秋泉媛奏
暗闇の中。
磨きあげられた鏡面の床が、天井の薄ぐらい照明に照らされて、二人の人間を浮かび上がらせる。
一人は黒装束に身を包み、黒い刃の剣を持った銀の長髪。
一人は金と紺の鎧の様な物に身を包み、銀刃の剣を持った黒の短髪。
黒髪の男は息を荒げ、銀髪の男は総毛立つような不快の笑みを浮かべている。
時々黒髪の男の掌から放たれる蒼白い閃光は、執拗に銀髪の男の身体を狙う。しかしその全てをかわされ、弾かれ、消し飛ばれる様に黒髪の男は焦りを感じているようで、剣の振るいに余裕がなかった。
対して銀髪の男には余裕がある。最小限の動きで長い髪の先を右へ左へ揺らしながら、息一つ荒げず、黒髪の男の攻撃を弄ぶように剣を対峙させていた。
「それで正義と宣うのだから、笑わせる」
銀髪の男が囁く。
「殺意に塗れた感情をただ力に変換してぶつけるだけの何が正義だ。お前のそれはただの私怨だろう?」
煽るようなその口調に、黒髪の男の唇が固く結ばれた。表立って激昂こそしないものの、銀の刃は逆鱗に触れられた竜のように猛々と、しかし虚空を切る。
「お前の剣では永遠に私を斬ることなど出来まい。騎士団に居る内はな」
「……どういう意味だ」
黒髪の男は後ろに退いて銀髪の男と距離を離し、乱れる息に混ざって問う。
銀髪の男が嘲笑気味に答える。
「お前の語る正義、つまり騎士団の側から私を殺す術はないという意味だ」
刹那、10m以上あった二人の間合いが銀髪の男によって0に変わる。
それまで手にぶら下がっていただけの黒刃の剣が、 黒髪の男の頬を一閃した。
「ッ、!」
「英雄に死を」
一閃された頬から血が出るより先に、黒髪の男の胸を剣が貫く。
一瞬の静寂。
何も無くなってしまったかのように音が消えた。
続いて、男の手から銀刃の剣が滑り落ちる。鏡面の床が遥か先までその音を響かせ、広げた。
全身の力が抜けていき、無情にも銀髪の男は剣を引き抜く。唯一の支えを失った黒髪の男の身体は、その場に崩れ落ちた。
「……レトード・レグナオイ. イム・エイブドゥーグ。闇法師に神譴の裁きあれ」
全てが暗闇に消えていく────────
◇ ◇ ◇
暗闇から押し出されるような感覚から、私は目を覚ました。
心臓が激しく脈打って、額に嫌な汗をかいている。目に写る無機質な天井が私を夢から現実へと引き戻した。
見慣れない天井に一瞬、違和感を感じたが、そう言えばここは自室では無かった。
ここは宇宙船の一室。地球でもなければ太陽系でもない、その遥か遠くの銀河を漂う宇宙船の中。
ここは、そんな場所だ。
あれからどれくらい経っただろうか?
