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酔狂領主様の怪奇譚  作者: 七色春日
第三章 水色にして燃える憤怒
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-6-




「ねえちゃん。大丈夫か? 送っていこうか」


「いいえ、結構です。ありがとうございます」


 太陽と潮風の影響を強く受け、元は黒かっただろう髪が傷んで茶色に色褪せている若い海兵の申し出をセリンは固辞した。


 断れても囲んでいる仲間と目で会話し、尚も心配そうに言い募る。


「でもよ、夜遅いし夜道は危ないぜ」


「……止めろって。大丈夫だよ。海に戻るだけだ」


「あ、ああ……そうか」


 少し動揺しながらも、同僚に肩を小突かれた茶髪の海兵は頷いた。若い海兵は今更目の前の人物が人間ではないと思い出したようだった。瞳に畏怖の色が宿る。


 セリンは自分を快く思っていない者も大勢いることを知っていた。本質的には妖魔や怪物の類には違いない。彼らは表立って口に出したりはしないが、こちらを見る目やちょっとした仕草でそれがわかってしまう。


 実際のところセリンは陸で暮らしていたが、そのことを口に出して話をややこしくしたりはしなかった。


 規律を重んじる兵隊は表面上であれ人が良かったが――やはり見た目麗しい水精に魅了され、水術の儀式としてキスをされるときはだらしなく頬を緩めてしまう。


 セリンは彼らに悪気は一切ないとわかっていたが辛かった。自ら招いたことであって憎むのはお門違いだ。


 理屈では理解しているが、感情がささくれ立つ。


 好きでもない男と顔を合わせるのは涙が出るほど心が痛む。愛する人を酷く裏切っている気もしたし、術を行使することは自らの生命を容赦なく磨耗(まもう)させる。殊更に身が裂かれるような気持ちになる。


 自分の存在自体が魔術そのものなのだ。これは神の秘儀であって、人間には不可侵の領域である生誕の神秘。


 夜闇の中で兵隊達が歩いていき、名残惜しげに手を振って溶けていく。


 セリンは埠頭に一人立っているのも疲れ、すぐ傍のコンクリート塀に座り込んで下に足をぶらぶらとさせた。


 潮騒が規則正しく波音を奏でていた。繋留ロープで接岸している軍船の一団が調子を合わせて揺れる。赤茶色の煉瓦造りの倉庫沿いに立ち並ぶ外灯の明かりは少なくなり、灯油入れの姿も消えてしまった。


 音の少ない夜も、真っ暗な海も怖くなかった。


 一人で海中を泳いでいたときのことの方が今では怖くなってしまっている。ただ泳ぎ回って世界を眺めるだけで楽しかったはずだったのに――今ではそんなことをしたくなくなっている。


 人間の街に足を踏み入れたのは良かったことと、良くなかったことがある。


 寂しくなくなった。しかし、こうしていると以前よりも寂しさが強くなっている気がした。


 (てのひら)に目を落とした。ひらひらと返したり、握り締めたりして感覚を確かめる。


 このまま力を使い続けて――あのどのくらい自我を保っていられるだろうか。


 陸地は父親の影響力からは遠い。沈黙している地神(キグナス)が不気味な波動が気持ち悪い。あれに食われはしないだろう。我慢するしかない。結婚さえしてしまえば許しが得られる。そうすれば強い加護も得られるはずだ。約束はしていないがそうしてくれるはずだ。


