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十九 廃墟

「まぁたこの山を登るなんてよ」

「ま、待ってくださぁい……」

 大山脈は厳しい。一度目の登山でコツを掴んだベラはすいすいと先を進むので、今回最後尾を歩くのはマルガレーテになった。

「マル、早く、早くぅ!」

「ざ、ザムルは運動神経がいいんですね……でも私、登山はちょっと……」

 元々マルガレーテは森の民だ。険しい山を登ったことなどないのだろう。かなり息切れを起こしていた。


 今回一行の先頭を歩いていたのはウィルとベラだった。妖精から聞いた話をもとにダグウェルという名のドラゴンを探している。

「妖精が言うには、ダグウェルはこの先にある龍穴に住んでいるらしいけれど」

「見ればわかるとも言っていたよな」

「ファイトー」

「マル、ふぁいとー」

 スピードが遅いマルガレーテを一行のマスコット二人が応援していた。


「ところで、龍穴とはどんなものなのかしら?」

「知らないのか?」

「文献だけでしかね。実物は見たことがないわ」

「うーん……洞穴みたいなやつじゃないのか?」

「洞穴なら目の前にあるのだけど」

「あんの!?」

 ベラが言う先には本当に大きな洞穴があった。なんでこんな大きなもの、自分は目に入らなかったのだろう、とウィルは落ち込んだ。


「ドラゴンなんざ生まれて初めて見るぜ」

「わたしもよ。さあ、行きましょうか」

「お、置いて行かないでぇ」

 マルガレーテが震える足でなんとか追いついた時、いつものようにベラが魔法で光を灯した。



 洞窟は深いものではなかった。本当にドラゴンが一匹住むだけの巣のような広さであった。


「私が人に会うのは何年ぶりのことか」


 地を這うような低い声が洞穴に響き渡った。ベラが光を向ける。鈍い光沢を持った鱗に、立派な髭、とても大きな図体。ダグウェルはそこにいた。


「おっきー!」

「ほ、本当にダグウェル様がいらっしゃった……」

 他の者がダグウェルの巨体に圧倒されている中、マルガレーテは謙遜のあまり声を震わせていた。


 ダグウェルの大きな目玉がウィルを捉えた。


「エルグランドの勇者か」


 空気を裂くような威圧感を持った声は、ウィルを竦みあがらせるに十分の威力を持っていた。怯えているウィルにダグウェルは顔を近づけた。

「そう怯えるな、若き勇者よ。私はお前に会えて嬉しいのだ」

 歓迎するかのようなダグウェルの言葉に、ウィルは気を楽にさせた。


「あなたに一目会いたくて来た」

「そうか。私に会った感想はどうだ?」

「……何と言うか、その……」

「言葉にできないか?」

 こくり、とウィルは頷いた。はっはっは、とダグウェルは地面を揺らして笑う。


「前に会った勇者は私を退治しに来たと言っていたぞ」

「え!?」

「エルグランドを作った勇者だ」

「ええ!?」

 ウィルはもう丁寧な態度を取るということを忘れていた。ダグウェルは愉快そうに笑い続けた。

「だ、ダグウェル様に対してそんな態度を取れるなんて……ウィルさんは大物ですよ……!」

 マルガレーテは変なところで感動していた。


「あの勇者と若き勇者はあまり似ていないな」

「エルフ族の長老にも同じことを言われました」

「クルークにか。エルフ族の娘よ、彼は息災か?」

「は、はい! もう元気ピンピンですよ!」

 あれだけ若作りしてりゃあな。クリスは遠い目をした。


 そうするとダグウェルは見た目から相当の年月を生きているのだとわかる。エルグランドを建国した勇者が生まれるよりもずっと昔から存在し、エルフ族の長老よりもずっと長生きをしているとわかる。


「こうして出会ったわけだ。私の願いを一つ叶えてくれまいか?」

「だだだダグウェル様のお願い事を!? ひぇええ!」

 先ほどから悲鳴を上げてばかりのマルガレーテをエドは後方へと引き連れていった。これで話が進むだろう。エドは大人だった。


「この先に廃墟がある。慈悲の心があるのであれば、あの哀れな亡霊達を救ってはくれまいか」

「廃墟……ホノルの廃墟のことね」

「私が滅ぼした国だ」


 ダグウェルはその大きな瞳からはらはらと涙を溢した。彼の雫は大粒の雨となって地面に降り注いだ。ダグウェルの悲壮な泣き声はウィルの胸に痛く響いた。


「我が一族を守るためとはいえ、数百年も亡霊となって彷徨っていれば、自分が滅ぼした国であろうと哀れに思える」

「オレにできることならば」

 ウィルは勇者としてできうることは全てやりたいと思っている。ダグウェルは尾で涙をすくった。


「勇者の意を継ぐ者達に感謝を」



 ***



 一行は大山脈を下りながらある廃墟を見据えていた。廃墟は大山脈のふもとにあり、元は囲郭都市であった場所だ。元は一つ都市が一つの国である小国であったようだが、今は誰もその場所に住んでいないようだ。