部屋に時計は見当たらないし 、私のスマートフォンは電波が届いていないらしく『- - : - -』と時間を標していないし、時の変化を知るものが一切ない。
若干頭が痛いのは寝不足だからか、はたまた寝過ぎたからか、或いはあの不可解な夢の影響か……。
いや、考えるのはよそう。余計頭が痛くなる。
私はベッドから脚を降ろし、その拍子にズキリとした側頭部を押さえながら、立ち上がる。
室内は恐ろしく静かで、微塵の揺れも感じない。これで本当に今も宇宙空間を飛行しているのだろうか。着く頃にランディールさんが起こしに来てくれると言っていたが、まさかもう到着したのだろうか。
なんにせよ、窓のないこの部屋では何も分からない。
部屋のドアの前に来ると、早速問題に直面した。
「……?」
ドアに取っ手がない。つまりこれは自動ドアなんだろうな、と言うところまで察しはついたが、さてどうやったら開くのだろうか。
わざとらしく大きく一歩、前に出る。
「……………………」
私の知る自動ドアなら近付いただけで開くはずなのだが、鼻先が当たりそうなところまで近付いてもドアはウンともスンとも言わない。
荷重やセンサーで開かないのだとしたら、考えられるのはボタンだろうか。
しかし周囲にそんな物は見当たらない。思えばこの部屋に入った時、ドアを閉めてくれたのはランディールさんだった。こんなことなら自分で閉めておけば良かった。
……まさか、内側からは開かないなんてことはないだろう。
牢屋じゃあるまいし、きっと何かしらの方法で開くはずだ。
私はもう一度、周囲を見渡す。ドア周りだけではなく部屋全体を。
よく見てみればトイレやバスルームにもボタンやセンサーのような物は付いていない。つまりあれも、このドアと同じ仕組みで開くようだ。催してなくて本当に良かった。
必要最低限を徹底したようなこの部屋には、ドアのスイッチどころか、照明のスイッチも見つからない。尚且つこれらがセンサーで動いていないのだとすれば地球にはない未知の技術で稼働するのだろうが、それを地球人の私に探れというのは何とも酷な話だ。
こうなったらもう、ランディールさんが来るまでこの部屋で待っていた方が早いかも知れない。
私は鼻で溜め息をついた。
いや、こんな何もない部屋であと何分、何時間と待っていられる気がしない。唯一暇が潰せそうなテレビだってリモコンが見当たらないし、本体のどこにもスイッチがない。
こうなれば、力尽くだ。
私はドアの隙間に両手の指を押し込めた。それだけではビクともしないドアに私の期待は淡く色付くが、もしかすると、もしかするかも知れない。
全身の力を腕に集めて、思い切り横に引く。
「ふっ……!ぅぐ……っ!」
しかしドアは、ピクリとも動かない。次第に私の指が滑っていき、私は勢い余ってその場に尻餅をついた。
「痛っ、たぁ……」
絨毯も何も敷いていない床は恐ろしく硬く、尾てい骨に衝撃的な痛みが走る。
と、同時。
「……え、」
ドアが開いた。
力尽くでは明らかに失敗したのに、ドアが自動で開いた。
そしてそこには、
「お、おはよう……」
ランディールさんが立っていた。
「お、おはようございます……っ」
尻餅をついた拍子に全開になったスカートを慌てて押さえる。無意識に髪に手が伸び手櫛で整えるが、指通りの悪さから察するに程々寝癖がついていたかもしれない。
「このドア……媛奏が開けたんだよな?」
「……あ、すみません。開け方分からなくて無理矢理────」
言い掛けて、気付く。
「───開けようとしたんですけど、開かなくて……、ランディールさんが開けてくれたんじゃ、ないんですか?」
「開けようとはしたけど……」
それが明らかに戸惑いの語調であったことは言うまでもなく。
「俺が開ける前に開いたぞ」
私は面食らった。
え?と呟いたきり固まる私に、ランディールさんは後頭部を掻きながらこう言った。
「いやその、この部屋の扉の開け閉めや照明のオンオフは全て聖法で行うようになっててな……。俺達はいつも当たり前のようにやってたからそのことをすっかり忘れてて、伝えようと思って来たんだけど……」
視線が私から左、今や中に収納されたドアの方へ向く。
「そんな必要なかったみたいだな……」
薄ら笑うランディールさんにつられて私も薄く笑みを浮かべる。しかしすぐに元の表情に戻って、探り探りに言葉を紡いだ。