 そうでなかったとしてもいいか。


 セリンは無聊(ぶりょう)を慰めるように断を下した。


 愛情を交換する時間は長ければ長いほどいいが、今こうして濃密な幸せがあれば良い。時間が経って薄まっては意味がない。


 重要なのは長短ではなく、一緒に過ごした時間の愛しさだ。少なくともセリンはそう考えていた。我が身が滅びていくならばそう考えずにいられなかった。


 結婚してから一年持てばいい。どうにかそれくらいはいけるだろう。無理をした代償を払うだけのことだ。伝え難いがこのこともアルプには伝えなければ。


 本来、水精は陸に居てはいけないのだから。


「セリン」


「……アルプ」


 呼びかけに顔を向けると、ランタンを持って腰を曲げ、やや猫背気味のアルプが訝しげにセリンを見つめていた。


 宵闇に混じって青白いセリンが動くのを見て一瞬驚いたが、すぐにぎこちなく微笑んだ。驚いたことを誤魔化すように革靴のつま先をコンクリートにこすりつけてねじる。


 肩紐装飾もベルトのバックルも黄金色。金満家のように見栄を張りたいのかもしれない。


「パーティーは終わったよ。何もかも順調さ。うまくやれば爵位だって買い取れるくらい儲かるはずだ」


「貴族様にならなくたっていいじゃない。二人で暮らしていけるだけのお金なら私が頑張るわ」


 言外にそうしたいと伝えるとアルプは悲しそうに目を細めた。


 聞き分けのない子供をいい聞かせるにはどうしようか悩んでいる親みたいだった。


「セリン、僕らは今みたいなアパート暮らしを続けたいわけじゃないだろう。薄汚い共同の風呂や便所からおさらばして、本当の意味で文明人になるんだ。馬鹿みたいに広い庭と部屋の数がわからないくらいの邸宅に住んで、大理石でできた泡だらけの風呂釜にシャンパンを片手に入って、召使にチーズを持ってこさせるんだ。そんなチャンスが転がってるのが今なんだ。上流階級になれば異種族とはいえ君は馬鹿にされないし、不自由のない快適な生活ができるんだよ」


 私はアパート暮らしで構わないわアルプ。広すぎる場所にずっと棲んでいたもの。広い場所なんてろくなことはないわよ。チーズくらい前もって用意しておけばいいのよ。


 内心を口に出さずにセリンはこくりと頷いた。アルプは熱弁を邪魔されるのが嫌いだった。機嫌を損ねたくなかった。人間との価値観の違いはなるべく受け入れなければならない。


 異種族と結婚してくれる男は希少だ。普通なら白眼視されるものだ。事実、統治者たるアクネロでさえ忌避していた。かつては姉に手を出した癖にそれを過ちだと思っているに違いない。幸せな時間をなかったことするなど許せない。そんなのはあまりにもむごいではないか。


 だが――あのときの姉には迷いなどなく幸せそうだった。海辺でアクネロの横笛を聴き、会話できることにはしゃいでいた。


 遠い記憶の姉の声が聞こえた。





 ――小さくてぷにぷにで可愛い男の子なのセリン。なんか私が好きなメイドさんにちょこっと似てるみたい。だまくらかしてお父様には内緒で部屋に連れ込むわ。神殿に来たいっていってるし据え膳よ。






 いや、違う。


 違うはずだ。なんだか違う。これは違う。イメージと違う。


 普段の姉は貞淑(ていしゅく)毅然(きぜん)としていて、慈愛に満ち溢れていた。あのときは荒い息を吐いて目が血走っていたが気のせいに決まっている。病気か何かか、いや多分、恋の興奮をしていたのだけだ。もしくは過去の記憶が曖昧でおかしくなっているだけだ。もう八年も前のことだし正確に思い出せないのだ。


「どうかしたのかい? いきなり黙って。顔が強張ってるけど」


 不審そうに顔を覗き込まれてセリンは動揺を悟られないように小さく顔を振った。


「ううん。仲間のことについて考えてたの」


「そう? でも協力してくれないんだろう」


「ええ……ごめんなさい」


 仲間とはあまり会わない。水精の性質として奔放(ほんぽう)で享楽的なところもあるが、他の生物と関わりを持ちすぎない心構えは持っている。


 セリンのしていることは仲間内では狂気の沙汰だった。父親の庇護下から離れることは命綱を切ろうとすることだ。


 アルプは立ち止まりながらじろじろとセリンを観察でもするかのように(うかが)ったが、不意を突くように彼女のか細い両肩に腕を伸ばし、首筋にキスをした。


 力を抜き、セリンは身を任せた。


 巻きついた腕の力が心地いい。思考がとろけて消える。首筋にある体温がほんのりと暖かい。幸せな時間だ。こんなものは冷たく無明の海にはない。


 抱擁はあっという間に終わってしまった。アルプは手こそ離さなかったが距離を置く。名残惜しそうに見つめたが応えてはくれなかった。唇にキスをして心のささくれを洗い流して浄化して欲しかったのに。


