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拒絶と失墜

 A119のコクピットから、ゴードンは茫然とその光景を見ていた。

(まあ、フーバーのために門を開けることはできたってところか?) 

 自嘲のため息が漏れる。アクション映画でもあるまいし、自分にできるのは所詮この程度までという事か。そんな冷めた意識が戻ってきた。

 怪鳥の背中にフーバーが取り付き、二者はもつれ合いそのまま一体となってサン=クロンの上空を通過していく。その進路の先にあるのは、サン=ロレ島だ。とにかく、脅威は街から去った。

 通信機のトグルスイッチを再び操作し、ガードへの無線通信を再開する。

「こちらゴードン・ハスケル。怪鳥はサン=クロン上空を通過、サン=ロレ島方向へ向かった模様――あんたらの庭だな」

〈ハスケル!? さっきの通信、どういうことだ――〉

 まくしたてる女性指揮官の声が途中で止まる。ゴードンの言葉の意味を理解したらしい。

〈む――分かった。情報の提供、感謝する〉


「俺はさっきの消防署へ戻る。何かあったら携帯端末に連絡を入れてくれ。番号は――」

 一瞬ためらいつつも番号とアドレスを伝えた。むやみに今後の接触を断とうとすれば、却って怪しまれるだろう。通信を切ったそのあとで、ふと燃料計に目を落とす。離陸時に確認しなかったが、給油はされていたのかどうか。


「げっ、こりゃやばい。もうほとんどスッカラカンじゃないか」

 燃料計の針は限りなくE(empty)に近づいていた。


         * * * * * * * 


 三年前のあの夜――STORM発生のその時、崇と真、そしてメイリンは屋外にいた。

 深夜だった。その数か月前から急速に親密さを増した都に対し、崇が友愛の上に肉体的接触への欲求を積み重ねたのはごく自然な成り行きだった。都はためらいながらもそれを受け入れた。本来は男子の出入りが固く禁じられた女子寮の、メイリンと都が共同生活をする相部屋で、崇と都は結ばれた。

 真たちはそれに協力した。崇と都を二人きりにさせ、部屋へ接近する他人がいないように見張る。その共犯意識と、ある意味崇たちにアテられての興奮は、真たち二人の側にもロマンチックな興趣をもたらしたはずだ。

 だが、そのあと崇が真と連れ立って自分の宿舎へ戻り、いまだ逢瀬の余韻に酔う都に配慮してメイリンがそのまま戸外を散策していたときに、悲劇が起きた。それまでは何かの避難訓練程度にしか認識していなかったSTORM警報(アラート)の意味するところを、三人は身をもって知ったのだった。


(あの時、俺はメイリンのそばにいなかった。だから彼女がどうなったか、詳しいことは分からなかったんだ。環は『都はもうこの世にいない』と言った。あのころの仲間は真とメイリンだけだ……)

 真だけだと思ったが、メイリンも生きていた。かつての仲間を彼岸から連れ戻したい。崇の心の中でその願いが狂おしく膨れ上がる。

「メいリン! わかルカ! 俺がワカるカ!?」

「ギギ……」

 さきほど崇の名を呼んだ彼女は、再び動物的な唸りをあげその意識を暗い水面の下に沈めたようだった。崇の体重のために高速が維持できなくなり、埋め合わせに再度広げた翼が打ち振るわれる。その表面には、紫色の電光がまとわりついていた。


「メイリン!」

 懸命に名を呼ぶ。そのとき、崇がかき抱いた『怪鳥』の頭部に異変が起こった。

 ぬちゃり。粘りを帯びた音とともに、変容体=メイリンの頭部が、まるで戦闘機のキャノピーのように後部からぱっくりと開いたのだ。

「なっ……!?」


 その血の色を帯びた薄暗いくぼみの中から、ピンク色の粘膜に血管の赤い筋と脂肪の黄色をまとわりつかせた人間の頭――その醜悪なパロディーが、鎌首をもたげて崇を見つめた。見覚えのあるメイリンの顔だ。だがそのまなざしは暗く濁り、表情にはおよそ人間の理性や共感からほど遠い狂気が浮かんでいる。

「め、メイりン……」おぞましさに吐き気さえ覚えながらも崇は再度彼女の名を呼んだ。

 

