第二章「ブリーフィング」
第二章「ブリーフィング」
そうこうしている間に候補生達が既にガレージ入り口に集合していた。
田口軍曹が点呼を取り模擬戦の心得を語っている。予定ではこの後各種機体のチェックを行いブリーフィングだ。その間に私は、相手をするガンドッグ小隊に簡易ブリーフィングを行うことになっている。
それぞれの機体の前に集まっているガンドック小隊の前に立ち説明を始める。
「今日の訓練は候補生だけではなく、諸君らの訓練でもある。シチュエーションは通信障害下で対空迎撃を低空飛行でかいくぐってからの敵地潜入だ。作戦目標は基地防衛部隊の制圧およびジャミング設備の破壊である。なお、今作戦は事前に敵部隊の武装・数の判断がつかなかった場合を想定している。武装は対マップス用を装備し、施設破壊は同武装をもって作戦にあたれ。バックアップ無しの状態での戦闘だ。敵の場所・目的施設は機体に搭載されている光学レーダー・熱源探知のみで索敵しなくてはならない。このような制限条件下の作戦だ。諸君らには言うまでも無いが、部隊内の連携を戦闘行動だけでなく情報においても上手くやれ。以上だ。何か質問は?」
隊長が手を挙げ質問をした。
「ジャミング施設の破壊を先に行った場合、バックアップは回復するのでしょうか?」
なるほど。さすがに隊長をやっているだけあって状況の悪さを認識し、打開策の検討も行っている。
「もちろんイエスだ。ジャミング施設破壊に成功した際は通信が回復し、衛星からの敵部隊分布図がレーダーに反映される。しかも、喜べ。橘オペレーターからの激励付きだ。他に質問は?」
何処かから感嘆の声が漏れた。ガンドッグ4か。分かりやすい奴め。ガンドッグ隊から更なる質問は5秒待っても無かったので早速指定ポイントに向かってもらうことにした。
「よし、これ以上質問は無いようだな。ルーキーに負けるなよ! ガンドッグ小隊出撃」
「サー! イエッサー!」
簡易ブリーフィングが済み、ガンドッグ隊は各々のマップスに乗り込み出撃準備を始めていた。私はそんな彼らの見送りをしながら整備班からガンドッグ隊の機体構成・武装構成の資料を貰い、その場を後にした。
「さてと、次は候補生か。正規パイロット相手とは言え、ハンデとして限られた情報量、数、地形、指揮の有無と来て負けたら敗因は私になってしまうな」
指揮官たるもの周りが不安にならぬよう構えておくべきなのだが、周りに人がいなかったので、ついつい苦笑いを浮かべてしまった。
一つ息を吐いて気持ちを入れ替え、候補生達の方に向かうと既に私が来るのを待機していた。どうやら軍曹から心得も機体チェックも終わったようだ。
ここからは私の仕事が始まる。彼等の前に立つと同時に候補生が揃って敬礼をした。少し表情が固いように見えるが、正規パイロット相手に模擬戦だから仕方ないか。
いや、それか指揮をとるのが私だからかもしれないな。私も士官候補生時代は上官が怖かった。少し懐かしさを覚えたが、思い出に浸る暇は無い。
敬礼を返し挨拶を始めるとしよう。
「候補生諸君、今日君達を指揮する坂本だ。今日まで君達が血も滲むような努力をしていることは知っている。今日の相手は確かに強い。1対1なら勝ち目は薄いだろう。だがしかし、君達は彼らに負けない絆を持っている。今まで訓練を共にしてきた時間は何よりも強い経験だ。その絆をもって正規パイロットに勝利して見せろ。諸君らの健闘を祈る」
軍曹に目配せをすると次の指示を出してくれた。
「分かったかひよっこども。大佐殿の期待を裏切るなよ! では、ブリーフィングルームに移動せよ! ちんたらするな!」
軍曹の怒号と共に候補生達はブリーフィングルームに走って行った。廊下での会話を思い出してイタズラ心が芽生えた。
「こういうのを世間ではなんといったかな」
軍曹が不思議そうな顔をしてこちらの言葉の続きを待っている。
「そうだ。ツンデレというやつだ。これからは鬼軍曹ではなくツンデレ軍曹と呼ばれるのはいかがかな?」
私の冗談に軍曹が困ったようにひきつった笑いをしている。どうやらツンデレの意味はわかっているらしい。
「司令がそうおっしゃるなら。いささか教官としての威厳にかけるので遠慮したいのですが」
冗談が通じないほど真面目な男だ。しかも、まずは目上を肯定してから遠回しな否定を使いこちらをたてている。
やれといったら本当にやりそうなので、からかうのはこの辺で止めておこう。
「もちろん冗談だ。すまなかったな。後はモニターで観戦をしていてくれ」
軍曹は安堵の顔をして敬礼をした。
「イエッサー。ではあいつらを頼みます」
任せておけ。という意味を込めて敬礼を返す。
「君の教え子だ。負けるわけが無い」
軍曹と別れブリーフィングルームに向かうと、中で既に候補生が待機していた。中に入るとしっかり敬礼をしてくる良く出来た奴らだ。彼らのためにもしっかり仕事をしよう。
ブリーフィングのための大型モニターをつけて作戦を説明する。
「今回のシチュエーションは本隊が陽動にかかり、拠点兵力が少ない状態での奇襲をかけてくる敵迎撃だ。拠点施設にはレーダーのジャミング設備が設けられており、敵の索敵はカメラによる光学レーダーと熱源探知のみだ。しかし、ジャミングが破壊されると通信が回復し、こちらは丸見えとなる。いかに施設を守りながら敵を倒すかが鍵となる。具体的な数字は次に話すが、まずはここまでで、シチュエーションについて何か質問は?」