「でも私、その、聖法なんか使えないのに、開けちゃいましたよ……?」
「……ここは本来聖法騎士専用の部屋で、聖法を使えない者は何があってもドアの開閉が出来ないようになっている。力尽くで開くなら聖法騎士仕様にした意味がないからな」
言いながら、私に手を差し伸べてくれるランディールさん。その手に甘えて、私は立ち上がった。
「って、言うことは……」
「聖法が使えるんだよ、媛奏」
──────そこからしばらく、私の記憶は抜け落ちてしまっていた。
部屋を出てからしばらくランディールさんの後を付いて行ったのだが、思うことが多すぎてすべて上の空になっていたんだと思う。どんな言葉が掛けられたのか、その片鱗も思い出せない。
ただ少なくとも、話題は聖法についてではなかった。これ以上私を混乱の泥沼に沈めんとした、ランディールさんの気配りだったのだろうか。
覚えていることと言えば、それくらいだ─────。
気が付くと私は、この宇宙船で一番最初に通された広大な操縦室にいた。
そして、視界を覆う目映い光。
正面一面のガラスに映しだされていたのは、巨大な惑星だった。大陸の形を除けば、地球と寸分 違わないその惑星は、緑色の大陸と、碧い海、白い雲で覆われている。
「これが、惑星ヴェレティスだ」
いつの間にか後ろにいたランディールさんが、そう教えてくれた。
「惑星環経、地球で言うところの赤道直径が16万4000km。大きさは木星と同じくらいで、地球の約13倍だな」
遠近感の対象がない宇宙で惑星の大きさを実感するのは易くないが、数値で言われるとまだ分かりやすい。生の地球を見た時でさえその大きさに圧倒されたというのに、その13倍とは、私のちっぽけな脳味噌ではただただ計り知れない。
「……地球を出て、もう一日経ったんですか?」
ふと地球が恋しくなって、私は時間の経過が気になった。しかしその裏には、私はほぼ1日分眠りに就いていたのかという疑問を秘めていた。
地球からヴェレティスまでの掛時が23時間ほどで、ランディールさんの話が数時間あったとは言え20時間以上寝ていたのは確実だ。寝過ぎなんてものではない。
「経ったな。地球が恋しいか?」
「まぁ、少し……。というか私、20時間くらい寝てたんですかね……」
こちらに顔を向けたランディールさんと、目が合う。
「経過時間的にはそうだな。でも睡眠時間で言えば……8時間くらいじゃないか?」
「……え?」
「ん?」
自身の発言に何の疑問も抱いていない様子で、混乱の渦中にいる私の表情を伺うランディールさん。
「えっと……経過時間と睡眠時間って、意味同じじゃないんですか?」
「……あー、ちょっと違うんだ」
私はランディールさんの言っている事の意味が分からなくて、固まった。
「地球からここまで来るのにただ宇宙空間を航行していただけじゃない、っていうのは分かったかな?」
「何となく、は……」
「あれを『光の速度での航行』と書いて光速航行と言うんだが、もちろん本当に光の速さで航行しているわけじゃない。そんな速度で航行すれば高確率で惑星や恒星に衝突するし、なにより、物体は光の速度を超えられないからな」
相対性理論か何かで、その話は聞いたことがある。地球外の技術を以てしても光の速さを超えられないとはちょっと意外だが、それを地球人のアインシュタインが発見したというのが、何より驚きだ。
……いや、寝る前に聞いたランディールさんの話が本当だとすれば、アインシュタインは所詮、彼らの電波をキャッチして頭にそれを植え付けられただけに過ぎないのだろうけれど。
「そこで、俺達が使う光速航行は四次元空間を利用している。……これがなにか、分かるかな?」
「いえ……」
「一次元は点、二次元は線、三次元は立体、これに続く四次元は、時間だ。この世界は『現在』という世界を軸に時間ごとの世界が存在している。この宇宙艇が秒速100cm/sで推進しているとすれば、1秒前の世界では今いる位置より100cm後ろにこの宇宙艇が存在し、1秒後の世界では今いる位置より100cm前に存在している。3時間後の世界では、ヴェレティスの地を踏んでいることだろう。
光速航行ではこの『次元の原理』を利用するんだ」
