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惑星ヴェレティスの地


いくら見た目が地球っぽいからと言って、その環境までが地球というわけではないだろう。

そんなある種の偏見というか、偏見を裏返しただけの偏見を持っていた私だが、いざヴェレティスの地に降り立つと、その見た目通り地球となんら変わらなかった。

火星のように二酸化炭素が多いわけでもなく、月のように重力が弱いわけでもない。少し肌寒いがそれは私の格好の問題であり、地球では存在し得ないような暑さや寒さではない。


艇の側面から地面に直接、一度に何千人と降艇(こうせん)させられそうなスロープ状のタラップを、ランディールさん達と共に降りていく。

100mくらい真っ直ぐに続く鉄製のタラップに反射して、日の光が目に刺さる。続いて、ヴェレティスの独特な匂いが鼻孔に広がった。新品の電化製品によくあるステンレスのような匂いに、工場にありそうなオイル臭、外国人がよく漂わせているあの『青い匂い』を薄く混ぜ合わせたような独特な香り。


「……あんまり地球と変わらないでしょ?」


ランディールさんと平歩するティアラさんが私の方を向いてそう言った。


「そう、ですね。全然地球です」


「よかった。まかろんちゃんはどう?」


前を歩いているので気付かなかったが、ティアラさんの腕の中には私の愛犬まかろんが収まっていた。今までどこに行っていたのかと思えば、もう完全にティアラさんの犬と化している。

まかろんはまかろんで、ティアラさんに顔を合わせてもらって尻尾なんか振っているのだ。まったくとんでもない裏切り犬である。


「なんでその犬ティアラが持っているのよ」


ティアラさんの少し後ろを歩く、ヘレナさんが訊ねる。


「飼い主が居るっていうのに」


「すっかり懐かれちゃって……。あ、ごめんね媛奏ちゃん」


「いえ……」


ティアラさんから私に手渡ると、ひんひんと物悲しい声をあげるまかろん。この犬、誰を飼い主と見ているのだろうか。


「騎士団城に犬って持ち込めんのか?」


私の後ろを歩くジャックさんが誰となく訊ねる。

しかし、誰も答えない。


「……あれ、無視?酷くない?」


「誰に訊いてんだ」


先頭を歩くランディールさんがツッコみに、ジャックさんが(りき)んで言う。


「お前に訊いてんだよお前に!」


「じゃあちゃんと名前を指定しろ」


ヘレナさんといいランディールさんといい、ジャックさんに当たりが強いのはなぜだろうか。

……なんとなく察しはつくけれど。


「……騎卿(リッター)ロペスも猫みたいなの飼ってたし、まぁ良いだろ」


「だってよ。良かったな媛奏(ひめか)ちゃん」


私の肩をぽんぽんと叩くジャックさん。

私は返答に困って「良かったです」なんて返すが、ひどく薄っぺらかった。


会話も切れ、日の光に目が馴れてきたところで遠く正面に目を向ける。


そこには、大きな城らしきものが(そび)えていた。それも一棟だけでなく七、八棟は連なっているように見える。 そこそこ遠くにあるため色は黒に染まって全容は伺えないが、あの尖塔は間違いなく城だろう。生の城はテーマパークくらいでしか見たことのない私は、その規模や迫力に気圧(けお)された。


「あぁ、ちなみにあれがその騎士団城ね」


私の視線に気付いたらしいジャックさんが、指をさして教えてくれた。


「結構大きいですね」


「あんな規模の城があと2つあるんだぜ。まぁメインはあれだけど」


「へぇ」


聖法騎士団は、かなり大きな組織らしい。少なくとも私はあの規模の建物をこの目で見たことがないのだが、それがあと2つともなると相当だろう。


そうこうしている内に、タラップを降りきる。これからお世話になる惑星の地を踏む時はしっかり踏みしめようと思っていたのだが、あっさり降りたってしまった。しかしここの地面はアスファルトだし、ちゃんとした土を踏むときでいいか、なんてよく分からない自己満足でこの場は収める。


