第一章――お前に、会いに来た 03
「ヨエル……」
私が声をかけようと彼の肩に触れても、私の手は何も掴めないまま彼の体を通り過ぎた。この時、ようやく私は実感した。私は今ここで死んだのだと。私はヨエルに看取られて死に、魂だけがここに存在しているのだと。私は何も驚かなかったし、悲しいとも思わなかった。何故なら、死んだ私の顔が満足したように微笑したままだったから。後悔も無いが、殿下に勝利をお伝えできなかった事がたった一つの心残りである。しかし、戦場で死ねるのは私の本望だ。騎士として名誉ある死に様だ。これ以上、嬉しい事は他に無い。
とはいえ、これからどうすればいいのか。天使が迎えに来る? それとも悪魔が地獄へ誘う? 死後を知らない私はどうしたらいいのか分からなかった。ただ突っ立って、ヨエルを見守る事しかできない。
ふと、我に返ると、視界が真っ暗だった。どこを見ても闇、暗黒、漆黒……何も見えない、何も聞えない、何も感じない。ただそこにあるのは無という空間。ヨエルの姿なんてどこにも見当たらない。そうか、殿下のためとはいえ、人間を殺し続けた私は地獄へ落ちるのか。まあ、それも良い。天国で暢気に暮らすよりも、地獄で煮え滾る鉄釜に浸かる方がよっぽど私の性分に合うだろうし、飽きずに楽しめるだろう。
そんな馬鹿げた事を考えていると、視線の先に光が見えた。あれが地獄への道だろうか。怖いもの知らずの私は緊張する半ば気持ちを昂らせながら光に向かって手を伸ばし、歩き続けた。近付く程に光は強さを増し、ほとんど目が開かない状態で光の中に入ると――どうやら私は別の場所に迷い込んだようだった。重圧感ある神殿、とでも言うべきか。灰色の石柱が両脇に立ち並び、漂う空気が一切動かない。私は辺りをゆっくり見回しながら足を進めると、突然に後ろから声をかけられた。
「王に選ばれし者よ。ようこそ、契の神殿へ」
私に声をかけた人物は……男でもなく、女でもなかった。あえて言うならば中性的な顔、とでも表すべきか。彼女、いや彼は全身に黒衣を纏い、首から異様な形をした透明の石のペンダントをぶら下げている。彼を見下ろせる事から、身長はとても小さい。百五十あるかどうかであろう。彼は私に言った。
「さあ、こちらへ。王は貴方が来られる事を、首を長くしてお待ちしております」
何が何だか状況が理解できないまま、私は彼の後を着いて行った。神殿の奥の、石柱と同じ玉座に座る人物の前まで案内された。その人物の顔は見えない。黒いフードで隠れていて、唯一人目に触れる箇所は、骨と皮だけになって痩せ細った両手だけだ。私はこの人物に、不思議な威圧感を覚えた。これが王の覇気というものだろうか。クレイグ大公殿下からは感じなかったのだが。
「お連れしました、我が王よ。彼こそが名高いドミンゴの竜騎士であります」
「ほう……目付きが良いな。名は何と申す?」
「黄金色の竜、アリウスと言う。まずは問いたい。ここはどこだ? 私はどんな状況にいる?」
「何だ、ジゼラよ、何も説明しなかったのか」
「ええ、召喚してからすぐにここへ案内しましたので……申し訳ありません」
ジゼラという名を持つ彼は低姿勢で一歩下がった。玉座の人物が王の地位にある事はジゼラの話し方、態度から本当だと見受けられるが、一体何の王なのかさっぱり不明だ。私をからかっているのか。
「簡潔に言わせてもらえば、我は死神の王なり。そなたは召喚士ジゼラによって魂を現世と冥界の狭間にある契の神殿に召喚されたのだ。ここに召喚された者は死神となる。そなたは今から死神として我に仕え、死神として第二の人生を歩むのだ。さて、これで理解はできたかね?」
「……死神とは架空の存在ではなかったのか?」
「そんなはずなかろうに。魂の管理者がいなければ行き場に迷う魂が辺りをうろつき、良からぬ事が起きてしまう。それを防ぐために死神は存在するのだ。仕事はただ魂を刈るだけではない。迷える魂を行くべき場所へと連れて行ったり、死期が近い魂を迎えに行く事だってある。時には天国へ先導したり、地獄へ蹴り落とす事もある。もちろん、それは審判が下った魂だけだが」