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秋泉媛奏

「ここ……かな」


『第一客泊室』と書かれた扉の前で、手に持った鍵と扉を交互に見比べるティアラさん。

この城は、古くからある城に近代的な設備を嵌め込んだような形体を取っており、所々に進歩した科学技術を感じたがこの楠んだ金縁に年季の入った木製の扉には古めかしさが漂う。場所も最上階の6階の奥まったところにあり、落ち着いてていいが誰も通らないので恐ろしく静かだ。


ティアラさんがノブ下の鍵穴に鍵を挿入して横に回すと、扉の中からガチャリという小さな音が聞こえた。

ティアラさんに促され、楠んだ金のノブに手をかけ、奥に押す。


部屋前の廊下とは打って変わって、室内はかなり明るかった。入って10mほどの廊下の左側は一面壁で、右側には不等間隔に扉が3つ並んでいる。

気付くと私は靴を脱いで、吸い込まれるようにその先へと歩いていた。

部屋の形状は旗形とも言うべきか、棒の部分が廊下で、旗本体が部屋といったような形をしている。その部屋の2面、廊下から入って正面とその右隣の壁の全面が、ガラスに覆われていた。

天井は何メートルも上にあり、中央には真白いソファにガラスのテーブルと50インチはありそうな薄いテレビ、天井まで続く窓ガラスの先にはバルコニーがあり、その先にはどこまでも遠く続く蒼い海とピッチリと切り揃えられた青々とした芝の緑、平たい洋風の建物が見える。

6階からの眺めというと大した風に聞こえないが、1つの階だけで数十メートルあるこの城は、6階ともなると高さは100m近い。そこから見える景色と言えば、永遠に忘れなれないような、言葉には到底表し難いものであった。


ジャックさんの発言から小汚ない小屋のようなものを考えていたのだが、それとはあまりに対極で、その内観はまるで南国のリゾート地にある高級ホテルのようだった。実際に行ったことはないけれど。


「荷物は……あとから来るのかな……」


ティアラさんが周囲を見回して呟く。

そういえば地球から服やら何やら持ってきていたのだった。しかしこの部屋にある私の私物といえば、たった今床に放したまかろん以外にない。


「まぁとりあえず、家具は一通り揃ってるし食器とかベッドとか、好きに使ってね」


見れば、部屋の奥にはキッチンがあり、その上のロフトらしきところにはベッドが置いてあった。

トイレや風呂まで完備されているようで、高級ホテルというよりまるで高級マンションだ。


「本当にいいんですか?私一人でこの部屋まるまる使って……」


ただでさえ居候的な身分だというのに、こんなところを一人で使うとなると罪悪感を抱かざるを得なかった。

それをティアラさんは小さく笑った。


「もちろん。元々全然使われていないみたいだし、むしろ使って欲しいくらい」


足元で抱っこを要求するまかろんを抱き上げながらティアラさんはそう言ってくれた。


私は「そうなんですか……」と返して、再び室内を見渡す。

こんなところに住めるなんて、誰が想定しただろうか。本当に夢のようだ。しかもここはホテルやマンションの一室ではない、城なのだ。なにか間違って私が億万長者になったとすればこんな部屋にも住めるかもしれないが、それでも城に住むことはないだろう。

