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十五 エルフの森

 ウィルは戸惑っていた。何に? 進んでいる道に、だ。不安定な足場に態勢を崩したエドの体をクリスが支えた。

 これは最早獣道と言ってもいいかもしれない。前にシュバルツハイデに行った時はこんな道を通っただろうかとウィルは疑問に思った。両手に地図とコンパスを持っているベラに確かめる。

「本当にこの道であってんのか?」

「合ってるわよ。わたしの地図の読み方が間違っているとか、ニコラのコンパスが欠陥品だとか言いたいの?」

「いやそういうわけじゃ……」

 ベラを非難しているわけではない、とウィルは首を振った。しかしどんどん森の奥を進んでいる気がする。


 確かに魔族は各々の種族ごとに集まり、排他的な生き物である。そのため他の種族と交流が必要な種以外は関わりを絶っても問題がないわけで、人間界ほど道の整備をする必要がない。

 とは言っても、ここまでは行きすぎだ。前に進むには倒木を潜らなくてはならなく、木からはヘビがぶら下がっている。樹海を突き進んで魔王城に辿り着くとは思えない。


「なあ、ベラ……」

「地図を頼りに最短ルートを進んでいるのよ。これで合っているの!」

 ベラも薄々道に迷ったのではと思い始めた。だが彼女は意地っ張りでプライドが高い性格だ。間違いをなかなか認められないことは仕方なかった。


 唐突に、一歩進んだ足先に前触れもなく弓矢が突き刺さった。


「動かないでください」


 姿が見えない声の主が警告した。突然の緊急事態に一行の身は強張った。


「この森に何の用ですか」

「ちょっ、突然危ないだろう! オレ達が何をした!?」

 姿が見えない襲撃者にウィルは抗議した。

「略奪者ですね。今すぐこの森から立ち去ってください」

 謂われもない疑いをかけられ、堪ったものではないとウィルは反論した。

「誤解だ! オレ達はただ道を歩いていただけだ!」

「悪党はみな、そう言うのです」


 声の主の警戒は解けないどころか、こちらの言い分を全く聞いてくれやしない。

 なんていうことだ。道に迷った(仮)どころかトラブルが発生するとは。ウィルはなるべく穏便に済ませようと策を講じた。


 そんな時にベラがレイピアを抜く姿がウィルの目に入った。ウィルが思うところとしては、極力無益な争いは避けたい。

「ベラ、待ってくれ!」

うごめけ。深緑のむち

 ウィルの制止を無視し、ベラは魔法を発動させた。ベラの意思に従い森の樹木のツルが襲撃者に逆に襲い掛かった。「きゃあ!」遠く離れたところで高い悲鳴が上がった。

 クイッとベラがレイピアを操ると、ツルに捕まえられた何かが一行の前に引きずり出された。


「エルフ族……?」


 彼女は涙目で長い耳をひょこひょこと動かした。大人しそうな見た目をしておきながら、勇者の一行に一人で脅しをかけるとは恐ろしい娘だ。


 エルフとは聡明な森の民だ。自尊心が高く、高潔な一族である。このような扱いを受けて堪えられるはずがない。


「ほほぉ! エルフか。こりゃまたべっぴんな」

「キャッ! もう、褒めても何も出ませんよぉ!」


 自尊心が高く、高潔な一族である……はずである。


 クリスのお世辞に彼女は地面に体を横たえながらもじもじと悶えた。なんだろう、馬鹿なのか? ウィルにそう思われるとは彼女はそこまで終わっているらしい。

 とりあえず害はなさそうだと弓矢を取り上げてからベラは魔法を解いた。


「オレはエルグランド王国の勇者なんだが、魔王城に行く途中で道に迷ってしまったんだ」

「迷ってないわよ」

 ベラは心外だと不服を言ったが、話が拗れてはいけないとエドにより後方へ下げさせられた。


「まあ! 勇者様でいらしたのですか。ご無礼をおかけしました。森の精霊の名の下に謝罪いたします」

「ああ、気にしてくれなくていいんだ。怪我もなかったし。で、魔王城までの道を教えて欲しいんだが」

「もちろんです。しかしどうかその前に私達の村へお立ち寄りください。無礼をかけたままではいられません」

 どうする? とウィルは振り返ったが、ベラの目が輝いていることに気がついた。大方「エルフの里? 本で読んだことしかないわ! エルフの里に立ち寄るなんて人生で一度か二度あるかどうか。行きたいわ!」とでも考えているのだろう。そしてウィルの予想は寸分の違いもなかった。

