ランディール・ヴェントル
3
宇宙艇は、これといった陸地もない大きな海洋の上空まで降りて、停泊した。コックピットに設置されたモニターで艇下の様子を映すカメラの映像を見、影一つないのを確認してはじめて正常にステルスモードに移行したことがわかる。
この惑星の航空機にぶつからないようギリギリまで高度は下げてあるが、障害探知レーダーは常に作動させ、片時も目を離さないで監視していろという旨を操舵主に伝え、後方、『議の円卓』で待たせている8人の方を向く。
「……全員いるな」
端から一人一人の名前と顔を一致させ、自分が召集した全員がいることを自分の目で確認する。
「よし。まず始めに、分かっているとは思うが今回の闇法師殲滅は、状況が特殊なだけにそう簡単じゃない。……透過装置はあるな?」
俺が問うと、ただ頷く者や頷いてから装置を見せる者など、各々違った方法で問いに答える。出発前に念押ししただけあって、幸いにも全員が持っているようであった。ジャックは、透過装置などさも最初から持っていたような顔でしらを切っていたが、皆は腰に装着しているのにジャックだけが手持ちというおかしな状況に、しかし当の本人は気付いていない。まぁ、面倒なのでツッコんではやらない。
「地球人にとっては、我々はその存在を疑われている異星人だ。見た目こそ変わりはないが、服装や行動で地球人ではないと疑いを掛けられる可能性は大いにある。文明も惑星ヴェレティスーーーーいや、聖法銀河帝国全土の文明と比べても劣っているから、我々が最先端と感じるものは、地球人にとっては完全に未知の文明だろう。そこでこの、透過装置だ」
自分の腰に着けた装置を一度取り外し、円卓に置く。
「使い方が分からない者は?」
あまり御目にかかる物ではないので、1人くらいは分からない者がいるかと思いきや、誰の手も挙がらなかった。ジャックですら、知っているらしい。
「……じゃあ、話は早いな。使い方の説明はカットだ。まず透過装置を使う旨は、この姿を地球人に見せないためにある。俺達が惑星上を移動する時に使うのは個用の飛行装置だが、これは地球人にとっては当然ながら未知の装置だ。これを使って飛ぶ姿を目撃されようものなら『どこの国の最先端装置だ』なんて騒ぎになりかねない。更に、この法剣は騎士以外の全銀河の人々ですら珍しがる代物、剣を振るう行為自体が珍しい地球でこんな物を振るえばそれだけで地球人の注目の的になる。……まぁ法剣は俺と騎卿レノロイズと騎卿スティーリブが気を付けることだがな。それから、透過装置を使う必要のある最大の理由が一つ、聖法だ」
俺は掌を円卓に突き出し、掌から火を出して実演する。
「掌から炎やら氷やらを噴射し、何も無いところに瞬時に壁を創り上げる姿は、地球人にとっては超能力者そのものだ。これも地球人は存在を疑っているだけに、使用しているところを見られるわけにはいかない。透過装置を解除していいのはこの艇内にいる時だけだ。それ以外では一切電源を落とさないように注意を払え」
突き出した手を再びマントの中にしまい、円卓に置いた透過装置もまたマントの中の元の位置に装着する。
「……あとは、班分けだな。流石に惑星全土へ散らばった闇法師を一緒に殲滅していくんじゃ時間がかかりすぎる。デュロスとベイソンは騎卿レノロイズに、ラグロイドとクロフテーザは騎卿スティーリブにつけ。ハードウォーグとギーナスは俺の班だ」
あくまで平静を装うラグロイドとクロフテーザだが、その二人の表情が微妙に曇ったのに対しハードウォーグとギーナスが僅かに安堵の表情を浮かべる様が、少し面白かった。
「騎卿ヴェントル」
と、なんの前触れもなく小さく手を挙げ俺の名を呼ぶは、デュロス。
「なんだ」
「自分の記憶では確か、ここに滞在出来るのは5日だったかと思いますが、この規模の惑星内に散らばった10名前後の闇法師をこの人数とこの日数内で全て見つけ、殲滅するのは不可能かと。我々聖法騎兵6名が一人一人別々で捜索して、発見し次第、貴殿方聖法騎士が動く方がまだ効率良くはありませんか?」
質疑かと思いきや、完全な意見だった。年下とは言え上官に指摘を施すとは、肝の据わった男である。
しかし勿論俺はそんなことなど全く気にも留めず、デュロスだけでなく全体を見据えて口を開く。
「現在、地球には四千機弱の闇法師探査装置と一四〇名ほどの捜索部隊が闇法師を血眼になって探している。その中で我々も三人一組で探し、探査装置や捜索部隊から発見の報告が上がり次第、そこに一番近いこの3組の内の一つが直行する体制を取ろう、と思うがどうかな?」
互いが互いを見て頷く中、デュロスだけは目を伏せ軽く頭を下げる。
「……ではこれで決行する。他に質問は?」
問うが、幸いにも質問はないようで誰も何も言わなかった。流石、選ばれた聖法騎兵の先鋭達だ。物分かりが良くて助かる。
「よし。では各自、飛行装置を装着したら第4ハッチに集合しろ。出発は今から10分後だ。解散」
その言葉を機に、聖法騎兵6人は円卓に背を向け、コックピットを後にした。
「……飛行装置ってどこにあんの?」
