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秋泉媛奏

私は飛行機に乗ったことがない。

金属の翼に金属のボディーで、鳥のように羽ばたくわけでもなく、空を飛べるあの不思議な物体に多少の恐怖心があるから(ゆえ)、である。

海外に興味があるわけでもないし、国内の遠出は全て新幹線で行けるから、これに不自由は感じない。



そんな私だから、きっと生涯空に近付くことはないだろう。

……なんて思っていた矢先。



私は地上より遥か上空、

雲のすぐ下を飛んでいた。


眼下に果てなく広がる海。時々見える船らしきものはどれも米粒大で、上を見ても下を見ても自分がいるその高さがよく分かる。


ビル群を次々と抜けていき、みるみるうちに地上から遠ざかっていくその様を見た時には、夢でもなければ絶対にあり得ない光景だと思っていた。

しかし空が近付くに連れて強さを増す、その肌を刺すような寒さが、私に現実を突き付ける。


私は空に近付いた。

それも飛行機なんかじゃなくて、生身のまま。

容姿見た目は地球人と何ら違いのない宇宙人にお姫様抱っこをされて、私は空に近付いた。


徐々に遠ざかっていく日本の国土を、もう二度と目にすることは出来ないだろうと、目に焼き付ける。


これから私は私のために、180度変わった人生を送るのだ。

不思議と、寂しい気持ちはしなかった。

母親も親友も失って、どうでもよくなってしまったからだろうか。

ある種の現実逃避なのかもしれない。


私の両腕にしっかりと抱かれた まかろんは、必死に目を開けようとするも吹き付ける風の強さでまったく開いていなくて、可愛い。

この宝をこの高さから海の中へ落としてしまったら、と考えると自然に まかろんを抱える両腕に力が入る。


「……寒いか?」


と、不意に。

私をお姫様抱っこする宇宙人ことランディールさんが、真っ直ぐ前だけ見ていていた顔をこちらに向けてそう尋ねた。


まかろんを強く抱き寄せるために身を縮こませた私の行動を、寒さ(ゆえ)のものだと思ったのだろう。

もちろん、そんなつもりじゃない。


「いえ……大丈夫です」


「けど、耳も頬も鼻も、真っ赤だぞ」


言われて私は、慌ててそれらを触った。

恐ろしく冷たい。

冷たくなりすぎて、感覚が無くなっていたのだ。


「まあ、君の国の上空は恐ろしく寒かったからね。無理もない」


ランディールさんは再び前を向いてから、そんなことを言い、


「けどもう、あと40km位南下すればもう俺達の(ふね)に着く。ちょっとだけ我慢してくれ」


そう続けた。

あと40kmも?とは思ったが、東京からここまで20分とかからなかったのだから、40kmなんてすぐそこだろう。


眼下には、見たことのある形をした島が見えてきた。あれは確か、グアム島だ。

前に汐里から、『家族旅行のお土産』と貰ったチョコレートの包装に、これとまったく同じ島が大々的にプリントされていたのを覚えている。


ここまでの時間から考えて、飛行機で3時間半程かかる(汐里談)距離を20分で到達してしまったのだから、見間違いの可能性もある。

20分と言うのもあくまで私の体感時間だが、さすがに3時間と20分をはき違える程酷くはない。どんなに狂っていても1時間すら経っていないのは確実だ。

しかし何度見てもその島は、南下しているという点も含めて、グアム島で間違いなかった。


だとすれば、今のこの速度、時速何km/hなんだろうか。


「お、」


