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二 登城

 少年と青年の中間といった年頃の男が胸を張り、迷いもなく一直線に城の中を歩いていた。

 威風堂々たる城内は大国の一城に相応しい。城のどこに目を向けても一級品ばかりだ。壁側に控える城内の護衛の衛士達はみな、見るからに重量のありそうなアーマーに槍やら剣やらを装備している。そして男のことを好意的な目線で迎えている。


 ここは人間界において大陸一の国家、エルグランド王国の王城である。三百年前に活躍した勇者の末裔が治めることで有名な国だ。

 そして何を隠そうただ今城の廊下を闊歩している彼こそが、現在この国の勇者の称号を賜っている男である。


 勇者の証として彼の背には大剣が負われている。グレート・ソードとも呼ばれる形態のその両手剣は、渾身の力をもって振り下ろせば大地に亀裂を加えることも可能だ。しかし勇者の進む道を守る衛士の中には、その見た目と違わない重さの大剣を扱える者はいないだろう。この勇者だからこそ使える剣だ。


 彼の大剣はただの剣ではない。聖剣と呼ばれる、いわゆる神具というものだ。


 聖剣と名がつくが、持ち主により姿を変えるそれは、彼の場合一振りの巨大な剣の姿を取った。見た目はやたら相手を威嚇するものだが、残念ながら平和な時代に聖剣本来の役目の出番はあまりなかった。今やただの証明書のようなものである。

 神具がただの証明書に成り果ててしまったなど、惜しまれることがあろうが、平和な世の中なのだからと考えれば証明書である方がいいように思われる。聖剣の持ち主である勇者もその方がよいと考える立場にあった。


 やがて勇者は謁見の間に到着した。赤いカーペットの上に恭しく片膝をつき、頭を垂れた。武器を持つ者が相手に敵意のないことを示す礼の一つだ。

「おお勇者よ、よくぞ参った! ほれ、もう少しよく顔を見せよ」

「はっ」

 柔らかな声に返事をして勇者は顔を上げた。

 上座にあり、勇者よりも高い位置にある玉座に腰かけている恰幅の良い男性は現エルグランド国王である。左右には国王の二柱である宰相と将軍の両名が控えている。

 勇者にしてみればよく見る光景なので、遠慮なく国王に視線を集中させた。


「勇者ヴィルヘルム。あなたがこの度召喚された理由を説明する必要はありませんね?」

「はい。前々よりこの任務を楽しみにしておりました。魔王城への使者の任、謹んで承ります」


 宰相は勇者の言葉に「よろしい」と微笑んだ。


 今回勇者が任される仕事とは、エルグランド国王から相手国の魔王城への使者の務めである。勇者自らが魔王城を訪れることで友好の証とするのだ。

 これまで何度も使者として魔界へ送り出されたことはあったが、今回勇者が赴くのはエルグランド王国と深いつながりを持ち、かつ歴史にその名を刻む偉大な国である。

 勇者は己の責を全うできることに内心歓喜していたが、それを極力表に出さないように努めていた。とは言え、人の思惑を読み取ることを仕事とする宰相あたりには筒抜けであろうが。


 エルグランド王国を出て、人間界と魔界の境界を越え、そこからさらに魔王城へ向かうことは町で安穏と暮らす並の人間には不可能である。その困難な道のりを乗り越えていける勇者は、人々から集められる羨望と共に使者としてうってつけなのだ。


「それとな、これはついででいいのだが……」もごもごと王が言い淀んだ。


「国王よ、何なりとお申し付けください。あなたはこの国の王。オレが仕える国そのものです。もっと堂々とご命令ください」


 勇者の台詞に国王は自信を取り戻した。


「ふむ。ではそうしよう。勇者よ、そなたは余の娘を知っておるか?」

「はい。もちろんでございます。第一王女イサベル様のことと存じ上げます」


 エルグランド国王には二人の公子がいる。将来有望な王の器と称賛される皇太子殿下とその妹君の二人だ。国王が今話に出した第一王女とはこの妹君のことである。

 実はこの第一王女、あまりいい噂を聞く人物ではない。このことについては後ほど語るとしよう。


「実はな、そのイサベルが失踪してな」

「なっ! 誘拐ですか!?」

「まあそう慌てるでない」


 普通この場合、王という立場に限らず、一親であれば子供が行方不明になれば慌てるもの。しかし実際に取り乱したのは勇者であり、父親である国王はのほほんと彼を宥めた。立場が逆であるような気がするのは間違いではない。