降りた先には、ランディールさんと似たような格好をした人が二人と、見るからに高官職らしき人がその二人の間に立っていた。


「無事で何よりだ騎卿(リッター)


そう言うのは真ん中の高官職らしき人。

歳は40代半ばくらい、背はランディールさんより少し高く、黒髪の中に束の白髪が混じった髪は短く切り揃えられいる。


「どうも、騎卿(リッター)ウェルギリウス」


それに、ランディールさんが応じる。


「皆 地球(エラーテ)での君の活躍譚(かつやくたん)を聞きたがっているよ」


「……という名の報告でしょう?はぁ、まったく休む間もありませんよ。今夜には学校に戻りますし」


「そう悲観的になるな。人並み以上の努力を重ねればいすれ人並み以上に秀でた存在になれる」


「はい騎卿(リッター)


「ところで────」


高官職の人──ウェルギリウスという名らしい──の言葉と視線が私に刺さる。自己紹介くらい自分からすべきだとは思うが、出ていくタイミングが掴めない。そうやっている間に、ランディールさんが紹介して─────


「君が秋泉(あきずみ)君かな」


ウェルギリウスさんが、ランディールさんを越えて覗き混む格好で私の名前を呼んだ。


「そ、そう、ですけど……」


「初対面の私が何故君の名前を知っているか、かな?」


ずばり言い当てられて、私は言葉を詰まらせる。

それをウェルギリウスさんは笑った。


「なに、大したトリックではないさ。ランディールが宇宙艇からこちらに報告した時、君はうつ向き気味だったからこっちを見ていなかったようだが、こちらは君の名前も顔も聞いていたからね。あの場にいた全員が、君を知っているよ」


一度も訪れたことのない星にもう私を知る人がいるというは、なんとも不思議な感覚だ。けれどこっちは相手方のことを全く知らないので、そこに安心感は全くない。


「さて、では行こうか」


話に切りがついたところで、ウェルギリウスさんは腰に付けた球体を手にして、空中に投げた。

すると、直径8cm程の球体が、3mくらいある銀の毛並みの馬のような生物に形を変えた。それに、ウェルギリウスさんが飛び乗る。

続いて二人の騎士も同様の動作で赤毛の馬を出現させ、飛び乗った。


「ちょっと下がった方がいいぞ」


ランディールさんに言われるがまま、一二歩下がると同時、ランディールさん、ジャックさん、ヘレナさんも同様の動作で、それぞれ黒毛、赤褐毛、白毛の馬のような生物を出した。


「……ティアラさんはあれ、出さないんですか?」


騎士団側の人間であるティアラさんだけ、馬のような生物を出していないことに気づく。

私は騎士団の人間ではないので当然あの球体を持っていないのだが、ティアラさんが持っていないのはなぜだろうか。


「私はあれ、持ってなくて……」


「ティアラ」


手慣れた動作でヘレナさんが手を差し伸べると、勢いよく引っ張ってティアラさんを自分の後ろに乗せた。


「そう、なんですか……」


服装が微妙に違うのも、なにか理由があるのだろうか。


「ほら、媛奏(ひめか)


私の前に聳え立つ黒毛の馬らしき生物の腹から目線を上に向けると、ランディールさんがこちらに手を差し伸べてくれていた。片腕にはまかろんを抱えているため、反対の手でその手を掴む。掴んでから、馬に(あぶみ)が無いことに気付いたが、脚を掛ける動作より速く引っ張られ簡単に跨がれた。(くら)も無いため、あまり安定感がない。


「しっかり掴まっとけ」


ランディールさんが強く手綱を引くと、明らかに馬ではない低い唸りが響いた。


それを合図に、ウェルギリウスさんの馬が走り出し、それに二人の騎士が続く。


「行くぞ」


私はまかろんを自分のブレザーの中へと急いで入れてから、ランディールさんに後ろから強く抱き付いた。

と同時に、私達の乗る馬が走り出した。


ぐんっ、と後ろに引っ張られるような感覚が私の身体を襲う。ランディールさんに掴まっていなければ今ので確実に落馬していた。

両脚で馬の腹を締めると、脚の内側に馬の筋肉の動きが直に伝わる。安定感確保のため両脚で強く締め付けても、それが跳ね返されるくらい隆々とした筋肉だ。競馬の騎手はこんなところに腰を浮かせて乗っているのかと思うと、彼らの凄さが身に染みて分かる。


