第一章――お前に、会いに来た 04
なるほど、そういう事だったのか。後に聞いた話によると、肉体を失った魂はその場で審判にかかる。吉と出れば白くなり、凶と出れば黒くなる。死神はそれを判断して定められた場所へと魂を運ぶのだ。色の無い私は審判にかかる前にジゼラに召喚され、この神殿へやって来た、というわけだ。どうやら審判にかかる前の無の魂だけが死神になれるという事で、死神の数はとても少ないらしい。地獄へ落ちると考えていた私には思ってもいない好機。私は死神になる事をその場で承諾したのだった。
「では、まずは死神の鉄の掟を話そう。これは死神の法律であり、絶対的なものである。一つ、任務に背く事はできない。二つ、失敗すれば己が朽ちる。三つ、任務以外での人間の手助けは不要。四つ、違法者は裏切りとみなし、処罰の対象となる。質問はあるかね?」
「二つ目の、失敗すれば己が朽ちる……どういう事だ?」
「そのままだ。任務に失敗すれば己の魂が朽ちる。そうなった場合はこれまでの全ての記憶、形、魂の色が消去されて神の下へと還り、再び新たな魂として生を受けるのだ」
「ならば、私のこれまでは全て水の泡となって無駄になるというのか?」
「そういう事になる」
「そんなの勿体無いではないか。私はこれまで必死に生きて来た。それが全て白紙になるなんて……」
「掟は掟。我も守らねばならん。我慢するしか手立ては無かろう」
納得がいかなかった。全てが消える? 私を侮辱しているようにしか聞えない。私の父はドミンゴの将軍だ。私はその背中を追いかけ、ただひたすら父に追いつくために死に物狂いで竜騎士の称号を我が物にしたというのに……それまでの努力が無駄になるなんて、これほど屈辱的な事は無い。竜騎士の座に上り詰めるまで、どれだけ私が苦労したのか、どれだけ私が罵声を浴びたのか、どれだけ私が必死だったのか、この人物には到底理解できまい。いや、理解してもらおうとも思わない。この苦しみは私自身しか分からないのだから。しかし、私の人生が無駄にならないで済むには、ただ単に任務を失敗しなければいい事。本物の戦場を体験してきた私にすれば、赤子の手を捻る事よりも簡単だった。
「仕方ない、掟は絶対だ。死神であるからには必ず守ろう。早速、任務を私にくれないか」
「飲み込みが早い者は成長も早い。期待しているぞ。今回、そなたにやってもらう任務は――ドミンゴ国の部隊長、ヨエルの魂を刈り取ってくる事だ。簡単だろう?」
王の予想外な発言に私は言葉を失った。魂を刈り取る、これを別の言葉にすると、殺せ、というものになる。そんな馬鹿な! 私がヨエルを殺せるはずがない! 私の死を悲しんでくれた戦友を、容赦なく殺せというのか? 私は悪魔ではない。義兄弟であるヨエルを殺すなんて、到底私にはできない。いや、できるはずがなかった。今の私はヨエルに刃を向ける事すら不可能だろう。
「それは……やらねばならぬのか?」
「もちろんだ」王は躊躇無く頷いた。「掟その一、依頼に背く事はできない。断るならば、違法者として今ここで始末せねばらなん。どうした、何か断りたい理由でもあるのか?」
私は目を細めた。
「ヨエルは……私の義兄弟であり、命を懸けてでも守る価値のある戦友なのだ。死ぬ間際も彼が私の最期を看取ってくれた。私はそんな大切な戦友に、矛先すら向けられない。無理なのだ」
「そんな事、我には全く関係が無い。そなたは死神。もう人間ではない。生前の記憶など消して、死神の任務をまっとうせよ。それがそなたの使命だ。さて、どうする? 断るか、引き受け――」
「引き受けよう」私は王の言葉を遮った。「期限はいつまでだ?」
「……期限は無い。成功するのであれば、いつまででも構わんぞ」
「承知した」
私は心を押し殺してこの場を立ち去ろうとした。
「お待ちください、アリウス様」
ジゼラが私を呼び止める。
「死神になると、全てが心で願う事で実現できます。現世での実体化も可能ですし、ここに帰って来る場合も願えば入り口が開きます。現世へ向かう時も同様です。呼び止めて申し訳ありません。それでは……」
彼は一礼して王の下に戻って行く。頭の中が酷く混乱していた私は、長い階段を上って二階へ行き、ただ並ぶ石柱の隅に座ってぼうっと考えにふける。今頃、ヨエルは何をしているのだろうか。まさか、私の亡骸を担いで国に戻ったのか? あの性格ならやりかねないだろうに。ああ、槍も置いて来てしまった。殿下はどんな思いで私の亡骸を見ているのだろう……できれば殿下の悲しむお顔は見たくない。どうすればいいのだ、今の私は。結局、あの場の雰囲気に耐え切れずに引き受けてしまった。ヨエルの魂を持って帰って来なければ私が消滅してしまう。でも――。