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死神の涙は美しい  作者: 神田 ソウ
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第一章――お前に、会いに来た 02


大人数に囲まれて槍を振り回していると、奥から漂う火薬のニオイが一層強まり、爆音が雨を振動させて響き渡った。上空から降って来た砲弾が付近で爆発を起こす。本格的な砲撃が始まり、後方も騒がしくなってヨエル達も敵部隊と接触したようだ。後はただ敵を滅多切りにし、完全なる勝利を待つばかりである。

順調に敵数も減り、相手は撤退を始めた。我々の勝利だった。それでも私は攻撃を止めない。少しでも敵兵を減らさなければと、それだけを考えていたからだ。背を向けて走る敵兵の背後から襲い掛かり、怯えた悲鳴が上がる。更に進むと、敵部隊の部隊長らしき人物を発見した。あの指揮棒は間違いない。あの男さえ殺せば撤退中の部隊は大混乱に陥る事間違いないだろう。私は雨で返り血が流れ落ちた刃を向け、猛スピードで部隊長の男に突進した。

それは見事に肉塊の串刺し棒だった。腰から骨を切断して胸部に刃を突き上げ、白目を向いた男が私の槍に貫通したままぶら下がる。傷口から流れ出る血液が棒を伝い、私の両手を赤く染め上げる。けれど、それは弱まる気配を見せない、叩き付けるような雨が洗い流す。私は槍を振り、邪魔な肉体を投げ飛ばした。鈍い音を立てて地面に落下し、衝撃で首が捻じ曲がって顔が私に向いた。それは醜かった。

虫の居所が悪かったのか、その顔に腹が立った私は死体に止めを刺すため近寄った。ぬかるんだ地面を歩き、足元を泥塗れにして後一メートルという時に差し迫った瞬間、どん、と私の体に何かが当たった。誰かに押されたのかと思って振り向くと、私を激しく睨み、両手を振るわせた青年が立っていた。ユルゲン部隊の生き残りのようだったため、息の根を止めてやろうと槍を持つ手に力を入れた時、胸部に鋭く激しい痛みが稲妻の如く全身を駆け巡った。驚いた私は肩膝を付き、下へと視線を落とす。――こうなったのは私の警戒の弱さが原因だった。胸部のど真ん中から水に濡れた鋼鉄の刃が顔を覗かし、生温かい液体が腹に向かって流れる感覚がある。それも少量ではなく、大きな酒樽から酒が誤って流れ出るような……もう痛みなど感じない。

私が顔を上げると、青年が呻き声を発して崩れるように倒れた。そこに現れたのは傷だらけの戦友だった。

「アリウス! 大丈夫か、意識はあるか?」

「ああ……平気だ」

嘘だ。神経が麻痺して痛みを感じない私は平気だが、大怪我を負った私の肉体は悲鳴を上げている。降り止まない雨で誤魔化しているが、傷口からの出血量は半端ではない。実はというと、ヨエルの顔もぼやけてほとんど誰だか分からなくなっていた。ただ声だけが頼りであり、私自身、長くないと理解していた。

「ヨエル……最後の頼みを聞いてくれ。私に刺さった剣を抜いてくれないか」

「最後の頼みって……そんな事したら、傷口から血が噴き出るぞ!」

「もう噴き出ている。引き抜こうがそのままだろうが変わりは無い。早くしてくれ」

私の必死の願いに、彼は渋々といった様子で背中の柄を握り、ゆっくりと分厚い刃を引き抜いた。もう何も感じない。ただ、体内から異物が取り除かれたという薄い感触だけだ。ヨエルはその剣を地面に突き刺す。私は嫌だったのだ。騎士たる者、背中に傷を作る事が。しかし、作ってしまったものは仕方が無い。抜いてしまえば前から刺されたのか、後ろから刺されたのか、あやふやになる。最後にそんな事を考える私は愚かで、弱者だったという事だ。戦場で無様に死ぬには丁度良い人材だろう。

「私はここで死ぬ。お前は殿下に勝利だけを伝えればいい」

槍を隣に刺し、私はそこに仰向けに倒れた。ドミンゴの勝利を祝福する雨。今の私にはそう捉える事しかできず、ただ私は、私に向かって必死に叫ぶぼやけた戦友の姿を見つつ、目を閉じた。

「アリウス、起きろ! 共に殿下に勝利を報告すると誓ったではないか! それは嘘だったのか? こんなふざけた森の中で、黄金色の竜が散ってもいいのか? アリウス!」

一向に意識が飛ばない私の耳に届く声。やかましい。黙れと喝を入れようと目を開けた時、私はヨエルの後ろから私の亡骸を見ていた。戦友は無言のまま泣き崩れる。その後姿が私の心に深く突き刺さった。


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