秋泉媛奏
「……さて」
完全に通信が切れて、画面が真っ暗になってからランディールさんは私の肩から手を離した。
「ここで立ち話も酷だ。奥の部屋に行こう」
私の背に背を向け、この広いコックピットを一人、後にする。
私は目の前に広がる景色にしばらく呆然としていたが、扉の開閉音に気付いてランディールさんの後に続いた。
コックピットとは変わって、廊下は結構明るい。角の丸まった正方形の廊下で、全体はステンレスのような銀色、両側面上部に照明がある。装飾は一切なく、全体的にどこか無機質だ。
廊下は遥か先まで、目測だけで100mは絶対に越えるほど続いていた。所々に脇道、ノブのない真っ黒な扉があるが、ランディールさんはそのどれにも目もくれず、ただ真っ直ぐ歩いている。
さっき格納庫からブリッジから来たときとは、作りは同じだが別の廊下なので行き先はさっぱりわからない。
「ヴェレティス到着までに、いくつか伝えておくことがある」
突然、先行するランディールさんが口を開く。
「ここからヴェレティスまでは約丸一日掛かるから、その間に1・2時間ほど、な。その後は自由にしてもらって構わない。睡眠用の個室がいくつか余っているから、取り敢えず仮眠を取ることをオススメするよ」
「は、はい……」
私が気弱な返事をした頃、ランディールさんは足を止め、左側の黒い扉の方向に身体を向けた。ランディールさんが扉に軽く手をかざすと、扉が自動で開き、中に歩みを進める。私もそれに続く。
室は楕円形で、扉がある壁の正反対側、つまり室に入ってすぐ正面に大きな窓ガラスがある。が、ワープ中の今は、線状になった惑星が絶え間なく流れていく景色しか見えない。
中央には室と同じ形をした、備え付けのテーブルと、椅子が8つ。どちらも未来的なデザインをしていて、と言うかよく見れば椅子にもテーブルにも脚がなく、浮いている。
その椅子に、それぞれバラバラで3人ほど人が座っていた。
一人は見覚えがある。ランディールさんと一緒にいた女の人。私の部屋で何も言わずずっと後ろで立っていた人だ。名前は確か、ヘレナ……レノロイズ、さん。
しかし内二人はまったく知らない人だった。一人は男の人で、もう一人は女の人。
扉を開けて入ってきた私とランディールさんに、その3人の視線が集まる。
「お、来たな」
「お疲れ様、ランディール」
名前の分からない男の人と女の人が、ランディールさんの顔を見てそう言った。ランディールさんはそれを「あぁ」と曖昧にやり過ごす。
この四人は同い年くらいに見える。私は何と無く、この場の居ずらさを感じた。けれど、何の躊躇いもなく入っていくランディールさんに、私は続いて入る他無かった。
「……って、あれ?後ろのお嬢さんは……」
男の人の視線が私に向く。
「さっき言ったでしょ。そこ娘が地球で闇法師に狙われているって娘」
私やランディールさんより先に、ヘレナさんが呆れ気味に男の人に私のことを説明してくれた。
「ああ!例の媛奏ちゃんね!」
「馴れ馴れしく呼ぶな」
ランディールさんがピシリと一言言った。
それから私の肩に手を置いて、
「ヘレナから聞いてるみたいだが、まぁ一応言っておく。この娘が秋泉媛奏、今日から俺達と同じ、聖法銀河帝国の人間だ」
私を3人に紹介してくれた。
「俺はジャック・スティーリブ。ランディールより頼りになる男だ!よろしく!」
ランディールさんの言葉を食い気味に、男の人が身を乗り出して手を伸ばす。
「よ、よろしくお願いします……」
なるほど、この人は“そういうタイプ”の人らしい。
差し伸べられたを握り、軽い握手をする。
「媛奏ちゃんさ、」
「はい?」
「17歳だよね?」
「え?あ、まぁ……一応」
「じゃあさ、俺達と同い年だし、そんなに固くならなくてもいいんだぜ?」
「…………え?」
私はその場に固まる。同い年?私とこの人が?
「同い年……なんですか?」
「おう。この場の全員」
「ぜ、全員?」
ランディールさんも、ヘレナさんも同い年?