「置き手紙があってな。少し出掛けるだの書いてあったが、イサベルももう十八、年頃の娘だ。ふらふらと歩き回るのをチクチクと言う貴族を落ち着かせるのも苦労してな。ついででよい。道中イサベルの滞在地に寄ることがあれば帰るよう伝えて欲しい」


「は、はあ……それで、姫様はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」


「さてな。知らぬ」


「は?」


 失礼にあたると脳内で理解してはいても、勇者は間抜けな声を出さずにいられなかった。

 王は呑気に髭を触っていた。


「行き先については書いておらんかったなぁ。あれにも困ったものよ」


 やれやれと国王は溜め息をついた。

 本格的に行方不明ではないか。こういう時溜め息だけで済ませていいものなのか? いやそんなはずは……と勇者は一人苦悶していた。


  騎士団を使わせるのは手間だ。ならば独断で動き回れる勇者に頼もうと王は考えたのだ。姫を助けるのは勇者のお約束だと王は言ったが、つまるところ勇者は体よく使われるというわけだ。相手が国王である以上、勇者に断れる手段はない。

 やれ聞き込みをするだの、やれ噂から居所を探るだの、言葉にするのは簡単だが手間がかかる。しかも勇者はこれから公務で魔王城に向かうのだ。王女探しで時間を食えば先方に失礼にあたる。だからついででよい、と国王は再度言った。


「では行くがよい、勇者よ!」


 ビシ! と国王は明後日の方向を指差した。スポットライトでも当たり出すのではないかと思えるポーズだ。それにノった勇者は「ははぁ!」と威勢よく声を張り上げて出口へと身を翻した。


「ちと待て」しかし国王は行けと言ったそばから勇者を呼び止めた。まだ何かあるのかと、勇者は小首を傾げつつ振り返る。国王は髭をいじりながらニコニコと、いやニマニマと笑っていた。


「次に登城する時は普段通り、もっと『ふらんく』でよいぞ」

「公務じゃなければそうするわ」


 国王に向けるに相応しくない笑み、言葉遣いで勇者は言った。それを咎める者はこの場にいない。

 満足げに笑った国王は、息子を見送るかのようにひらひらと手を振って勇者を送りだした。



 ***



 勇者には城下町に行きつけの酒場がある。夜になれば荒くれ者の溜まり場となるのだが、昼時は量もあり、味も中々な食事メニューを揃えている店だ。

 エルグランド王国ほどであれば城下町の賑わいは並大抵ではない。あちらこちらに様々な商売店があり、また多くの食事処が存在する。しかし勇者はどれよりもそこの料理が好物だった。


 見慣れたドアを開ければ、これまた聞き慣れたベルが鳴る。どこかほっとする雰囲気の漂う店内で、勇者は待ち合わせた人物の姿を探した。すぐに見つかったその人はベルの音で気付いていたのか、勇者を真っ直ぐに見つめていた。


「おかえり」


 小柄な少年が無表情で勇者を迎えた。小柄、というよりは痩せっぽちといった方が分かりやすい。

 その痩せっぽちの少年の頭を「悪い。待たせた」と勇者は撫でまわした。少年はというと無表情でされるがままになっている。


 背中の剣を下ろした勇者は少年の隣に座った。と、同時に机に突っ伏していた黒衣の男性がむくりと顔を上げた。


「聞けよウィル~」


 勇者、ウィルが待ち合わせていたのは少年だけではない。この男性と合わせて二人だ。


「聞けよ聞いてくれよぉ」ウィルに詰め寄った男性からはムンと酒のにおいがした。

 すでにテーブルにあるジョッキからウィルは何となく察していたが、待たせていた間に彼は随分飲んでいたようだ。よくあることである。


「なんだよ。またフラれたのか?」

「そうなんだよ。愛を囁かない男はいらねぇってよ。わかってて近寄ってきたんだろぉが」


 若干呂律の回っていない舌で男はぐだぐだと愚痴をこぼし始めた。どうやらウィルが城に謁見に行っている間に一悶着あったらしい。よく見ると男性の頬がほんのりと紅葉形に赤くなっている。

