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秋泉媛奏

「……身長157.8cm、体重50.2kg、HSV-0.22、SPO2値97%───」


直立から少しだけ後ろに傾いた、日焼けサロンのようなカプセル状の装置に入って1分少々経った頃、そんな感じで次々と私の身体情報が読み上げられていった。といっても後半はほとんどなんのことなのかわからなかったが、最後の最後で、


「……以上、至って健康体です」


という言葉が聞こえた。

フシューという音を立ててカプセルが開く。


「お疲れ様でした」


さっきまで読み上げを行っていた、看護婦というか助手のような人が私に手を差し伸べてくれた。

正直全然助けは要らないのだが、一応その手を取ってカプセルから出る。


「えーと、あきずみ、ひめか……さんだよね?」


背もたれのない椅子に座る、医者のような人が手元の電子端末をスクロールしながらそう確認した。


「あ、はい」


私は勧められた椅子に座ってそれに応じる。


「で、えー出身はエラーテ……、エラーテ……あ、ちなみにエラーテっていうのは地球のことね」


「は、はい……」


説明こそなかったが、そこはなんとなく感付いていた。それより、


「……なんでエラーテって言うんですか?」


「そりゃあまぁ、僕たちが蟻のことを蟻と名付けていても蟻が自分達のことを何と名付けているかはわからないからね。例えば君は、これの名前が分かるかい?」


医者はそう言うと電子端末をこちらに向けた。そこには大きな林檎の写真があった。


「林檎、ですよね」


「その通り。しかしかつての君の星で、アメリカという国の人間に聞いたら、彼らはなんと答えると思う?」


「アップル……」


「そうだね。で、どうだい、呼び方は違うが指し示しているものは一緒だろう。むしろ固有名詞以外で一致していることなんてほぼない。もしこの写真が地球だったとして、アメリカ人はこれを『地球』とは呼ばないはずだ。つまり、同じ惑星内ですら呼び方が違うのに星も銀河も異なる我々が『地球』とか『アース』とは呼ぶわけがない、というのは分かるかな」


「まぁ、そう、ですよね……」


「ちなみに『エラーテ』という言葉は、かつての惑星ヴェレティスで使われていたヴィリディアム語で『孤独』の意味がある。あの辺の銀河では地球以外まともな文明がないからね。たぶんそこらへんが由来だろう」


それは置いといて、と


「身体に、怠さなんかは感じないかい?」


話が突然戻った。


「強いていうなら身体がちょっと重いです……」


「うむ、ここは地球(エラーテ)より重力が1.12倍ほど大きいからね。慣れるまで時間がかかるだろうけど、慣れたらなんてことない」


どのくらいで慣れるのだろうか。

訊こうかと思ったが、話は先に進んでしまった。


「あとは空気かな。ヴェレティスの空気は約76%が窒素、22%が酸素、1%がアルゴンで、残りの1%が二酸化炭素だとかメタン、ヘリウム……。まぁあまり地球とは変わらないかな。目眩とか、息苦しさとかもないかね?」


地球の空気の内訳を知らない私にそんなことを言われても何が変わるとか変わらないとか全く分からないのだが、


「そういうのは特に……」


「なら良かった」


医者は手元の端末に何か入力しながらそう答えて、


「そしたら、ここからが重要なんだけど」


真剣な眼を私に向ける。


「君の中にある聖法の力、これに今まで自覚はあったかい?」


やはりその話か。私は首を横にふった。


「いえ。ランディールさん達に出会うまではそんな存在も知りませんでした」


「今の君は、聖法の力を持って生まれたばかりの赤ん坊と同じような状態にある。まだ確かな自覚もないし、意のままにも使えない。けれど力だけは間違いなく内にある状態だ。ただし、それとは決定的に違うのは君が赤ん坊ではないこと。そういう赤ん坊は自我と共に聖法をモノにしていくのだけれど、君は自我ばかり自立して聖法がおいてけぼりを喰らっている」


「何か、まずいんですか?」


「よろしくはない。稀にこういうケースがあるのだが大抵が力を制御出来なくなるとか上手く発現できないとかの問題を抱える。で、このケースの多くが隔世遺伝だ」


「親族にそんな人はいませんでしたけど……」


「力があることを隠していたか、近親ではないのだろう。聖法の場合、血の繋がりさえあれば何千前の人間からも遺伝し、突如として覚醒することがごく稀にある」


そういえば、何千年か前に地球に聖法師(アレス)がいたって話をランディールさんから聞いた。私はその血筋なのだろうか。


「で、なぜこんな話をするかって言うことなんだけど、聖法師の致合率って知ってるかい」


「いえ……」


「要するにどれだけ聖法師に近いかを示す数値だ。その数値が100%だと完全な聖法師、80%だと聖法の力を持って生まれた赤ん坊くらいだ。で、君の値なんだけど」


再び医者が端末の画面を私に向ける。

そこには、致合率98.64%の文字が大きく記されていた。


「これ、って……」


「君はもう、ほとんど聖法師だ。ここに来た時は90.11%と聞いたが一晩でここまではね上がっている」


「でも私、聖法なんて全然使えないのに」


「聖法師は、分かりやすく言えばガスバーナーだ。聖法という名のガスがあってはじめて聖法師として、つまりガスバーナーとして使える。普通の人間はガスのないガスバーナーであって、今の君はそのガスを手に入れた状態にある。あとはスイッチを押してやるだけだ。ここまでくれば、もう普通の人間には戻れないだろう。かといって聖法を学ばず力を余らせるのは危険極まりない」


総帥陛下には私から報告しておこう。

医者はそう言うと端末を弄り始め、最後には上へスワイプして操作を終わった。報告とは、メールか何かだろうか。なんにせよ私はこのあと総帥の元へ行かなければならないので、その時私の口から直接言えばいいような気もするが。


「私はもう、聖法師(アレス)になるしかない、ということですか?」


「……嫌かね?」


「そういうわけではないんですけど……。まだ、なんていうか、自覚がないっていうか、覚悟が出来てないっていうか……」


「ここまで覚醒していなければ状態維持くらいは出来たんだけどね……。一晩でこれだけとなるとそれももう難しいだろう。どうしても嫌というなら聖法師にならずに済む手段が無いわけではないのだが……」


あまりおすすめはしないね、と医者。

その表情は険しい。


「如何せん私は聖法の専門家ではないからな、詳しい話と聖法に関する質問があれば総帥とか他の聖法騎士に話すのがいい」

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