地球創造計画
「簡単に言えば、『地球上のモノは、ほぼ全て俺達宇宙人によって創られた』っていうことだな」
ランディールさんの言葉は、私を絶句させるに十分足りるものであった。
何年間も当たり前だと思っていた常識が一気に覆るショックが、私の思考を石にする。
「……媛奏ちゃん?」
右隣のジャックさんが、顔を覗き込むようにして私を呼ぶ。
「……っ、は、はい?」
「大丈夫?なんかぼーとしちゃって、」
呆然として何も発言しない私を不審に思ったのだろう。ジャックさんが心配してくれた。
「すいません……大丈夫です、全然」
「まぁ、驚くのも無理ない」
ランディールさんは、私の呆けを驚きによるものだと理解してくれていた。
「本来は君達が知ることじゃないからな。それに、知ってもいけないことだ」
話を戻そう、とランディールさん。
「この計画が施行されたのは、銀河法暦で2347年から2402年までの55年間。現在の法暦が2412年だから、計画が終了したのは10年前だな。
本来は半永久的に観測し続ける予定だったが、2401年に研究拠点だった施設が闇法師の襲撃を受け、施設が半壊、職員は皆殺しにされた。結果、計画は再起不能となり凍結、今も再開の目処は立っていない」
現在の地球は彼らの監視下にはない、と言うことだろうか。
「それで、これがその凍結された計画の概要だ」
言って、ランディールさんはテーブルのしたから紙のようなものを引っ張りだし、私に手渡す。
それは、厚紙と同じくらいの厚さがあるが、厚紙ほど固くない。形は正方形に見えて微妙に長方形、大きさは私の掌2つ分より少し大きい程度。片手で持つとふにゃりと倒れてしまうので、両手で巻物でも読むような感じで持つ。
そんな物体の表面には文字が書かれている。そこにはこう記されていた。
『法暦2347年。
その55年後、2402年まで実験は行われた。
惑星全体を実験地とした、史上最大の実験である。
対象は惑星 地球。
実験立案から計画・調査を経て、発見に至る。
発見当時の惑星 地球は霊長類が出現し始めた頃であり、文明らしい文明は存在していなかった。
さほど知能のない知的生命体を必要としていた我々は、この惑星を最高の実験地と決定付け、実験を施行段階に移す。
尚、本計画の実験内容は、次に開示する。』
と、そこで終わっている。開示すると言っておいてなんだそれはと思ったが、ふと閃いた。
表面に人指しを当てて、上へ撫でると、
「おお……」
やっぱりそうだった。
これは、変な材質の紙なんかじゃなくて、紙のような材質の液晶画面なのだ。地球にも似たようなものはあるが、実際に触ったことはないし、なによりあれは紙の液晶というよりプラスチックの液晶に近い。
それに対してこれは、本当に紙の液晶だ。丸めて賞状筒に入れても違和感はないだろう。
スクロールして見えたのは、中途半端に終った文章の続き。
『①同一惑星内に、異なる言語・通貨・信仰・芸術・道徳・法律・慣習を持つ国家間の、貿易・外交及び意志疎通の手段
②法術(聖法・魔法・霊法・闇法)が存在しない環境下での知的生命体の生活様式と思考理念
③惑星外生命体との貿易・外交及び意志疎通の断絶による文明の進度
以上、三点が本実験の概要である。
本実験では、我々が手を加えることによる人工的な文明を築く必要があるため、相当な時間を要する。
この点について我々は、時空系 法魂力を持つ法術師の協力を募い、惑星内の時間を早めることで解決した。』
画面横のシークバーらしきものは、まだ下があることを示している。
再び指を置いて、下へスクロール。
『続き、我々の意図する三項目の正確な検証には『伝超脳波』を使用し、洗脳を施す。
これにより地球上の知的生命体は、決められた思考及び行動・言動を脳に植え付けられ、我々の実験を行える条件・環境が整えられる。
最低限の知識は我々と統一するため、 発明・発見者を地球の知的生命体から選抜の後『伝超脳波』を使用して恰かも自らが発見したかのように仕向ける。
又、観測は、完全な文明が築かれた時点から開始する。
以上の本計画を、『惑星 地球創造計画』と仮称する。
尚、本計画は惑星 地球の生命体に知られてはならない。
これを、固く遵守せよ。』
思い切り知られ、まったく遵守されていないが、いいのだろうか。
……いや、そういえば私はもう地球の住人ではなかったのだった。
しかしなるほど、聞くよりは自分のペースで読めるし見直せる文章の方が理解できるだろうというランディールさんの意図は、けれど全く反映されなかった。