 彼はよく女を口説き、一緒に酒を飲んで、そしてフラれる。学習してもしなくても、彼はこの悪い習慣を止めるつもりはないだろう。

 酒飲みで、女好きと全身から語っているこの男の服装は全身黒の質素な服で覆われている。神父服というものだろう。胸元には銀のロザリオが吊られている。

 この際遠回しでなく、はっきりと言おう。――この男、僧侶である。


「ケッ! 女なんてなぁ、ニコニコ笑って俺に酒注いでりゃいいんだよ。なぁにが愛だ!」


 もう一度言っておこう。僧侶である。


「ケッ!」もう一度口を尖らせた僧侶はグビグビとジョッキに残った酒を飲み干した。



 色々と問題のある僧侶だが、もちろんのこと残った少年の方もただの子供というわけではない。勇者や僧侶と比べるまでもなく幼い彼の職業は盗賊だ。世も末である。


 ちなみにこの飲んだくれの僧侶と年端もいかない少年盗賊が、今代勇者のパーティーメンバーといったところだ。パーティー、というより彼らの場合悪友の方が適切かもしれない。勇者の仲間としては不適切だと後ろ指を差されようとも、彼らはこれまで三人で上手くやってきた。



「やあウィル。これからお勤めかい?」酒場の主人だ。彼のこの気さくさがウィルは好きである。


「ああ。また暫く旅に出るんだ」

「勇者ってのは大変だな。王都に来たばっかの時は頼れるやつがいないってんで情けない顔してたってのに」

「昔のことだろ。恥ずかしいから止めてくれ。それより何か腹ごしらえのできるもんを頼むよ。腹が減って仕方ないんだ」

「おお! そりゃ悪かった。サンドイッチでいいか?」

「ああ」

「お前のことだ。何か食べると思って、実はもう作り置きしてあるんだ。ちょっと待ってろ」


 ウィルは一般の人より大食らいのたちだ。腹いっぱい、たらふく物を食べなければ満足できない。そしてウィルは登城の帰りだ。十分なほどの空腹である。

 流石主人はよく自分のことをわかってくれている。ウィルは主人の接客技術に感心した。


 常連ともなると主人からのサービスも割増になる。一分も待つことなく注文の品がテーブルに用意された。ハムにレタス、トマトが香ばしいトーストにぎっしりと詰まったサンドイッチは、それだけで食欲をそそる。

 しかしメニューにあるいつものサンドイッチにしてはボリュームがある。店主を窺うと(他の客には内緒だ)と声なくウィンクで告げられた。


「ついでに」と店主はいい匂いのする紙袋を突き出した。

「片手でも食べられるもんを包んだから道中食ってくれ」

「助かるよ。ありがとう」

 ウィルはありがたく紙袋を受け取った。大きなサイズではないし、食べ終えた後の紙袋は燃やしてしまえば荷物にはならないだろう。主人の気遣いが身に沁みた。


 ウィルはパンからハムが落ちないように気を使いながらサンドイッチを咥えた。ハムのペッパーが鼻をつく。だがこれがいい。やはり主人の料理は自分の口に合う。

 初めて王都に上った時、ここの主人はウィルにとてもよくしてくれた。不慣れな都で心細かった頃、主人の優しさはウィルの心にとても沁みたものだ。この国には本当に親切な人ばかりだ。

 店に連れられて今と同じようにサンドイッチを食べた時、ウィルは感動で涙を零しそうだった。そして涙が溜まったウィルの目を見て、店主が大笑いしたのも、今となってはいい思い出だ。