コックピットの扉が閉まり、6人の姿が見えなくなると一間開けて、ジャックがまたすっとんきょうなことをぬかす。
ヘレナは一つ大きな溜め息をつくと、呆れた表情で何も言わずに、騎兵に続いてコックピットを出る。
円卓に残っているのはジャックの他に俺だけであり、つまり俺が教えてやる他ない。
「……中央口格納庫だ」
ジャックのリアクションなど特に気にせず、言いながら俺もヘレナに続き、格納庫へと向かった。
「……よし、揃ってるな」
俺を含める9人全員が第4ハッチに集合するまでは、10分とかからなかった。まぁ、中央格納庫から飛行装置をとってここまで真っ直ぐ来れば、10分とかからなくて当然か。
もう後は出発するだけなのだが、一応最終確認くらいはしておいた方が良さそうだ。ただし、ただ俺が一方的に喋るんでは仕方がないので、
「……ベイソン、お前らレノロイズ隊が向かう座標は?」
「202・1425地点です」
突然の問にも関わらず、何に戸惑うわけでもなくベイソンは即答する。
「よし。ではクロフテーザ、お前らスティーリブ隊は?」
「75・4067地点です」
「よし」
クロフテーザも即答だった。つくづく優秀で助かる。
「では、目標座標に着いたら何をすればいい?ギーナス」
「……我々ヴェントル隊は同緯線上を飛行し、 警戒します。レノロイズ隊とスティーリブ隊は同経線上を、同じく飛行し、警戒します」
「完璧だ」
どうやら確認などせずとも皆やるべきことは分かっていたようで、もはや訊くだけ時間の無駄だった。
天井付近の壁1面を覆うガラスの向こう、第4ハッチ管制管理室にいる管制員に、俺は合図を送る。
管制員が頷き、目線を下に向けると、
「……うおっ」
俺達9人が乗った10メートル四方ほどの床が、壁と天井の無いエレベーターのようにしてゆっくりと降下した。予想外の動きだったのか、ジャックが声を上げる。
第4ハッチは艇内から人を降ろすために作られた出入りなので、このまま降りて行くと艇外に出ることは、果たして予測しているのだろうか。
30秒ほど経って、やがて見えたのは、
「……おお」
どこまでも蒼く続く、広大な海だった。
そのわずか千メートルほど上空に、俺達は降り立つ。
感嘆の声を漏らすジャックを皮切りに、俺を含めその絶景に息をのみ、圧倒される他の面子であったが、
「……透過してなくて良いのかしら」
一人平静としているヘレナのその言葉に、俺は意識を引き戻される。
「あ、あぁ……」
「この星の人から見たら私達、空中に浮いてることになるわよ」
「それはそれで厄介な騒ぎになりそうだな。……全員、透過装置を起動しろ」
指示を出しながら、俺も自分の透過装置のボタンを押す。次には甲高い音が耳を覆い、足元の影が無くなったのを見て透過したことを確認する。俺に続いてヘレナも透過装置を起動させ、残りの騎兵、そしてジャックがその後に続いた。
「コード4773、共有モードに移行」
全員の姿が見てなくなってから、透過装置の共有コードを開示する。側面に付いたテンキーに自分で言った4桁の数字を入力し、テンキーを押すと、4773のコードで共有された装置の使用者8人の姿が、わずかに薄く目に映ってきた。
「……全員、自分以外の8人の姿は見えてるな?」
各々が透過して見えなくなっていたものが、装置を共有することによって共有の許可された装置の使用者を可視出来るようなこのシステムに、一人目を丸くするジャック。もちろん、面倒なので見なかったことにする。
それ以外の全員が頷き、9つの透過装置が共有され、互いが互いの姿を見れるようなったことを確認し、次に進む。
「よし。じゃあ、班別に出発だ。まずは、レノロイズ隊」
言われてヘレナは、デュロス、ベイソンを引き連れ床の先端に立つ。
「……準備は良い?」
「いつでもどうぞ」
「左に同じく」
「じゃあ、行きましょうか」
それだけ言って、ヘレナはハッチから落ちた。空中を落ちながら背中に付いた飛行装置を起動させるという、危険極まりない行為にデュロスとベイソンは珍しく驚いた様子であったが、持ち前の度胸を生かし、ヘレナと同じようにして飛び出してから飛行装置を起動させ、そのまま左彼方へと飛んで行った。
「……アイツ、意外とチャレンジャーだよな」
呆れた顔で呟くジャック。
「そこら辺、父親譲りなんだろ。いいから次、さっさと行け」
「へいへい」
両手を腰にあてながら少し前に出て、
「っしゃ、行くぞォ!」
楽しげな表情でハッチの床を思い切り駆け抜け、そのまま豪快に高く飛び上がり、落ち始める直前で飛行装置を起動してジャックは鳥みたく飛んで行った。
やれやれといった感じで、ラグロイド、クロフテーザと続き、右彼方へと飛んで行く。
さっきまでこのハッチには9人もいたのに、気が付けばもう3人だけになっていた。
「……準備は良いかな」
「はい、騎卿ヴェントル」
「いつでも行けますよ」
ハードウォーグとギーナスの返答を聞いてから、
「よし、行くぞ」
俺はジャックと同じくハッチの床を駆け、地球の海上へと飛び出した。
緩やかな弧を描く地平線の果てを目指して、真っ直ぐ風を切る。