「是非お邪魔させてもらいたいわ!」

 ベラはエルフの娘の手を取って答えた。

 なんだかこの一行の行程を決めているのはベラである気がする。ウィルはやっとその事実に気がついた。



 エルフの娘の先導が加わり、一行は迷子の心配をすることがなくなった。


「私はマルガレーテと申します。みなさんの名前は何というのですか?」

「オレはヴィルヘルム。ウィルって呼んでくれ」

「ベラよ。さっきはごめんなさいね」

「俺はクリスだ。こっちのちっこいのはエド」

「みなさん素敵なお名前ですね」

 最初に警戒していたのと打って変わってマルガレーテはにこやかに一行と会話を交わした。こうして話すととても良い子なのだと思う。


 エルフの里に行くということでベラの関心は一時エルフに移っていた。ここでもベラの探求心が止まることはなかった。

「この森には昔からエルフが住んでいたの?」

「はい。私が生まれた時にはすでに」

「へぇ。具体的には何年前くらい?」

「百年前くらいですかね」

 全員ぎょっとしてマルガレーテの顔を見た。


 エルフは長寿の一族だ。人間の寿命とは比べ物にならないことはよく知られている。しかし年若い娘に見えるこのマルガレーテが齢百だと?

「……詐欺」

 エドは自分以上の騙しの技術を持っているマルガレーテに嫉妬した。



 一行がマルガレーテに弓を射られた場所から十数分歩いた先にある里があった。マルガレーテが指を指して言った。


「あれが私達の里で……あ、長老!」

 マルガレーテは里の入口に佇んでいる男性を見つけると一行を置いて走って行ってしまった。


 ウィルは里を見つめて感想をもらした。

「これがエルフの里か。……思ったより普通だな」

「お粗末な感想ね」

 ベラはさらりと毒を吐くと呆けたウィルを置いて一足先に里へ向かった。

「ドンマイ」

 クリスが固まったウィルの肩を叩いて先に行った。

「どんまい」

 エドもクリスの真似をして、ウィルの背中を叩いて行ってしまった。


「……なんでオレばっかり!」


 ウィルの魂の叫びを聞き入れてくれる人はその場に残されていなかった。



 一行がエルフの里の入口に到着すると、マルガレーテが振り向いて彼らに気がついた。

「あ、みなさん。こちら私の里の長老です」

「これはこれは旅のお方。我が里一番の早とちり娘、マルガレーテが失礼いたしました」

「いえ、そんな……」

「エルフの里へようこそ。何もないところですが、どうぞごゆっくり」


 マルガレーテは先に長老に事情を説明していたらしい。マルガレーテが紹介した長老は大変落ち着いた人物で、里の中心人物だと納得できうる人であった。

 ただし問題が一つ。――彼は美丈夫だった。


 (あれ? 長老って……)ウィルは一般的な長老を思い浮かべた。歳を取っていて、腰が曲がってそうな人で、髭があったらよりそれっぽくて。大丈夫、ウィルの想像は間違っていない。