「そう言えば、年齢は言ってなかったな」
ランディールさんが平坦な口調でそんなことを口走る。
「……てっきり、歳上だと思ってました」
私はランディールさんやヘレナさんを見ながら、こんなに大人びた17歳がいるのかと驚嘆した。私のクラスの男子と言えばもっとガキっぽくて、女子と言えば全く気品の欠片もなかったけれど、やっぱり宇宙は広いのだ。
「まぁそう言うわけだから、リラックスリラックス」
「は、はい……」
凄く気をつかわれてる。この場の雰囲気に馴れていないと言うだけで、別に緊張しているわけではないのだが……。
「私は、別に大丈夫よね?」
ジャックさんの正面にすわるヘレナさんは、一間置いてから私に確認の言葉を掛ける。
「えと、ヘレナ、レノロイズさん、でしたよね?」
「ええ。よろしくね」
「よろしくお願いします……」
「最後、ティアラ」
「あ、うん」
ヘレナさんの右隣に座る女の人が、ティアラと呼ばれて、席を立つ。
「はじめまして、ティアラ・レーメルです。えっと……折角の同い年なんだし、仲良くしようね。よろしくお願いします」
前二人とは違って、この人とは仲良くなれそうな気がした。
「あ、そうだ」
と、何を思い出したのか、ティアラさんはそんな声を発すると、隣の席から白い何かを持ち上げる。
それは、
「あ、」
愛犬、まかろんだった。
到着してからすぐに預けていたことをすっかり忘れていた。
そんな薄情者の私を、寝ぼけ眼の迷惑そうな目で見て、これといったリアクションもせずにティアラさんの腕の中に顔を埋める。
「……あれ?」
飼い主の顔をみたら無我夢中で飛び付くと予測していたのだろう。ティアラさんはちょっとまんざらでも無さそうな顔で、予想と違ったまかろんの行動に首を傾げる。
「……………………」
「……と、とりあえず渡すね」
「あ、はい」
腕の中で再びうとうと始めたまかろんを、ゆっくりと受けとる。ティアラさんの元から離されたことに気付いたまかろんは、飼い主の腕の中にいるというのに、くぅーんなんていうのであった。
「……この浮気者め」
「すっかり懐かれちゃったなー」
表情を緩ませながら、まかろんの頭を撫でるティアラさん。愛で方が犬好き、と言うか動物好きのそれだった。
「一通り済んだら席に着け。募る話が積もるほどある」
ランディールさんはティアラさんを元いた席に戻してから、私に一番手前の席を勧める。
私がまかろんを抱えたまま、宙に浮いたその椅子に座る。意外としっかりしており、宙に浮いているとは思えない安定感がある。席は、右隣がジャックさんで正面がティアラさんの位置。ランディールさんは私の左側、すなわちティアラから向かって右側、つまりは誕生席の位置に座った。
「さて、まずは何から話すかな……」
着くなり、ランディールさんはテーブルに手を組み、呟く。悩むほど色々な話があるのだろうか。
「……逆に何かあるか?訊きたいこと」
「……え゛」
予想外の質問に固まった。全員の視線が私に向く。
「え、えーと……」
訊きたいことは山ほどあったはず。けれどいざ「どうぞ」と言われると、とっさに言葉がまとまらない。さっきのランディールさんも、こんな気持ちだったのだろうか。
「……あ、じゃあ一つ」
「おう」
「ランディールさん達はなんでそんなに流暢な日本語が喋れるんですかね?」
これは確か、ランディールさんが宇宙人と知ってからすぐに抱いた疑問だった気がする。
創作物にはよくご都合主義的に言葉の壁が取っ払われているが、現実にはそうはいかない。
宇宙人なら、地球人には端々も理解できない宇宙語的なモノを話すという偏見を私は持っていただけに、ランディールさん達の話し言葉が日本語なのは中々の疑問だったりした。
ランディールさんは人差し指で軽く頭を掻く。
「……強いて言わせてもらえば、俺らや君が話している言葉は日本語じゃないんだ」
「……へ?」
私は虚を衝かれた。
まったくこの人は、何を言っているのだろうか。
これが日本語じゃない?いや、日本という国で生まれて、日本という国で使われているのだから、『日本語』という以外の名称があるわけがない。
「まぁ、意味不明だよな。その反応も当然だ。……最初から説明すると少し長くなるが、まぁ幸いにも時間はある」
ランディールさんは一度ヘレナさんに視線を向けた後、再び私に視線を戻す。
「発端は、『惑星 地球創造計画』だ」
「エラーテ、創造計画……?」
言われたままを復唱するくらいしかない私。
「そう」と、ランディールさんが頷く。
「人類学の為に聖法銀河帝国が行った、人間社会文化の人工形成計画。計画の施行に選ばれた場所が地球、すなわち地球であったためについた名称だ」
私はまるで、地球を創ったという神の話でも聞いている気分で、固唾を飲んで聞き入った。




