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邂逅

少女の表情は、驚きに溢れていた。

さっきまで目の前にいた人間とは明らかに違う人間がいきなり現れたのだからその反応はごく自然だろう。驚くのも仕方ない。彼女にとっては一瞬の出来ことだった。


しかし段々と、表情からは生気が抜けていき、どことなく目が虚ろになっていた。


「大丈夫か?」


俺の言葉に、小さい声で「はい」とは返答するも差しのべられた手を掴もうとはせず、どう見ても大丈夫そうではない。


「さすがですね騎卿(リッター)ヴェントル」


ハードウォーグとギーナスが遅れて入ってきて、俺にそんなことを言う。


「それで、闇法師(ゼレル)の目的は?」


「この()で間違いなかったよ。しかも、よりにもよってデュー・アンフェールに狙われている」


「では……」


「あぁ。連れていかざるを得ない」


俺は二人の方から、少女の方に向き直り、目の前でしゃがむ。


「たぶん、何が何だか飲み込めてないと思うが、俺らは君に危害を与えるつもりは全くない。君に危害を与える連中も、俺らがいる限りは近付いては来ない。だから、安心してくれ」


俺の呼び掛けに、少女は力無く頷く。


「よかった。いくつか訊きたいことがあるんだけど……」


言いかけて、少女の小さく震える手が視界に入った。時間はあまりないが、急く必要もない。


「君の気持ちが落ち着くまで待つとしよう」


その手を優しく握ってから、俺は立ち上がる。目で、ハードウォーグとギーナスに介抱を頼み、通信機のキーを押した。

2、3秒の間があってから、


『こちらレノロイズ』


その声があった。


「こちらヴェントル隊。今どの辺にいる」


『もう46隊の姿が見えるくらいのところ』


「早いな」


『飛行装置に限界まで頑張ってもらったお陰ね』


ベランダに出て東の空を見てみると、舞い散る雪のなかを飛行するヘレナとデュロス、ベイソンの3人の姿があった。


「こっちは見えるか?」


『……どこにいるのよ』


「46隊の右横の家のベランダ」


『…………………あ、いた。なんでそんなところに』


闇法師(ゼレル)が家の中に入ったんだよ」


ああ、と適当な相槌(あいづち)を打って、そんなことより、と話を切り替えるヘレナ。


闇法師(ゼレル)はどうしたのよ』


「とっくに倒した。ただちょっと面倒なことになってな」


『面倒?』


「あぁ。まあ来れば分かるよ」


そう、と言ってヘレナは通信を切る。


しかしそんなやり取りをやっている内に、レノロイズ隊は46隊員の前に降り立った。一言二言ほど言葉を交えた後に、こっちまで跳躍するヘレナと、それに続くデュロス、ベイソン。


ヘレナは俺の前に降り立つなり、


「……透化装置は、故障でもしたのかしら」


面倒な言い回しで、俺が透化していないことを指摘してきた。


「この状態じゃなきゃダメな状況なんだよ」


「と言うと?」


「あの()だ」


窓の外から、中にいる少女を視線で示す。ハードウォーグとギーナスの肩を借りて、部屋前の廊下からベッドの上へと移動している最中だった。


「……闇法師(ゼレル)とバッタリ遭遇して精神的にやられちゃった感じかしら」


「そう簡単な問題じゃない。闇法師(ゼレル)の標的になってたんだ、あの()は」


その一言で、表情を曇らせるヘレナ。


「この惑星に湧いた闇法師(ゼレル)全員がアレを狙っていたというの?」


「全員かは分からない。個人的には俺達を(おび)き寄せるために暴れていた闇法師(ゼレル)の騒動に紛れて、デュー・アンフェールが送り込んだ刺客の可能性が高いと思っている」


「理由は?」


「どの闇法師(ゼレル)も所属が違ったから。これが一丸となって狙う程の団結力は、奴らにないだろ?