 その時。


「私ニ触レルナ! モウ戻レハシナイ!」

 粘膜に覆われた頭が叫ぶ。それは先程のうめきとは対照的にひどく明晰で、それゆえに崇を打ちのめすものだった。現れた顔に浮かんだ狂気そのままに、知性を研ぎ澄ませた、そんな声音。

 ――そこに、超常の力が乗せられる。翼にまとわりついた電光が膨れ上がり、真正のSTORMとほぼ遜色ない密度と圧力をもって、あの不安と恐怖が彼を撃った。脳を貫く衝撃。

「ガッ……!」

 唇から我知らず苦悶の叫びが漏れる。沈黙していたフェイス・アンカーが、狂ったように『測鉛アラート』を吐いた。

 〈バイザマーク、トウェイン! バイザマーク、トウェイン! バイザマーク……〉


測鉛索の目盛で(バイザマーク)水面下に二尋(トウェイン)

 古めかしい海事用語から転用されたそれは、STORMによる浸食が猶予ならないレベルにまで達しつつあることを示すサインだ。


 崇の内側に押しとどめようのない強烈な攻撃衝動が噴き上がった。

(駄目ダ! 俺ハそンな事ヲ望んデハイなイ!!)

 かき消されそうな理性のありったけを振り絞った、声なき叫び。だが彼の肉体は自己防衛のために最大の攻撃を放とうとしていた。頭を大きく振りまわし、白い長髪を『怪鳥』に叩き付ける。無数の赤い光の粒子が崇の頭部から出現し、髪を伝わってメイリンの体へと――だが、その刹那。

ストランデッド(着底座礁)!〉

 アンカーの合成音声が最後の警告を発し、内蔵された安全装置が強烈な電気ショックで崇の意識を刈り取った。




「『怪鳥』はサン=ロレ島へ向かった。我々も移動だ――撤収する」

 指揮下の全車両に無線で伝え、ラピスは奥歯を噛みしめた。悪い癖だ。だが今日はマウスピースを持ってきている分まだましだった。

「ヘルメットの電源はまだ切るな。外骨格歩行作業車(エクソウォーカー)は高速移動モードでそのままサン=ロレまで随行。キャリアーに戻す時間はない」

『トロル』の背部パックは通常、ディーゼル=エレクトリック方式で動力を供給する。燃料搭載と合わせて全備重量がやや増えるが、燃料電池パックに比べて稼働時間は長い。現在の装備なら島まで自走させても、十分その後の状況に対応できるだろう。


 それにしても、自分たちの無力さをこうも思い知らされるとは。

(駄目だ。今のガードには飛行する『難破者(レックマン)』への対応は手に余る……!)

 サン=ロレ島へ戻る橋梁道路の上、ミゼリコルドの車内でラピスは鬱々と考え込んでいた。戦闘ヘリ、あるいは垂直離着陸(VTOL)機といった装備が必要なはずだ。しかし現在の規模、人員と設備では運用できない。ルビコン・オードナンス本社の技術陣なら何らかの最適解に近いものを提示してくれるかもしれないが、必要な予算は途方もないものになるだろう。


(ええい、とにかく、今は目の前の状況だ! 怪鳥はサン=ロレ島へ向かった。それはいい。あれが疑似STORMを発生させたとしても、すでに職員と学生はシェルターに退避してる……だが、どうすれば地上に引きずりおろせるんだ?)

 そこまで考えたその時。


 ガクン。


 急制動をかけられた車体が大きく揺れる。すんでのところでムチ打ちを起こしかねなかった。どうやら先頭車両が何らかの障害を見出したらしい。だが一体、何が?

「何事だ!カッツバルガー二号車、応答しろ!」

〈前方に、人が……いや違う、あれは!〉

 混乱した声が耳に飛び込んでくる。

「どうした二号車! 状況を――」

〈ぎ、銀色の……ウァアアア!〉


 前方で爆発音。ヘッドホンの音声が空電のような雑音に塗りつぶされた。ミゼリコルドが横転し、ラピスは座席から投げ出され、車長用ハッチのハンドルでわき腹を強打した。

「ぐぁッ……」

 気絶しそうになるのを何とかこらえ、朦朧としながらも副官を呼ぶ。

「ホートリー、無事か? 脱出するぞ」

 ヘルメットの金具で皮膚をどこか切ったらしく、額からの出血で右目の視界が赤くぼやけふさがる。その遠近感の薄れた映像の中に、ラックから脱落したモニタ機器の山の下敷きになった、ホートリーがいた。


