秋泉媛奏
日もとっぷり沈んで、夜。
私は再び騎士団城の荘厳な入り口に立って、遠い空を仰ぐ。紺色空に浮かぶ2つの白い月のような天体が綺麗だ。
視線を落とすと、先に階段を降りていくヘレナさんとティアラさんの背中、それを追うカレンさんの背中、ポケットに手を入れてランディールさんを待つジャックさん、総帥と話をするランディールさんの姿があった。
ランディールさん曰く、学校に戻るらしい。浴場でティアラさん達も話していたが、彼らの本分は学生なのだ。騎士団の仕事があるときはここを拠点として、仕事が一段落したら学校の寮に戻りまた騎士団の仕事があればここに戻って来る。これを繰り返しているらしい。騎士団側も極力彼らには仕事を回さないよう配慮しているが、戦時下の今、それはなかなか難しい、とはゼイナー総帥の弁。
「じゃあ、媛奏」
その総帥と話を終えて、ランディールさんの顔がこちらに向く。
「は、はいっ」
「明日の夜には戻ってくるから、まぁ暇だろうが、面倒事だけは起こさないでくれよ 」
子供を留守番させる親のような口調でランディールさんは言った。
今更気付いたが、私はこの星にランディールさん達以外の知り合いがいない。ランディールさん達が学校に行っている間、私はこの広い城の中で独りぼっちなのだ。
私はランディール達が行ったあと、何をしていれば良いのだろう。
「おーい、そろそろ行くぞー」
後ろのジャックさんが痺れを切らしてランディールさんに呼び掛ける。
「あぁ、今行く。じゃあ、また明日」
ランディールさんは去り際で軽く私に手を振ると、背を向けジャックさんの元まで駆けて行った。
その背中が見えなくなるまで、私と総帥は騎士団の入り口から見送る。
「……さて、今日はもう休むがよい」
総帥は優しく私に声をかけた。
「明日は明日でまたやってもらうことがあるからの。部屋まで送ろう」
ゆっくりとした足取りで身体の向きを変えると、私とさほど変わらない速さで総帥は歩き出す。
「あの、明日って……」
城に入ってから少し歩いたところで私は訊ねた。ランディールさんと総帥とで、発言が異なるのは少し気になる。
「んん?明日か?明日はまず……健康調査からかの。あとは君の戸籍作成と、この城を軽く案内するとしよう」
言葉で聞く分には少なく聞こえるが、きっと一つ一つに時間がかかるのだろう。特に城の案内なんて、丸一日掛けても終わりそうにはない。
「それと、夜にはランディールが戻ってくるからの。儂と彼と君の3人で少し話をする予定じゃ」
真ん中の広間を突っ切り、総帥は赤絨毯の階段を昇る。私は2段くらい後ろからそれに続いた。階段を昇りきった先、正面の踊り場には外側にカーブを描く磨りガラスが嵌め込んである。夜で、大した光源もないというのに、それはキラキラとした小さな光を放っていた。私の貧相な感性が珍しく綺麗だと訴える。
こうしてひたすらに階段を昇り続けると、様々な騎士の人とすれ違う。ほとんどの人が同じ・似たような服装だが、ランディールさん達と同じ服は誰一人として着ていない。それが位の違いなのか役職の違いなのかはわからないが、何れにせよ彼らが特殊なのは間違いないだろう。
もう一つ、地球と何ら変わらない環境下で唯一ここが地球じゃないことを自覚させるのは、人間以外の存在だ。
肌が赤だったり青だったり緑だったり、頭が異常に長かったり歪んでいたり、背が恐ろしく高かったり低かったり、そんか明らかにヒト上科ヒト属ヒト種に属する私やランディールさん達や総帥とは違う騎士の人々。つまりは、エイリアン。そんなものは勿論地球で見たことが無かったし、すれ違う度にぎょっとした。
けれど一貫して同じなのはどの人も総帥を見て一礼すること、そして顔をあげる途中で私をチラ見することだ。まあ、組織で一番偉い人の後ろを見知らぬ寝巻き姿の子供がくっついて歩いていれば不可解視するのは当然なのだが。
そんな中、
「総帥陛下」
私をこの城まで案内してくれたウェルギリウスさんのような服を着た人間の男性騎士が総帥を呼び止めた。屈んでこそいるものの、背は明らかに総帥より高い。
「なんじゃ」
それに、総帥は足を止めて応答する。
「デュー・アンフェールの偵察隊から緊急報告が入っています。すぐに中央指令室にお越しください」
騎士の話を黙って聞いていた総帥は小さく溜め息をつくと、その騎士を先に行かせた。それから私の方に体の向きを変えると、
「すまんが部屋まで送れそうにない。明日また使いの者が部屋を訪れるから、それまでゆっくり休みなさい」
私の肩をやさしくポンポンと二回ほど叩いて、来た道を戻っていった。
1人取り残された私は、足早に部屋へと戻る。




