だがその程度で我が炎を受け止めることはできまい」
「どうすればいいんだ」
この窮地を乗り切るためには。
「そもそもウィルさんが考えなしにランプをこすったのがいけないんじゃないですか」
「うぐっ」
マルガレーテからの指摘にウィルは何も言えなかった。
「賢い嬢ちゃんならなんか妥協案を思いついたかい?」
「そうね……」
ベラはまず状況を確認した。
この宝物庫はそれほど広い場所ではない。戦闘には不向きな場所だ。一撃必殺の技を持っているイフリートには、それに匹敵する一撃か、あるいはまたランプに封印するようなことをしなければ。
そこまで考えてベラは閃いた。
「ランプだわ! あのランプにもう一度封じるのよ!」
ベラの言葉にイフリートは僅かに動揺した。ビンゴね。ベラは勝機の道があることを確信した。
「でもどうやって封印するんだよ」
「それは……抵抗できないくらいに痛めつけるか、あのランプに何かヒントがあるとしか……」
「それじゃあ解決になってねえよ、嬢ちゃん」
ベラの予想だとあのランプは特別な力を付加された迷宮道具だ。多分手にするだけで何らかの力を発動させるはずである。
「じゃあとにかくあのランプを手に入れればいいのか?」
「あの魔人を押し退けてですか?」
そうだ。マルガレーテの言う通りである。あのランプに近付くためには、サラマンダーの加護を受けたウィルにしかできない。しかし精霊から加護を受けていようとも、イフリートの言うようにあの強大な魔力を人間の体では受け止めきることなどできないだろう。
さらにイフリートは眠りから呼び起こされたばかりで気が立っている。下手すると体に耐え切れなかった魔力で無事ではいられないかもしれない。――死ぬ恐れがある。
だがウィルは仲間を守るためならとイフリートに近付いた。
「むやみに近付いてははだめよ! 魔族じゃないと、魔核がない限りその魔力は生身では受け止めきれないわ!」
「なら問題ないな」
ベラの忠告を、ウィルは珍しく無視した。
イフリートの炎が容赦なくウィルに襲い掛かった。ベラは思わず目を瞑った。
炎に飲まれたウィルだが、最初がそうだったように炎は剣に食われていった。魔力に侵されている様子もない。「貴様……」イフリートが低い声を出した。
「半人半魔だな」
ウィルは寂しげに笑うと、ランプに触れた。イフリートは再びランプに封じ込まれた。




