ランディール・ヴェントル
5
ゼ=ハーグ・デュロスの睨んだ通り、闇法師殲滅には予想以上に時間がかかった。
当初は正直3日もあれば十分だと思っていたが、実際には地球滞在最終日の五日目になってもまだ最後の一人を葬れていない状況にあり、今朝の出発前、皆の表情には焦りが見えた。
俺達ヴェントル隊は、広大な大陸の上で湖を2つほど超え、砂漠、荒れ野を飛び抜けて、山岳地帯に入ったところで飛行装置の連続飛行時間の限界に達し、装置の回復も兼ねて地面に降り立ち小休止をとっていた。
「ーーーーそうか。わかった」
木の幹に寄っ掛かり、スティーリブ隊のラグロイドと通信していたハードウォーグは、通信を切り、俺に視線を合わせるとゆっくりと首を横に振った。
「……ダメか」
「ええ。全く見つかる気配がないそうです」
四千機弱の闇法師探査装置と一四〇名ほどの捜索部隊が最後の一人を血眼になって探している最中、もちろん自分達でも捜索をしているわけだがその全てが何の音沙汰もないまま、今日で丸一日を過ぎた。
これだけの数でこの規模の惑星に隠れた闇法師を探すくらい造作もない、と思っていた当時の自分が恥じらわしい。
「いよいよ、行き詰まった……な」
「レノロイズ隊に連絡は?」
「まだだ。……まぁ期待するだけ落胆しそうだが」
なんてことを言いながらも、密かに期待をしつつ、ヘレナに回線を繋ぐ。
「…………………」
『ーーーーこちらレノロイズ。どうしたの?』
回線はすぐに繋がった。
「作戦遂行度の確認。進行状況は?」
『ダメね、全然。あれ以来もう影も形も無いわ』
わざとらしい仰々しさに、しかしヘレナは淡々と答える。
「ダメか、全然……」
『……ええ。その落ち込んだ口調からしてそっちもダメだったみたいね。…… ジャックの方は? 』
「良かったらこの通信はなかったな……」
『……お察しするわ。どうも感覚だけで動く他の闇法師と違って頭が働くようね』
「あぁ……。まったくいい迷惑だ」
俺は一つ、悪態をついて空を仰ぐ。背の高い木々に覆われ、雲一つない青空は、しかし無数の緑葉に丸く切り取られてその全体が見えない。
「……さて、どうするかな」
『私は、今のまま無闇やたらに探しても時間と体力の無駄だと思うのだけれど』
「……あのな、デュロスにも言ったがーーーー」
『探す人間の数は多い方が良いって話でしょ。でも個人的にはいざ闇法師と面と向かった時に体力のないヘトヘトな状況で戦いたくはないわね』
「……………………」
言い返す言葉が無かった。
あの円卓会議の場で、コイツはそんなことを思っていたのだろうか。
『……どう?一旦 艇に戻って体制を整えるっていうのは』
「……いい考えだ」
ほぼヘレナの案に便乗する形で、俺は賛同する。「じゃあ、至急 艇に戻れ」なんてことを、さも自分の案のように命じて。
『ジャックには伝えとく?』
「……あぁ、頼む」
『了解。レノロイズ、アウト』
通信機を切り、腕を下げると、
「撤退ですか?」
俺とヘレナの会話を聞いたのであろう、さっきまで木に寄っ掛かって休んでいたハードウォーグが歩み寄って俺に尋ねた。
俺は小さく頷く。
「あぁ。一時的だけどな。体力と時間の温存を兼ねて体制の立て直しだ」
「装置は、もう動きたくてしょうがないと言ってますよ」
手にした飛行装置の鉄装を指で小突いて、ギーナスも立ち上がる。
「それはお前も同じだろ、ギーナス」
空かさずハードウォーグがツッコむ。
「はは。バレましたか」
「お前ほど分かりやすい奴もいない」
初日はお互い顔見知り程度の上官と部下の関係だったのに、この短期間で二人は随分と仲良くなったようだった。当初から両方を知っている身としては、なんだか喜ばしい。
「じゃあ、早く行きましょう騎卿」
話をまとめて、ハードウォーグが急かす。
俺は傍に置いておいた飛行装置のエンジンランプが赤から緑に変わっていることを確認してから、それを背中に装着する。
「……準備は出来ているか?」
ただの休憩を挟んだだけなので準備も何もあったものではないと思うが一応聞くが、
「もちろん」
「いつでもどうぞ」
迷いの片鱗も見せることはなく、即答だった。
「よし。では目標、司令空母に向け、南南東に飛ぶ。3カウントで起動、0で飛行だ」
全員が背中に飛行装置を取り付け、スイッチに手を回したところで、カウントを開始する。
「1、2、さーーーー」
『緊急連絡!緊急連絡!全隊に通達します!』
突如、通信機がそんな声を上げた。しかも強制通信回線で、だ。ハードウォーグとギーナスは驚いた表情で、飛行装置から手を離し、自分の腕に着けた通信機の声に耳を傾ける。
『第46捜索隊が座標526・503にて闇法師を発見!全隊、急行して下さい!繰り返します!座標526・503に闇法師を発見!全隊、急行して下さい!』
命令口調じゃないところから察するに、現地の捜査員からの直通信だろう。相当に焦った声色だ。
彼の言う座標は、今俺達がいる地点からそう離れていない。俺達が真っ先に駆けつけるべきだろう。
俺はすぐに、回線のチャンネルを開く。
「こちらヴェントル。幸いにも近くだ、すぐに向かう。46隊は絶対に闇法師から目を離すな。レノロイズ隊とスティーリブ隊も急げ」
二人の返答など聞く間もなく、それだけ言って通信を切る。
「行くぞ」
俺は飛行装置を起動させ、背の高い木をあっという間に抜かして一気に上空に出る。遅れてハードウォーグとギーナスが上がってくるのを視界の端に捉えて、
「透過装置起動。北北東、距離34
00だ。遅れるなよ」
ここからではその姿形も見えない、遥か向こうの目的地まで、髪が全て後ろになびき、両の眼球が渇き、呼吸がしにくくとも構わず、俺は弾丸のような速度で風を切って行った。