聖法騎士団
聖法騎士団城の最上階。
そこは聖法騎士団の選ばれし先鋭のみに進入が許され、各々が何かしらの代表として鎮座する。
部屋の中央には、半径10mを優に越える巨大な円卓と、これを囲む形で絢爛な装飾が施された椅子が17脚。
天井は、ダイヤモンドを中から見上げたような半16面体で、日に反射してキラキラ光る。それが最大の光源であり、他の照明は天井付近で弱く光るだけ。そのためほぼ意味を成しておらず、日に陰りがある今は、室内が薄暗い。
南側に出入口があり、その真上にはこれまた巨大なスクリーンが上からせり出してくるような形で設置してある。
たった今、その出入口から一人の騎士が入室し、何も言わずに席についた。
「……全員揃ったようじゃな」
いくつか空席があるにも関わらず、円卓の真北に座る白い髭を蓄えた老騎士はそう言った。
「では、始めよう」
全員が顔をあげ、老騎士の方に目を向ける。老騎士は言葉を続けた。
「まずはこの間ワルディナに現れた闇法師に関する報告を、騎卿ウェルギリウス」
「はい」
老騎士の右から三番目の椅子に座るウェルギリウスと呼ばれた騎士は、その場に立ち上がって全体に目を向ける。
「闇法師は中級の者で、ベレト・ジレーク、ザルクァート・ルフ、シーゼ・ファウガーの3人。いずれもデュー・アンフェールの闇法師です」
デュー・アンフェール。
その言葉に何名かの騎士が反応する。
「……ジレークは殲賢騎士の騎卿ロペスが、ルフとファウガーは私の手で倒しました。彼らの目的は不明。何度も問い質しましたが最後まで口を割らず、ルフは半ば自決気味に死にました。恐らく、デストトリスに口封じをされるほど重要な任だったのかと。しかしワルディナの死者数は0、現地にも変わった様子は見受けられません。3人の企ては失敗だと思われます」
「闇法師はワルディナで何をしていた」
ウェルギリウスの言葉が切れたところで、ほぼ向かいに座る黒い顎髭の騎士が問う。
ウェルギリウスは眉一つ動かさず返答した。
「ジレークとルフは建築物の破壊活動、ファウガーは不明です。おそらく二人の破壊活動はファウガーの行動を隠すための陽動でしょう。我々はまんまとその思惑に嵌まりました」
「……結構」
顎髭の騎士は手組みを腕組みに変えて、怪訝な表情を浮かべる。
「他に、何か」
ウェルギリウスが一同に目を送って問うも、反応はない。
「……では以上です」
老騎士の方に体を向けるウェルギリウスに、老騎士は手を上から下へと、着席を促す。
一礼して、ウェルギリウスは席に着いた。
それとほぼ同時。
ウェルギリウスの左横に座る、線の細い眼鏡をかけた騎士が突然席を立って、総帥に耳打ちをした。
その挙動に、暇を持て余していた四本腕の騎士や、ジッとして一ミリも動かなかった覆面の騎士も、一同が注目した。
「うむ、実にいいタイミングじゃの」
眼鏡の騎士の耳打ちが終わると、薄ら笑みを浮かべて老騎士は呟く。
次には、一つ飛んだ右隣の騎士に一言二言、全体には聞こえないような、しかし耳打ちをするほどのボリュームではない声で、何かを伝える。
「……なんです?」
痺れを切らした黒顎髭の騎士が、一同を代表して総帥に問いた。
「ん、いやなに、ランディールからの連絡じゃ。ではルベリエ、繋いでくれ」
「はい総帥」
老騎士の二つ隣の席に座る、ルベリエと呼ばれた男が手元の装置を弄ると、老騎士の正面、南側出入り口真上に設置された巨大モニターが上からせり出してきた。
次にはモニターに電源が入り、一人の騎士が映し出される。
老騎士は、モニター越しにその騎士と対峙した。
「待たせたの、ランディール」
『いえ、総帥』
ランディールと呼ばれた騎士は軽く目を伏せ、彼ら流の敬礼を交わす。
「どうじゃった、地球は」
『ええ、まぁ、色々と興味深い惑星ですよ。先人が人類学の実験に使った理由がよく分かります』
「そうじゃろうの。ワシがかつて赴いた時は戦時中じゃって、まるで神にでもなった気分だったのう。……あぁそうじゃ、それで用件は?」
『地球での闇法師殲滅作戦、その結果報告です』
「うむ」
総帥が先を促すと、ランディールは手に持った電子端末を一瞥して、再び総帥の方に視線を戻す。
『確認された18人の闇法師は、騎卿ダートハイドが征伐したものも含めて、18人全員征伐しました。我々側の犠牲は0、地球側の犠牲者は……4名です』