意図せず全員が狙っていたとしても、そこまで闇法師(ゼレル)の中で有名になった人物を聖法騎士団が見逃すわけがない」


「刺客っていうのは、なぜデュー・アンフェールと分かったの?」


「さっきの闇法師(ゼレル)が言っていた。『デストトリス様からは逃げられない』ってな」


自分で言うだけあって、ヘレナは俺の面倒な言い回しの意味を理解してくれたらしく「なるほどね」と呟く。


「まぁそう言うわけだ。これを知った上で、このまま放っておけないだろ?」


ヘレナは小さな溜め息をついて、透化装置の電源を落とし、俺がさっき派手に打ち割った窓ガラスから室内へと入っていった。俺もその後に続く。


さっきまで居なかった人間が突然現れたことに、ベッドに座る少女はどことない戸惑いを見せた。ヘレナはその冷徹な目を、容赦なく少女に向けながら、彼女の真後ろで止まり、腕を組んで壁にもたれ掛かる。


反対に、俺は近くにあった椅子を引っ張って少女の前に起き、手を組んで座った。


「君にいろいろ訊く前にまず、俺達のことを話しておこう」


赤く晴れた目がこちらに向く。


「俺はランディール・ヴェントル。後ろの女がヘレナ・レノロイズだ。俺達は、さっき君を襲った『闇法師(ゼレル)』って奴らを倒すための『聖法騎士団』っていう組織に所属している」


次々と流れ込む初耳の単語に、どうも正しく理解してくれた感がない。


「分かりやすく言えば、『闇法師(ゼレル)』ってのは悪い奴らで、『聖法騎士団』はそれを成敗する正義の組織だ」


陳腐な言葉の連続に、ヘレナが皮肉めいた笑みを浮かべる。


「……聞いたことないだろ?この星で暮らす人間にとっては誰もがそうだ。逆にあるなんて言われた方が驚くよ。なぜなら『闇法師(ゼレル)』も『聖法騎士団』も本来、この星には存在しないからだ」


この星、という言い方に違和感を感じてくれたのか、少女の表情が曇った。彼女が異星人の肯定者であることを祈って、話を進める。


「そうは言っても、架空だとか夢だとかの話じゃ勿論(もちろん)なく、現実に存在する。

ただその場所が、地球じゃないっていう話だ。

ではどこか。

それは地球が属する太陽系、それが属するヴィオラテア銀河の遥か遠方に存在する銀河、ラヴェルティストにある」


言って、正体を明かすのに遠回りし過ぎたことに気付く。無理矢理だが、話の方向を変える。


「……話の規模が大きくなり過ぎたね。簡潔に言ってしまおう。

俺達は、異星人だ。

君の視点から言えば地球外生命体、一般で言う『宇宙人』ってやつだ」


少女は小さく、「え?」と漏らした。当然の反応だ。冗談と言って笑わないだけ、そのリアクションの方が至極 有難(ありがた)い。


「この星でそういう類いのモノは存在を疑われているようだが、無限の広さを誇る宇宙の中で地球のみに生命体が存在するなんて、いくらなんでも極論過ぎる。

君には、俺の言ってることが冗談に聞こえてしまうかもしれないけれど、現実には真実だ。

君達の感知できない遥か彼方の銀河で、俺達は暮らしている。まぁ、」


疑う気持ちはわかるよ、と俺は続ける。


「俺達の容姿は一般的な地球人の容姿と寸分の差もない。

宇宙人というと目が異様にデカイ、肌が銀色っぽい、見た目が爬虫類に近い、なんて偏見を地球人は持っているようだが、それはまさしく偏見だ。

地球と寸分 (たが)わない環境の惑星で誕生した生命体が、地球人と寸分 (たが)わい容姿になることは全く不思議じゃないだろう?」


と。


騎卿(リッター)ヴェントル」


不意に、デュロスに呼ばれる。


「……なんだ」


「ストレガルロ艇長(かんちょう)からの通信です。闇法師(ゼレル)征伐は、どうなったか、との事で……」


「あぁー……」


完全に忘れていた。俺は咳払いをして、その失態を誤魔化す。


「征伐は完了、30分以内には戻ると伝えてくれ」


「はい騎卿(リッター)


デュロスが俺から離れて、通信機でその旨を伝えている様子を確認してから、少女の方に向き直る。


「……さて、そんなわけだからここら辺の話は後でゆっくり話そう。……気分はどうかな。大丈夫かい?」


若干うつ向きながら、頷く少女。


「ごめんね、急かすようで。名前から、教えてもらっていい?」


「……あきずみ、ひめかです……」


掠り消えそうで苦し気な声で、少女は答える。


「歳は?」


「17です……」


同い年だった。

その旨について何か話そうかと思ったが、リアクションに困るだろうから今はやめておく。


「今までこう言うことに巻き込まれたことはあるかな?」


その質問に、少女はすぐに口を(ひら)かなかった。いや、(ひら)けなかったのだろうか、思い出している最中というより、ハッキリと覚えてはいるけれど口頭に出すのを躊躇(ためら)っているかのように見える。