地球人の私にその説明はおよそさっぱり分からなかったが、それを言葉にしなくともランディールさんは私の心情を察してくれたのだろう。話は続く。
「この宇宙艇の最高速度で光速航行を使わずに行けば、地球からヴェレティスまでは約184時間かかる。地球に居た時の宇宙をxと仮称し、ヴェレティスにいる今の宇宙をx'としよう。手順としてまず、『光速航行路』又は『時空管』と呼ばれる次元を移動する為のトンネルの入り口をx宇宙の地球付近に設定する。次に、その宇宙艇が出せる最高速度で到達する時間/8で算出した時間、今回でいえば184/8だから23だな。23時間後の世界の宇宙x'のヴェレティス付近に出口を設定する。あとはこの『時空管』の中を通れば通常の1/3の早さでヴェレティスに到着できるわけだ。ただしここでミソになるのが、経過時間≠移動時間であること。つまり23時間後の世界に飛ぶからと言って『時空管』の中を23時間航行するわけじゃない。『時空管』の中を移動する時間は、さっきの式で算出された値/2で算出するから今回で言えば11時間半。すなわち、媛奏の睡眠時間はせいぜい8~9時間くらいということになる」
「あ、そうなんだ……」
8~9時間程度なら、普段の睡眠時間より少し多いくらいである。そう思うと、もう少し寝ておけば良かった。
「……あれ、でも移動に11時半かかったら出口を出る頃には23+11で……34時間後になりません?」
「良いところに気付いたな」
我ながらよくこんな突拍子もない話に真っ当な突っ込みが出来たものだと感心した。黙って“慎重に”聞いていた甲斐がある。
「例えば入口に観測者aという人物を置き、出口に観測者bを置くとしよう。aとbにはトランシーバーを持たせて、宇宙艇が航路に入った時、aがbに『今入ったよ』と連絡させるとする。するとaからの連絡が入るのと、出口から宇宙艇が出てくるのは、ほぼ同時になるんだ。要するに第三者から見れば、光速航行はほんの一瞬の出来事に過ぎないと言うことになる」
「……なんで、ですか?」
「宇宙xとx'の違いが時間だけだからだ。23時間後の世界というのは、四次元空間的には別物だが三次元空間的には時間が違うだけの同一世界にある。それはそうだよな、全くの別世界に言ってしまえば前の世界から俺達の存在が消えてしまうんだから。つまり四次元的な移動を行う『時空管』に1秒でも滞在してしまえば、俺達の存在は1秒分世界から姿を消してしまうことになる。……って、意味わかるか?」
私は首を横に振る。
「あんまり……」
「……じゃあ極端に切り崩して、ニュアンスだけの説明をしよう。光速航行を行おうと決めたらまず、世界の時間を23時間だけ進めて時間を止める。時間を止めてしまったら当然例外なく俺達も止まってしまうから、俺達は時間停止が干渉しない光速航行専用の道を使ってヴェレティスまで航行する。この道程に11時間半掛かかって、目的地に着いたら時間停止を解除する。こうすれば俺達は11時間半を体感するが俺達以外の人間達、つまり第三者達からすれば俺達が地球からヴェレティスに一瞬で到着したように見える、と言うわけだ。これで分かるかな……?」
なんとなくは、と言おうとしたがあまり曖昧な返事ばかりするのも、真剣に教えてくれている人に失礼な気がして、何も言わずに探り探りに頷く。
「……まぁ要するに媛奏が寝たのはせいぜい8~9時間くらいということだ。そんなでもないだろう?」
「そうですね……いつもより1、2時間多いくらいです」
柔らかい笑みをこちらに向けるランディールさんに、思わず私は顔を背けてしまった。
と。
「騎卿ヴェントル、管制ステーションから連絡が入っています」
話の切れ目を狙っていたのだろう平たい帽子に軍服を着た人が、彼ら流の敬礼らしき格好でランディールさんに報告をあげる。
ランディールさんは一言、「繋いでくれ」というと帽子の人の方も見ずに上からせり出てきたモニターの前に仁王立ちになった。
数秒のノイズのあと、モニターに管制ステーションの人とおぼしき、また違った帽子を深く被った人のが映し出される。口元には小さな楕円のマイクが見てとれる。
『こちら惑星ヴェレティス・銀河海航管制ステーション。登録者情報と艇番を報告してください』
機械のように滑り出てくる声は、澄んだ女性のものであった。これに、ランディールさんが応じる。