言葉の最後で、ランディールは顔を渋らせる。
「それだけ闇法師がおって4人に留められれば充分じゃ。その4人の死後の手配は?」
『……既に済んでいます』
「ならばよい。最善は尽くした」
『はい、総帥……』
目線を落とすランディール。
「して、」
老騎士から思わぬ切り返しが来て、ランディールは直ぐに顔をあげた。
『 ? 』
「本題はなんじゃ、本題は。会議室ではなく帰路からモニターを通して報告ということは、それ相応の理由があるのじゃろう?」
『あぁ、そうでした』
そう言うと、ランディールは人差し指で誰かを招く。
一同が食い入るように、モニターに注目した。
まもなく現れたのは、一人の少女。
紺色のブラウスと、白いラインの入ったプリーツスカートを身に付けている。長いストレートの黒髪にブラウンの瞳と桜色の頬。 背丈はランディールより頭一つ分ほど低く、全体にまだ子供のあどけなさなが残っている。
そんな彼女の両肩に手を置いて、ランディールは自分の前に引っ張った。
少女は一度モニターに目を向けると小さく頭を下げる。
会議室内の一同が無言で顔を見合わせる。一人として悠然とした態度をとっていない。
「……その娘は?」
一同の反応を見て、どうやら誰の知り合いでもないことを悟り、老騎士は問う。
『元・地球の住人です』
眉間に皺をよせる老騎士。
しかしランディールは依然として毅然とした態度を保つ。
「……地球の住人、じゃと?」
『はい。名前は秋泉媛奏。闇法師に狙われている可能性があるため、保護しました』
室内の全員が、モニターに顔を向けたまま互いに目配せ合う。誰一人として発言はしかなったが、察した老騎士は全体を代表して、重い口調で問いた。
「まさか、地球に闇法師が現れた理由は……」
『恐らくこの娘を狙って、かと思われます』
「……なぜ、闇法師に狙われているとわかったのじゃ」
『闇法師はピンポイントにこの娘を狙っていました。その他、言動や行動から察するに間違いないないでしょう』
ランディールの前で両肩を捕まれ、その場を動けない少女は視線の居所に困っている。
これといって特筆することもない普通の少女である彼女に、老騎士は怪訝な表情を浮かべた。
「……その娘が狙われる理由は?」
『詳細は不明です。推測はありますが、それは会議室でお話ししまょう。私が連絡した理由は、この娘の今後についてです』
「と、言うと?」
『この娘を地球に定住させれば、再び闇法師に襲われた際、我々がそこまで行くのは億劫だし何より時間が掛かり過ぎる。かといって騎士団の誰かが地球に定住するのも、なかなか難しい話でしょう。そこで、この娘の方からこちらに来てもらうことにしました。騎士団城に匿えば、闇法師の一人や二人では歯が立たない。闇法師から身を守るには、これ以上の場所はありませんよ』
老騎士は一つ、溜め息をつく。
「……その許可を取るために連絡したのか」
『はい』
ランディールは眉一つ動かさず、平気な顔でそう答える。
「駄目だ、と言ったらどうする?」
『残念ながら今更地球には戻れないのでね。ここから宇宙へと放り出す他ありません』
相変わらず表情に変化はない。
ランディールの言葉に、少女は「えぇっ?」と声を挙げてランディールの方を向く。
老騎士は椅子の背凭れに深く背中を沈め、間を開けてから口を開いた。
「……策士め」
『お褒めに預かり、光栄です』
「仕方がない、許可するほかあるまい。部屋の準備はこちらでしておこう」
『感謝します、総帥』
その言葉を最後に、ランディールからの通信は切れる。
暗転したモニターが上へと収納されていく最中、老騎士が呟く。
「まったく、ランディールには手を焼かされる……」
「持ち前の横暴さは、相変わらず父親譲りですね」
呟きを聞いていた横の騎士が座ったまま老騎士にそう言った。
「まるでヴァンラードを見ているようだ」
「悪いところが似よっとるの」
老騎士は自身の後ろで直立不動になっている二人の内一人を呼び寄せ、
「修道女達に第2尖塔最上階の掃除をするよう命じてくれ。出来れば7・8人での」
「はい、総帥」
命令を受けた老騎士の使いは、足早に会議室を後にする。
それを目で送りながら、唇だけをわずかに動かして、本当に誰も聞こえないような声で、老騎士は言った。
「いよいよ、じゃの」