正直、分かったとは言い辛い。
「①に関しては、思ったことあるだろう。なんで同じ人間でこうも言葉や風習、性格が違うのか、って。外国語なんて勉強している時に、『世界で言葉を統一してくれれば楽なのに』とかな」
いつまでも画面から目を離さない私を気の毒に思ったのか、ランディールさんが解説してくれた。
しかしそれで分かった。
「でも、これが計画の一部ってことは……」
言いかけて、「察しがいいな」と、ランディールさん。
「そう。国ごとに言葉や通貨、文化が違うのは全て俺達宇宙人が意図して施したものだ。中には独自に生まれたものもあるが、7割方は俺達によるものだと思って良い」
この人を疑うつもりは毛ほどもないが、その話はとても信じられる代物ではなかった。
私はたまらず言葉を滑らせる。
「いや、でも……場所が違えば文化が違って、文化が違えば言葉が違う……ものじゃないんですか?」
「考え方は全く間違ってはない。ただし、今なお言葉が統一されない、という点で考えて、何か思わないか?」
いまいち私にはピンと来なかった。
けれど、ランディールさんに私の解答を期待していた節はなく、そのまま言葉を続ける。
「言語の違いっていうのは、個々の文化の尊重という点以外では不便でしかない。そういう考えが俺達にはあるから、全銀河での言語は統一され、異文化コミュニケーションと言うものを知らずに過ごしている。
大衆はこれを良しとしているが、中には良しとしない者もいる。人類学者だ。彼らの側面から見れば、国ごとに言語や文化が違うとどのような国交や貿易、コミュニケーションが行われるのかを知る必要がある。しかし現実世界では最早不可能……次なる手段は、人工的な世界を作って、それを観測するしか方法は
ない」
一言聞き逃せばまったく理解出来なくなってしまいそうなランディールさんの語りに、私はこれまでになく真摯に耳を傾けた。
「これは当然、知能の低い動物実験では無理だ。かといって個々の文化を既に作り上げた世界で行うのも難を要す。必要な条件は、『個々の言語、文化を持っておらず、さほど知能のない人間』がいる惑星。これを探しているときに運良く見つかったのが───」
「地球……」
「その通り」
知らぬ間に私は言葉にしていた。
けれどここまで聞いて私は一つ疑問が浮かぶ。質問は最後にしようかと思ったが、間が空いたのでそこに言葉を挟んだ。
「……でも、実験の開始は60年くらい前ですよね?そこから観測を始めても……」
ランディールさんは、私の言わんとしていることを理解してくれたらしい。
「そう。当然採算は合わないな。そこで、書いてあるだろう?『時空系 法魂力を持つ法術師の協力を募る』って」
私は手元の紙液晶に目を落とす。
確かにそういう記述はあるが、
時空系?法魂力?法術師?
専門用語の羅列で、私には何が何だかさっぱり分からない。
「……えーと、つまり?」
「つまり、地球内の時間を早送りするってことだ。そういう能力を備えた法術師の力を借りてな」
はあ?という感想が、思わず声になりそうだった。
声にはならやかったが、しかし態度に、いや表情に感想が浮かんでしまい、ランディールさんは手を組み直して解説してくれた。
「法術師というのは、俺達 聖法師と闇法師、この二つの特殊能力者の双称だ。まぁこの場合、聖法銀河帝国が闇法師の力を借りるわけがないから、法術師と言っても指し示すのは聖法師のことだけどな」
じぁなんで法術師と記したのか、なんて訊くのは愚問だろう。なにより、ランディールさんはそんな隙を与えてはくれなかった。
「聖法師の中には『法魂力』という、限られた人間にのみ使用できる力を持つ者がいるんだ。分かりやすく言えばそうだな……。必殺技とか、奥義ってのが一番近い」
「必殺技……」
そう言うとなんだか陳腐だ。けれど、それを使える人間が実際に存在すると考えると、悪寒がした。なにせ、必ず殺せる技と書くのだ。その法魂力というものは、大層恐ろしいに違いない。
「ただ、一様に必殺技と括ることもできない。俺とヘレナ、ジャックの法魂力は攻撃に特化しているから必殺技と言って過言じゃないが、ティアラのはむしろ逆だ」
「逆?」
「ティアラの法魂力は他者の傷を癒す───。つまりは治療が出来るんだ」
「……医者ってことですか?」
「……まぁ普通はそう考えるよな」
どうやらそう言うことではないらしい。
「じゃあ、実演してもらうとしよう」