 当分の間この味はお預けだから。ウィルは深く味わいながらサンドイッチを咀嚼した。



「んでぇ? 今回はおつかいだけか?」


 ヒック。僧侶がしゃっくりをした。


「いや。例のごとく頼み事付きさ」

「はァー。あの王サマもよくそんなについでのお願い事が思いつくもんだね」


 王はウィルに任務を申し付ける際、毎度ついでのお願い事なるものを頼む。ちなみに前回はご当地グルメのリポートだった。

 一体何をさせたいのか、最初任務を聞いた時はさっぱりわからなかったが、後日報告したグルメが城に運ばれていくのをウィルは目撃した。すぐに何も見なかったことにした。

 王様というものは意外と暇人なのかもしれない。


「今回は失踪した王女のお迎えだとよ」

「あんだって?」


 王女という一言に僧侶は酒を飲む手を止めた。

 少年盗賊もウィルの顔を見た。盗賊は相変わらず無表情だが、ウィルには彼が不満を訴えていることが伝わった。


「お前、第一王女の噂聞いたことあんのかよ」

「当たり前だろ」


 この国にいる者ならば、知らない人はいないと言ってもいい噂話がある。


 エルグランド王国、第一王女イサベル。この国唯一の王女のことである。

 王家の一員に相応しく、絶世の美女と称される王妃の美貌を受け継いでいる、らしい。

 けれど彼女の奔放な性格は悩ませものであり、誰も彼女の手綱を取ることはできないと言われている。ふらふらとあちらこちらで遊び回り、国民を下賤な輩と軽蔑する……という噂がある。

 実際姫が使う金額は多いらしく、その使い道はドレスやら宝飾やらを買い占めているのかもしれない。


 称賛の嵐である兄の皇太子と違い、王女にはとにかく悪い噂が絶えない。

 しかし所詮は噂。どんな話にも「~らしい」「~そうだ」がつく。真偽のほどは確かでない。


 通常、いいところの娘、それも王家の姫ともすれば悪評は避けて通るべきである。一人の批判が一家の批判につながるのだ。だが国王はそんな娘を諌めようとしないらしい。

 呑気で、何も考えていなさそうな王だが、ああ見えて凄腕の君主である。ウィルは今まで何度も王の手で難題が解決したのを目にしてきた。王女のことも、何か思惑あってのことだろう。


「王の命令だ。一応少しは探してみる」

「いやだねぇ。平和を守るはずの勇者サマが高飛車お姫様のお迎え役だなんてさ」

「もちろん最優先するのは外交さ。それこそ平和のためにな」


 王国にはイサベル姫の上に皇太子に立った兄がいる。わがままな姫と違い、現国王に似て優秀な皇太子がすでにいるので、国民も姫のことを話のネタ程度にしか捉えていないのだろう。平和な世である証拠だ。


 皇太子殿下は学識が高く、民に対する心配りも非の打ち所がない。

 ウィルも職業柄、皇太子としての彼を、一人の男としての彼のこともよく知っている。評判そのままな男である。

 そんな皇太子殿下が即位すれば、今まで以上に国が豊かになるだろうと期待されている。

 それに対し、聡明な殿下が即位すれば羽振りが利かなくなると気掛かりしている貴族が支持するのが王女である。大方姫を傀儡の女王として祭り上げ、国を牛耳ろうとでも考えているのだろう。


「姫サマも不憫だねぇ。王族じゃなきゃもっと楽に生きれただろうに」

「可哀想とは思うが、それが王族に生まれ落ちた宿命だろ?」


「な?」とウィルが少年に同意を求めると、こくりと小さな頭が縦に動いた。


「お国事情はともかく、早く出発したいんだが」

「まあ待てって! あと一杯くらいよぉ?」

「やだ。疲れた。ウィルに賛成」


 盗賊は勇者が登城してから、こうしてずっと僧侶に付き合っていたのだ。退屈で、盗賊は我慢の限界だった。


 盗賊が出発に賛成の意を示したことで、二対一でウィルに勝利の旗が挙がった。ばつが悪い顔をした僧侶は「わあったよ」とぞんざいに言って、最後のジョッキを飲み干した。




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