「ダグウェルが言っていたでしょう? 自分が滅ぼした国だって」


 ホノルははるか昔に侵略国家として栄えていた。学術書によると、自己防衛が過激化し、他国を侵略し始めるに至ったのではという記述がある。過去によくあった戦争によって益を得ていた国のうちの一つだ。

 しかしそんな国も、本人が語ったようにドラゴン族の頭領により滅亡してしまった。さらなる繁栄を求めて、神聖の象徴とされることもあるドラゴン族にまで手を出そうとしたからだ。


 ドラゴン族は個体数が少ないため、仲間意識が高い種族である。一族に危険が及べば、それなりの抵抗と報復があることは、ドラゴンについての知識が少しでもあるならばわかるはずである。

 しかしホノルの国民はドラゴン族を害そうとした。その時代はまだ人間と魔族が争いを続けていた時であり、いつか国が襲われるのかもしれないという恐怖にも駆られたのだろう。ホノルの兵は武器を手に取った。

 それがいけなかった。ホノルが攻めこんでくると聞きつけたダグウェルは激怒した。

 ドラゴン族は知能が高い。ホノルが何もしてこなければ、自分達も無関心を貫くつもりであった。にも関わらずホノルは自分達を殺そうとするらしいではないか。何もしていないのに。

 結果、ホノルとドラゴンの戦争が勃発した。いや、戦争と言うにはあまりに一方的であった。たかが人間とドラゴンである。加えて魔術や機械武器がそれほど発達していなかった当時だ。力の差は歴然だった。


 一行は大山脈を下り、ホノルの廃墟にと踏み入った。長年誰も立ち入っていない都市はどの建物も風化している。不気味なぬるい風が通り過ぎた。

 ダグウェルはこの国をたった一匹で滅ぼしてしまった。


「ドラゴンも人間も、生きることに必死だったんだろうな」

 そのために争いが起こってしまっては、なんと言っていいものかわからない。哀れだと涙したダグウェルの気持ちが、ウィルにはわかる気がした。


 町の中を進むと、一つの大きな屋敷の前に辿り着いた。恐らく城としても機能していたのだろう。屋敷の門前には一体の彷徨う亡霊がいた。


「我ラニ光ヲ。安寧ヲ取リ戻セ」


 亡霊は槍を構えてただ機械的に喋っていた。


「あれが亡霊……」

 ダグウェルが哀れと言った亡霊だ。亡霊の姿に怯えたザムルはクリスの足にしがみついた。

 死してなお彷徨い続けなければならないほど苦しむというのならば、争いがいかに悲惨なものかがわかる。


「この世に対する無念の思いが高まることで、亡霊は生まれる。魔族でも、モンスターでもない。ただの霊だ」

 助けてやんな。クリスはウィルに言った。

 ウィルは亡霊に一歩近づいた。


「人間と魔族の争いはとうの昔に終わったんだ」

「我ラニ光ヲ。安寧ヲ取リ戻セ」


 亡霊はウィルの言葉に耳を貸さなかった。


「もう誰も生きてはいない。みんな眠った」

「我ラニ光ヲ。安寧ヲ取リ戻セ」

「ダグウェルも悲しんでいた。もうこれ以上彷徨い続けるのは止めろ」

「我ラニ……我ラニ光ヲ……」


 不意に亡霊の言葉が止まった。


「夜ハマダ明ケテイナイ。国ヲ、守ラナクテハ」


 単調に繰り返されるだけだった台詞を変えた亡霊に、ここぞとばかりにウィルはまくし立てた。

「夜は明けたんだ。朝が来て、太陽が真上に上って、また月が出て、夜が来て。もうずっと前に夜は明けたし、日が暮れたんだ」

 もう何度も。ウィルは懸命に亡霊に言い聞かせた。


 ウィルは感じた。彼は人族と魔族の間で蠢くわだかまりそのものなのだと。誰しも止まるタイミングを失い、彼のように彷徨い続けるのだ。これほど悲しいことがあってたまるだろうか。


 暫し亡霊は黙っていたが、再び声を響かせた。

「同胞ハ、眠ッタノカ?」

「そうだ。みんなもう眠ったんだ」

「……私モ、眠ッテイイノカ?」

「そうだ」

 ウィルは強く言った。

 その途端亡霊の体がぐしゃりと崩れた。カラカラと骨の転がる音が静かに響いた。


「アリガトウ」

 小さな感謝の声ではあったが、ウィルの耳にはちゃんと届いていた。

 冥福を祈るように勇者の一行は黙祷した。




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