「いいかいセリン。僕達は成功しなければならない。君に苦労はかけるけどその分、結婚生活では報いるつもりだよ……ところで、もっと着飾ったらどうかな?」


 装身具らしいものをセリンは身につけなかった。わざわざ身体を重くする人間の習慣を変に思っているくらいだった。


「私は貴方のためにしてるだけだから、気にしないで」


「そうかい。まあ、今日からホテル暮らしができそうだよ。行こう」


「あの、私……結婚の前に貴方に大事なことを教えないといけないの」


「ここは寒いし、暖かい部屋で聞くよ」


 背を向けたアルプは顎でしゃくった。セリンはにっこりして追従した。


 ふと空いた手を見た。手を繋ごうと腕を伸ばした。届かなかった。アルプは振り返らず歩いていく。


 胸のざわめきが不安になる。抱擁の残滓(ざんし)は寒風に吹かれて流れていく。


 大丈夫よ。きっと大丈夫に決まってるわ。お金が手に入ればアルプも今以上に優しくしてくれるっていってくれてるし。













 ☆ ★ ☆





















 イーリスから手紙が届いたとき、アクネロの脳裏に一つの疑問が()ぎった。


 今まで『ドレッド』の発見を純粋に喜び、納得できない事情があったとしても最後までやりぬく意志を持っていた。もっとも、自らは屋敷にこもりきりで、引き上げの前段階である“ひっくり返し”の現場にも出向こうとはしなかったが。


 緩慢に後ろに撫でつけられた金髪を梳き、リビングのアームチェアに座って文面に目を落とす。


 内容は『お金貸してください♪』という率直かつ愚昧(ぐまい)なものだったが、よくよくいい訳を読んでみれば引きあげ作業に用いる古代魔術陣を描く薬液は防水加工のため高価で金がかかり、充てにしていた『ドレッド』の外壁も主成分が(なまり)(すず)の合金であって売り物にはならないという。


 輝きからして亜鉛と鉄の合金か何かだとアクネロも思っていたが――ただ海底に転がっているだけならばほとんどの金属は海水によって腐食して黒ずみ、潮流ではがされ、無残になるのが普通だ。


 であるならば恐らく魔術的な処置が施され、半ば永続的に純度を保っているのだ。


 つまり、あれは活きている。


 そうだ。活きている。しかしそうなると疑問が湧き上がる。活きているのならばエネルギー源が必要だ。そうでなければ成り立たない。


 どこから調達している? 内部で発生しているのか? 五百年もメンテナンスなしで?


 ――何かがかみ合っていない。


『ドレッド』は墜落した船だ。機能停止に陥ったからこそ海底で動かなくなった。利用価値が残っていたのならば古代人はなんとしても使うはずだ。超兵器をみすみす完璧に近い形で放置したのはなぜだ。


「イーリスさんからの手紙を随分と熱心に読んでらっしゃるのですね」


「……首輪をハメてやろうと思っていてな。若い娘を金で縛りつけるのは上流階級の男のたしなみというものだ」


 顔を手紙に向けたままだったのでミスリルが棘を含んだ声をかけてきた。思考を中断し、あえて悪ふざけで返す。


 粉ミルクが注がれた香り立つ紅茶がサイドテーブルに置かれる。くゆる湯気の先にある顔は非難がましい。


「たまにはおっしゃるとおり、シーツをお汚しになった跡を見たいものです」


「今日はやけに突っかかってくるな。何事だ?」


「いえ……セリンさんとアルプ様の結婚式に足を運びたかっただけです」


「今からでも行けばよい」


 紅茶を舐めるように飲み、アクネロはカップを置いた。


 港から見える引きあげ作業には多くの観衆が集まり、祝福を受ける場として相応しい舞台となっているだろう。男女の愛という飾りで公共事業の正しさを塗装する抜け目ないセレスティアの策略の一つだった。