そんな状態で答えさせるのは鬼だとは思うが、今はそんな悠長に待っていられる余裕はない。


だからと言って、別に()かしもしないが。


「小学生くらいの時に、一回……」


少女はポツリと、小さな声で答えた。


「その時も、今日みたいな感じだったかい?」


「はい……」


重そうな口を、ゆっくり動かす。


「友達が殺されて……私も、殺されかけて……」


そこまで言うと言葉を詰まらせ、少女の顔色が一変する。取り戻していた落ち着きが、再び薄れ始める。


「すまない、嫌なことを思い出させてしまったね」


膝の上で固く握られている手に、そっと手を置く。少女は首を横に振り「大丈夫です」と呟くが、俺はそれを聞き入れなかった。


「これ以上訊くのはやめておくよ。心が壊れてしまっては元も子もない。本題を話そう」


少女の手から自分の手をゆっくりと離し、それをもう片方の手と組んで前屈みになって、座り直す。


簡明直截(かんめいちょくせつ)に言って、君は闇法師(ゼレル)に狙われている。1回とあらず2回ともなると、これに疑いの余地はない。

しかしいずれも未遂だ。闇法師(ゼレル)は恐らく、君が息をしている間は今後も君を狙い続ける。

そしてその度に、君と一緒にいた知人や友人が巻き添えを食らうだろう。

君はもちろん、俺達だってそんな光景を目の当たりにしたくはない。

そこで一つ、君に提案がある」


言いながら、ベルトの後ろにくっついているポシェットから人差し指大の小さなガラス瓶を取り出した。


中には銀色の液体が入っている。


それの蓋を親指で弾き開け、空中で逆さまにした。当然、中の液体はガラス瓶の中から外へと垂れ落ちる。


が、その銀色の液体は床まで零れず、まるで空中に浮かんだ平べったい透明の容器の中に滑り込んでいくかの(ごと)く、空中に銀色の板を作り上げた。


自分で使っておいて何だが、この仕組みは俺もイマイチ分かっていない。


浮遊するその板に手を触れると、表面が一瞬大きく波打ち、次には綺麗な球体となって、再びその場に浮遊する。


そして次第に、銀一色だったそれが青と白と緑と茶色を帯びた球体に変化していった。


未知の技術に目を丸くする少女の顔を伺いながら、話を進める。


「これは、遠い銀河の中心にある惑星の立体投影模型だ。環境は地球とさほど変わらない。しかし大きさが地球の約13倍ほどある。

これが、俺達が暮らす惑星・ヴェレティスだ」


少女の後ろで、壁に寄っ掛かって腕を組むヘレナにふと目を向けると、ヘレナは人差し指で空中に2回、三回と円を描いた。時間がないから早くしろという意味だろう。「そうしたいのは山々だが、これ以上説明を省けるわけないだろ」というのを目で訴えながら、言葉は少女の方に向ける。