 もう一度目の前の長老を見た。美丈夫だ。

 艶々しい長髪と切れ長の目は誰もを魅了する。だがしかし長老だ。

 ウィルはとうとう文字通り頭を抱え込んだ。


「さ、最近の若作りってのはすげぇんだなぁ……」

 シエンシアで出会ったニコラのことも思い出したクリスは口元を引き攣らせた。


「ねえ長老さん、里を見て回ってもよろしいかしら?」

 ベラはわくわくとして尋ねた。こんな機会、逃してたまるものかとベラの目は狩人のそれに豹変していた。

「もちろんですとも。マルガレーテ、案内してやりなさい」

「わかりました、長老」

「あ、じゃあ俺も……」

 エルフ族の女性というものに興味を抱いたらしいクリスも同行を申し出た。キラリとエドの目が光った。

「ボクも」

 お目付役の同伴にクリスが呻き声を上げた。

 みんなが行くなら自分も、とウィルは考えたが彼は長老に止められた。


「あなたはこの老いぼれと話でもいかがですかな?」



 ウィルは気が紛れなかった。美丈夫が隣に座っている。それだけでウィルは変な気持ちになった。もちろんピンク色の気になったわけではない。誤解はいけない。


「あなたはエルグランド王国の勇者だとか」

「えっと、はあ、その、一応……」

「あの国が小国にすぎなかったのも、もう三百年も昔の話ですか。懐かしいですなぁ」

 三百年前。どこか聞き覚えのある数字だ。

 ところで、ウィルが敬愛するエルグランド王国を建国した勇者も、もちろん単独で魔王に挑んだわけではない。彼の仲間は魔法使い、戦士とエルフの四人だった。


「もしかして、長老は……」

「ほっほっほ。かつての仲間が国を立ち上げて早三百年。時が経つのは早いものですな」


 つまり彼が言わんとしていることは、エルグランド王国を建国した伝説の勇者の元パーティーだったということだ。

 長老、一体いくつなのだ。まず確実に見た目からは割り出せない。だって美丈夫だ。

 まさかこの旅で三百年前の勇者の仲間と会えるとは、ウィルは微塵も思っていなかった。だって三百年も昔の話だ。そもそも生きているとは思わないのが普通だ。


「今の勇者は黒い髪をしておられるのですか。彼とはまるで反対ですな」

 長老はエドの姿をまじまじと眺めて言った。


 ウィルは少し剛毛が混ざった、黒い髪を持っている。顔も取り立ててハッと息を呑むようなものでもないので地味と称されがちだ。

 それに対し長老がパーティーを組んでいた勇者は光の加護を受けた者らしく、黄金に輝く髪をしていたらしいと文献に残っている。ウィルが尊敬する勇者はエルグランド王国を建国し、彼の血統は王族に引き継がれている。

 ほんの少し件の勇者に似ているところがあれば、こうも馬鹿にされるばかりではなかったはずだと、ウィルはいつも悔しく思う。


「いいえ。あなたのことを失礼に言ったのではありませんぞ。あなたにはあなたなりの良さがありますじゃろう」

「はあ……そう思いますか?」

「嘘ではありませんぞ。たとえばその聖剣。素晴らしく立派ではありませぬか」


 長老が指した大きさだけが取り柄のような聖剣をウィルは見た。


「聖剣は持ち主の本当の姿を映す鏡のようなものじゃ」

「持ち主の、本当の姿?」

「そうです。あなたは強く、広い心をお持ちなのじゃろう」

 強く、広い心。ウィルは小声で繰り返した。

「見た目だけではないのでしょうか。見た目だけの木偶でくでは」

「ほっほっほ。あなたは自分の良いところを否定したいのですかな?」

「いや、そんなことは……」


 ただ自分にそこまでの自信が持てないだけだ。この旅で自分より立派な人達にたくさん会ってきた。ウィルは自分がそこまで殊勝な人物なのか、不安に思っているだけだ。


「安心しなされ。この聖剣は一点の曇りもない輝きを放っておるじゃろう。これは嘘も偽りもない、あなたの心、あなた自身なのじゃ」

 そこまで言い切られるとウィルは長老の話を信じたい方向に傾いてきた。


 もしこれが自分だとするならば、もっと胸を張ってもいいのではないのだろうか。ウィルの目に、上京してきたばかりの時のような輝きが蘇ってきた。


「長老の仲間だった勇者様はどのような聖剣をお持ちだったのですか?」

「彼が持っていたのはあなたのように大振りの剣ではありませんでしたな。もっと細身のもので、装飾に凝った剣じゃった」


 やはり伝説として残るほどの勇者は、その心も自分とは比べ物にならないくらい素晴らしい人に違いなかったのだろう。ウィルは気落ちしたが、長老はゆるゆると首を振った。


「勘違いなさるな。言ったじゃろう? 聖剣は持ち主の心を映す、と」

「え? でも……」

「彼はエルフ族より高い自尊心と虚栄心が強い人間じゃった。とても勇者とは思えぬ人間じゃった」

「え!?」

 話に残っている人物像とまるで違う。ウィルは目を見開かせて驚いた。

 ウィルのリアクションを面白がった長老は、その後かつての仲間を懐かしく思い、目を細めた。

「聖剣は彼の本当の姿を見抜いておった。しかしどんな人間にも欠点というのは存在する。彼はたまたまそういう人間じゃっただけじゃ。じゃからあなたはもっと自分を誇ってもよいのですじゃ。あなたのように立派な剣を生み出せる人はなかなかおらぬのじゃから」


 ウィルは聖剣を見る目を改めた。長老の言うことが本当ならば、自分に対する評価がかなり変わってくる。

 悩みに暮れるウィルを見て、長老は肯定するためにうんうんと頷いた。

「悩んでもよいのですじゃ。生き物というのはいくつになっても迷うものじゃ。マルガレーテも、わしでさえも悩むことなどテソヤの種ほどにあるのじゃから」

 自分よりも遥かに年上の人にそう言われると納得できるものがある。そうか、とウィルの胸の中に落ちるものがあった。一層聖剣の輝きが増した気がした。


「そうですじゃ。あなたに少々頼みごとがあるのですが」

「オレに頼みごと?」

「あなたのような心を持ったお方にしか頼めないことですじゃ」


 褒めちぎる言葉にウィルはむず痒くなったが、長老の話を聞くためにより注意深く耳を傾けた。




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