 表向きは水精との結婚を世に知らしめ、認めさせるためだろう。


「幸せに満ちた場で……孤独を感じたくありません」


 朝方からミスリルは執拗(しつよう)に結婚式に同席することを誘ってきた。招待状は二通来ている。承諾も拒否も返さなかった。


 今でも白みががった銀瞳は恨みがましく光り、頬は時間の経過と共にむくれていく。


 アクネロは無視するためにばさっと海図をテーブルに広げて眺めた。


 ヨークトン沖から王都の大陸までの海流と地形図が描かれたそれは幾重もの曲がりくねった線が走っている。標識や水深を示す記号を眺め直す。意外なことだったが『ドレッド』が発見されたポイントは地盤が隆起して深度はそれほどでもない。これも不可解なことだ。


 海底海流――あのイカサマ師がのたまっていたことは果たして本当だろうか。砕け散ったとの史料は本当に間違いだったのだろうか。あれはあまりにも欠損がなさすぎるのではないか。


「アクネロ様……」


「なんだ」


 ミスリルは顔を横に逸らし、両手を後ろの腰で組み合わせ、もじもじとしながら言いよどんでいた。


 頬に血液が流れて紅潮している。つぼみのように小さく開いた唇からためらいが見て取れた。結婚式の誘いとは別のことで迷っているように見える。


 ()くこともないと彼女の決断を待つことにした。


 たっぷり十秒ほどかけると深呼吸が一つされた。


「し、市民劇場で行われる演劇に行きたく思います。私がお小遣いでチケットを用意しますので、ご一緒しませんか?」


「……演劇か?」


 ちくりと古傷が軋んだ。


 女に振られた記憶というものは思い出したくもないものだった。冷たくあしらわれ、伸ばした手が虚空を切り、背を向けられるのはいくら歳を取っても忘れることはできないだろう。


「貴族の皆様が訪れるような華やかな場所は難しいですが、賑やかなのもきっと楽しいですよ!」


 アクネロの逡巡(しゅんじゅん)を拒否するためと思ってか、ミスリルは両手を開いて努めて明るくいった。


「いや、少し昔を思い出してな。演劇というと良い思い出がない」


「ど、どんなことでしょう」


「チケットを買って暖炉に投げ入れ、苦悩を燃やした日々だ。正直なところあまり気乗りせん。視察や招待でいくのなら構わないがな」


「そう、ですか……燃やされてしまったのですか」


 どこか悲しそうにミスリルは右肘を左の(てのひら)で包み覆い、浮いた右手を口元付近にもっていった。


 アクネロは斜めに首を傾ける。


「なぜそんな真似をしたのか聞かないのか?」


「アクネロ様の酔狂には慣れておりますから……今度のチケットは私が用意しますので、燃えることはないでしょう」


「ならば……ゆくか」


「はい」


 いつもならば日中のミスリルは仕事に戻るはずが、今日に限って場から離れようとしなかった。


 演劇の同行を承諾することが琴線(きんせん)に触れるものでもあったのか、そっと近づいてきて屈み込み、目の高さを合わせた。


 気づけば雰囲気が紅茶よりも甘ったるくなっている。


 意図を察してアクネロはミスリルの背中にゆっくりと手を回した。


 か細い華奢な体はじんわりと温かく、柔らかい。


 眼前で潤んでいた目が閉じられる。薄桃色の唇がつんと上向く。


 キスをねだられている――自制が利かなくなりそうだった。


 メイドに手を出す貴族の慣習はほとんど社会的には公然の事実だったが、半ば強制的な奴隷契約に似てアクネロにとって醜悪なものに思えていた。厳格で規律を重んじ、普段は物静かな父親すらも召使には何をしてもよいと思っている節があった。足蹴にしてムチで打つなど家畜のように扱うことではないかと。