それを実感すると、なんだか心が浮き足立ったような気分になった。


「……じゃあ、いくつか使い方の分からないものがあると思うから、説明していくね」


呆ける私は、まかろんが手渡されてからはっと我に帰る。


「まずは……これかな」


ティアラさんはくるくると周囲を見回したのち、背後にあった1m四方のステンレス製らしき扉の取手に手をかける。

部屋の内観からは妙に浮いていたので正直気になっていた。


「地球ではダムウェーターっていうんだけど……知らないよね?」


私は黙って首を縦に振る。


「貨物用エレベーターっていうのかな。身近なところだと、小学校とか中学校で給食のワゴンを各階に運ぶ時とかに使っていると思うんだけど……」


言いながらティアラさんは、扉の横についたモニターを弄って、『確定』と表示されたボタンを押した。


「あぁー、」


それを横目で見ながら、相槌でもなんでもない素直な感想が口を滑っていった。


「ありましたね、そういえば。懐かしいな……」


「あれと似たような感じなんだけど、これは貨物管って言って、水道管を通って水が供給されるみたいにこれを通って荷物が届くようなシステムになってて……」


それから10秒ほど沈黙の時を経て、モニターがピーピーと断続的な音を鳴らす。


「よいしょ……っ」


その音を聞いてから、ティアラさんが取手を下から上へスライドさせて扉を開ける。

中には、同じくステンレス製だが微妙に薄汚れた箱があり、それには観音開きの扉が付いていた。

ティアラさんがそれに両手を伸ばして開けると、中には半透明な楕円筒形の物体が3つほどあった。その内一つを手に取り、私に見せる。


「中身は砂糖なんだけど、こんな感じにこの端末で欲しい物を入力すると1分以内に届けてくれるの」


「すごい……」


またしても素直な感想が勝手に口から滑り出た。


「重量と容量制限があるから何でもは無理だけど、逆に言えばここに収まる大きさの物なら食料品とか衣料品とか医薬品、文房具とかなんでもこれで届くから必要な物がある時はこれを使ってね」


