ランディール・ヴェントル
わざわざこんな城の外れまで来たというのに、媛奏は部屋にいなかった。
インターホンを押しても応答が無かったし、例え応答の仕方が分からなかったとしても、在室していれば扉を開けるなどの応対は出来るはずだ。
それがないということは、いないとみてまず間違いない。
後ろのジャックがこの様をみて、言った。
「いねぇの?」
俺は一時沈黙を置いて、
「……みたいだな」
そう答えた。
「どこ行ったんだよ……」
ジャックの呟きに、俺は唸る。
「独りでどこか行くわけはないし……」
この城を全くと言っていいほど知らない媛奏が、独りで出歩くとはとても考えられない。
だとすれば─────
「……ティアラかヘレナ辺りが連れ出したんだろう」
それ以外は十三騎士の他に媛奏の存在を知らないし、俺とジャックが行方を知らないとなれば、必然的にそうなる。
「 ……なんのために?」
「俺が知るわけないだろ」
いいから行くぞ、と踵を返したその時、
「あ、いたいた」
なんて言う声が、暗い廊下の向こうから聞こえた。ジャックの片眉がピクリと動く。
声の主はゆっくりと暗闇から姿を現すと、ジャックを通りすぎて俺の前に腕を組んで仁王立ちになった。
その声の主とは、
「もう戻ってきたのか、カレン」
地球からヴェレティスまでの道中に媛奏の事を伝えた時に「私も戻る途中」だとは聞いていたが、すぐそこまで来ていたらしい。
「というかこんなところまで何しに来たんだ?」
ここは聖法騎士団城でも最端、わざわざ来る以外に通り掛かることはまずない。
「媛奏に用なら、無駄足だったな」
カレンの後ろからジャックが嘲る。
「留守みたいだぜ」
「その子に私が何の用?挨拶?そんな律儀じゃないけど私は」
相変わらずの喧嘩腰で、ジャックを牽制するカレン。
「……じゃあなんの用だ」
放っておくと確実に喧嘩がはじまる。俺はカレンに問いかけてそれを阻止した。
「……アンタに用」
「俺?」
「そ。正確には総帥からアンタへの伝言」
さっきまで一緒にいた総帥からもう伝言が来るとは何事だろうか。
「内容は?」
「『騎卿ロペスに人手が欲しいって言われたからランディールに頼みたい』だってさ。中央書文室にいるみたい」
「それ俺じゃなきゃ駄目なのか?」
指名されているならまだしも、「人手が欲しい」で俺が行く意味が分からない。
「私に聞かれてもなー。他に暇な人がいないんでしょ」
「俺だって暇じゃねーぞ……」
「いいから。伝えたからね」
用は本当にそれだけだったようだ。言うだけ言って、カレンは来た道を引き返した。それを、
「ちょっと待て」
と引き留めた。
「……なに」
「どこかで媛奏に会ったら、『明日の夜に総帥と話があるから心の準備しておいてくれ』って伝えてくれ。俺達の努力を水の泡にしないためにも、な」
カレンはしばらく黙ると目線だけでジャックを指した。
「それ、そこの馬鹿野郎じゃだめなの?」
「あんだと……ッ?」
安い挑発に乗って、拳を握るジャック。
俺は溜め息をついた。
「ソレに任せられたらとっくに任せてる」
「……それもそうか」
薄く笑って、カレンはジャックを軽くあしらう。俺はジャックを抑えながらその後ろ姿を見送った。
「頼んだぞ!」
後ろ向きで振るその手を了承とみて、右曲がり角にカレンが消える。
「じゃ、行くか」
「……え、俺も?」
「騎卿ロペスは人手が欲しいらしいからな。1人より2人の方がいいだろ」
面倒臭がるジャックを引き摺りながら、俺達は騎卿ロペスの元へ向かった。




