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十七 魔王城

 クラーベンから魔王城へはすぐの距離だった。到着に半日もかかりはしなかった。


「これがシュバルツハイデの魔王城なのね……!」


 ベラの声は踊っていた。あんなことがあった次の日だというのに、彼女はぶれないらしい。


 魔王城は古代から残っている城を何百年も続けて使用しているため、外見はその期間ずっと変わっていない。要塞も兼ねている城は魔王の強さを表しているようで、飾りとして備えられている槍の先端を見るとゾッとしてしまう。

 ぶっちゃけ威圧感のある城にちっぽけな人間が挑む構図は、恐ろしき悪の親玉、魔王を打倒そうとする勇者という童話に出てくるような光景にしか思えない。


 魔王城に真っ直ぐに続く街道は静寂に包まれていた。

「城下はエルグランドほど賑やかではないのね。ハーフェンはあんなに栄えていたのに」

「ハーフェンは計画都市ですから」

 ハーフェンが賑やかである方が、逆に珍しいんですとマルガレーテは言った。


 城門を潜った先には、遠視魔法で一行の到着を見ていたのだろう、すでに出迎えの者が立っていた。

 彼の頭の両側にはぐるりと巻いた角があった。正体はきっとヒツジの悪魔に違いない。見た目はおよそ三十代と取れる。しかし彼らは学んでいる。見た目と実年齢は遥かに違うものだと。

 彼は上品に一行に向かってお辞儀をした。


「遠路遥々ようこそいらっしゃいました、エルグランド王国の勇者様方。わたくしは魔王様の一の側仕えをしております、セバスチャンと申します」

 ああ、それっぽい。失礼なことを呟いたクリスの足をウィルが踏みつけた。彼がそうしなくても拳を準備していたベラが制裁を加えていたことだろう。


 セバスチャンの誘導は魔王城に足を踏み入れた。魔王城はエルグランド王国の王城とは違い、黒や紫を基調とした装飾で飾られていた。たまーに血塗れの鎧などが置かれているが、たまーにだ。何の血かは聞いてはいけない。多分牛だ。そうあってくれ。


 やがて謁見の間についた。重々しい扉を控えていた衛兵が開き、セバスチャンは優雅に玉座の方へ歩いて行った。

 謁見の間の玉座には、頭に角こそ生えているが、人間に近い見た目をした男が座っていた。

 魔王の本当の姿は見ただけでか弱い女性が失神するほど恐ろしいものらしい。魔族としての面目を保ちつつ、勇者の一行を気遣ってくれているのだ。


「勇者よ、よくぞここまで辿り着いた!」

「魔王様、ただ今公務中であります。おふざけなさらないでくださいまし」

「うむ……」


 ヒツジの角を持った側近に窘められて魔王は大人しくなった。表情にこそ出ていないが、心なしかしょんぼりとしている。


「あれが魔王なの?」

 ヒソヒソとベラは尋ねた。どことなく訝しんでいるのは魔王の態度が予想より遥かに軽いからだろう。

「エルグランド国王もあんな感じだ」

 王様というものは総じて色々と一般人と異なるというのが、ウィルの中での王の認識だった。知っている王が問題のある人物ばかりだというのは間違いでない。


 ウィルはエルグランド王国国王から預かった書状を献上した。書状はセバスチャンの手から魔王へと渡された。さっと中身を確認した魔王が勇者の目を真っ直ぐに見た。


「我がシュバルツハイデとそちらエルグランドの間の友好は、これからもよいままであろうな?」

「はい。もちろんでございます」

 魔王の探るような目に対し、ウィルはきっぱりと言い切った。


「うむ。その言葉、しかと聞き届けた。これからもよき関係でいたいものだ」


 もしや魔王は、前にクレト・デ・モントリオが聞かせてくれたあの話を知っているのではないかとウィルは思った。粗相はなかっただろうか。ウィルは不安を表に出さないように努めた。