「最初に言ったが、俺達は闇法師(ゼレル)を征伐するために存在する。加えて、闇法師(ゼレル)を征伐出来るのは俺達聖法騎士しかいない。

つまり闇法師(ゼレル)がやらかす全ては聖法騎士にしか阻止できないんだ。

君を闇法師(ゼレル)の魔の手から護れるのも、俺達しかいない。

ここは銀河外縁部の惑星だから全銀河の中から見ても比較的 闇法師(ゼレル)の出現率が低い。

だから俺達がここに滞在して君を護るのが最善策なんだが、残念ながら俺達もここにいつまでも留まっていられるほど暇ではなくてね。

かといって俺達がヴェレティスに帰って、一々(いちいち)君が闇法師(ゼレル)に遭遇する度駆け付けるには、地球は遠すぎる」


そこまで聞いて、少女は察したらしく、口を開いた。


「……私が、その、ヴェレティスっていう星に行けばいいってこと、ですか……?」


理解が早くて助かる。


俺は小さく頷いた。


「願わくば、俺達の目の届くところにいてもらいたい。

ヴェレティスなら何千っていう聖法騎士がいるし、惑星の警戒レベルも銀河最高峰だ。闇法師(ゼレル)なんか惑星内に入る時点で苦戦するだろう。

だから君には、俺達の本拠地・聖法騎士団城でしばらく身を潜めていて欲しい」


「いつまで……ですか」


「君が闇法師(ゼレル)に狙われなくなるまで、かな。けれど君が死ぬまで闇法師(ゼレル)に狙われるとすれば、残りの生涯をヴェレティスで過ごしてもらうことになる」


突然ぶつけられた選択肢に、少女は混濁の表情を見せた。しかし次には、


「大体なんで……、私はそのゼレルっていうのに狙われるんですか……」


そんな疑問を、俺にぶつけ返してきた。


俺は首を横に振る。


「それは、俺達にもわからない。確実なのは、君という存在は闇法師(ゼレル)にとって何らかの障害になるんだろう。

ただ現段階ではどうして君が闇法師(ゼレル)の障害となるのか、これが謎だ。

……まぁどんな理由があるにせよ、君の命が狙われていることは揺るぎない事実だし、俺達の惑星に来るのが最も安全だろう。

来れば、詳しいことが分かるかも知れないしな」


求めたはずの答えが明確に返ってこなくて、少女は表情を曇らせた。


まぁそれは、当たり前な表情だった。


「……もちろん、強制はしない。これは今後の君の人生に関わってくる重大な問題だ。地球を離れるなら死んだ方がマシと言うならば、やむ終えないが君を見殺しにする他ない」


ただし、と俺は続ける。


「一つ忘れちゃいけないのは、君が命の危機に瀕した際には(そば)にいる君の知り合いの命も危うくなるってことだ。自分だけの問題では決してないこと、よく理解した上で判断してもらいたい」


この聞き方は少し意地悪いな、と言い終えて気付く。この問いに「いいえ」と答えたら、まるで知人の死など気にしないと肯定しているようなものだ。これでは「はい」と答えさせるように誘導されたと捉えられても仕方がない。

しかし彼女のことを考えれば、半ば誘導的に「はい」と言わせてまでもヴェレティスに来てもらう他、方法はない。


30分で戻ると報告させてしまった以上、そろそろ此処(ここ)()たないと間に合わないのだが、もちろん俺はそんな焦りなど微塵も見せず、平静を保ち、彼女の答えを気長に待つ体制で構えた。


「もし、」


下げていた目線を上げて、こちらの目に合わせる。


「もし私がヴェレティスに行くとなったら、こっちはどうなるんですか……?私は行方不明扱いで、見つかりもしない捜索が延々と続けられて、何年かしたら死んだことにされるんですよね……、」


声が震えていた。

恐怖ではなく、不安で。

話始めに合っていた目もいつの間にか焦点が定まっていない。


「……方法は二つある」


俺は、声色重苦しく口を開く。


「一つは君の言ったその方法。こちらからは何も手を(ほどこ)さず、君が死んだことにされるまでひたすら時を待つ方法。

もう一つは、関係者の記憶・君のいた痕跡の完全削除。つまり、君は元々地球に存在していなかったことにする方法だ。

前者は、空白の時間どこで何をしていたかを君が上手く言えればヴェレティスから戻ってきてもまた違和感なく地球で暮らせる。

反対に後者は、地球に戻ってきても誰一人君を知らない状態だ。家は勿論、家族や戸籍も一切なく、存在はしていても君の物じゃない。つまり、ヴェレティスから戻ってきたとしても君は前と同じ生活はできないだろう。

もちろんこの選択をするのは君だ。ヴェレティスに来るとなったら、自分にとって少しでもマシな方を選んでもらうことになる」


少女は少しだけ顔を上げると、俺よりやや左に視線を送った。

見なくても分かる。

その方向にあるのは彼女の母親の遺体だ。

ハードウォーグとギーナスが何らかの施しをしていたのはさっきチラリと見たが、変わり果てたその母の姿に、少女は泣き出す様子もなく再びこちらに目線を戻して、真っ直ぐこう言った。