その声に反応して、私は顔を上げてランディールさんを見る。


「見えてきたぞ」


ランディールさんは私の方は見ずに、ただ前だけに顔を向ける。

その方向に、私も顔を向ける。



遠く、海の上に浮かぶ銀色の物体。

南半球はオセアニア付近の上空、蒼い空と白い雲に青い海、その真ん中に忽然(こつぜん)と浮遊するそれは、明らかに地球の代物ではなかった。


直方体をベースに、側面に色々なものがくっついていて、上には平べったい円形の展望台みたいなものが乗っかっている。

そのどこにも、飛行機のような翼やヘリコプターのようなプロペラは見当たらない。

けれど船は、まるでその場に固定されたかのごとく、そこからとどまったまま少しも動かない。


私が、と言うか普通・一般の人が考える宇宙船といえば、UFO───円盤に半球の乗ったアレだが、それとは随分(ずいぶん)異なった形をしている。

どちらかといえば、SF映画に出てきそうなビジュアルだ。


距離が近付くに連れて、その大きさがはっきりとする。

私の語彙力では、ただただ『巨大』としか言い表せないが、その大きさは巨大の域を遥かに凌駕(りょうが)していた。東京23区の真上に来たら、その影で23区は丸々覆われてしまいそうなくらいのスケールだ。

そんなものが空中に浮いていれば、まず疑い無く地球の物ではないと、私でも分かる。


それを目指す彼らは、本当に地球外生命体らしい。

そして私も、晴れてその仲間入りというわけだ。地球出身の、地球外生命体になるわけだ。


「あれで、行くんですか?」


言い知れぬ不安に心を狩られ、私はそんな分かりきった質問をしてしまう。

しかしランディールさんは、表情一つ変えずに答えてくれた。


「そう。惑星ヴェレティスまで大体23時間くらい、あれに乗って宇宙航行だ」


「そ、そんなに?」


「銀河を十数個 (また)ぐからね。正直俺もうんざりだ。まぁ君には伝えておくべきことがたくさんあるから、23時間なんてあっという間だな」


「そ、そんなに……」


23時間分の話とは、果たして何だろうか。と言うより、私の脳で記憶できるのだろうか。


だんだんと近付いてくる彼らの宇宙船は、早い段階でその全容を視界に捉えられなくなる。どんな広角レンズを搭載したカメラでも、これ全体を一枚に収めるのは不可能だ。


ふと気になったのは、この宇宙船、出入り口が見当たらない。私達がもっと近付いたらどこかが開くのか、はたまたどこかが既に開いてはいるが見えていないか。


と思ったら。


ランディールさんが、宇宙船の下に潜るようにして高度を下げた時、その謎は解けた。

船首前方のほぼ真っ(さら)な底面の真ん中に、平たいタラップのようなものが一つ、下へと()り出している。

あそこに降り立ってから中へと入るみたいだ。


完全に船の下に入り、船底面ギリギリを飛行する。

凄まじい速さで頭上を流れていく船底は、微妙に黒ずんでいた。焦げ跡のようなそれは、大気圏を抜けてきた証、だろうか。


目線を上から下に変えると、遥か下には静かな水面(みなも)の海が見える。ヘリコプターのような仕組みでこの宇宙船が浮いているとすれば、水面(みなも)はもっと激しく荒れるだろうに、それがない。

それから、ないものがもう一つ。

影だ。

南半球のギラギラした太陽が容赦なく照り付けているというのにも関わらず、真下の海やその周り、どこを見ても影の一つも見つからない。これはもはや異星人の技術力だとか科学力の問題ではなく、物体に働く物理現象的におかしな話だ。