言いながら残りの2つも取り出し、傍の台に置くと観音開きの扉を閉め、優しく手前の扉を上から下へとスライドさせた。


「……これ、支払いはどうするんですか?」


何気ない感じで聞いたが、実は私の生き死にを左右する重大な問題であった。

一応地球から財布は持ってきたものの中身は当然日本通貨だし、食料品だけならまだしも他に使うとなれば確実に1ヶ月で破産する。所詮は高校生の財布だ。


「一般家庭の場合は光熱費の支払いと同じで翌月の頭に銀行振り込みか引き落としだけど、聖法騎士団は全部無料だから気にしなくても大丈夫だよ」


にっこり微笑むティアラさん。


「……無料?」


そんな上手い話がどうしてあるものか。私は耳を疑った。


「聖法騎士団は国家組織だから経費は全部国が賄っているの。だから、光熱費も食費もなし!」


どこか口調が嬉しそうだ。しかしなるほど、そう言う理由があるのか。


「あとはそうだなぁ……」


これの説明はこれで終わりらしい。具体的な注文の仕方を教わっていないのだが、まぁ私だって現代人の端くれ、これくらい自力で何とかしよう。


「……逆に何かある?」


「えっ……?」


完全に説明待ちをしていた私には予想外過ぎてまともな反応ができなかった。


「え、えーと……」


ないというのは簡単だが、あとで本当に使い方の分からないものがあった時に訊きづらくなる。

かといってどれが分からないかと訊かれても、どれが分からないかが分からない。正直どれも勘でいけそうな気はするのだが、いけなかったときが面倒だ。


「……あ、じゃあ」


私は、たまたま目に入った、部屋の奥で光る球体を指差した。


「あれは、何ですかね」


訊いてから察する。

あれは十中八九、インテリアだ。

使い方が分からないという点では何も間違ってはいないが、そもそも使うものかすら分からない。

確実に「インテリアだよ」の一言で済まされる、そう構えていたが、


「あぁ、あれはね」


言いながら、その球体の方へと向かうティアラさん。どこか説明の始まりそうなその口調、まさかただのインテリアではないのだろうか。


「たぶん使わないと思うけど……」


ティアラさんが台から両手で球体を降ろすと眩い光を周囲に撒き散らして、その形を変える。

変わったそれは、拳銃のような形をしていた。と言うより、拳銃そのものだった。


「銃、ですか……」


「うん。何かあったときの護身用。一応、武力組織の本拠地だからね」


敵襲を食らう可能性がそれだけ高いということだろう。雰囲気の柔らかいのこの部屋にはミスマッチだ。

しかし、


「私、銃なんか触ったこともないんですけど……」


使い方も知らない武器では、護身にすらならない。私には宝の持ち腐れだ。


「私も軍で使っているような銃は触ったことけど、護身用のやつはそんなに難しくないから大丈夫」


銃の反動だけで吹き飛ばされそうな華奢な身体に、武器という概念にまったく無縁な白い肌のティアラさんにそんな事を言わると、なんだか私でも撃てそうな気がした。


手渡されたそれのずっしりとした重みに、両の手が引っ張られる。

必要最低限のみを付けたようなシンプルなデザインではあるが、メタルブラックの装甲のようなものが銃身を覆っていて、なかなか(いか)つい。


「一応、使い方教えておくね」


ティアラさんは私に寄り添うと、グリップの上部にある突起を指差した。


「これがロックになってるから、使うときはこれを下にさげて────」


そこから銃身の反対側、真ん中辺りに指が回る。


「ここの赤いボタンを人差し指で押しながら引き金を引いて撃つ感じ、かな」


ロックを解いてボタンを押しながら引き金を引く、小学生でも覚えられそうな簡単な手順だった。


「結構反動があるから、撃つときは両手でね。……試しに撃ってみる?」


百考は一行に如かずと言わんばかりの口調で、唐突にティアラさんが口走る。


「こ、ここで、ですか……?」


「うん」


頷いて、両腕を広げるティアラさん。それはまるで、自分のことを撃てと言わんばかりに。


「い、いやいや、銃ですよ?当たったら死んじゃうじゃないですか」


「大丈夫大丈夫」


今なお、その姿勢に変わりない。

大丈夫というその真意はなんなのだろう。 室内で、しかも人に向けて撃つ必要が果たしてあるのだろうか。バルコニーから海に向かって撃てば、自他共に背負うリスクは少なくて済むと言うのに。

けれどここでキッパリ「できません」と言えない私は、気付くとティアラさんに銃口を向けていた。

わずかな震えを押さえる為に両手で銃を構え、親指で突起を下にさげ、ロックを解く。カチッという小さな音がすると、ティアラさんの表情が若干強張る。それはそうだ。どんな秘策があるのかは知らないが銃を向けられて構えない人間なんていない。

銃身横の赤いボタンを押す指に力が入らず、左手でその指を覆い、右人差し指を銃身に押し込む。ガチャ、という音で何かが装填されたことだけは分かった。

ここまでくれば、もうあとは流れに身を任せるしかない。なるようになれだ。


私は引き金を引いた。


強烈な破裂音が耳を(つんざ)く。予想より反動は小さかったがそれ以上に音がうるさい。

それに反射して瞑った目をゆっくり開けると、同じく目を瞑ったティアラさんが肩を竦めて、しかし傷一つなくそこに立っていた。


「……ね……?」


言葉とは裏腹に、緊張の糸がほどかれ肩の力が抜けていくティアラさん。しかし今の私にとってそんな挙動はどうでもよくて、


「え……、え……?」


ただ戸惑うばかりだった。

反動も発砲音あって、何かを装填したような音までしたのに、それはまるで空砲のように誰も傷付けることなくその場に鳴り響いたのだ。


「……その銃はね、闇法師(ゼレル)しか撃てないようになってるから、闇法師以外の人に銃口を向けても空砲にしかならないの」


悪戯に言うティアラさんの表情は明るい。私は一杯食わされたかのような気持ちになって、手元の銃に視線を落とす。


地球人の私には、銃口を向けただけで対象が闇法師かどうかをどう判断するのかさっぱり分からないのだが、まぁそれは彼らの技術というところだろう。


「……でも、もし闇法師以外の敵襲?……があった時はこれじゃ護身にならないですよね?」


私の比較的まともなツッコミに、半笑いでティアラさんは、


「私がそれの使い方を教わった時も、媛奏(ひめか)と同じこと聞いたなぁ」


遠い目をしながら、ランディールが言うにはね、と続く。


「『虎の群れの中に狐一匹で立ち向かうのが絶望的なように、闇法師(ゼレル)以外が聖法騎士団城(ここ)を襲撃することは絶望的に不可能』なんだって」


「……聖法騎士団ってそんなに恐ろしい組織なんですか」


狐を狩る虎の様子が思い浮かんで『恐ろしい』なんて言ってしまったが、虎を持ち出した意味はたぶん力の強さだったのだろう。


聖法師(アレス)一人の力が普通の人間100人分で、聖法騎士一人の力がその聖法師(アレス)の50~1000人分って言われてるからね。一国の軍隊が1ヶ所に集まったような場所に普通奇襲をかけようとは思わないでしょ?」