手を挙げる者はいないようなので、次に進める。
「敵はマップス一小隊のみ。数にするとマップス五機だ。敵作戦目標はジャミング施設の破壊、拠点制圧とそれに伴う防衛部隊の撃破と予想される。つまりこちら側は敵の全機撃破が脅威を取り除けるただ一つの勝利条件だ。なお、今回はジャミング施設の破壊を防げなくてもよい。が、防げたらちょっとしたボーナスを進呈しよう。勝利条件について何か質問は?」
後列に位置していた一人が手を挙げたので質問を促した。
「サー、敵の撃破判定はどのように行われるのでしょうか?」
「今回実弾兵器にはペイント弾を利用して命中箇所、命中時弾速をもとにダメージ判断を行う。また、粒子ブレードや粒子ライフルのようなエネルギー兵器は命中時の熱変化によりダメージを判定する。なお、訓練用に粒子密度を大幅に下げ被弾による損傷は起きないように設定してあるため安心してくれ。最後に武器によって係数がある。同じ当たり箇所でも発射武器によりダメージは変化するので被弾が少ないからダメージが少ないと思って油断するな。HUDにダメージの蓄積は表示されるので、機体のダメージチェックを常に怠るな。他に質問は?」
「ありません。ありがとうございます」
「よし、では次だ。これからは敵部隊迎撃のための作戦を説明する。まずは、敵部隊の編成を見て貰おう」
ガレージで整備班から貰ったガンドッグ部隊の資料を展開させていく。
「近距離格闘戦に特化したファイタータイプが一機、近中距離が得意なアタッカータイプが三機、そして遠距離に特化したスナイパータイプが一機の編成だ。各機体スタイルに合わせた武装は勿論サブウェポンとして、苦手距離を埋める装備も携行している。正面から戦えばこちらの数が二倍とは言え苦戦するのは目に見えている。そこで、諸君らには正攻法ではなく策を持って敵を打ち破る必要がある。今回の戦闘区域マップを見て貰おう。」
画面に基地周り50km程度の地図を表示した。この基地は南には森と山と海、北は山に囲まれた所に位置している。
「敵は南の海上から飛行してくる。待機ポイントは基地から南方30kmの海岸、基地から南方27km海岸付近の山の基地側、基地南方24kmの上空、そして基地南方20kmの森林地帯だ」
まずは待機場所の説明をしてから言葉を一旦区切る。皆の様子を見ると食い入るようにモニターを見ていて、大変真面目だ。
「次にそれぞれの動きだが、まずは海岸に足の速いファイターで三機待機してもらう。敵部隊が50km圏内に入ったら、海上に移動し敵と交戦。近中距離戦闘が可能な距離になったら即転身し、後退。牽制射撃をしながら山を抜けろ。抜けたタイミングでスモークグレネードを炸裂させる」
ここまでが第一の陽動。次に敵部隊を分断するための作戦を説明する。
「山を敵も抜けたら、上空に待機してもらうアタッカー一機とスナイパー一機により敵を上から攻撃。散開したタイミングを狙って山に待機しているアタッカー三機で背面から敵スナイパーを攻撃し他の機体に割って入りながら敵を分断する」
そして次が本命による攻撃で敵を撃破するところだ。
「分断した機体に同じく山に待機しているファイター一機が近接攻撃をしかけ、可能な限り早く撃破。さらに援護に向かう敵には基地南方の森林地帯よりスナイパー一機で牽制射撃をしかけ敵の合流を遅らせる。スナイパー撃破後はアタッカー三機ファイター三機により敵ファイター一機を撃破する。同時に、スナイパー二機による砲撃とファイター・アタッカーで敵アタッカー三機を近接戦闘に持ち込み、援護を阻止する。ファイター撃破後は残存戦力全てで、残りの三機を叩くのみだ。まとめると不意打ちを連続で行い分断と包囲による個別撃破作戦だ。質問は?」
童顔で一部の男にまで人気の沖田が沈黙をやぶる。
「サー。それぞれの配置はどうなっているのでしょうか?」
丁度次に説明する内容だったので先に進めることを兼ねて答える。
「各自携帯端末を取り出せ。それぞれのコールネームおよび配置、機体と武器構成のデータを送信してある」
コールネームは最初の陽動がソード、上空待機班がクロスボウ、山に伏し分断をはかるのがアックス、分断した敵を落としにいくのがランスだ。それに各々の番号をつけている。
「本日は諸君らの部隊をアームズとよばせてもらう。他に質問はないか?」それぞれの役割が判明して皆の緊張感が表れている良い顔だ。後は各々の奮闘に期待する。
「よし、質問は無いようだな。各員健闘を祈るアームズ出撃せよ!」
「サー! イエッサー!」
候補生が部屋を駆け足で出て行ったのを見送り、こちらも司令塔に移動する。既にオペレーターも司令塔にいるはずだ。
候補生の資料に書かれている能力が新人パイロットにしては意外に高く、彼らの成長ぶりに口元が思わずニヤケてしまった。
「軍曹の言う通り1対1ならガンドッグが勝つだろうが、複数相手なら危ないかもな。ガンドッグの対応が楽しみだ」
一つ深呼吸をして頭を落ち着かせて司令塔に向かった。