「こちら聖法騎士団のランディール・ヴェントル。艇番AN420」
『聖法騎士団所属、騎卿ランディール・ヴェントル、確認しました。入星許可コードを送信してください』
「了解」
『同時に、貴艇の登録外物品のスキャンを行います。聖法銀河帝国登録外の物品がある場合、登録許可コードの送信または登録申請コードを送信してください。』
「登録外物品の搭載及びその認可なし。発見に際した場合は即時に投棄を行う」
二人のやりとりは手慣れたものだった。定型文を投げ交わすだけのようだが、どうもこれが入国審査らしい。
『入星許可コード、確認しました』
「……大気圏突入の準備を」
ランディールさんがモニターから顔を反らし、モニターの斜め向こう側にいる艦長さんに指示を下した。艦長さんは黙って頷くと周囲の操舵手らしき人達に指示を下していく。
『登録物品のスキャンが完了しました。……警告、聖法銀河帝国登録外生命体を確認』
その言葉と同時、船内が静まり返った。
誰もが手を止め、その場に固まる。
雰囲気が一気に緊迫した。
『直ちに登録許可コードまたは登録申請コードを送信してください。搭載認可外の物であれば即時投棄してください。繰り返します、直ちに────』
管制官の冷徹な言葉も最後まで聞く耳持たず、操縦室全体がざわつく。ランディールさんまで、その場に固まって動かない。
「騎卿ヴェントル」
艦長さんが指示を切り止め、ランディールさんの元に近付く。
「密航者です。直ちに捜索隊を組みましょう」
「え、えぇ……」
事の深刻さがいまいち理解出来ていない私は、騒然となった室内で茫然と立ち尽くすのみだった。
そこに、
「何かあったのか?」
そんな声が、後ろから聞こえた。
私とランディールさんが同時に振り替えると、ジャックさんを率頭にティアラさんとヘレナさんが操縦室に入ってきたところだった。
「随分と騒がしいけど」
「……この艇に密航者がいるらしい」
ジャックさんとティアラさんの表情が一変した。
「みっ、密航者!?」
「ああ、スキャンで引っ掛かった。……海上に停留させていたから地球人はまず入れないだろう。そうなるとおそらく────」
「闇法師か……」
「その可能性が高い」
ランディールさん達が神妙な面持ちで言葉を交わしている中、ヘレナさんが平静な表情で私を一瞥した。
「……ねぇ」
「っ、なんだ」
「絶対に地球人の可能性はないの?」
ヘレナさんの言葉を聞いて、私は気付いた。登録外生命体、密航者、そしてヘレナさんが私を一瞥した意味。
しかしランディールさんは『下らない質問するな』と言わんばかりの口調でこう告げる。
「海上に浮いてて、しかも地球人には不可視立ったんだぞ?入れる隙がないだろう」
どうもランディールさんは気付いていないらしい。
「あらそう」
ヘレナさんがもう一度こっちを見て、悪戯な笑みを私に向ける。どうもヘレナさんは気付いているようだ。
「私は誰が地球人を連れてきたっていう可能性を信じるけれど。ねぇ、媛奏?」
「ま、まぁ……」
「なんで媛奏に話を振るん────」
ランディールさんの動きが再び固まる。
耳の頭がわずかに赤らんだ辺り、ランディールさんも気付いたらしい。ティアラさんは申し訳気に笑って、一部始終を聞いていたらしい艦長さんは『やっちまった』なんて悔しさと可笑しさが入り交じった表情で、操舵手の人達に改めて指示を下していった。
そんな中で、
「え、なになに?どういうこと?」
なんて、ジャックさんただ一人だけが状況を理解出来ていなかった。
モニターの向こうで待ちぼうけを食らっていた管制官の人と対するランディールさんに代わって、ヘレナさんがこう言う。
「密航者って言うのは、媛奏のことよ」
「…………は?」
「たぶん入星審査の登録物品スキャンで登録外生命体として引っ掛かったのを密航者って言っているんでしょ。要するに今日から媛奏が聖法銀河帝国の人間だって言うことを忘れてて、ランディールが登録を怠ったってことよ」
「………………」
こちらを見るジャックさんに、作り笑いをする私。
ポジティブに捉えて、私はランディールさん達に馴染めたんだろうけれど、手放しで喜べないのはなぜだろう。
────私の所為、ヘレナさんに言わせればランディールさんの所為で、私がヴェレティスの地を踏むことになるのは斯くして3時間後となった。