日本の自衛隊の数が確か30万人ぐらいだったか、つまり強い聖法騎士が3人集まっただけで自衛隊全隊と同等の力があるということだ。

そんな人がたくさんいるところに奇襲をかけるとしたら、一体何国の軍隊が必要になることか。例え巨大な軍隊が奇襲をかけたとしても、それでは最早(もはや)この銃で太刀打ち出来ないわけだ。


「じゃあ逆に、闇法師(ゼレル)聖法師(アレス)何人分の力があるんですか?」


相変わらず手には銃を持ったまま、慎重な口調でそんな疑問が沸いて出た。

ティアラさんは、銃声に驚いて駆け飛び付いて来たまかろんを抱え上げながら私の問いに答える。


「聖法騎士で、1人~20人分って言われていたかな。だから強い闇法師(ゼレル)だと普通の人間200万人?分……。恐ろしいよね」


私は手に持った銃に視線を落とす。

この銃一つで、200万の人間と同等の力を持つような化け物が果たして殺せるのだろうか。


と、そこに


「何かと思えば、そんなもの使わせたの?」


音も無ければ気配もなく、部屋に入ってすぐのところにヘレナさんが立っていた。


「ちょっとヘレナ、インターホンくらい押してよ」


まかろんを抱えたまま振り返り、ティアラさんが言う。


「ちょうど銃声と被ったのよ」


そんなことより、とヘレナさんはこちらを一瞥した。


「……この部屋の使用者は知っておくべき物だけれど、実際に使わせるのはどうかと思うわよ」


間違いなくそれは、この銃のことを言っている。まぁどう考えてもこんなところで試し撃ちというのは問題行為だ。


「……私に教えてくれた時は、ヘレナ私に撃たせたじゃん」


膨れっ面にジト目のティアラさんの言葉に、ヘレナさんは口を閉じた。


「まったくもう……。ごめんね媛奏(ひめか)ちゃん」


「あ、いえ……」


まかろんと引き換えに、銃をティアラさんに渡す。途端に銃は最初の球体に形状が変わって、元あった台に置くと再び光を放ち始めた。どういう仕組みなんだろうか。


「そういえば、会議は終わったの?」


口調を一変させ、さっきまでのティアラさんに戻る。

ヘレナさんは一つ咳払いをすると、


「ええ。思ったより早く終わってね────」


簡潔にそう答えた。


「総帥が媛奏(ひめか)に直に話を聞く方針で話がまとまったわ」


二人の視線が私に向く。私はなんとなく萎縮してしまって、それに関するリアクションもできなかった。


「それで、ここに?」


「いえ、それはまた後日になったわ。ここに来たのは別の理由」


「別の理由?」


「シャワー浴びに行かない?」


それはあまりに唐突な────ティアラさんへの────誘いだった。


「……シャワー?」


「ここを発ってから今まで1度も浴びていないんだもの。そろそろ限界だわ」


戸惑うティアラさんに、ヘレナさんがどこからか引っ張り出したタオルを空中でくるくると回す。

二人とも、何なら風呂上がりたてと言わんばかりのいい香りと清潔感に溢れているというのに、まぁしかし1日以上風呂に入っていないというのは精神的にくるものがあるのは私も分かる。


