ランディール・ヴェントル
「ランディール」
この城の最上階にある騎士団最高議会室の扉前、最後の階段を登る直前で、それまで雑談しかしていなかったウェルギリウスが妙に真剣な口調で俺を呼ぶ。
「はい騎卿」
「君が彼女を連れてきた理由、闇法師に狙われているからと言ったね」
「言いましたね」
「ではその理由、察しはついたかい?」
その質問で、俺はウェルギリウスの心情なんとなく察した。
「……こうじゃないか、っていう大体の予想はあります」
きっとこの人は気付いている。
俺だって、媛奏が自動ドアを自力で開けたあの時気付いた。
勘の鋭いヘレナも、もしかすれば気付いているだろう。
「そうか」
多くを語らない彼らしく、それきりウェルギリウスは口を閉ざした。個人的には質問の意図くらい耳にしたかったものだが、個人の意見・推考を重んじるウェルギリウスはきっと答えてはくれないだろう。
階段を登りきり、無駄に大きな扉の前に立つ。
城内唯一の手動ドアにウェルギリウスが手を掛け、ゆっくりと押し開けた。
室内には巨大な円卓と、それをぐるりと囲むように17の椅子が並んでいる。
この17席は、騎士団の中でも選ばれた人間にしか座ることを許されない特別な椅子だ。簡単に言って、騎士団の上から17番目までのお偉いさんが一同に集まる場なのである。
俺とウェルギリウスはここに席を持っているためこの場の重々しい空気には馴れているのだが、 議会のメンバーではないヘレナとジャックはどこか緊張の面持ちだ。
今日は17席中、14席が埋まっている。内2つは俺とウェルギリウスの席であるため、実質の欠席は一人だけだ。
「じゃあ、よろしく頼むよ」
そういって俺の肩をぽんと叩き、ウェルギリウスは自席に着いた。
完全に静まり返り全員が俺に注目のしたところで、右腕を胸の高さで水平にし握り拳を丁度心臓がある、左胸辺りに当て、敬礼をする。
「ランディール・ヴェントル、帰還しました」
これに反応したのは、
「無事でなによりじゃ、騎卿ヴェントル」
入って真正面に座る、総帥。この聖法騎士団を統帥する最高権力を持った人である。
「では早速じゃが、『地球闇法師殲滅作戦』の報告を頼もうか」
「はい総帥」
敬礼をやめ、腕を後ろに組む。
室内は広いが声を張るほど邪魔する音がないため、大きくも小さくもない声で報告を始める。
「現地からも報告しましたが、確認された18人の闇法師は騎卿ダートハイドが征伐したものも含め、18人全員の征伐を完了、確認しました。我々側の犠牲は0、地球側の犠牲者は4名です
」
「闇法師の所属は?」
俺の言葉尻を、黒い顎髭のレイヴァンスが半ば食い気味に問い掛ける。
「……かなり雑多です。『ヴァイゼン』『フェレイユ』『デュー・アンフェール』、無所属もいました。犠牲となった四人を殺した闇法師は、『デュー・アンフェール』の闇法師でしたが」
「それぞれ目的があっての行動か? 」
続けてレイヴァンスが問う。
「どの闇法師からも明確な目的は聞けていません。ただその、四人を殺した闇法師にはどうも目的があったようですが」
レイヴァンスに顔を向けたまま、全体に視線を向ける。全員、ただじっと座って俺を見つめていた。
「それが、あの娘か」
総帥の二つに隣に座る、ルベリエが呟く。
「はい」
「で、その目的の明確な理由は?」
事前に報告していただけに、確信に入るまでがやけに早い。もっとゆっくり喋りながら考えていくつもりだったが、ペースは完全に乱された。
しかしこんなこと、今回が初めてじゃない。曲者の相手はいい加減慣れた。
「……これはあくまで俺──、失礼、私の推測ですが、彼女が地球の聖法師だから、でしょう」
それを聞かされて、総帥以外の全員が互いが互いの顔を合わせる。どうもヘレナが報告を上げたのは議会にではなく総帥個人にだけだったらしい。
「彼女が、聖法師?」
一同を代表してウェルギリウスが、訝しげな面持ちで呟く。
「そうです」
「確かかそれは?」
末席に座る、俺の親戚で初老の騎士、ヴェルナス・ヴェントルが拉げた声で俺に問う。
「……ヘレナ、データあるか?」
力説するより証拠を見せた方が早いだろうと思い立ち、後ろを向く。
ヘレナは自身の胸ポケットをぐりぐりと遠慮なくまさぐると、直方体の小さな物体を取りだし、俺に投げた。
俺はそれを捕らえると、円卓の正面に設置された端末の差し込み口に差し込み、液晶画面を操作する。円卓の中央部に長方形の非実体スクリーンを出現させると、そこにデータを映した。
「……これは、秋泉媛奏のデオキシリボ核酸による有聖法性の調査結果です。ご覧の通り、致合率が90%を越えています。今現在の彼女は聖法を使えませんが、引き出してやれば必ずや聖法師として覚醒するでしょう。隔世遺伝の聖法師は強力な力を誇ると言われていますから、聖法師として花が咲く前に芽を摘んでおこうというような理由で、今回 闇法師に狙われたものと私は考えています」