「また国王と飲みにでも行くか」

「魔王様。公務中でございます」


 ウィルは何も聞かなかったことにした。



 ***



 シュバルツハイデの魔王との謁見は短い間で簡単に終わった。

「さあ、早いとこ国に帰ろう」

「どうしたの? 何か急ぐ理由でもあるの?」

「あ、ああ。いや……」

 ベラの追究にウィルは歯切れ悪く返した。国でクーデターが起こっているかもしれないから早く帰りたい、とは言えまい。クレトとの約束だ。

 変なの、とベラは訝しげにウィルを見た。


 エドは初めて見るシュバルツハイデの城というものに興味を示していて、あらゆるところをきょろきょろと眺めていた。お上りさん丸出しである。

「あ。クリス、クリス」

「んあ? なんだ?」

 くいくいとエドがクリスの袖を引っ張ったので、クリスはスキットルから飲んでいた酒を零しそうになった。

「あれ」エドが示した先をクリスは見つめた。


「……おいおいマジかよ」


 ある光景を見たクリスは唇を引き攣らせた。

 クリスの様子を不思議に思ったウィルが足を止めてどうしたか尋ねた。


「ウィル、ヤベェぞ。誘拐の現場を目撃しちまった。奴隷商人だ」

「なんですって!」

 奴隷との言葉に反応したマルガレーテが高い声を上げた。

「奴隷だなんて……許せません!」

「どっちだ? 助けよう!」

 一行は走り出した。


 誘拐した犯人の顔をエドとクリスは見ている。路地裏に入っていった不審な人影を指して、「あいつだ!」とクリスは言った。クリスの声が耳に届いた誘拐犯はギョッと肩を揺らしてスピードを速めた。

 誘拐犯は二人いた。一人は中ぐらいの大きさの袋を、一人は大きな袋を背負っている。大きな方は生き物が入っているかのようにバタバタと暴れている。


「回り道しましょう!」

 ベラの指示で一行はベラとウィル、それ以外の二手に別れた。


「そこの二人組、待ちなさーい!」

 待てと言われて待つ誘拐犯はいない。相手は身体的に優れた魔族のようで、重い荷物を持っているにも関わらず、ぐんぐんとクリス達との距離が離されていく。このままでは逃げ切られてしまう。


「塞がれ、大地の盾!」

 ベラの魔法だ。先回りしていたベラが、本来は防御として使う魔法を発動させ、誘拐犯の行く手を遮った。

 ほんの少し二人組が足を止めた隙を狙って、エドがナイフを、マルガレーテが弓矢を素早く構えた。

「スネーク・ナイフ」

「微睡みの矢!」

 エドの投げたナイフは曲がりながら飛んでいき、袋に破れ目を入れた。重みに耐えきれなかった袋はそこから破れ、誘拐犯の手から離れた。それに慌てた彼らは続け様に飛んできたマルガレーテの矢をまともに受けてしまい、くたっと地面に横たわった。