それともやはり技術力や科学力の問題であり、彼らは影すら無くしてしまうことが可能なのだろうか。


この宇宙船は、本当に地球上の代物ではない。それを、酷く痛感した。


「……どうかしたか?」


下ばかり見つめる私に、ランディールさんはそう訊ねる。


「下に何かあるのか……?」


「いや、その逆で……」


「逆?」


まぁ、何を言っているか理解されなくてあたりまえだ。


「なんで影がないのかなーって、」


「影?」


私の言葉に、ランディールさんも目線を下にさげる。すると「あぁ、この船の影か」と、理解を示してくれたらしい。


「この宇宙船はな、透明なんだ」


平たいタラップの上に脚を付けたランディールさんが、ゆっくりと私を降ろしながらそう言った。


「透、明……?」


「そう、透明」


まさか冗談を言っているわけではないだろう。こんな、文字通り見え見えの嘘を。

それともなにか。この宇宙船が見えている私がおかしいとでも言うのだろうか。


「ただし、『俺たちから見て透明』、というわけじゃない。『地球人から見て透明』なんだ。つまりこの宇宙船は、地球人には見えていない」


頭の上に疑問符を浮かべる私に、しかしその言葉は疑問符を一層増やすだけであった。


「地球人の目では(とら)えられないような素材で出来てる……、ってことですか?」


「そうしたら君にも見えないだろう。俺達側に来たとは言え、地球人ということに変わりはないよ」


とりあえず、私は宇宙船が見えていて正常だと分かって良かった。


「じゃあ一体どういう────っうわ!?」


どういう原理なんですか、何て言葉を言い切る前に、私達が降り立ったハッチが上へとせり上がり始めた。

見上げればそこには、このタラップと同じ大きさの四角い穴が開いており、丁度これが収納できるサイズだ。その先が、宇宙船の中なのだろう。


「俺達は立場上、地球人にその存在を知られてはならない」


タラップ稼働時の大きな揺れにもランディールさんはビクともせず、言葉を続けた。


「だから、包んだものを透明にするようなフィルターを掛けて、見えないようにしたわけだ。そして、これを見ることが出来るのはこの装置を付けた者のみ」


言って、背中に羽織ったマントを捲り、左後ろの腰辺りのベルトにくっついた立方体の機械をこちらに見せた。表面には赤と青のボタン、テンキーが付いている。


「それは……?」


「トウカ装置。これも同じく、身につけて電源を入れれば身に付けた者の身体が透明になる。つまり今の俺は地球人には見えていない。そして、透明同士はお互いを目視できる」


「……て言うことは、私も……?」


「察しがいいな。その通り、今宇宙船が見え、俺が見えると言うことは君も今透明だ。他の地球人からは見えていない」


「でも私、そのトウカ装置っていうの、持ってませんよ……?」


「出発前に渡したコインみたいなやつ、君は今手に持ってるかな」


しっかりと持ち過ぎたせいで手と一体化してしまい、すっかり忘れていた。まかろんを抱いたまま、右手のひらをランディールさんに見せるように開く。


「これ、ですか?」


「そう、それだ。それがトウカ装置の子機のようなもので、共有設定を施した俺のトウカ装置に呼応し、所持した人を透明にしてくれるってわけだ。まぁ──────」


その時、タラップは完全に上がりきったらしく、ガチンという大きな音を鳴らす。そこは格納庫のような場所で、私達はその真ん中に立っていた。

ランディールさんはその大きな音に自分の声が()き消されることを予測したのか、ワンテンポ開けてからこう続ける。


「宇宙船の中に入ってしまえば、透明になる必要はないけどな」


そう、そして私はついに、彼らの宇宙船の中へと入った。

ここは地球の中であって、地球外の空間。初めて吸う地球外の空気は、少し、油臭かった。


「……こちらヴェントル。聞こえますかストレガルロ艦長」


ランディールさんは口元に左手首辺りを近付け、前触れなくいきなりそんなことを言った。

何の一人言かと思いきや、よく見ると手首には何か機械のようなものが巻き付けられている。

口振りから察するにあれは、通信装置のようなものなのだろう。


『こちらストレガルロ。(ようや)くですか、騎卿(リッター)ヴェントル』


すると通信装置からそんな声が返ってきた。ランディールさんの通信相手らしいその声は、トーンが低くてハッキリとした滑舌を持っており、いかにも人格者と言った感じだった。


「予想外の事態になってしまいましてね」


しかしランディールさんは、声色一つ変えずに返答する。


「すいません、遅れて」


『何、想定範囲内です』


「捜索隊は全隊撤収しました?」


『ええ。貴殿(あなた)方ヴェントル隊が最後ですよ』


「結構。これからそっちへ向かいます。出発の準備を」


『はい 騎卿(リッター)


二人の短いやりとり、その意味はよく分からないし、それで当然だったろうけれど、


「……じゃあ、行こうか」


「あっ、は、はい!」


ランディールさんの後ろを付いて歩きながら思う。


『予想外の事態』とは、きっと私のことだろう、と。


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