少し余裕が出てきたところで、前を見る。1kmはある一直線の道の行き着く先に、巨大な城がそびえている。道の中央にはレンガで囲われた細長い池、その向こう側には道幅10mほどのタイル張りの道、その隣には段状になった天辺にパルテノン神殿にあるような縦線のはいった円柱の柱が二本、1km先までズラリと並んでいる。これらが、中央の細長い池を線対称にして左右に並んでいる。

私達は右側のタイル張りの道を計6頭の馬で、けたたましい蹄鉄の音を響かせながら疾走していた。


「乗り心地はどうだ?」


顔を少しだけこちらに向けて、ランディールさんが尋ねる。


目線を落とすと、タイルの流れがかなり早い。全身に受ける風といい、それによってなびく髪といい、確実に乗用車と同じくらいの速度は出ている感じがする。


「ちょっと怖いです」


「まぁ最初はそんなもんだ。俺に掴まってればまず落ちないから、しっかり掴まっとけよ」


「はい……っ!」


一層強くランディールさんに抱き付く。

鎧のようなものを付けているとはいっても部分的で、私が腕をまわした腰辺りは鎧などの防具もなく、柔らかい服を通してモロにランディールさんに触れていた。ランディールさんの金髪がなびいて、甘い香水の香りが私の鼻の奥へと吸い込まれていく。

よくよく考えればランディールさんは私と同じ17歳で、ならば私は今、同級生に抱き付いているのと同義だ。そう意識した途端、自分の大胆な行動が恥とてもずかしくなった。けれど落馬の恐怖から、ランディールさんの腰にまわしたその腕は離せない。


「くっつき過ぎじゃねぇかお二人さーん」


そんな野次を飛ばしてきたのは、後続のジャックさん。それに反応して、並走するヘレナさんとティアラさんがこちらに視線を向けた。


「羨ましいか?」


嘲笑うような口調でランディールさんがそれに答える。


「羨ましいねぇ。俺も媛奏(ひめか)ちゃんみたいな可愛い()に抱き付かれてみたいもんだ」


「お前に抱き付くものといえば命乞いをする闇法師(ゼレル)だけだもんな」


「うるせぇ!」


ランディールさんにしがみ付くのが精一杯の私は、二人の冗談を聞いても「よくそんな言葉を交わす余裕があるものだ」という感想しか沸かなかった。


そこに、ヘレナさんが横槍を入れれる。


「抱き付かれたいなんて言っている内は寄るものも寄ってこないわね。それを聞いた私やティアラや媛奏(ひめか)や私は特に」


「私2回入ってんぞ」


「ねぇ、ティアラ?」


私と同じく、しかし私ほど必死感はなくヘレナさんに抱き付くティアラさんは、


「あんまり堂々と言われると……ちょっと……」


そう答えた。


「なんだよティアラまで俺の敵かよ」


不意に、ジャックさんと視線が合う。


「……媛奏(ひめか)ちゃんは違うよな?」


「え゛っ」


再び私に視線が集まった。

話が振られる予感はなんとなくしたが、いざ振られると私の立場的にはなんとも答えづらい。

けれど答えないわけにはいかないし、ここは多数派の意見に流れよう。


「いや、まぁ、ティアラさんに同じです……」


「おいマジかよ!」


「早速嫌われたな」


笑うランディールさん。


みんな私より大人びていてとても同い年には見えない。が、こうした談笑の内容が私の同世代と何ら変わらないことに、少し安堵した。


そうこうしているうちに、いつの間にか城が目の前にまで迫ってきている。

ここまでくると、その威圧は半端ではなかった。高さは300m以上、横幅に至ってはその数倍、下手をしたら1kmはありそうなくらい果てしない。

遠目では見えなかったが、城の麓、入り口らしき階段の周りには巨大な円柱が何百と互い違いで規則的に並んでいる。何かのオブジェなのか、意味があって置いてあるかは分からないが、どう見てもこのまま馬で直進出来そうにない。しかし、先陣を切るウェルギリウスさんはスピードを緩める様子がない。