未だ全員が、中央でゆっくりと回転する長方形のモニターに目を向けていた。せっかく核心をついた話をしているというのに、誰か聞いているのだろうか。
「当人はこれを知っているのか?」
そんな中、再びレイヴァンスが俺に問い掛ける。視線はモニターに釘付けだが。
「ヴレート号の騎士室の扉を意図せず開けた際に、聖法の力を持っているということは伝えました」
レイヴァンスが眉間に皺を寄せる。
「騎士室の扉をか?あれは騎士にしか開けられないだろう」
「……つまり彼女の力は、我々聖法騎士にも匹敵するということです。闇法師が狙うのも納得でしょう」
ようやく何人かの視線がまた俺に戻る。
「聖法銀河帝国が地球の聖法師を最後に確認したのは1000年以上前と聞いています。彼女は『隔世遺伝を経た聖法師の力は強大』という説を生きて証明してくれました」
「騎卿ヴェントル」
一瞬の間もなく、ルベリエが低く冷めた声で言葉を重ねる。ルベリエは俺を呼びつけてから背もたれに寄っ掛かるのをやめ、円卓に肘をついた。
「その口振りはこう聞こえる、俺が彼女をここに連れてきた理由は彼女を聖法騎士にするためだ、と」
思いがけない問いに思い切り話の腰が折られた。
質疑応答の議会に話の腰も何もあったものではないが、テンポというかペースというか、話の流れというものがある。
それをこのルベリエ・レノロイズという男は、完全に無視して俺に質問を引っ掛けるのだから堪ったものではない。
「そんなつもりは、毛頭ありませんが……」
「では聖法師か?」
「……彼女がそうありたいと願うなら、そうすべきだとは考えています」
一同の表情がどうも曇っている。
俺は一つ咳払いをし、声のトーンを変えてこう言った。
「改めて言っておきますが、彼女をここへ連れてきた理由は闇法師の魔の手から守るためであって、聖法師、ましてや聖法騎士にするためではありません。その点よくご留意頂きたい」
少し強めの口調で言うと、全員が黙った。元々口を開いていたのは数人だったが、ルベリエもレイヴァンスも鋭い視線をこちらに向けるだけで、口は固く結ばれている。
「……うむ」
そんな中、口火を切ったのは、総帥。
「この話は当人も一緒にいた方が捗りそうじゃの」
その発言に、レイヴァンスがいち早く食い付く。
「呼んで来させましょうか」
しかし、総帥はゆっくりと首を横に振る。
「その必要はあるまい」
俺は心の中で胸を撫で下ろす。
ひとまず休んで良いと言っておきながらすぐ呼び出すのではあまりに可哀想だ。しかしながらその発言には、誰もが頭に疑問符を浮かべた。
「……ではどうするのです」
一同を代表して、ルベリエが尋ねる。
「大勢の前では言えることも言えまい、当人にはあとで儂が直に話をきくとしよう。……何よりここは癖の強い者が多いからのう」
総帥の目線が一瞬チラリとレイヴァンスの方を向いたのを、俺は見逃さなかった。思わず吹き出しそうになるが、かろうじて堪える。
誰も何も言わなくなったところで、
「……それで良いかな、騎卿」
総帥の視線が俺に向く。
俺は小さく頭を下げた。
「はい、総帥」
「では、これにて臨時報告会議を閉会する」
総帥が腰を浮かせると一同が席を立った。それから、俺を含めたこの場の総帥以外全員が円卓の中央に向かって一礼する。人によって礼の時間が異なるため、席を離れるのはバラバラで秩序なく散った。
「……思ったより早いな」
後ろにただ立っていただけのジャックがボソリと呟く。
「本人がいないと話が進まないっていう結論が出たからな……。媛奏がこの場にいたら3倍は掛かっていたぞ」
液晶端末を弄って中央のモニターを仕舞いながら、俺は半ば愚痴のように漏らす。
そこに、
「ランディール」
総帥が自席から俺を呼びつけ、手招いた。
「……先に戻っててくれ」
急いで端末の電源を落とし、皆が出入口へ脚を運ぶ中、それとは逆方向に駆け足で総帥の元に行く。
「─────なんでしょう」
席に座る総帥に対して、立て膝を付いてその場にしゃがむ。
「今夜は学校に戻るのか?」
小声ではないのに、ひどく静かな声で総帥は言った。
「……はい。20時頃には出ようかと」
「こっちに来るのはいつじゃ?」
「次の任務までは……」
「うむ……では明日、学校が終わってから戻れるか?」
「戻れなくはないですが……」
言わんとしていることが読めなくて、いまいち戸惑う。
「なに、秋泉君に話を聞く際、同席してもらおうと思ってのう」
俺の心情を察してか、総帥がわけを説明してくれた。
あまり気は進まなかったが、なんとなくこうなるだろうとは思っていたし、
「……分かりました」
余計なことは言わずに、承諾する。
「では明日の19時頃、総帥室に秋泉君と来てもらおうか」
掛けていた縁の細い丸眼鏡を外し、ゆっくりと席を立つ総帥。腰こそ曲がっていないものの、その足取りはまさに老人のそれであり、杖を突いていないのが不思議に思える。
俺はそれを、何も言わずに見送った。