「ヴェレティスに行きます、私」


目の周りは赤く腫れ上がっているが、少女の表情は凛としている。


「強い心を持ってるね、君は」


俺は椅子から立ち上がり、少女に手を差し伸べた。


「決断したらもう後戻りは出来ないけれど、本当に良いんだね?」


その手を掴んで、少女もベッドから腰を浮かす。


「覚悟は、決まりました」


「いい返事だ」


華奢な体躯の、その肩を軽く叩く。


「必要だと思う荷物をまとめてくれ。10分以内にはここを出たい」


「はい」


少女は短くそう返事をして、足早にこの部屋を出て行った。


「話長すぎ」


出ていって早々、ヘレナが文句を垂れた。


「今後の人生を大きく左右する事だぞ」


俺に非があるとは微塵も思っていないので、空かさず反論する。


「少しだって省けるか」


「一々丁寧に言い過ぎなのよ。17ってことは私達と同じでしょ?多少は推考出来ると思うけれど」


懇切丁寧(こんせつていねい)に説明した方が親切感あるだろ?敵意が無いことを最も簡単に示せる最良の方法だ」


「自分を殺そうとした奴を殺したってだけで十分信頼を得られてるんじゃない?」


「あの闇法師(ゼレル)と俺との違いなんて、野蛮な殺人鬼か紳士な殺人犯かの違いくらいしかないさ。彼女にとってはな。殺人者に全面の信頼を置くほど、あの()も単純じゃないだろう」


壁から背を離し、「そうかしらね」と素っ気なく言葉を返すヘレナ。それに含まれる意味までは、深く考えないでおくとしよう。


騎卿(リッター)ヴェントル」


俺とヘレナの会話が終わるのを待っていたかのように、空かさずハードウォーグに呼ばれる。


「なんだ」


「これは……、どうしましょうか」


これ、といって指したのは少女の母親であろう遺体だった。遺体は、血溜まりの真ん中に蒼白の表情で固く目蓋を閉じている。


「……不本意だが、そのままにしておこう。一番確実に納骨される方法はそれしかない」


「事件性が出ませんか?」


「この星の治安機関は闇法師(ゼレル)仕業(しわざ)で頭が一杯だ。こう言っては何だが、こんな小さな殺人事件など、丁寧には取り扱わないだろう。最悪、闇法師(ゼレル)の痕跡を一切消して他殺の可能性を無くし、自殺として処理してもらうように仕向ける他あるまい」


自分で言っておいて、ひどく無情だなと感じた。とても、あの少女の前では話せない。


「ところで、」


部屋の窓から外を見ながら、ヘレナが呟く。


「ストレガルロ艇長(かんちょう)に『30分以内に戻る』と言ってから20分ほど()っているのだけど、時間は大丈夫なのかしら」


ヘレナを除く、その場の全員が各々の時計を見た。しかし、そもそも『30分以内に戻る』と言ったのが何時の発言なのか知らないので、20分も経ったのかは俺には分からなかった。


「……ま、まぁストレガルロなら多少は大丈夫だろ……」


「ここから(ふね)までが20分くらいかかるって言うのに、さすがに遅刻が過ぎるんじゃない?」


「10分くらいは許容範囲内であることを祈ろう」


ぼそりと呟いた所に、少女が息を切らして戻ってきた。


「……どうした?」


「あの、このコっ……、ペットなんですけど……っ、」


少女が抱えていたそれは、白くふわふわした毛に覆われた犬だった。少女に胸のところだけを抱えられているので、脚が宙に投げ出されてぶらんと伸びている。その黒くて丸い瞳は、真っ直ぐ俺に向けられた。