どうするのかと思えば、勢いそのままに馬を元の球体に戻したのだ。それはつまり、今まで跨がっていたものが一瞬で消えて、空中に投げ出されたことになる。

慣性の法則で、馬が球体に戻った位置より前に飛んだウェルギリウスさんであったが、全てが想定通りといった動きで、滑らかに着地した。二人の騎士もウェルギリウスさんにワンテンポ遅れて同様に着地する。


どう考えても私にそんなことは出来ないのだが、このまま行くと気付いたときには空中に放り出されそうな勢いだ。

しかし、ランディールさんは2段階に分けて馬の速度を落とし───ほぼ急ブレーキだったが───空中で消すことなくその場に馬を停めた。

ジャックさんはウェルギリウスさん達と同様の動きをしたが、ヘレナさんは、後ろに私を乗せているランディールさんと同じく後ろにティアラさんを乗せているため、ランディールさんと同様の動きをとった。


「身長どのくらいだ?」


こちらに手を差し伸べて、ランディールさんが問う。


「160cmくらいですかね」


その手をとって、答える。


「じゃあ結構落差あるな。足元気を付けてな」


反射的に、ブレザーの中にいるまかろんを自分に抱き寄せると同時、ランディールさんに持ち上げられて馬から降ろされた。と言っても、かなり背丈のある馬だっため『降りる』というより『落ちる』に近かったが。

ティアラさんも同じ感じで降り立つと、ランディールさんとヘレナさんは同時に

馬を球体に戻し、真っ直ぐその場に降り立った。


先行くウェルギリウスさんに続いて、二人の騎士、ジャックさんと続く。

互い違いに並んだ石柱群の中では、少し前を行くだけであっという間にその姿が見えなくなる。ランディールさんとヘレナさんもそれについて行くのに習い、私とティアラさんも二人について行く。


「……デカイですね」


ブレザーからまかろんを出し、上を見ながら、横を歩くティアラさんに話しかけた。


「……そうだね」


私と同じく顔を上げて、そういえばと言わんばかりの口調で答えるティアラさん。


「私も3年くらいここにいるけど隅々まで見たことないなー……。たぶん丸一日かけても全部はまわれないんじゃないかな」


「……滅茶苦茶デカイですね」


なんて感心していると、


媛奏(ひめか)、前」


先行くヘレナさんがこちらを向いて私に言った。


「え?」


視線を上から正面に戻すと、目と鼻の先に巨大な石柱がそびえていた。

あと一瞬ヘレナさんの警告が遅ければ危うくぶつかっていただろう。


「ここ、真っ直ぐ歩くだけじゃ前に進めないようになっているから、前見て歩かないと危ないわよ」


「すいません……」


なんて面倒な構造なんだ、と内心ぼやいた。まぁなんとなく、敵に攻めいられた時用のものなんだろうな、という察しはついたが、いざそこを自分の脚で歩くとなるとただただ邪魔なだけだ。


と、思った矢先、石柱群を抜けた。


目の前には、六角形を半分にしたような形の階段が、10m以上上まで続いている。上がった先に、この巨大な城の入り口があるのだろう。既にウェルギリウスさんと二人の騎士は階段の中腹辺りを昇っている。

それに続いてランディールさんとジャックさんが一段目から昇り始め、私とティアラさんはその後に続くヘレナさんの更に後ろに付いて階段を昇る。

一段一段の蹴上(けあげ)が高いせいか、いまいちスムーズに昇れない。しかしそれはティアラさんも同じようで、既にちょっと息を荒げている。背の高い、つまり脚の長い前6人は簡単に昇れる階段も、身長160cmそこそこの私達にはちょっとした試練だった。