「まぁ、そうだね。……あ、じゃあ折角だから媛奏(ひめか)ちゃんも一緒にどう?」


私もそろそろ浴びようかな、なんて思った矢先にティアラさんがそんなことを言ってくれた。


「……いいんですか?」


「もちろん。いいよね、ヘレナ」


「……別に結構よ」


そうと決まれば、と言った感じでヘレナさんは先に部屋を出ていった。


「……シャワーって、大浴場みたいなところがあるんですか?」


誘って行くということは、この部屋にもあるような個人の浴室ではないだろう。


「うん。城の外れにあるからちょっと遠いけど、広いしあんまり使う人いないから結構いいところだよ」


言いながら、さっきの便利な貨物システム────貨物管といったか────のタッチパネルを操作して何かを注文するティアラさん。


今度は数秒でピーピーと断続的な音が鳴って、到着を知らせた。

ティアラさんは扉を開けて腕を突っ込み、取り出した物を私に差し出した。


「なんですかこれ」


まかろんをソファーの上に降ろしてからそれを受け取る。材質はプラスチックのようで、形は風呂桶を2つに合わせたような形容しがたい形をして─────


それで、はっと気付く。

よく見ればそれには中央に横線が入っている。それを境にした上下を逆方向に捻ると、カコッと鳴って中が露になった。


「簡単にいうと、お風呂セットかな」


ティアラさんの言葉通り上部分は桶になっており、下部分にはタオルとシャンプー、リンス、ボディソープと思わしき3つのボトルが詰め込まれていた。


「ヘレナ、これ持っていかないの?」


見たところタオルしか持っていないヘレナさんに、ティアラさんが尋ねる。


「もう向こうに置いてきたわ。貴女の分もあるからこのまま直行しましょう」


「……着替えは?」


「もちろん置いてきたわ。下着も何もかも全て。もちろん、ティアラのも」


「ちょっと!他人のものをそんな勝手に───」


「早く行きましょう」


完全にヘレナさんのペースにのまれたティアラさんは、何か言おうとしてやめた。


「……じゃあ媛奏ちゃんもそれと着替え持って、行こうか」


「は、はい」


なんて、軽快な返事はしたものの、


「あ、」


「ん?」


「地球から持ってきた荷物が、ないんですけど……」


この部屋に来たとき、あとから届くなんてティアラさんは言っていたが、そもそも私の荷物は今どこにあるのだろうか。


「……届くの待ってるといつになるか分からないね。……取りにいこうか」


「どこにあるんですか?」


「貨物ステーションかな。地球(エラーテ)みたいな遠い惑星に行くと荷物が多くなるから降ろすのに時間が掛かっちゃうんだよね……」


苦い笑みを浮かべるティアラさんに、私も苦笑いだった。着替えがないのではシャワーを浴びる意味がない。


「何してるのよ」


後を追ってこない私達に対して、ヘレナさんが戻ってきて顔を覗かせる。

応対したのはティアラさん。


媛奏(ひめか)ちゃんの荷物がまだ届いてないから、貨物ステーションに取りに行こうかなって思って」


「荷物?……外にあったわよ」


「「え?」」


思わず私まで口に出してしまった。

ヘレナさんが道を開けてくれたので、私はそこを通って出入り口の重い扉を開ける。正面には何もなかったが扉の向こう側に、今となってはどこか懐かしい、私の荷物が置かれていた。


「いつの間に……」


この部屋に入る前には無かったのに、この数分で、まるで隙を突かれた気分だ。


「何か言ってくれればいいのに……」


私の後ろから顔を覗かせて呟くティアラさん。持ってきてもらって何だが、確かに無言で放置するのはちょっとどうかと思う。私達に気を回した結果なのだろうか。


「無事に届いたんだからいいでしょ。必要なものだけ取り出したらさっさと行くわよ」


ヘレナさんは私達の後ろから部屋を出ると、一人スタスタと廊下を歩いていく。恬淡というか冷徹というか、なんともサバサバした人だ。


「……じゃあ、着替えだけ出したら私達も行こうか」


「……はい」


とにかく詰め込んだだけの秩序のちの字もない混沌としたバッグの中をまさぐって着替えを引っ張りだし、ティアラさんと二人でヘレナさんの後を追った。


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