 かつて、セレスティアに強く出れなかったのもそういった観念に足を掴まれた恰好だった。


 ミスリルがまぶたを閉じている時間に猶予(ゆうよ)はほとんどない。必要のないことで悲しませる前にすぐに決断すべきだった。


 可愛がってはいたが――ものにしてしまうか――この麗しいまぶたが悲しみで開く前に。




 まぶた?




「……まさか」


 怒涛(どとう)のように考えが巡ってくる。頭の中で浮かんでいたばらばらのパーツが一つへ固まった。


 まぶた。そうだ。(ふた)だ!


 あそこの岩脈はマグマ溜まりの深成岩が崩れたものではないか? あの沸き立っていた気泡はなんだ?


 海水は液体だ。すなわち熱によって気体に気化して生じたものではないか。


 噴出によって溢れ出て地中の養分が微生物を繁殖させ、それを食べに来た蟹が大群をつくったのだ。そうだ。海底火山の熱水領域だ。活火山であることの証明。


 ここのところ微弱な地震も起こっていた。地殻変動が起こりやすい時期が来ているのではないか?


 きっとあれのエネルギー源は地熱だ。温度を魔力に変換したならば半ば永久機関になったとしてもおかしくはない。もしくは噴火を抑えるためにそのエネルギーを吸い取っていたのではないか。


 鉛は熱の分散のための素材だ。万が一の噴火が起こったときに防ぐためではないだろうか。そもそも、構造物としては比重がありすぎだ。船などであるはずがなかった。


 継ぎ目がないこともわかっていたのに――遺跡を目にした感動で目が曇ってしまった。


 兆候は見えていたのに気づかなかった。


 同時に――おぞましい予感がアクネロの頭をかすめた。


 いや、そんな、まさか、こんなことが許されるのか?


「アクネロ様?」


「そうだ……あらゆる事柄において『なぜ』という疑問はとても大事なものだった。古代人が『なぜ』戦争になってまで深海に入らなければならなかったのか。『なぜ』神であるレインボルトが人間に引きあげを望んだのか。『なぜ』領主たる俺が水精と人間の婚姻の許可を出さなければならなかったのか理解したぞ」


 魔術や自然科学によって栄華を極めた文明が求めること。それは原始の時代からも変わっていない。


 種族にとって居心地の良い空間を作る。危険を遠ざけ、安全でゆとりのある暮らしをする。


 彼らは海底火山に蓋をして、災いを排したのだ。


 海神レインボルトは――人間の浅ましい欲望を嫌っていた。その浅ましさを嘲笑(あざわら)った。異質な美貌を持つ水精や財宝を求める心を憎まないはずがない。至高の存在である神でありながら人の手など借りるはずもない。統治者すら身勝手な欲望に染まっていたのなら制裁の対象にもなるだろう。


 今の時期にあの蓋が開けば――その爆発力は海神の愛娘を奪われる怒りに比例するのではないだろうか?


 恐るべき憤怒となって噴出するかもしれない。


「ミスリル。昇給してやる」


「え、はっ」


 ガッと両手で頭を掴んで強引に唇を奪った。


 だが、手早くあっさりとしたものであって、余韻(よいん)というものが一切なかった。


 ミスリルは目を見張ったが、行為を終えるとアクネロは椅子から飛び上がるように立ち上がり、リビングの横引き窓を開け、そのまま外界に出て指笛を吹き馬を呼び寄せた。


 雄馬のベロスがたてがみをなびかせて走ってくる。華麗にその背に飛び乗って走り去っていく。


 残されたミスリルは唇を指先でなぞった。


 嬉しいはずが、微妙に納得のいかない顔つきでアクネロが消え去った方を唖然としながら見つめた。 






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