それでも無言で、顔も上げずに転ばないよう足元だけを見て黙々と昇り続けること1分少々、ようやく頂上についた。


高いところに立つと、そこから見える景色を見たくなるのは人間の(さが)なのだろうか。


一陣の風に頬を撫でられながら、私は後ろを向いた。


そこに広がる光景に、私は息を呑む。

遥か向こうに見える薄く霞んだ灰黒色の城、それを覆う真蒼の空、城の右後方には紺碧の海が広がっていた。左には、地球からこのヴェレティスまで私を運んでくれたあの巨大な宇宙艇が鎮座している。


「いい眺めだろ」


風景に心奪われていた私に、ランディールさんが誇らしげに言った。


「なんだかんだ、ここからの眺めが一番良い」


「そうなんですか?」


「ああ。あまり高いところから見ると騎士団の敷地外の物まで見えてしまってあまり綺麗じゃないんだ。ここからだと敷地全体が見渡せるが、他は見えないからな」


海が見えると言うことは沿岸にある敷地なのか、または巨大な島にあるのかはここの高さからはわからないが、そう言われれば宇宙艇はあんなに未来的なのに、敷地全体は緑が多く、そこに建つ城々はどこか古風だ。ここの外にはもっと未来的な世界が広がっていて、だとすれば確かにこの雰囲気は壊されかねないだろう。


「……まぁとにかく、今は中に入ろうか」


「……へ?」


気付くと、私とランディールさん以外の全員が城の中へと歩を進めていた。いちいち目を奪われて脚を止めるようでは、まったく彼らに置いてきぼりにされるばかりだ。


城の入り口は四つの円柱が等間隔に並び、神殿のようになっている。入り口とは言うが扉はない。壁に長方形の穴を開けてそこに円柱を嵌め込んだだけ、というような入り口だ。


ランディールさんに続いて城の内部へと脚を踏み入れる。


これまた私は、息を飲んだ。


無限に続く大空間が、そこには広がっていたのだ。


それを黒大理石の太い柱が、天井から床までを貫くように円形に整列している。階段で上がった分、床は下にあり、天井は十数メートルは上、奥行きと幅はもはや計り知れない。何せ、私の視野に全体が収まらないのだ。一つ言えるのは、こんな大空間を私は他に知らない、ということだけである。

入ってすぐのここは、六角形を半分にした形の広場になっており、そこから正面には幅10mはありそうな赤絨毯の道が一直線に延びている。


ウェルギリウスさん達は、その広場で私を待ってくれていた。


「……さて、お疲れ様、秋泉(あきずみ)君」


こちらに顔を向けて、ウェルギリウスさんが労う。


「長旅で疲れただろう。君の部屋はもう用意してあるから、一先ずそこで休むといい。……レーメル」


「は、はい」


「ここの6階、第一客泊室だ。案内してあげなさい」


「わかりました」


ウェルギリウスさんから鍵を受けとるティアラさん。


「あの部屋、最後に使ったの何時(いつ)っすか?」


それとほぼ同時に、ジャックさんがそんなことを訊いた。ウェルギリウスさんは肩を竦める。


「さあな。ただ相当汚れていたから、掃除には半日かかったらしい」


「そんなところ使わなくても、ランディールの向かいの部屋空いてますよ?」


「あそこは騎士の人間のみに入ることを許された塔だからな。私はそこを推したんだが、騎卿(リッター)レイヴァンスにそう断られてしまってね。まぁでも客泊室の方が広いし小綺麗で──────」


「……じゃあ、行こうか」


「あ、はい」


話が切れるの待っていても仕方がないと踏んだらしいティアラさんが、小さく笑って私を呼び招いた。

四人の間を抜けながら、正面に真っ直ぐ伸びる赤絨毯の道をティアラの後について歩く。


「……皆さんはまだ休まないんですか?」


後ろから、ティアラさんに問い掛ける。


「うーん。3人はまだ休めないんじゃないかな……。報告とか、いろいろあるみたいだし」


「大変ですね……」


「たぶん媛奏(ひめか)ちゃんの方が、これから大変になると思うよ……?」


「……………………」


あまり柔らかくはない赤絨毯を踏む私の足取りは、重かった。



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