聖法師
「ランディール」
媛奏を部屋に送り、コックピットへ向かう廊下の途中、後ろからヘレナに呼び止められた。
「……なんだ」
愛想なく反応して、後ろを向く。
「これ」
振り向き終わる前に、ヘレナが電子端末を投げて寄越す。
「デオキシリボ核酸による有聖法性の調査……?高校生の分際で卒論の真似事か?」
「よく見て」
「……………………」
強い口調で言われて、渋々目線を落とす。そこには、致合率90.11%という数字が大きく表示されており、その下には無数の数字が羅列している。
この鑑定は聖法銀河帝国において、聖法師の可能性がある子供に行われるもので、対象の毛髪や唾液に含まれたDNAからその可能性を知ることが出来る。
致合率100%は生まれつきの完全な聖法師。30%以下は聖法師になれる可能性が低く、86%以上はほぼ確実に聖法師になれる可能性を秘めている。
俺やヘレナ、ティアラとジャック、いやこの宇宙艇に乗る者は、幼少時に漏れ無くこの鑑定を受けているはず。だから聖法師を名乗れているわけで、再鑑定をしたとしても聖法を扱えている以上100%でなければおかしい。
ではこれは、
「……誰の鑑定結果だ」
「この艇に乗る人間は、幼少期に漏れ無くこの鑑定を受けている。だから聖法師を名乗れ、聖法を扱えている以上再鑑定したとしても致合率100%でなければおかしい。それで、自ずと答えがでないかしら 。ヒントは、13人目」
最後の言葉で完全に意味不明となってしまった。13人目?これは何かの13人目の人物の鑑定結果ということだろうか。
「あら、出てこない?さっき自分で言っていたじゃない」
「俺が……?」
「ええ」
まったく心当たりがない。知らぬ間に俺は13人目の何かを口にしていたのだろうか。
「……じゃあ、さらにヒント」
すっかり黙りこけた俺にヘレナが痺れを切らす。
「貴方が発言した『12』という数字は、何を表すものだったかしら」
ここまで焦らされる意味を考えるとイライラしたが、今さら乗った船は降りられない。
しかしそのヒントの答えは、ピンときた。
「『12』ってのはあれだろ?『現在までに地球で発見された聖法師の数』……」
そこまで言って、ハッと気付く。
「まさかこれ、媛奏の……」
「そうよ」
ヘレナは顔色も声色も変えずに、あっさりと肯定する。
「あの子は地球で生まれた、13人目の聖法師。やはり私の勘は間違っていなかったわ」
「……いや、ちょっと待て。媛奏のDNAなんてどこで採取したんだ?」
「これよ」
そう言ってヘレナは後ろに手をまわし、何かを引っ張り出す。
それは、ビニール袋に入っており、縁と持ち手が黒い、ステンレス製のティーカップだった。
どこか見覚えがあったのは、さっきヘレナが媛奏用に差し出したティーカップに酷似していたからだ。
「これで唾液と指脂を採取したの。唾液は、縁に口が触れた時。指脂は、持ち手のところから。あとはこの黒い部分を取り外して専用の機械に通せば簡単に結果が分かるわ」
どうやらそのティーカップは、こういう目的の為に存在する代物らしい。恐らく私物じゃないと思うが、まさかヴェレティスを発つ前から予測できるわけもなし、だとすればこの宇宙艇の備品だろう。そんなものの存在を、なぜヘレナが知っているのか……。
「本当は毛髪が良かったんだけれど、さすがに難しかったわ。根元から抜かないといけないし、機会は伺ってたんだけど」
「伺ってたのか?」
「さっきじゃないわよ。地球の彼女の部屋でね」
「あぁ、それであの子の後ろに立っていたのか……」
「ええ」
俺の後ろではなく、媛奏の後ろに立ったのは、つまり後ろから毛髪をかっさらうつもりだったかららしい。
まぁ正面からやるより良いとは思うが、
「……いや、どんな瞬間技でも、気付かれないように根元から毛を抜くのは難しくないか?」
「そうなのよ。だからベッドに落ちた抜け毛も探したんだけど、見事に1本も無かったわ。相当な綺麗好きなのかしら」
自分の抜け毛も気にしたことがない上、女子の抜け毛がどんなものなのか知らない為に、俺は言葉に詰まった。
話を転換させよう。
「……そもそも、なんで媛奏に聖法師の疑いをかけたんだ?そんな感じどこにもなかったぞ」
その問いに、ヘレナは視線を下に落とし一瞬だけ思考に耽った。
「……ただの人間が闇法師に狙われるわけがない、っていうのが最大の理由かしらね」
出た答えに、俺は反射的に言葉を返していた。
「けど、聖法師だからって狙われるわけでもないだろ?」
「聖法師だったら狙われてもおかしくはないって話よ。それに、地球の聖法師となれば特別視されるのも当然。まぁ本当の理由はわからないけどね」
再び目線を手元に落とす。
大きく記された90.11%という文字が目に留まる。
「……本当に媛奏が聖法師なのか」
「DNA鑑定は嘘なんかつかないわよ」
「12人目の聖法師が現れたのは地球の年月で1000年前だぞ。隔世遺伝にもほどがあるだろ」
「自分で言ったんじゃない、『極稀に隔世遺伝のような形で聖法師の力を表す者がいる』って。1000年分の世代を隔てても聖法師の血は受け継がれるってことよ」
どこか投げ槍なヘレナの言葉。
「そんなことより、このことは、あの娘に伝えた方が良い───には決まっているんだけど、何時伝えるべきだと思う?」
俺は痒くもない頭を掻く。
ヘレナ曰く、これは俺が困った時にみせる癖らしい。言われた当時はそんな自覚はまったく無かったのだが、今ハッキリと自覚する。
「……少なくとも今じゃない。騎士団で本人合意の元、精密なDNA検査を行って、それからでいいんじゃないか」
「検査を行う理由は、何て言うの?」
「正直に『聖法師の可能性があるから調べたい』でいいだろう。どの道向こうに着いたら健康検査は行うわけだし、その一環とでも言えば下手な疑いはかけられずに済む」
「そう」
自分から訊いておいて、生気のない返答のヘレナ。
思わず眉の端がピクリと動く。
口任せの割に筋の通った発言が出来たと思っていたのに、これでは自分で自分に感心した俺が馬鹿みたいだ。
「……とりあえず騎士団に報告してくるわ」
「あ、あぁ……」
何も言わない俺を放って、ヘレナはコックピットの方へ、一人、歩き去った。
俺は、ヘレナから渡された端末を手に、彼女とは反対方向に脚を進める。
行き先は勿論、媛奏の部屋だ。




