デストトリス・ヴォルフィーラ
孤島とは、まさにこのヴュレフスカル島のことを言うのだろう。
大陸の沿岸からはもちろん、漁船で行ける限界まで行ってもその島は姿を捕らえられない。
わざわざ探すか偶然でもない限り、大洋の真ん中にポツンと浮かぶ島を見つけ出すのは至難の業だった。
島を中心とした周囲の海域の空は、年中雨雲と雷雲が混在している。雨は止むことなく降り続け、雷は休むことなく轟き続けている。
ヴュロフスカル島には、巨大な黒塗りの城が一城ある。延々と続く高さ10mの城壁に囲まれ、唯一の出入口は、どんな核兵器を打ち込んでも傷一つ付きそうにない鋼鉄の扉に守られている。
稲妻によって海上に不気味に照らし出されるこの城、ゾーンツ・デレッド城。その最深部、礼拝堂のような広さと天井の高さを持つ部屋の中で、黒いマントを羽織った男はこう言った。
「失敗は死を以て償え。これが我ら、デュー・アンフェールの金科玉条。奴の死は、当然の結果です」
その言葉が向けられているのは、黒基調に金の縁取りと装飾が施された玉座に座る、全身 黒尽めの男だった。
闇と一体化しているその男は、黒マントの男の言葉を聞いてから、頬杖をついたままゆっくりと口を開く。
「それは、自決にのみ償いの価値を持つ。一介の騎士にもたらされた死など、犬死にと呼ぶも甚だしい」
室内に重々しく響く男の声に、その場の6人全員が竦み上がり、口を閉ざした。
その中でただ1人、黒マントの男だけは6人の中から一歩前へ出て、玉座に腰掛ける男と対峙する。
「仰る通り。しかし、奴の存在価値など端から無いに等しい。今優先すべきは、次なる策なのでは?」
その言葉を聞き、玉座の男は頬杖をやめて、その手を顎に当てる。
次には、こう言った。
「名案が、あるのだろうな?」
黒マントの男が深く瞬く。
「聖法騎士団城への、奇襲攻撃です」
後ろで固まっていた6人が、驚きに目を丸くした。玉座の男だけが表情一つ変えず、「ほう……」と言って先を促す。
「聖法騎士団があの小娘の重要さに気付く頃には、城の中枢へと匿われる。
そうなれば最早闇法師一人や二人では歯が立たないでしょう。
つまり、正義の仮面を被った蜚蠊の巣窟から掌中の珠を引き摺り出すには、我々デュー・アンフェールが一丸となる他ありません」
勿論、と黒マントの男は続ける。
「提案をする以上、準備に抜かりはありません。私を含める72人の闇法師は、貴方の命令一つでいつでも出撃出来る用意は出来ております。デストトリス様」
その場に片膝を付き、頭を深く下げるその様は、主人に使える忠実で賢明な犬そのものであった。
玉座に座するその男・デストトリスは玉座から立ち上がり、1歩、2歩、と前へ出る。
闇の中から表れたデストトリスの全身もまた、漆黒のマントに覆われていた。中性的な顔付きに、男性にしては長めの銀髪、黒い眼球に赤い虹彩の瞳。不気味という言葉は、まさにこの男のことを表していた。
鏡面の床に叩き付けられる脚とその靴音は部屋全体に反響し、黒マントは顔をあげる。
「……如何でしょうか」
「蹉跌を来して負うリスクの大きさ、理解した上での判断だろうな」
「言を俟たずとも」
「その返事が聞けて会心した」
言いながら、横を素通りするデストトリス。黒マントはすぐに立ち上がってその後ろを歩く。
「予測通りに行けば、奴らがヴェレティスに着くまで最短で23時間ほどです。対して我々は、ここからヴェレティスまで最短でも18時間、聖法銀河帝国の察知を避けて光速航行路を通らないとなれば、90時間は優に越えます」
「艇は何を使う」
「ダートノレッド級 強襲揚陸艇です」
「では給油も必要だな。最低でも5日はかかる」
デストトリスも黒マントも、6人の存在などないかのように目を向けない。6人はそんな自分達の力の弱さを呪うように、組織のNo.1とNo.2の背中を見送った。
デストトリスは、金属で縁取られた木製の巨大な扉を手も触れずに開け放ち、部屋を後にする。
部屋を出た先、天井が見えないほど高いロビーには数名の闇法師が散在していた。
その全員が、たった今部屋から出てきた二人を見て緊迫の表情を浮かべる。次には、全員慌てたように頭を垂れた。それは、敬意と恐怖が露になった態度そのものだった。
そんな中を堂々と抜ける二人は、まったくお互いの言葉だけが世界になっていて、周りの状態に目もくれない。
「時は一刻を争います」
「すぐに召集をかける必要があるようだな。……1時間後には出る」
「はい、総帥陛下」
ロビーを抜けて、二人の姿が完全に見えなくなるまで、誰一人として頭を上げた闇法師はいなかった。