「隊長、報告します。アンゼルムス以下三名は健在、後部ランプドアから脱出します!」

「待て、こっちを手伝え! ホートリーを助けるんだ」

「りょ、了解!」

 気絶したホートリーの、タクティカル・ベストの背部にあるストラップに手をかけて、機材の山の下から引きずり出す。

「良かった……息はある」

 だがホートリーの口元からは血液が垂れ、内臓損傷などの重大な負傷を連想させた。一刻も早く医療(メディ)センターに運んでやらねば。


 ハッチを開けて車外に出る。炎上して煙を上げるカッツバルガー二号車をバックに、巨大な人影がこちらを向いて立っていた。金属光沢の黒と、青みがかった銀の体躯に、磨かれた鏡のようなV字型の頭部。


赤い獅子(レオン・ルージュ)』と交戦していた、正体不明の存在がそこにいた。手に何か持っている。ダークイエローの塗装に、複合カメラレンズのきらめき。

外骨格歩行作業車(エクソウォーカー)『トロル』の頭部だ。側面に突き出したブレードアンテナは、それが班長カラバッジオの『トロル1』であることを示していた。


「貴様――まさかカラバッジオを」

 ホルスターから愛用のベレッタを抜き、構える。フルオートで発砲。

 だが次の瞬間、銀色の怪人はまたしても布巾で拭ったように目の前から姿を消した。

「うあああああああ!」

 やり場のない怒りに、絶叫がほとばしる。弾倉を打ち尽くしたベレッタを投げ出し、膝をついて虚脱状態に陥ったラピスを、アンゼルムスはしばし茫然と見つめていた。


         * * * * * * *


 ゴードンが不時着の場所として選んだのは、海に面した道路の傍ら、サン=ロレ島への専用シャトルバスが発着する広い停留所だった。市内の騒ぎとそのあとで出たニュースのため、辺りには車も人も全く行き来が途絶えていた。

「何とかなりそうだな……」


 燃料はもうわずかだ。海沿いにありがちな突風にあおられないことを祈りながら、慎重にヘリを着陸させる。エンジントルクの減少に合わせてゆっくりと機首をめぐらしながら、A119はスキッドを接地させた。

 ようやくエンジンを止めて乗降ハッチを開けたとき、ゴードンは三年くらい年を取ったような気分になっていた。

「はあッ。休暇中に銭にもならん仕事をするのはまったく、莫迦のすることだな」

 言葉とは裏腹に、不思議な満足感がある。服が汚れるのも構わず、アスファルトの上にべったりと尻をついて足を投げ出した。


 ふと視線を上げると、前方の歩道の上に黄色いワゴン車が止まっていた。一昨日見た、あのホットドッグの屋台だ。

(ああ、そういえば腹が減った)

 何かひどく可笑しくなって、彼は肩にひっかけたパーカーをつかみ、頭上で振り回した。

「おい! 今日もやってるのか?」

 ホットドッグ売りの女が目を丸くしてゴードンを見つめた。

「お客さん、また会ったね。今日は朝からなんだか市内が騒がしいし、お客がまるで来ないんで、もう店じまいにしようかと思ってたよ……ヘリで降りてきて買ってくれるほど気に入ったのかい?」

「……大した自信だな。まあ、気に入ったのは確かだが――うん、二つくれ」

「はいよ、4新ユーロね」

 

 サービスでつけてくれた甘ったるい合成パイナップルジュースをすすりながら、一個目を口に運ぶ。美味い。

(そういえば、あの女の子はガードの車の中だったか)

 背負った時の少女の体温を思い出し、奇妙な感傷にとらわれつつ彼方の橋梁道路に目を走らせる。サン=ロレ島への中間地点をやや過ぎたあたりに煙が上がり、低い爆発音が轟いた瞬間、ゴードンは手にした紙コップとホットドッグの袋を地面に取り落としていた。


明日も二回更新の予定です。まずはお昼12時目標。ご期待ください



追記 6/26

 あ、カッツバルガー三号車は最初の事件で吹っ飛んでいた。すみませんこれは二号車です、修正しました(ひー

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