 全員慌てて誘拐犯にと駆け寄った。彼らは無様に尻に矢が刺さっている。うげっとクリスが呻いた。

「今は眠っているだけです。今のうちに縛っちゃいましょう」

「それじゃあわたしの魔法で」

 ベラが魔法で誘拐犯達をとても口では言えないような格好で縛っている間に、ウィルはバタバタと暴れている袋の口を開けた。


「ぷはっ」


 顔を出したのは一人の男の子だった。パーティーの中で最年少のエドよりもずっと幼い。くりくりとしたエメラルド色の瞳がウィルの鈍色の瞳とかち合った。


「あ! 大変、錠がかけられているわ」

 男の子の両手両足には頑丈な錠があった。


「もしかしてソイツの鍵はこん中のどれかかい?」


 クリスがもう一つの中くらいの袋をひっくり返すと、ジャラジャラと大量の鍵が落ちてきた。思わず顔が引き攣る。

 男の子は錠が苦しくて堪らないらしい。うーうーと呻きながら錠の音を鳴らしている。

 この荷の中から一本の鍵を探すのもまどろっこしい。どうすれば、とベラが困ったところでエドが盗賊グッズの中から針金を取り出した。

 盗賊グッズというのはエドが持ち歩く盗賊としての職業ジョブを活かすためのごにょごにょをするために持ち歩いている道具だ。ごにょごにょの内容は察して欲しい。


 ピッキング行為など、エドにとっては朝飯前だ。ちょいちょいっと錠に針金を通して突けばよいのだから。ほんの数十秒程で音を立てて錠は外れた。

「すごいわ、エド!」

 エド以外のこの場にいる誰にもできないことをやってみせたエドに、ベラは素直に感嘆の声を上げた。エドは頬を染めて照れた。


 錠をかけられたせいで男の子の手首足首が赤く腫れている。ウィルは痛ましげに男の子を見つめた。

 錠が外れてジッと自分の両手を眺めていた男の子は、自分を見つめていたウィルの顔を見上げた。と、ぴょこりと男の子の頭から縞模様が入った小さな耳が生えた。


「と、トラ系男子……!」


 新しいタイプだ。ウィルは新たなジャンルに唾を呑んだ。


「驚いている場合じゃないわよ。この子、獣人だわ」


 ウィルはびっくりしてベラに目を移した。だから驚いている場合じゃないわ、とベラは言う。


 トラの獣人の男の子は状況を把握しようときょろきょろ一行の面に目を配った。

「変ね、獣人はこの大陸には滅多にいないはずなのに……南からの迷子かしら?」

 獣人の有名な大集落はこの大陸ではなく、南の大陸にある。こんな土地に獣人、それも庇護される子供の獣人がいるのはどうにも奇妙だ。


 もう一度男の子はウィルに目を戻した。


「がおー」


 男の子はつとい口調で吠えた。


「……か、かわいい!」

 勇者の一行はお人好しで、庇護欲をそそるものに惹かれる質のある者の集まりだ。

「世界にはこんなにかわいいものがあったんですね!」

「反則的なかわいさだわ……!」

 マルガレーテとベラはお互いの手を握り締め合って悶えた。


 男の子はひょこひょこと縞の入った耳を動かし、にぱっと笑った。

「こ、この子連れて行ってもいいかな?」

「駄目に決まってんだろ。誘拐になっちまうぞ」

 口ではウィルのことを嗜めていたが、クリスの目も男の子に釘付けだった。


 全く頼りにならない年長者達にエドは呆れ返った。状況がわかっているのだろうか。こうなっては自分だけでもしっかりしなくては、とエドは男の子に向き合った。

「名前は?」

「ザムル!」

「どこから来たの?」

「わからない! ゆらゆら、ゆれたところ、いた!」

 ザムルの言葉はまだつとくてわかりづらい。馬車に乗ったのかな? それとも船に? エドは首を傾げた。


「なまえー!」

 ザムルはエドを指差して言った。エドは首を反対側に傾けた。自分の名前を尋ねているのだろうか。

「エド」

「エド? エド、エドー!」

 ザムルはエドの名前を連呼するとエドに抱き付いた。家族とでも思っているのだろうか? エドはよくわからなくて疑問符を浮かべたままだった。

「どうしよう」

 自分ではどのように判断を下してせばいいのかわからないエドは年長組に振り返った。年長組は幼い少年達が戯れる様子に悶え苦しんでいた。

 白い目をエドから向けられたウィルが咳払いをした。


「と、とりあえずこの子は連れて行くことにしよう。下手に置いては行けない」

「そうだな。エルグランドには獣人の情報を管理している役所があったはずだ。届けが出ているかもしれない」


 とりあえずザムルの処遇が決まった。どっこらしょとクリスがザムルを抱き上げた。ザムルはキャッキャと喜んでいる。ひとまず服と靴を用意してやらねばなるまい。


 それで、とマルガレーテがあられもない姿で伏せている誘拐犯達に軽蔑の眼差しを向けた。

「彼らはどうしましょうか」

「駐屯所にでも放り投げておきましょう」

 ベラの言葉に反対する者はいなかった。




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