「……連れていきたいのか?」


「は、はい……っ。だめ、ですか……」


抱えられた犬と同じく、その大きな瞳は真っ直ぐこちらに向き、俺に訴えかける。


「……いや、構わないよ」


とりわけ駄目だったわけでもないが、小さな沈黙は俺の一言で消えてなくなる。


「あ、ありがとうございます……っ」


少女は素早く頭を下げると抱えていた犬をベッドの上に放ち、犬と一緒に持ってきたらしい大きなバッグに部屋の荷物を詰め込んでいった。


「……そう言えば、ジャックはどうした?」


手を休めることなくバッグに物を詰める少女の後ろ姿を目端に捉えながら、ヘレナに問う。


「ランディールの指示に従っていればこっちに向かってるはずだけど……。直接訊いた方が早いんじゃない」


「それもそうだな」


左腕につけた通信機で、スティーリブ隊に繋ぐ。

意外にも応答はすぐにあった。


『はいはーい、こちらスティーリブ隊』


「……こちらヴェントル隊」


『おう、どうしたよ』


「こっちの台詞(セリフ)だ」


ジャックはいまいちピンと来ていないのか、「はぁ?」と間抜けた声を上げた。


「お前、今どこで何やってるんだ」


『あー、そう言う話ね』


適当な理解を示す、ジャック。


『とりあえず今は(ふね)に戻ってる』


次に出た言葉は、衝撃的なものだった。

勝手にも程がある。


「お前なぁ……」


『おおっと待った待った。俺の独断じゃねぇからな。文句があるならストレガルロに言ってくれ』


「なんでストレガルロが出てくるんだよ」


『ストレガルロに撤退命令を出されたからだ』


淡々とした中に、どこか自分の非を否定するようなものが混ざった口調で、ジャックは言葉を返す。

俺の眉間に、皺ができた。


「ストレガルロに?」


『そ。ついさっき。15分くらい前にストレガルロから通信があってよ、「ヴェントルが闇法師(ゼレル)を倒したから、そっちへは行かず(ふね)に戻れ」だとさ』


デュロスからの報告を受けて、ストレガルロが独断したらしい。

本来それを決めるのは最高司令指揮権を握る俺の役割なのだが、ストレガルロなりに気を回したのだろう。

せめて一言、断ってほしいものだった。


「勝手な事を……」


『あ、もしかして俺の手が必要だった感じ?』


「いや全く要らない」


即答して、言葉を返されるまえに間を開けずに畳み掛ける。


「今の座標は?」


『全く要らないってお前───』


「今の座標」


『……えー、610……112』


「お前の方が先に着くな。こっちはあと20分くらいで戻る。ストレガルロにもそう伝えといてくれ」


『へいへい』


「ヴェントル、アウト」


通信を切ると、同時。


「準備、出来ました」


再び犬を抱え、バックを肩に背負い、少女はハッキリとした口調で俺にそう言った。俺と彼女を除く全員が少女を見た後、俺に視線を送る。


「よし」


横に向けていた身体を少女の正面に向け、手元の時計を一瞥する。


「……少し、哀愁に浸るかい?」


「いえ、大丈夫です」


「……じゃあ、行こうか」


言ってから、ヘレナに目で先行を指示すると、ヘレナはデュロスとベイソンにそれを伝え、先に外へ出た。三人は腰につけた透化装置の電源を入れると、背中に着けた飛行装置を起動させ空へと飛び立つ。

最後のベイソンが飛び立つところまで見送ってから、俺はまたベルト後ろのポシェットに手を突っ込む。そこから引っ張り出したのは、銀色の小さなコインのようなもの。それを、少女に手渡す。


「……これは?」


「それは、透化 被伝(ひでん)装置」


少女は首を傾げた。透化装置を知らないのだから、傾げられて当然だ。

しかし、ここで透化装置の説明をしているとまた時間がかかるし、ましてや「これを持っている人は共有化された透化装置に反応して自分も透明になるんだよ」なんて説明をしている暇は全くない。


「まぁ、君に害があるものじゃないから安心していい。ただし、絶対落とさないようにしっかり握っておいてくれよ」


「き、気を付けます」


「あぁ。荷物はギーナス、君から見て右の男が持ってくれるから、彼に渡してくれ」


当然何かの打ち合わせがあったわけではなく、突然の指名だ。

ギーナスは面食らった様子であったが、持ち前の臨機応変さとポーカーフェイスでその場を取り繕い、真摯な手付きで少女から荷物を受け取った。

ハードウォーグがニヤつく。



「ところで君は、高いところは苦手かな?」


ベランダまで彼女の手を引きながら、何気なく尋ねる。


「苦手……ではないですけど……」


窓枠に尻を乗っけて、越えながら少女はそう答えた。


「これから俺達がここまで来た宇宙艇まで行くんだが、なら大丈夫だな」


質問と回答に対する言葉の意味が一致しなくて、首を傾げる少女に俺は一言こう告げた。


「そこまで、空を飛ぶんだ。鳥のようにな」


「え?」


俺は透化装置と飛行装置を素早く起動させ、彼女の(ふく)(はぎ)と背中に手を回し、掬い上げる。


「きゃ……っ」


「しっかり捕まってろよ」


俺は少女を、俗に言うお姫様抱っことやらで抱え上げて、雪舞う寒空の中へと飛び立った。


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